政略結婚で嫁いだ先は国民全員がサンタクロースの王国でした 作:北河ゆん
「次は、お菓子の国ですよ。リリシラさん」
「ええ。お菓子の国、楽しみ」
二人とも、こんなに気分が高揚しているのは、どちらもお菓子好きだからだ。
お菓子の王国――ケートゥン王国は、国全体がお菓子で出来ているわけではない。
クッキー専門店、マフィン専門店など、様々なお菓子の店が並んでいる。
「ルナセインは、何の専門店に行きたいのですか?」
「スフレ、プリン、チーズケーキの専門店に行きたいかな。リリシラさんは?」
「ロールケーキ、ショートケーキ、チョコレート専門店とかです」
「楽しみですね」
「ルナセインさん」
「はい、なんでしょう?」
「昨年、行ったのではないのですか? 初めて行くみたいに興奮してらっしゃいますけれど」
「その……昨年はルドウィックに付き添う形で行ったのですが、ルドウィックさん……お菓子あまり好きではないようで。見積もりが終わった後、すぐ帰りました。あの時の
「はは……」
ルナセインの熱量に、少したじろいでしまった。
お菓子の国は、さっき訪れた所と近いらしく、少しの時間で着くみたいだ。
「リリシラさん、バターの香りが漂ってきましたね」
「ええ……」
嗅いでみる。まったくバターの匂いがしてこない。
ルナセインの方を見ると、顔が溶けているような微笑みをしている。
私がおかしいのか。
ルナセインの嗅覚がすごいのか。
わからない。
――数時間後、バターの匂いが漂ってきた。
ルナセインはこれを感じ取っていたのか。
確かに顔がとろけそう。
匂いを楽しんでいると――。
「そろそろかな」
ルナセインがそう言うと、馬車は止まった。
馬車から出ると、お菓子の香ばしい匂いが四方八方から漂ってくる。
ここで待っているだけでも、十分に楽しめそうだ。
「初めまして、ケートゥン王国十二代国王、チョレコットと申します」
「初めまして、リリシラと申します」
「ルナセインさん、お久しぶりです」
「ええ、久しぶりです。チョレコットさん」
「今回、お願いがありまして」
「ええ、何でしょう?」
ルナセインがチョレコットに尋ねると、
「リリシラさんに」
チョレコットは私の方を見て、そう答えた。
「私ですか⁉」
「挨拶しなさい、ナコッタ」
「ひゃい。はじて……はじめまして、ナコッタです」
チョレコットの後ろから、ひょっこりと現れた。
五歳から七歳くらいの少女。
喋り慣れていないのか、緊張しているのか。
初々しい感じである。
「はじめまして、ナコッタさん」
私はナコッタに挨拶した。
ナコッタは、こくんと首を縦に振った。
「それで、何をすればよろしいのですか?」
「一緒に遊んでいただけないのでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「では、お願いします」
私はルナセインに耳元で尋ねた。
「見積もり、一人で大丈夫?」
「大丈夫です。昨年もやっていますから」
そう言って、半分キメ顔で答えたルナセインは、チョレコットとともに正面の王宮へと歩き出した。
「ナコッタさんはどこに行きたいかな?」
「ナコッタでいいよ。お友達になるんだから」
「そうね、ナコッタ。どこに行くの?」
「えっとね……」
ナコッタは、ポケットから小さい紙を取り出し、広げ始めた。
小さく畳まれていた紙は、広げると地図ほどの大きさになった。
どうやら、私とどこへ行くかが書かれているらしい。
裏面から透けて見えるけれど、何かが書いてあるのはわかる。
ただ、詳細は読み取れない。
「最初は、モンブランかな」
「モンブラン⁉」
思わず声が漏れてしまった。
初めのお菓子としては、お腹が貯まるものじゃない。
最初は、もっと軽めのスフレとかアイスとかが良かった。
「リリシラちゃん、モンブラン嫌い?」
「いや……好きだよ。すきすき。行ってみようか」
「うん」
ナコッタはとびっきりの笑顔で言った後、私の手をぐいっと引っ張る。
彼女の引っ張る力は、私の体を軽々と動かすほどに力強い。
「ナコッタね、モンブランだったら“これ!”っていうのがこのお店があって。そこに連れていくね」
「うん……」
ナコッタに引っ張られながら周りの様子を見渡すと、街ゆく人が足を止め見ているのがわかる。
……恥ずかしい。
「ここだよ。ラ・ルシェっていう店で、モンブラン専門店だよ」
「ここが、モンブランの専門店……」
私は、息を整えながら答えた。
自分で歩くよりも、引っ張られながら歩く方が体力を持っていかれて、普段歩いているときよりも、息が上がるのが早い。
「行こう、行こう!」
ナコッタに手を引っ張られ、私は店に入った。
店内は落ち着いた雰囲気で、私たちが場違いだというのが伝わってくる。
「ここに座って、座って」
「ええ」
ナコッタに言われるまま椅子に腰をかけた。
「モンブランってね、クリームの積み重ねが一番重要なの。最初から入れ過ぎると、クリームが崩れちゃうの。絶妙な力加減が、見栄えの良いモンブランになるんだって」
「お待たせしました。かぼちゃのモンブランと抹茶のモンブランです」
「リリシラさんは、かぼちゃのモンブランね」
「ええ」
初めて、見た。
かぼちゃのモンブラン――こんなに鮮やかな黄色の塊。
「リリシラさん、食べて! 食べて!」
「ええ」
フォークでクリームとスポンジケーキをすくい、口に運ぶ。
ほお……たまらない。
このかぼちゃクリームの甘味。
とってもおいしい。
こんなに甘みが引き立つのか。
スポンジケーキも負けていない。
クリームよりも、かぼちゃの甘味がほどよく抑えられていて、バランスがいい。
マンゴーも入っていて、酸味というアクセントもいい。
「どう? リリシラさん」
「ええ、最高よ」
「次ね……次は、ショートケーキ」
「――っ⁉ ショートケーキ?」
「リリシラさん、ショートケーキ好きなの?」
私の楽しみにしている顔を察知したのか、ナコッタは、不敵な笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「――ええ。好きよ。大好き」
本当は、もっと全力で「大好き!」って伝えたいのに、ためらってしまう。
完全にナコッタの勢いに押されている。
「すぐ行く? それとも特製の紅茶でも飲む?」
ナコッタは二つの選択肢を出した。
どちらが良いのよ……。
気持ち的には、すぐに行きたい。
ショートケーキを食べたい。
イチゴの甘さを堪能したい。
しかし、ナコッタがあえて「特製の紅茶でも飲む?」と言ってくれたのに、それを飲まないのは彼女に悪い。
それに、特製の紅茶がどんなのか、気になる。
「特製の紅茶を、いただきます」
「そうこなくちゃ」
……正解だったみたいだ。
「こちら、特製紅茶でございます」
「ありがとうございます」
「まず、香りを楽しんで、リリシラさん」
「ええ……」
紅茶に鼻を近づけると、ほのかに花とリンゴの香りが漂ってきた。
鼻の奥が少しスッキリしたような感じがする。
「いい匂いでしょ?」
「ええ」
「この紅茶ね、香りを楽しみながら飲むものなんだよ」
ナコッタは自信満々に話し始めた。
「それとね、この紅茶。後味がスッキリしていて、次のショートケーキ前の小休憩みたいな感じでいいでしょ。口に残る嫌な甘さが消えるから」
「ええ、そうね」
私は、その“嫌な甘さ”も含めて、好きなのだけれど。
それは、ケーキを連続で食べたことがないからこそ感じるものなのかもしれない。
紅茶を口に運ぶと、口の中が花畑みたいになった。
口から広がる花の香りは、実際の花畑よりも濃い。
そして、リンゴの香りも一緒に押し寄せてくるから、頭が少し混乱する。
「この紅茶、どう?」
「ええ、いいわ」
あまり良い返答とは思えないけれど、今の私には精一杯の返しだった。
初めての感覚に動揺が隠せない。
思考も、半分くらいしか働いていない気がする。
最後まで飲み切った時には、少しずつ慣れてきて、いろんな感想が浮かんできた。
しかし、あまりにも抽象的な言葉しか思いつかず、ナコッタに言っても伝わらない気がするので、これ以上考え続けるのはやめることにした。
「じゃあ、ショートケーキのお店に行こっか」
ラ・ルシェを出て、向かい側のお店に入った。
店に入った瞬間、果物の甘い香りが漂ってくる。
ガラスのショーケースの中には、色とりどりのショートケーキが並んでいる。
「この席に座ろうよ」
「ここ⁉」
ナコッタが選んだのは、ケーキを作る人の姿が見える、店の中央の席だった。
これって、試されてる?
リリシラさんが、どれくらいショートケーキ好きかって。
だとしたら、店を出たい。
特別好きというより、人並みに好きという感じで、一番好きな人には、負けちゃうと思うから。
「ナコッタが選んじゃうね」
「よろしくお願いします」
ナコッタは、ガラスショーケースの中から二つのショートケーキを選んだ。
あまり悩んでいる様子はなく、あらかじめ決めていたような感じだった。
一つは、イチゴとオレンジ、ブルーベリーが乗っていて、断面にも色とりどりの果物が入っている。
もう一つは、イチゴのショートケーキ。
ナコッタは、手前にイチゴとオレンジとブルーベリーが乗っているショートケーキ、奥にイチゴのショートケーキをテーブルに置いた。
どっちが私の分?
手前か?
それとも奥?
「あっ、ごめん。反対だった」
ナコッタは手前のケーキを持ち上げ、奥に動かして、奥のケーキを手前に滑らせた。
胸が痛い。
鼻息がうるさくなる。
息を吸うのを忘れて、ナコッタがケーキを動かす様子をまじまじと見つめていた。
「じゃあ、食べましょう。リリシラさん」
「ええ……頂きます」
私がいただくのは、イチゴのショートケーキ。
まずは、上に乗っているイチゴは食べずに、ケーキそのものを楽しむ。
ケーキをフォークですくい、口に入れる。
生クリームはきめ細かいのか、かなりの弾力がある。舌で押したときに少し押し戻される感じ。
イチゴはとても甘味があり、クリームは少し甘味を抑えている。
スポンジの部分は、ほろ苦く。
甘味の強いイチゴと合っている。
「どう? イチゴのショートケーキ。おいしいでしょ?」
「ええ……」
……来た。
この時が。
ケーキへの理解が深い感想を言わなければ。
「うーん……最高。生クリームがきめ細かく、イチゴはとても甘い。生クリームとイチゴの甘さに対して、スポンジケーキは甘味が抑えられていて、全体的に整っていて、飽きずに食べられる。甘さもくどくもなく、食べるペースが落ちない」
「リリシラさん……」
ナコッタの表情が重い。
……もしかして、引かれた?
後ろでケーキを作っている人たちに目を向けると、感心したようにうなずく人がちらほら見える。
「そんなに、おいしかったのね。気に入ってくれてよかった」
さっきの重い表情と違い、飛びぬけた満面の笑みをしている。
「まさか、リリシラさんからあんな具体的な感想が出てくるとは思わなかった。さっき言ってくれたこと、紙に書き留めたいくらい」
「大袈裟ですよ」
「それくらい、感激しちゃって」
「店主のル・ロドリ・マです。先ほどの感想。感激しました」
「ありがとうございます」
「皆さん、リリシラさんの感想を聞いて、少し上機嫌になっていますよ」
「ありがとうございます」
「次は、プリン。プリン食べに行こ」
「リリシラさん、終わりましたよ」
ナコッタの会話の後、一人の男性の声が聞こえた。声の方に顔を向けると――。
「ルナセインさん?」
見積もりが終わったルナセインが立っていた。
「ここで終わりみたいね」
と、ナコッタは言う。
ナコッタは、私とルナセインに軽いお辞儀をして、店を出ていった。
……本当に申し訳ない。
洋服屋の町に行くために、馬車に乗り込んだ。
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