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「本日は取材を受けてくださり感謝いたします」
「こちらこそ、スズカがお世話になりました」
乙名史は目の前に座る男を油断なく観察していた。一世を風靡しているサイレンススズカのトレーナー。特徴的な容姿からネットではプリン頭の愛称で親しまれている彼だが、実際に対面してみると予想以上に若い。
聞けば、彼はまだトレーナーになって二年目だという。そんな彼がトゥインクルシリーズで数々の功績を収めているのはハッキリ言って異常事態であり、サイレンススズカという天才の存在だけでは説明がつかない。
乙名史は人を見た目で判断するような三流ではない。しかし仕事柄、多くの人と関わることで人を見る目は養われているつもりだ。第一印象は都会のやんちゃな大学生。その瞳は隠しきれない熱を帯びている──ようにも見える。
やはり事前情報のせいでノイズが酷い、と乙名史は自覚する。物議を醸したGⅠ連闘、そして通常では考えられないような酷使ローテを走り抜けたトレーナー。若さだけではない、猛烈な勢いと不安定さは見ていて危なっかしい。
「スズカのやつは何て言ってました? こう……独特の感性を持ってるのでやりづらいでしょ」
いえ、しっかりとした娘ですよ、と乙名史は返した。たしかにサイレンススズカは噂に違わぬ感覚派だが、ウマ娘では珍しくない。むしろ受け答えが立派で乙名史としてもやりやすかった。トレーナーの方は普段から苦労していそうだが。
今回の取材は二段階に分かれている。最初はサイレンススズカ、その次はトレーナーの方。部室にて二人が別々に取材を受ける手はずだ。そして乙名史の本命はプリン頭の方である。基本的にウマ娘全肯定BOTな乙名史だが、一方でトレーナーに対する目は厳しい。彼女のレースやトレーニングの知識は並大抵のトレーナーのそれを凌駕しており、下手な誤魔化しは通用しない。
そして問題のプリン頭。乙名史からすれば何もかも異常な彼は、取材が始まる前からMAXで警戒されていた。
「まずはGⅠ制覇、おめでとうございます。といっても、いくつかありますが」
「短期間で勝ちましたからねぇ」
期間にするとわずか一ヶ月でGⅠ三勝。まさに異次元の記録である。GⅠだけで三連勝しているという事実だけでもレジェンドに匹敵するような偉業だが。
プリン頭は、別にそれを誇るようなことはしない。サイレンススズカは条件さえ揃えば同世代トップのウマ娘たちを相手取って、その全てを蹴散らすことができると証明した。遅咲きだったとはいえ、その才覚と実力は疑いようがない。そしてアプリトレーナーの無双っぷりを知っているプリン頭からすれば、凄いけど別に凄くない、という感じ。
「正直に申しますと、寒気すら覚える戦績です」
「凄いけど別に凄くないですね」
「え?」
何も考えずに喋っているプリン頭は、自分の思考をぽろりと落としてしまう時がある。乙名史が一瞬訝しげな表情になったのを見て、慌ててフォローした。
「スズカの才能なら当たり前のことです(意訳)」
「なるほど……いえ、たしかに凄まじい走りでした」
……演技ではない。目の前のプリン頭は、本気で勝って当然だと考えている。決して自信過剰ではないだろう。それだけサイレンススズカと他のウマ娘には大きな実力差がある。
「あの走り……大逃げが生まれたきっかけは何ですか?」
「あれは本人の性質ですね」
大逃げ自体はそれほど珍しい戦法ではない。大逃げで安定して勝ちを重ねたウマ娘となると、途端に数は減るが、いるにはいるだろう。
「先頭に対しては人一倍こだわりがあるんです。俺……こほん。私は逃げウマ娘は二種類に分けられると考えています」
別に先頭じゃなくてもいいウマ娘と、先頭以外ではパフォーマンスが著しく落ちるウマ娘。
「スズカは圧倒的に後者です。レースの組み立ても先頭を走ることを前提としている。それも、圧倒的単独での先頭です」
「そのための、大逃げですか。思い切った采配ですね」
「スズカを一目見た時から決めてましたよ」
他のトレーナーも気づきだしている頃だろう。サイレンススズカとはそんなウマ娘だと。
逃げはレース全体を統制する脚質だ。後ろから迫るウマ娘を肌で感じながら、自分が終盤でバテないようにスタミナを割り振る。勝つためのリ-ドを築き、それでいて逃げ切るための脚を残す必要がある。他の逃げと競り合いながら。
「ご存じの通り、逃げは頭を使います。先頭を悠々と走っているように見えて、実は自由はそんなにない」
意外と制約が多い上に、安定して勝てるわけでもない。プリン頭の逃げに対する評価はそんな感じだった。彼はクリスマスオグリという怪物を知っているから。最終コーナーを抜けた瞬間にブチ抜かれたことなど数え切れない。なぜ彼女は芝とダートの両方を走れるのだろうか。
「ただ、スズカは真の意味で先頭を自由に走ることができます。思いのままに、のびのびと」
自由、その表現が乙名史にすとんと落ちた。後先も考えずにかっ飛ばす。気まぐれで加速して、一度も振り返らずにゴールする。サイレンススズカの走りとは自由そのものなのだ。
その適性を引き出したプリン頭もまた、傑物であると乙名史は考える。サイレンススズカが伸び悩んでいたことは以前のレースを見ればわかる。そんな彼女の躍進の裏には間違いなくプリン頭の存在があった。
「なるほど。ところで自由と言えば、出走するレースも不規則ですよね」
「はい。絶対的なルールはありませんが、GⅠを中心に多くのレースを経験させたいと考えています」
サイレンススズカのもう一つの特徴は、その異常なレースの頻度だろう。三週連続出走から始まり、最近では二週連続でGⅠを勝っている。この過酷なスケジュールの中でなぜ勝てるのか。世間だけでなく他のトレーナー達も不思議に思っていた。
「目標を一つに絞らないということですか」
「そうですね。あいつの目標はレースにはないので」
一つのレースに向けて数週間単位の調整を行う。それが今の主流の考え方だ。プリン頭はその主流から大きく外れている。
「レースを走らせるのは成長のためです。トレーニングよりも、実際に走った方が感覚も磨かれますから」
「しかし……それでは負担も相当なものでは?」
一番気になっていたのは、そこ。ウマ娘にとってレースの負担は尋常ではない。文字通り脚を削って走っているのだ。
「そこはトレーニングで調整させます。具体的には、スズカはトレーニングで走ることはありません」
「……は?」
「走るようなトレーニングはしません。柔軟とプールトレーニングが中心です」
絶句する乙名史。
なんかおかしなこと言いました? と言う目の前の男にツッコミを入れたくなる衝動を抑えながら、冷静に質問する。
「冗談……ですよね」
「スズカがプライベートで走ることはありますが、そこも制限をかけています」
「そこで釣り合いをとっている……と?」
「はい。スズカにとってはレースが練習みたいなものですね」
GⅠウマ娘を産みだしたトレーニングが、走らないこと……?
日本語なのに頭に入ってこない。乙名史の灰色の脳細胞は、必死に情報を咀嚼しようとする。彼女は無能ではない。むしろ極めて有能だ。しかし積み上げた理論と経験は、目の前の男には通用しなかった。
乙名史はサイレンススズカとのやり取りを思い出す。
(その……少し変わった人なんです。悪い人ではないですけど)
その時の乙名史は別に驚かなかった。トレーナーという人種は、ウマ娘に引けを取らないくらいにはクセが強い。それは乙名史自身も取材の中で直に感じていたことだ。そしてサイレンススズカはこう続けた。
(ただ、トレーナーさんは、自分がおかしい人ってあまり思っていないようなので……)
プリン頭が聞いたら、お前もじゃねーかと言いたくなるような発言。
乙名史はそこで確信した。このトレーナーは、頭がおかしい、と。
レースを練習に見立てて、普段は負荷を抑えたトレーニングをする? 荒唐無稽な発想だ。思いついたところで誰もやらないだろう。セオリーも、ノウハウも何もない。そんなメソッドに、新人トレーナーと一人のウマ娘の命運を賭ける必要がどこにある?
トレーニングの方法は日々進化している。トレーナー達は担当ウマ娘に合ったトレーニングを練り上げている。ただ、プリン頭のそれは邪道ですらない。そこに道はない。縋ることができる実績も、辿るべき軌跡も。
そんな勝ち方は、誰も知らない。
「スズカは、まだまだ速くなりますよ」
それなのに、目の前の男はそう言い切ってしまう。口調こそ軽いが、その目は本気だった。乙名史の背中に嫌な汗が伝う。異質を通り過ぎて……不気味だ。すでにサイレンススズカの走力はシニアトップクラスにも届く。マイルCSのレコード勝ちがそれを証明している。
(私は、まだまだ速くなれます)
サイレンススズカは奇しくも似たような発言をしていた。この二人は、同じ景色を共有している。それが何なのか乙名史には想像もつかないが、現在地よりも遙か彼方を示しているのだろう。その野望はトゥインクルシリーズでは収まらない。それこそ、世界にだって──
取材を終えた乙名史は、得た情報を捌ききれずにいた。あの二人の間で高い理想を共有していること、そして互いが強い信頼で結びついていること。それはいい。パートナーとしては理想的だ。ただし、その手段と目的はひたすら異質だが。
乙名史は確信している。あの二人は、トゥインクルシリーズの台風の目になるだろうと。距離適正を超越し、あらゆるウマ娘に影響を与えかねない存在だ。嵐がすぐそこまで迫っていることを知った乙名史は、深いため息を吐いた。
「これは……そのまま記事にできないわね……」
ウマ娘界に変革をもたらすであろう劇薬。彼女はそれを一人で抱え込むことに決めた。