5連続出走だ! ダービー!!   作:首領ドラコ

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逃亡者

 年末の長い休暇が終わったが、思い切って2月もレースに出なかった。スズカはマイルCSでハナを奪われたことが不満だったようで、スタートの練習と、あと全体的なスタミナの底上げを目的とした。

 

 

 改めて見ると、たぶんスズカのステータスは尖りに尖っている。ゲーム的表現だと、シニア開始時点でスピードがSくらい、スタミナがCのパワーD+程度か。スピード練習を踏んだ覚えはないんですがねぇ(恐怖)。ちなみに脚を使わない練習には座学も含まれるので、賢さもAくらいはありそう。

 

 

 だから平らにする必要があったんですね。最後に勝つのは総合力なのだ。

 

 

 そんなわけで新年一発目のレースは3月前半の金鯱賞。中京レース場で行われる2000mのGⅡレースである。冬の成果を試すにはもってこいの機会だ。

 

 

「いつも通り、ぶっちぎってこい。ただ無理だけはするなよ」

「もちろんです。トレーナーさん」

 

 

 スズカは……それはもう滾っていた。およそ三ヶ月ぶりとなるレース。その間は全力で走ることを禁じられていたからか、封じられていた先頭民族の(ソウル)が今にも爆発しそうな状態だ。覇気すら感じる。

 

 

『サイレンススズカ! またしてもレコードが出たッ!!』

 

 

 まあ、そうなるわな(自明の理)。

 レースは圧倒的な実力差でスズカが蹂躙した。冬の間にスタミナを伸ばした成果が出ている。今のスズカは2000mでしっかりスピードに乗れる程度のスタミナを確保しているのだ。2200までは問題ないと思う。

 

 

「トレーナーさん。私、また速くなりました」

 

 

 スズカはご満悦だった。レースに勝ったから喜んでるわけではない。レコードが出たから喜んでいるわけではない。自分が速くなったから喜んでいる。ある意味では誰よりもストイックなスズカだが、どうやら手応えを感じることはできたらしい。

 

 

 そして息つく暇もなく、次のレースは大阪杯だ。阪神で開催される2000mのGⅠレースである。メイクラ育成には休息という概念は存在しない。スズカもノリノリだし、これはいけるな! GOGOGO!!

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 メジロドーベルはゲートに入った栗毛のウマ娘を油断なく観察する。全体的にスレンダーな体型と、長い手足。現在トゥインクルシリーズを荒らしているウマ娘とは思えないほどに、目の前の彼女は華奢だった。儚さすら感じる。普段は同じクラスとはいえ、レースでの姿を見るのは新鮮だった。

 

 

 モデルとしてやっていけるのではないか。メジロドーベルはふと思った。あの深窓の令嬢のような雰囲気は一朝一夕で出せるものではない。尤も、その正体は酷使ローテが生んだ爆逃げマシーンだが。

 

 

(私は……勝てるのかな)

 

 

 GⅠ三勝のメジロドーベルは、格だけならサイレンススズカと同等ということになる。世間ではすっかり対抗バ扱いされており、初の直接対決がGⅠということで注目を集めていた。本人からすれば胃が痛い話である。

 

 

(なんかパワーアップしてるんですけど……)

 

 

 サイレンススズカは冬を越えて強くなった。先週の金鯱賞。その圧倒的な走りは中距離を走る全てのウマ娘に衝撃を与えた。上がり3ハロンのタイムは見たことない数字になっていて、メジロドーベルは思わず二度見した。

 

 

 技術と才能のごり押し。メジロドーベルのトレーナーは、サイレンススズカをそう表現した。メジロドーベルが超一流のウマ娘だとすれば、そのトレーナーもまた超一流である。そんなトレーナーが、駆け引きすらさせてもらえない、と断言したのだ。そしてトレーナーは戦術を放棄し、かわりに祈る時間が増えた。

 

 

 本当に大丈夫なのか。メジロドーベルは不安でいっぱいだった。なんだかんだ言っても普段は優秀なトレーナーなのだ。ストレスを受け続けると猫になってしまうが、優秀なトレーナーなのだ。最近は部室に神棚を作り、某ウマ娘から教わったという奇妙な踊りを踊っているが優秀なのだ。

 

 

『今スタートしました! 先頭はサイレンススズカ!』

 

 

 予定調和。至極当然といった様子で、サイレンススズカは先頭を走る。他のウマ娘は別に驚きもしない。あれはそういう存在だ、という共通認識がある。

 

 

 冬の間にサイレンススズカ対策は進んだ。各陣営は頭を抱え、その理不尽さを再認識させられた。マイルCSでキョウエイマーチが見せた走りは、サイレンススズカに対する一つの回答だ。終盤までサイレンススズカの前を走り、完全に封じ込めたかのように見えた。

 

 

 が、誰も真似できない。世代トップクラスの逃げウマ娘が対抗した結果敗北しているのだ。後に続こうという者は誰もいなかった。

 

 

 そんな各陣営の苦悩はつゆ知らず。サイレンススズカはすいすいと先頭を進む。水を得た魚のように、その歩みには一片の曇りもない。

 

 

(順調ね……このまま駆け抜ける……)

 

 

 一般的な逃げとは違って、サイレンススズカは後ろを振り返ることが滅多にない。他のウマ娘など関係ないと言わんばかりの態度で、サイレンススズカは我が道を行く。

 そんな自分本位な走りに触発されたのか、レース自体にも変化が訪れていた。

 

 

「スズカはともかく……他のウマ娘は気づいてるのか?」

 

 

 時計が示すのは殺人的なハイペース。サイレンススズカに引き上げられるように、レース全体が超高速化していた。同じ現象が起きたマイルCSではレコードを更新したことから、GⅠでも類を見ないハイペースだということだ。

 

 

 サイレンススズカに引っ張られるようにして、先頭集団が快調に飛ばしている。サイレンススズカが惑星だとすれば、さしずめ衛星といったところだろう。異次元の速さが生み出す引力に、レース全体が呑み込まれていく。

 

 

 つまるところ、サイレンススズカはシニアでも敵なしだった。

 

 

(調子がいいわ……もっと遠くまで行けそう)

 

 

 とはいえ、当の本人にそこまでの余裕はない。大逃げは依然として中盤の負担が半端ではなく、誰よりも苦しいのはサイレンススズカだった。今にも焼き切れてしまいそうな肺を抱えながら、鉛のように重い脚を前に出す。押し寄せる負荷を感じながら限界ギリギリを見極める。

 

 

(まだ……進める)

 

 

 逆に言えば、限界さえ迎えなければ何でもよかった。レースなのだからゴールまでは走るべきだ。しかし本音を言えば、今ここで朽ち果ててもいい。スピードの向こう側にたどり着いたのなら、後のことなど考えていない。

 

 

 サイレンススズカは刹那を生きている。苦しみも喜びも全部ひっくるめて、自分だけのターフを駆けている。そこには一秒先の未来すら存在しない。そんな奔放で無計画な走りは、プリン頭が見つけ、サイレンススズカ自身が育んだ。

 

 

 そしてサイレンススズカは無音の世界に至る。観客の喧噪は遠くに消えていき、視界はどこまでも澄み切っている。誰もいない。世界でひとりぼっちになった感覚。

 

 

(いえ、今は二人かしら……?)

 

 

 思考の隅に、プリン頭の男が見えた気がした。最初から最後まで型破りなトレーナー。サイレンススズカと理想を共有し、同じ景色を目指す男。自分とは正反対な人物だが、それでもサイレンススズカにはわかることがある。

 

 

(トレーナーさんは、私を勝たせたい)

 

 

 サイレンススズカにとって、勝つという行為に特別な意味はない。負けるのは嫌いだが、それは遅い自分が嫌いなだけだ。

 

 

 そこでサイレンススズカは後ろを振り返った。ゴールまではまだ距離がある。視界の端に捉えたのは、白とミントグリーンのウマ娘。大本命であるメジロドーベルが、ついにサイレンススズカを射程内に収めた。

 

 

(……私はトレーナーさんに何を返せるのかしら)

 

 

 特に走ることに関して、受けた恩は返すべきだという意識は間違いなくあった。先頭民族は恩義を重んじるのだ。自分のためにあらゆる手を尽くすプリン頭を見て、何も思わないわけがない。

 

 

 メジロドーベルは手強いウマ娘だ。高速化したレースの中でも、明確にサイレンススズカを差し切るイメージを持っている。()()に走っていては、最後に逆転されることもあるだろう。

 

 

(トレーナーさん。私、勝ちますよ)

 

 

 ほんの些細な違和感。

 

 

 レース中のウマ娘達ですら気づかなかったそれを、プリン頭は観客席から感じ取った。先頭を走るサイレンススズカと、それを追うメジロドーベル。すでにレースは二人の決着を見届けるような展開だ。

 

 

 悠々と先頭を走るサイレンススズカは、いつも通りに見える。ただ、プリン頭はどうも腑に落ちない。本来の力を出し切れていないような……そんなもどかしさがあった。

 

 

「……引きつけているのか」

 

 

 ぽつりと零したそれが答え。プリン頭は自分の目を疑った。あり得ないと叫ぶ心の声を無視して、混乱のままに頭を回す。

 

 

「故障……じゃない。あれは意図的にやってる」

 

 

 プリン頭の分析は正しい。サイレンススズカは第三コーナーが終わった辺りから僅かに減速し、息を入れた。逃げウマが途中でペースを落として脚を溜めることは珍しくないが、サイレンススズカはそんな器用なことはしない。

 

 

 サイレンススズカは序盤のリードを犠牲にしながら脚を溜めた。何故かはわからない。しかし意図はハッキリと伝わってくる。

 

 

「終盤に……後続を突き放すため……」

 

 

 最後の直線は長くも短くもないが、坂がある。レースに勝つには上り坂での減速を抑えることがマストだろう。最後の最後でメジロドーベルに捕まるかどうかの瀬戸際。そこまで読み切ったサイレンススズカは、確実に勝てる方法を選択した。

 

 

 ぞくり、と。プリン頭の体が打ち震える。まるで幽霊を見たような表情で。ぽかんと開いた口からは、かすれた笑い声が漏れる。

 

 

「はは……すげぇ……」

 

 

 ゲームで見たどんなレースよりも。強烈な現実がプリン頭を揺らす。サイレンススズカはレースの勝敗に無頓着だと思っていた。何を思ったのかは知らないが、今はあのサイレンススズカが勝つために走っている。故にプリン頭は確信するのだ。これで勝たなきゃ嘘だろう、と。

 

 

『サイレンススズカ先頭! 逃げる! 逃げる!! 差は縮まらないッ!!』

 

 

 最後の最後まで脚を残した。今までの無計画な走りとはがらりと変わって、計画的な終盤を驚異的なスピードで駆け抜ける。

 

 

 最後まで影すら踏ませない走り。完全にメジロドーベルを突き放したサイレンススズカは、レース後に初めて観客席を見た。レース直後はトリップしながらターフを歩くことが多いスズカだが、何かを探すように視線を動かしている。

 

 

「勝ちましたよ、トレーナーさん」

 

 

 そんな呟きは大歓声の中に消えていった。

 

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