夏だ! 海……じゃない山だ! 夏合宿だ!!
夏合宿の時期がやってきた。ウマ娘の育成では欠かすことのできないメインイベント。夏合宿の上振れがそのままステータスの完成度に繋がるので、失敗は許されない。アイテムの使い忘れには十分注意だ。
合宿先はお馴染みの海辺……ではなく山の中になった。避暑地で有名な軽井沢の山の奥。金に物を言わせて旅館を半貸し切り状態にした。飯がうまいらしい。
ゲームの影響か、夏合宿といえば海のイメージがあった。しかし少し考えれば海であるメリットがほぼ無いことに気づく。しょっちゅうプールで泳いでいるスズカに本物の海を見せたい……とかなら話は変わるが、別にスズカも泳ぎたいわけじゃないと思う。
「運転なんて久々で緊張するなぁ。やっぱり後輩くんが運転する?」
「俺だって職場と家の往復がメインですよ」
トレセン学園から貸し出された大型のワゴン車。ハンドルを持つ手つきがすでに怪しい先輩は、助けを求めるように助手席に座る俺をチラチラ見てくる。なんだろう。とても嫌な予感がする。
後部座席にはスズカと、先輩が連れてきた短距離三人娘。そしてそれぞれの荷物がぎっしり詰められている。とりあえず先輩は運転交代しよう。俺は遠征先でレンタカーに乗ることがあるので、多少はマシなはず。
今年の夏合宿は合同で行うことになった。先輩が何人かのトレーナーを集めたらしい。現地集合で事前のやり取りもメールだったから、全員とやり取りしたわけではないが、知っている顔もあった。
「私も栗毛なんですよぉ。触ってもいいですかぁ?」
「脚細すぎでしょ……これがGⅠウマ娘の実力……」
「スズカさんって好きな芝ありますー? 私は──ーは・ん・し・ん♡」
早速スズカが短距離三人娘に絡まれてる……。なんで真ん中に座ったんだよ。助けを求めるような視線でこちらを見ているが、俺は見捨てて前を向いた。強く生きろ、スズカ。
「ナビお願いしますよ。東京以外の地理はわからないので」
「もちろん。運転よろしくね」
無難に新幹線とかで移動すればよかったと後悔しても遅い。俺は慎重に運転して──先輩は高速道路に入った瞬間に爆睡した。
◇
夏合宿といえばステータス爆盛り期間を想像するかもしれない。限界まで体力を振り絞って、アイテムでバフして一気にドカン。サア、トモニカミノリョウイキヘ!
だからスパルタ的な練習をイメージしていたが、どうも今回はそういう感じじゃない。メインの目的はウマ娘同士、トレーナー同士の交流で技術や感覚、ノウハウを共有することらしい。技術交流会といったところ。
場所を変えて新たな刺激を受けることで、互いに高め合うのが目的だ。スズカは他人の理論を持ち込まないタイプだから、今回の合宿がどう転ぶかはわからない。ただ普段とは別角度からのアプローチも必要だと判断したので参加した。
「着きましたよ先輩。起きてください」
「んー? あと5分だけ……」
「まじかこいつ」
無理やり起こそうか……とも考えたけどやめておいた。よく考えればこの人、俺より寝てないんだよな。じゃないと大の大人が小学生みたいなことは言わないだろう。お仕事お疲れ様です。
先輩が熟睡している間に荷物を下ろす。俺の持ち物は着替えとパソコンくらい。スズカも荷物はコンパクトにまとめていた。短距離三人娘はバカでかいキャリーケース以外にもドデカいリュックを持ち込んでいた。何入れてんだアレ……。
「やっと着いた……思いのほか長かったな」
「流石に肩が凝りました」
少しげっそりした様子のスズカ。押しが強い娘はどうにも苦手らしい。本質的には天然なんだが、相手によってはツッコミ役に回ることも多くて苦労してそう。
鍵を受け取るとウッキウキで部屋を確認しに行った三人衆は先輩に任せるとして、俺は他のトレーナーに挨拶に行く。俺が一番後輩だからな。というか男のトレーナーは一つの部屋で雑魚寝だ。ファーストコンタクトをミスると後が気まずい。
「こうして話すのは久しぶりですね」
「ウッス」
タイキシャトルのトレーナー。歳は30前半くらいだったか。眼鏡がトレードマークだ。俺もサブトレ時代はお世話になった。
「実りのある議論を期待していますよ」
「よろしくお願いシャッス」
理論派というか……データを重視する人だ。トレーナーの中には感覚に頼り切ったまま結果を残す人も多いから、インテリは意外と少ない。というかトレーナーなんて全員インテリなんだから、目立った能力がないと生き残れない修羅の世界だ。
そこで結果を残しているタイキトレは理論派筆頭。中堅トレーナーの中ではトップクラスの実績を誇る。
「初めましてやなぁ。ま、気楽にいこうや」
「よろしくお願いします」
そしてフクキタルのトレーナー。40代くらいのイケオジ……かと思えば両手で抱えている水晶玉の主張が激しい。ボウリング球くらいのサイズのそれは、半透明で怪しい光を放っている。
「キミも肩肘張らんでいいよ。何も気にせんでも上手くいく。全てはあのお方の導きのままに……」
やたら水晶球を撫でていたのが印象的だった。なんだろう。担当ウマ娘の影響を強烈に感じる。具体的に言えばシから始まってキで終わるお方を信仰してそう。
そして最後の一人はメジロドーベルのトレーナー。こっちは女性だった。
ぱっつんと切りそろえられた黒髪ロングは腰まで伸びている。そして若い。この中の面子だと一番俺と年齢が近そうに見えた。
「初めまして。こうして会えたこと、嬉しく思います」
礼儀正しい人だなーと思った。メジロ家のウマ娘を担当しているだけあって、本人の所作も洗練されているというか、良家のご令嬢だと言われても驚かない。こんな人をエリートと呼ぶのだろう。
「こちらこそ、メジロドーベルさんにはうちのスズカがお世話になっていて──」
「ッ……ええ。そうですね」
ファーストコンタクトは上手いこといった。あとはスズカが他のウマ娘にどんな影響を受けるのか、今から楽しみだ。
◇
「うにゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「ト、トレーナー落ち着いて……」
ソファの上でうずくまって絶叫するトレーナーを、メジロドーベルは黙って見ていることしかできなかった。
「か、勝てると思ったにゃぁ……」
先日の宝塚記念。サイレンススズカを除けば大本命だったメジロドーベルは、終盤勢いに乗り切れず5着。トレーナーは悔しすぎて一日中泣いた。
サイレンススズカが調子を落としていたことは一目でわかった。脚を溜めるようになったことも、メジロドーベルにとっては追い風だと判断した。そして迎えた当日。サイレンススズカは涼しい顔でどこまでも逃げていった。
誰がどう見ても絶好調。圧倒的な差を生み出したサイレンススズカとは対照的に、メジロドーベルは思うような結果を残せなかったのだ。
「落ち着いてトレーナー。メジロモードが崩れてるよ」
「……ぅ……こほん。見苦しい姿を見せましたね。謝罪します」
そしてこの切り替えの早さである。メジロドーベルは何かと引きずりやすい
「ですが借りは返します。今年の夏合宿はサイレンススズカも参加するようですよ」
トレーナーは若干ウキウキしていた。彼女もまたサイレンススズカのファンの一人だ。何度も苦汁を飲まされたが、それはあのプリン頭が悪い。おのれプリン頭。許すまじ。
「たくさん交流して、強くなりましょう」
「わかったから笑顔のまま泣くのはやめて……」
トレーナーが立ち直るためにはまだ時間がかかりそうだった。