夏合宿は滞りなく進んでいった。
普段とは違うトレーニングメニューに励み、その効果を実感する。クソでかタイヤを引っ張る謎の特訓。唐突に始まるスイカ割り。柔軟で無双するサイレンススズカ。どれもウマ娘達にとっては目新しいもので、大きな刺激を受けた。
「タイキ。私にもコーナリング教えなさいよ」
「ウ~ン、曲がるときはギューンといってばーんデスね!」
「伝わるわけないでしょ!?」
あまり同期の間で技術的な話はしてこなかった。トゥインクルシリーズを駆け抜けるライバルとして、意図的に避けていたのだ。しかしメジロドーベルは思う。本当にこのままでいいのか、と。
(今のままなら……私はスズカに追いつけない)
現状を打破するヒントを求めているのはメジロドーベルだけではない。タイキシャトルもまた、試行錯誤を繰り返している。純粋な速さを極めることが最大のサイレンススズカ対策になるのだから。
「……ワタシも逃げた方がいいデスかね~。スズカはどう思いマス?」
「え? ……いいんじゃないかしら」
他の人のことはよくわからないわ、首を傾げるサイレンススズカ。生粋の感覚派は他人のこととなると滅法弱かった。
「大逃げデスよ! ワタシもやってみたいデース!」
「……ッあんたそれ……」
「どうかしら。アレは、すごく苦しいから……」
他のウマ娘にとって、大逃げはすごくすごく苦しいらしい。サイレンススズカは知っている。脚が鉛のように重くなる感覚を。周囲の景色が歪んで、輪郭が曖昧になった世界を一人で走る感覚を。とても楽しい、サイレンススズカだけの地獄だ。
「私のトレーナーさんに聞いてみるのはどうかしら」
「げっ、それ大丈夫なの?」
「? 問題があるのデスか?」
ちょっと嫌そうな顔をするメジロドーベル。
「スズカには悪いけど……私はあの人苦手かも……」
今更ながらサイレンススズカのトレーナーは男性である。珍しいことではない。トレセン学園は圧倒的に男性のトレーナーが多数派であり、特に若手の層が厚い。
私なら絶対に耐えられない! というのがメジロドーベルの思うところであった。箱入り娘と人見知りのダブルパンチで、彼女は男性が少しばかり苦手だ。必然的にメジロドーベルのトレーナーは女性である。
「スズカのトレーナーって、ほら。こう……アレじゃない」
見た目は完全にヤンキーのそれ。中途半端に染められた金髪は無造作に伸ばされていて、粗暴な印象を与える。トレーナーにしては口調が荒いのも問題だった。きっとメジロドーベルが最も苦手なタイプである。
そしてサイレンススズカもまた、メジロドーベルの内心が手に取るようにわかる。彼女のトレーナーは誤解されやすい人だということも知っている。ウマ娘を酷使する鬼畜ヤンキーとして、生徒間では密かに恐れられていた。
別にそんなことはないのに、とサイレンススズカは考える。どうしても見た目のイメージが先行するが、トレーナー自身は優しい人──
走りたがっているサイレンススズカを部室に軟禁しているが、優しい人である。
どう考えても酷使するようなローテを組んでいるが、優しい人である。
「そうね。ちょっとアレよね」
サイレンススズカ気づく。自分のトレーナーが鬼畜であることに。残念ながら噂を否定できる要素はなかった。神妙にうなずいているメジロドーベルには悪いが、誤解(?)は解けそうにない。
「フム……。フクキタルは何かありマスか?」
「むむっ……! 私が教えられることなど……それこそ占いのことしか……」
意味ないでしょ、という言葉が喉元まで出かかったメジロドーベルはふと思った。
「それってさ、レースの勝敗とかも占えるの?」
「はい。できますよ」
さらりと衝撃的な事実をカミングアウトするマチカネフクキタル。
サイレンススズカとタイキシャトルは占いの結果をそこまで重視しない。特に前者の方は気にも留めないくらいだ。そしてメジロドーベルはガッツリ信じるタイプである。
「もしかして……アタシの勝敗も!?」
「お任せあれ! ババーンと占いましょう!」
どこからともなくクソでか水晶球を取り出したマチカネフクキタルは、怪しげな呪文を唱え始める。ふんぎゃろー。ふんぎゃろー。
……どのくらい待っただろうか。やがて水晶球は眩い光を放つ。七色の輝きが溢れ出した。キュイキュイキュイーンキュピピピピ!!!!
「こ、これは!!」
「何ッ?」
「超大吉です!!」
「うそでしょ……」
どうやら大当たりらしい。時間が経つにつれて不安に駆られていたメジロドーベルは、そこでやっと胸を撫で下ろす。その安堵からか、大げさな演出は特に気にならなかった。
「ワタシ! ワタシも占ってクダサーイ!」
「ええ、もちろんで「キュイーンキュイーンピュインピュイン!!!」
「うそでしょ……」
再び七色に光る水晶球。2連続で大当たりが出た。出てしまった。
「……ねぇフクキタル。ホントに大当たりなんだよね。それとも大当たりって珍しくないの?」
「そ、そんなことありませんよ! お二人とも運勢は間違いなく向上するはずです!」
じとぉっとした目のメジロドーベルに必死で説明するマチカネフクキタル。
「今度こそ! 今度こそ当たりではないはずです!!」
「その……フクキタル? 悪気がないのはわかってるけど……」
その言い方はあんまりじゃないかしら。マチカネフクキタルにロックオンされたサイレンススズカは、大人しく自分の運命を受け入れた。
「いきますよ! はんにゃらこんにゃら——」
どうせ音と共に光るだろうな、と思っていた三名の予想を裏切るように、いつまで経っても水晶球に変化は訪れない。
「これは……末吉かしら?」
「いえ、おかしいですね。普通なら何か出るのですが」
その後マチカネフクキタルが何度繰り返しても、水晶球は沈黙したままだった。
◇
「はい、お疲れ様でした! 無事に最終日を迎えられたので、ここからはお酒解禁で〜す!!」
ウマ娘達が寝静まったであろう深夜。旅館の宴会場を貸し切ったトレーナー達は打ち上げを決行することにした。
練習の監督をしながらトレーナーメニューを組み、深夜には勉強会を行う。そんな片時も休まらないハードなスケジュールを終えて、明日は午後からちょっとした観光……つまりオフになる。
「何がキツかったって、一番は禁酒やなぁ」
「そうっすか? 俺は普段飲まないのでなんとも」
「右に同じです」
「アルコールって何の味がするんですか?」
「お酒臭いと担当が嫌がるですよー」
まったく最近の若者は……とフクトレは手元の水晶球を撫でる。最年長はタバコもお酒も大好きである。
それでも残りの四人も、この期に及んでアルコールを入れない選択肢はなかった。そこまで空気が読めないわけじゃない。
「まあ、実りのある合宿やったなぁ。プリン君のソレだけは最後まで意味わからんかったけど」
「ですが彼はGⅠを7回勝っていますよ」
「だからタチが悪いねん」
プリン頭がメイクラ育成論を語って、周囲にドン引きされたこと。フクトレがシラオキ様式育成メソッドを語って周囲にドン引きされたこと。その二つに大きな違いはないだろう。
「逆にわかりやすいのはキミやなメジロのお嬢ちゃん。自分の理論で勝ちたいタイプやろ」
「仰るとおりです。私は、私の正しさを証明したい」
「お前と同じタイプやなぁ」
「そうですか? 彼女の哲学はパッションやメンタルに振り切れています。僕とは本質的に違う」
中央のトレーナーともなると、どこかしらが捻くれている。執念とも呼べる謎のこだわりをガソリンタンクに突っ込んで稼働するのがトレーナーという生き物だ。
「で、ボクとプリン君が似たもん同士。担当に影響受けるタイプやろ」
「貴方が言うと説得力が違いますね」
水晶球をしきりに撫で回すフクトレは、眩しいものを見たかのように目を細める。
「ボクも同じや。チョベリグな担当がおると、ついノリノリになってまう」
「貴方の場合はもう原形を留めていないですよ」
「俺もいずれは先頭の景色を追い求めるように……?」
出会ったウマ娘を吸収し続けた結果、
「別に人それぞれやろ。あとコイツにだけはなるなよ」
「フクトレさん!? ひどくないですか」
すでに泥酔している女性を指さしたフクトレは、複雑そうな表情をした。
「誰も真似できんねん」
彼女の育成方針は少々特殊だった。最初から才能の原石をスカウトしない。落ちこぼれと呼ばれるようなウマ娘を育て上げて、最終的に重賞に出場できるまでに成長させる。その繰り返し。
「ボランティアみたいなもんや。こんな考えのヤツもおる」
「ウマ娘には夢を諦めてほしくないからね! せめて夢の舞台には立ってもらいますよ!」
だから常に複数のウマ娘を担当し、比較的人気のないダートや短距離にも手を伸ばしている。よってトレーナーとしては慎ましい戦績だが、その手腕は計り知れない。
「このメガネとかお嬢ちゃんとは違うタイプや。重賞勝利数だけでトレーナーの腕は決まらん。むしろコイツの場合は詐称してる」
「しーてーまーせーん! 才能ある娘だっていまーす! スズカだってそうでしたー!」
「……そうか。サイレンススズカは一回こいつの網に引っかかったんか。……それで勝つって相当……」
……才能ないんか? いや、開花してなかっただけか。フクトレは最後まで言わなかった。そして怪物を目覚めさせた張本人を見る。やっぱこのプリン頭イカれてるわー、と畏怖にも似た感情を抱きながら。
「そうや。誰にもわからんことはある。……そんな時は占いの出番やな!」
フクトレはマチカネフクキタルと出会ったことで、新たな武器を手に入れた。判断に困ることや未知そのものに出会うとき、とりあえず占えばいい。
「キミの正体も丸裸にしたる………………何も見えへん」
今度こそフクトレはハッキリと恐怖を覚えた。