5連続出走だ! ダービー!!   作:首領ドラコ

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運命

「起きたか、スズカ」

 

 

 レース後に倒れたサイレンススズカは、気づけば病室のベッドの上にいた。白いカーテンに囲まれて、消毒液の匂いが鼻につく。そんな無機質な空間で目を覚ます。

 

 

「……トレーナーさん?」

 

 

 重い身体を無理やり起こせば、降り注ぐ照明が目に刺さる。どれくらいの時間眠っていたのか。外はもう暗闇だった。

 

 

「私だ」

「あ、エアグルーヴ……」

 

 

 今度こそ親友の姿を見間違うはずがない。ほっとしたような表情のエアグルーヴがそこにいた。そこで記憶が蘇ってくる。倒れた自分はそのまま病院に運ばれて──

 

 

「処置を受けた後はそのままベッドに運んだ。しばらくは入院が続くだろう」

 

 

 段々と思い出してきた。レースの余韻と、その後に起きた出来事。ターフに埋もれるようにして倒れた自分は、そのまま眠りについたのだ。

 

 

 診断の結果は骨折だった。小難しい専門用語を聞き流していたサイレンススズカは、それくらいしか覚えていない。

 

 

「そう。トレーナーさんはどこに……?」

「自分のことより先にやつの名前が出てくるのか……。さっき出て行ったばかりだ。事後処理も含めて、やることは山積みだろう」

 

 

 普段の態度とは打って変わって、プリン頭は険しい表情で黙り込んでいた。相当思い詰めていたようだ、とエアグルーヴは言わなかった。伝えたところで、誰かが得をするわけでもない。

 

 

 サイレンススズカは、話したいことがたくさんあった。レースで自分が感じたこと、その全てを鮮明に覚えている。たどり着いた景色について今すぐにでも共有したい。そして目一杯の感謝を伝えよう。誰よりも一番最初に。

 

 

「……思ったより、落ち着いているんだな」

 

 

 エアグルーヴは少し意外だった。ベッドの上で上体を起こしたままじっとしているサイレンススズカは、少なくとも狼狽えるような様子はなかった。粛々と自分の身に起こったことを受け入れるように、妙に大人しい。

 

 

 ショックだったはずだ。完璧だと思われたレースでの故障。ウマ娘の脚はガラスの脚と表現されるが、それくらい繊細で大切なものなのだ。比喩でもなんでもなく命と同じくらい。最後まで走りきったのは不幸中の幸いだった。

 

 

「まだ、実感がないの。あまりにも唐突だったから……」

「……そうか」

 

 

 触れてしまえば、ほろりと溶けてしまうような。そんなサイレンススズカ特有の儚さが以前よりも増している。エアグルーヴは気が気ではなかった。この親友は、目を離した隙に消えてしまいそうだったから。

 

 

「悲しい……悲しい、けど」

 

 

 この脚では走れない。一時的に痛みは引いたが、走れるような状態とはほど遠いだろう。サイレンススズカにとって、それは何よりも辛いことだ。呼吸を止めろと言われたも同然である。

 

 

 やはりまだ、実感が追いついてこないのだ。あるいは、サイレンススズカが逃げ続けているのか。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 サイレンススズカを病院に搬送されたのを見守った後、プリン頭はトレセン学園で事後処理に奔走していた。レース後の手続きを放置していた上に、サイレンススズカが倒れたことでやるべきことが増えた。

 

 

 サイレンススズカを秋天に出さなければよかった。プリン頭は今更ながら後悔した。調整は完璧だった。怪我をする予兆があれば気づかないはずがない。これまでの全てと比較して、ベストコンディションだったと断言できる。

 

 

 そしてサイレンススズカは秋天を走りきった。誰よりも速く駆け抜けて、当然のようにレコードを出した。文句の付けようがないレースだ。

 

 

「こんなバカな話があるか……」

 

 

 その結果があの怪我だ。

 

 

 プリン頭は運命を信じない。それを悉くねじ伏せてきたからだ。敗北を勝利で塗り替え、本来の勝者に打ち勝ってきた。前世の知識は万能な未来知識ではなく、あくまでIFの世界線だと理解している。そしてサイレンススズカは勝ち続けることでそれを証明した。

 

 

 天皇賞・秋でエアグルーヴから逃げ切った。

 エリザベス女王杯では影すら踏ませずに勝った。

 マイルCSではキョウエイマーチを後ろから追い抜いた。

 大阪杯ではメジロドーベルを突き放した。

 ヴィクトリアマイルをあっさり獲った。

 安田記念ではタイキシャトルに競り勝った。

 宝塚記念は何もかも振り切って勝利した。

 

 

 堂々のGⅠ7勝。あるべき流れを全て無視して、その運命を破壊し尽くした更地に立つのは、完全無欠の先頭民族。待ち構える悲劇など、とうの昔に振り切ったと思っていた。

 

 

「最後の最後で……ッ!」

 

 

 ふざけるな、とプリン頭は己の悪運を呪った。途中まで上手くいっていたはずだ。個別のシナリオなど関係ない、と言わんばかりにメイクラ路線を突き進み、サイレンススズカは加速度的に速くなった。

 

 

 そんなサイレンススズカは泥のように眠ったままだ。病院に運ばれて処置を受けた後、疲労が溜まっていたのだろう。糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。当たり前のように骨は折れていた。

 

 

 ウマ娘にとって、骨折は珍しいことではない。事故や故障が身近にあるこの世界では、骨折は最もありふれた結末の一つだ。リハビリが成功したとして以前のように走れる保証はない。感覚に頼り切っているウマ娘は特に、前の身体との齟齬で身体中の歯車がぐちゃぐちゃになってしまう。

 

 

 そして仮に走り出せたとして、もう一度骨が折れる。一度折れたということは、身体がレースの負荷に耐えられなかったということだ。元々折れやすい体質ならば根本的な解決は望めないだろう。

 

 

「下手すれば、二度と走れなくなるところだった」

 

 

 その事実がプリン頭に重くのしかかる。危うくサイレンススズカから、最も大切なモノを奪ってしまうところだった。

 

 

 トレーナーとして、それは最大の裏切りだ。味方のフリをしてそそのかし、破滅へと導く。悪意がないのがいっそ不気味なほど、非道な行為だった。

 

 

「まだ、俺にできることは……」

 

 

 原因だ。先に原因を見つける必要がある。運命なんて陳腐なものではなく、もっと現実的な答えがあるはずだ。それを見つけてリハビリをサポートすることが、トレーナーとしての義務だと言える。

 

 

 そして、仮に過密なローテが原因だったなら。サイレンススズカに傷を付けたのが他ならぬ自分自身だったなら。そんなクズは潔く死ぬべきだろう。サイレンススズカが立ち直るのを見届けて、その日のうちに消えてしまおうか。

 

 

 あの美しい栗毛のウマ娘を裏切ったと思うと、どうしようもないほどに死にたくなるのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「しかしスズカ、お前はレースのどこから折れていたんだ?」

 

 

 エアグルーヴの疑問はそれだった。秋天をレコードで制したサイレンススズカだが、何度映像を見返しても、故障したような場面は見られない。折れたとしたら、少なくとも終盤のどこかだろう。

 

 

「……わからないわ。あの時は夢中で走っていたから」

 

 

 よくわからないのだ。特に最後の直線はほとんどの感覚を手放していた。サイレンススズカ本人でさえもどこでどう折れたのか把握していない。

 

 

 いつか怪我をすることは、覚悟していた。あんなローテでは潰れてしまうだろう、という言葉は何度も聞いてきた。その度にサイレンススズカ自身も怪我について意識はしていた。それでも走ったのは、単純に速くなれるから。

 

 

 ある程度許容していたサイレンススズカとは異なり、プリン頭の方は怪我の一切を許さなかった。最初、サイレンススズカは矛盾している、と感じた。怪我について人一倍敏感なくせに、担当ウマ娘を過密なローテに放り込む。

 

 

「でも少し経って気づいたの。あの人の中では、レースに何度も出走させることと、怪我をさせないことは矛盾していないって」

 

 

 サイレンススズカに掛かる負荷を上手くコントロールしていた。トレーニングのプランにも工夫を施し、より速くなれるような手段を選択する。その手腕はサイレンススズカが相手だからこそ十分に発揮されたといえる。少なくともプリン頭は危なげのない管理を続けていた。

 

 

「それでも……これまでの無茶が祟ったのかしら。エアグルーヴはどう思うの?」

「あり得ないな」

 

 

 エアグルーヴは即座に断言した。ほとんど反射的に。

 

 

「あの男の調整は常に完璧だった。少し考えればわかる話だ。たしかに傍から見れば、お前は無茶を続けていたように見えたかもしれない」

 

 

 それは違う、とエアグルーヴは呟く。

 

 

「そもそも、10戦以上続いた時点でそれは無茶ではない」

「それは……そうかしら?」

「……お前なら無茶でも勝ったかもしれないが」

 

 

 その無茶が続くとは限らないだろう。

 サイレンススズカの恐ろしいところは、その連勝記録である。トゥインクルシリーズで勝ち続けることは極めて難しい。幾度となくGⅠを勝ったウマ娘でさえ、重賞でころっと負けることはザラにある。

 

 

 しかしサイレンススズカは勝ち続けた。重賞15連勝という記録は、そんなサイレンススズカの異常性を物語っている。

 

 

「精神面が不調のまま迎えたレースもあっただろう。戦術で負けていたレースもあった。それでも勝ち続けたのは、少なくとも肉体のコンディションが常に万全だったからじゃないのか」

 

 

 でないと何度もレコードを出せるわけがないだろう。エアグルーヴは身も蓋もないことを言った。

 

 

「そう……よね。エアグルーヴの言うとおりだわ」

 

 

 サイレンススズカは浅くうなずいた。

 

 

「それなら、骨折の原因は何なのかしら」

「……それについて、お前が起きる前に前任のトレーナーから連絡があった」

 

 

 最初にサイレンススズカのスマホが鳴り、それで繋がらないと悟ったのか、今度はエアグルーヴに連絡がきた。ほとんど伝言のような内容を、エアグルーヴは伝えるべきかどうか非常に悩んだ。

 

 

「原因はお前自身だそうだ。心当たりはないか? 最後の直線で、何かとんでもない無茶をやらかした、とか」

 

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