プリン頭は焦っていた。
隠すべきだと判断した自分の本音。墓まで持って行くと決意していた本音を、一番聞かれるべきではない相手に聞かれてしまったことで。
「あー、スズカ。俺は契約は解除するべきだと思ってる」
「そうですか」
ニコニコと、サイレンススズカは極めて上機嫌であった。物憂げな表情がデフォルト(だとプリン頭が思っている)な彼女は、人が変わったように笑みを浮かべている。
「お前にとっては、俺がこのままトレーナーを続けるメリットがない。逆に俺をこのままトレーナーにしておくことで、お前自身の能力が疑われないとも限らない」
「はい。そうですね」
微笑ましいものでも見るような表情で、サイレンススズカは相づちを打つ。その仕草からは慈愛すら感じられた。
「お前は……俺がいなくても十分やっていけると思う。それくらい速くなった。諸々のデメリットを加味すれば、俺がトレーナーである必要はない」
「はい。そうですね」
いつの間にかドベトレはいなくなっていた。プリン頭は全てを見透かすようなサイレンススズカの瞳に、若干の気まずさを感じつつも、慎重に言葉を選ぶ。
「きっとお前なら引く手あまただろう。俺みたいな新人じゃなくて、実績のあるトレーナーに切り替えることもできる」
「はい。そうですね」
「あー。だから、その……」
何を言っても余裕の笑みで返すサイレンススズカ。その様子を見たプリン頭は、観念したようにため息をついた。決してサイレンススズカの「全部わかってますよ」的な視線に耐えきれなくなったわけではない。
「それでも俺はお前と一緒にいたい。だから俺を選んでくれ」
「はい。喜んで」
万感の思いを込めて放ったプリン頭の一言は、あっさりとサイレンススズカに打ち返される。一瞬の躊躇いもなく。拍子抜けするほどにあっさりと。サイレンススズカの中では最初から決まっていたのだ。
言葉にしないと伝わらないことがあるのだと、サイレンススズカは身に染みて実感していた。デフォルトで意地が悪い(とサイレンススズカが思っている)プリン頭が、想像以上にサイレンススズカに入れ込んでいたことを知った。
「私、トレーナーさんのことを誤解していたのかもしれません」
「……今さらだな、それは」
たった1年だ。たった1年だけ担当していたウマ娘に、絆されまくっていたことをプリン頭は自覚することになった。
◇
「これからの話をしようと思う」
サイレンススズカのニコニコ顔が少し落ち着いたところで、プリン頭は改めて切り出した。まだ問題はいくつも残っている。特にプリン頭の処遇については、当人ではどうにもならないことである。
「そっちは理事長に頑張ってもらうしかねぇな」
といっても、厳しく罰せられることはないだろう。決定的な証拠はそもそも存在しないはずだ。せいぜいが過密なローテを組んでいた、という状況証拠だけで、サイレンススズカの脚の状態は学園にデータが残っている。
「後はそうだな……秋天の後すぐにスズカの保護者には報告に行ったから……」
「……会ったんですか? 母に」
「ああ、対面で会うのは初めてだった。契約が決まった時と、冬休みの頃に電話で話したことはあったんだが。あんなことがあったんだから、俺の口から説明するべきだろう」
サイレンススズカの母は……なんというか不思議な人物だった。サイレンススズカと似ているようで似ていなくて、やっぱり似ている。意外にもプリン頭を責めるような言葉はなかった。サイレンススズカには呆れていたようで、それでも心配らしい。
とんだじゃじゃウマですが、
その最後が何を指していたのか、プリン頭にはわからない。少なくともサイレンススズカが受け入れてくれる間は、ずっと続けるつもりではある。
「だからまあ、俺にできることはほとんどない。スズカはリハビリに専念すればいい」
「そのことで、一つ相談があります」
放っておくと勝手に上がってしまう口角を理性で押さえつけ、サイレンススズカは神妙な表情を作った。
「海外に……挑戦しようと思うんです」
「……あー?」
その申し出は、プリン頭にとっては予想外でも何でもなかった。サイレンススズカが海外挑戦の意向を示していたのは、少しだけ知っている。それにサイレンススズカは母親がアメリカで走っていたのだから、海外に目を向ける機会はいくらでもあった。
問題はその時期だ。プリン頭はサイレンススズカの考えていることが手に取るようにわかる。全部振り切って逃げてしまいましょう、と。後処理を終わらせて脚を治して、その後は遠く離れた場所でもう一度やり直すということだ。
ある意味でサイレンススズカらしい、脳筋極まりない解決方法だった。
「気持ちはわかるが、口で言うほど簡単じゃねぇ」
日本で結果を残したウマ娘でも、海外で活躍できる保証はない。単純な実力だけではなく、合うか合わないかが大きいのだ。
特にサイレンススズカのようなピーキーで繊細なウマ娘が海外に適応できるかは、プリン頭も懐疑的だった。実力は十二分に兼ね備えているが。
「でも、あなたのスズカは最強ですよね」
「あー、そうだったな……」
勝ち誇った顔をするサイレンススズカに、プリン頭は思わず苦笑いだ。否定はできない。あれは紛れもない本音だったから。それに、どこまで逃げても追いつくと約束してしまった。
「だとすればアメリカか。得意だったよな? 左回り」
アメリカのレース場は左回りしか存在しない。サイレンススズカにとってはそれが有利に働く。悪くないな、とプリン頭も思い始めてきた。
ゲームにはなかったその先を、サイレンススズカと共に駆け抜けるのもいいだろう。
次回が最終回(の予定)です