サイレンススズカは素晴らしいウマ娘だ。レースに何の興味もなかった私がどハマりする程度には、強烈で凄まじい光を放っていた。
彼女の存在を知ったのは職場の同僚との会話だ。同僚の話によると、そのウマ娘はあり得ないペースでレースに出走し続け、その全てに勝利しているらしい。トゥインクルシリーズの新たなスターなんだそうな。
あいにく私はスポーツ全般に興味がないので、同僚の話はスルーしていた。そんな私の態度が悪かったのだろうか。休日に拉致されて訪れたレース場で、私は運命の出会いを果たすのだ。
モデルのように細長い手足。さらりと流れる栗毛に目を奪われた私は、無我夢中で彼女に視線を飛ばす。常勝無敗のウマ娘とは思えないほどに、サイレンススズカは華奢で繊細な体型だった。その後のレース展開はよく覚えていない。ただ、サイレンススズカが危なげなく勝った。
駆け引きとか、戦術とか。そんなものはないのだろうか。
ただ一人で前を走って、誰も寄せ付けずにゴールする。素人でもわかる最強の走りを、まざまざと見せつけられたのだ。
「先ッ輩! あの娘! あの娘の次のレースはいつですか!!!」
「おお……その様子だと無事にハマったみたいだね。安心して。サイレンススズカのレースは多いから……」
同僚の言葉は正しかった。スズカさんは毎週のようにレースに出走する。誇張抜きで。最高峰と呼ばれるGⅠレースでさえ、ケロッとした顔で連闘するのだ。そして勝つ。
そんなスズカさんを追うことが、私の趣味になっていた。週末は全国のレース場を飛び回り、スズカさんの勇姿を見届ける。
「はぁ……流石に兵庫は遠い。あ、来週は東京じゃん。ラッキー」
遠征費が恐ろしいことになっていたので、グッズはできる限り我慢した。各種一つずつという制約を己に課したことで、遠征費はギリギリ確保。余談だけどぬいは3名をお迎えした。
私のように毎回現地観戦するファンはきっと少ないだろう。なぜなら休日が消える上に、お金がどんどん飛んでいくから。それでもレース場に通うのは、単にレースを生で見るためだけじゃない。
ウイニングライブ!
ファンにとっては特大のファンサのようなものだ。スズカさんのお歌が聴けるのはここだけ。ふりふりの衣装を着て、可愛く踊る姿を見られるのはここだけ!
ウイニングライブでは直前のレースで勝ったウマ娘がセンターに配置される。つまりスズカさんは常にセンターだ。レース後で疲れているだろうに、そのパフォーマンスは圧巻である。客観的に見てもウイニングライブの実力は上澄みなんじゃないかな。
「……先輩、あの金髪の人って……」
「ああ、サイレンススズカのトレーナーだね」
いつものようにレースを観戦していると、視界の端に見覚えのある人物が見えた。勝利後のインタビューで何度か見たことがあるのは、スズカさんのトレーナーだ。彼はサイレンススズカが初めての担当ウマ娘で、経歴は浅い。それでもGⅠレースを総ナメしているのだから凄い人だ。
「変わった人ですよね。普通は関係者席とか用意されてるんじゃないですか?」
「たしかに観客席から直接観戦するトレーナーは珍しいね」
目立っている。それはもう目立っている。本人は特に気にしていないのか、話しかけたら普通に雑談してくれるらしい。何なら今日のスズカさんのコンディションも教えてくれる。私も近くにいた時に一度だけ話したことがあった。意外と言うべきか、話してみると物腰柔らかな印象を受けるんだよね。
「ああ、勝ちますよ。ぶっちぎりです」
レースが始まる前から自信満々だったのを覚えている。そしてそのレースは宣言通りの圧勝だった。スズカさんのトレーナーは、あまり喜んでいるようには見えなかったけれど。
スズカさんのトレーナーにもなると、勝って当たり前なのかもしれない。実際にもファンの間でそんな空気が流れ始めているのを感じる。宝塚記念での快走を見れば、スズカさんが負けるイメージなんて浮かばなかった。
そう、スズカさんは最後まで負けなかったのだ。それでも秋の天皇賞を最後に、スズカさんが走ることはなくなった。……日本では。
スズカさんの故障で、彼女の過密なレースローテが問題視されたこと。ネットを中心に活発な議論が展開されたことや、それによってトレーナーに矛先が向いたこと。レース界隈はしばらく大荒れだったけど、私の中にはもっと単純な危惧があった。
もう二度とスズカさんのレースが見られないかもしれない。ウマ娘にとって怪我で引退、という結末は珍しくない。でも勝手に、スズカさんはそんな悲劇とは無縁だと思っていた。私だけじゃないはず。ファンはスズカさんを最強無敵のウマ娘だと思っていたから。
「…………スズカさん復帰!?! …………アメリカぁああああ!?!?!」
そんな私の不安を裏切るように、スズカさんはあっさりと復帰してアメリカに渡った。これも様々な憶測が飛び交ったけど、私は腑に落ちた感覚があった。きっとスズカさんにとって日本は狭すぎたのだろう。
スズカさんはアメリカでも変わらず全戦全勝の暴れっぷり。トレーナーと二人三脚で世界に挑んでいるようだ。いや、世界がスズカさんに挑んでいるような気がするけど。
これで丸く収まってハッピーエンド。私の遠征費が洒落にならないこと以外は何も問題ない。あぁ……スズカさんが(物理的に)遠い存在になってしまった……。
アメリカ遠征から1年が経った頃、スズカさんは年度代表ウマ娘(他多数)を受賞し、アメリカでの最強を証明した。その時に行われた会見は、いろんな意味で伝説となったのだ。
問題だったのは、二人が通訳を付けずに会見に臨んだこと。いや、それ自体はよかった。拙い英語だったけどやり取りはスムーズだったし、通訳なしの英語を披露するというちょっとしたサプライズは向こうで好評だったらしい。
それに、あれは二人なりの覚悟だったのかもしれない。これからもアメリカで戦っていくんだと、少なくとも私はそう受け取った。
まずかったのは、言葉のチョイスというか。不慣れな英語で話した弊害というか。使った文法が比較的簡単だったせいで、ネイティブから見れば少し
何を間違えたのか、後に『結婚報告会見』と揶揄されて、ファン以外にもネタにされる程度には語り継がれている。
「スズカとの未来以外は考えていない。彼女が引退すれば俺も引退する」←言った
「スズカより素晴らしいウマ娘は存在しない。これからそれを証明していく」←言った
「生涯をかけて支えたいと思う」←言った
「トレーナーさんがいなければ私は平凡なウマ娘のままでした。今はトレーナーさんに恩を返すために走っています」←言った
「今も昔も、一番信頼しています。アメリカには無理を言って来ていただきました」←言った
「彼は大切な人で……かけがえのない存在です」←言った
その時のスズカさんはとても穏やかな表情をしていたと思う。微笑みを浮かべながら紡がれる言葉の一つ一つが、とんでもない破壊力を持っていた。私は今にも愛の力とか言いだしそうな雰囲気にはらはらしていたし、気づけばアメリカ行きの航空券を予約していた。
その会見は、まだ固まりきっていなかった世論を木っ端微塵に消し飛ばすことになったのだ。ファンもアンチも見境なく焼き尽くして、その灰を再び燃えることがないよう徹底的に焼却した。
ちなみにアメリカではウマ娘とトレーナーの関係がわりとビジネスライクなこともあって、スズカさんはいろいろすごいウマ娘だと思われている。
これで本当にハッピーエンド。スズカさんは異国の地で活躍を続け、今も私の未来を明るく照らし続けている。
なぜかウマ娘にラーメンシナリオが追加されたようですね。
作者の次回作「スティル……俺達で最高のラーメンを作ろうぜ……!」は短編形式で出力される予定です。