それは、丁度一年前の話_
「夕霧綴理を我々の部の一員、わが校のスクールアイドルとして押し出したい…と、手紙の内容はこんな感じだ」
沙知先輩に梢が呼び出されて向かうと、綴理が他校のスクールアイドル部からスカウトをされていうというのを聞いた。
「ーーもし、もしその話に綴理が乗ったら、どうなりますか?」
「…その場合、綴理はきっとその学校のスクールアイドルとして輝く未来があるだろう。ただ」
「…」
「ああ、少なくとも、蓮ノ空スクールアイドルクラブは、廃部だ」
「っ」
「当校は出来るだけ少人数でも部が存続できるようにしている。でも、流石に一人だけというのは、部の存在要件を満たさない」
「沙知、先輩」
「ああ」
「どうしたら…あの場所を失わずに済みますか?」
「それは…綴理が行かないと言ってくれれば」
「沙知先輩が本当にそう思ってるなら、最初から私ではなく綴理を呼んで話をしているはずです」
「ぅぅ…」
「ごめんなさい…私だって…沙知先輩が悪いとは思ってません、綴理が行かないって言ってくれる…保証はない、もしも万が一…行くと言われてしまったらと思うと…」
「梢、あたしは…」
「あの子には凄い才能がある…スカウトを受けるかどうかなんて、本来は私が決めるような事ではない。でも…」
「私は、スクールアイドルを、失いたくないです…!」
「梢…」
「沙知先輩、教えてください。ここに私だけを呼んだ理由があるはずです、あなたなら」
「…でも、それは…」
「…向こうのスクールアイドル部が言うには、綴理を引き抜きたい理由は、まだ蓮ノ空での実績がないからだ。逆に言えば…」
「夕霧綴理と言えば、蓮ノ空スクールアイドルクラブの夕霧綴理であるということが対外的に見せつけられれば、この話が無くなる…?」
「たとえば、今回のラブライブ!地区予選を勝ちあがれば…?」
「そうだね、そうすれば、スカウトの理由は立ち消える」
「…もともと、私の目的はラブライブ!で勝つ事。なら、どちみちやる事は同じ…?」
「沙知先輩、私は憧れて入ってきたこのスクールアイドルクラブを…思い出の詰まったあの場所を、失いたくありません、その為に出来る事を、しようと思います」
「…でもそれじゃあキミは、今日の話を一人で背負っていく事になるんだよ。この先、ずっと」
「…私なら、大丈夫です。お話していただきありがとうございました」
梢は沙知先輩との話を終えた。
「そんな話が…」
「ごめんなさい…未来にはこの話をするべきだったと反省しているわ…」
「…済んだ話だからいいって…それにその時期って僕にもスカウト来てたり、慈の事だったりで梢の事を見れてなかったし仕方ないよ…」
あの時も、今回と全く同じ事なんだよね…。
今の話を聞いて、沙知先輩が引退してすぐは、梢が部長だったのに、なんで僕に変えたか分かった気がする。
他校に行かないようにする為に…なんですね先輩…
「それで私が、予選で思った通りに踊る事が出来れば…一番だった、でもね花帆さん。あんなことを言っておいて私、結局うまく出来なかったの。先輩が引退して、慈が…もう一人の部員が怪我をもとで辞めて、未来と綴理、私も三人になって…それでも三人で頑張ろうって…そんな、大事な時に綴理が勇んで作ってきてくれた曲を…上手く踊れなかったの」
「梢先輩…」
「でも、勝たなきゃいけなかった、だから、私は…土壇場で振り付けを勝手に変えた」
「それは、どういう…?」
「綴理が考えてくれた、ふたりで頑張るものから、綴理だけを立てるものに変えた、それが一番勝率が高いと思ったから」
「じゃあ、その時、綴理先輩は…」
「どうしてって言っていたわ。当然よね、ぎりぎりまで『私は大丈夫だから』って押し切っていたのに」
「練習して、練習して、練習して…あの子の隣で踊れる自分に、私は、なれなかった」
「ふー…地区予選を突破して、綴理は、蓮ノ空スクールアイドルクラブの
「なんで…」
梢のセリフに花帆ちゃんが反抗の声をあげた。
「なんでそうなるんですか!私、分かりません。もし負けちゃっても一生懸命頑張って、綴理先輩がスカウトを断ってくれれば…くれ、れば」
「そうね、あなたの言う通りだわ」
「っ」
「綴理がスカウトに乗ったら、この部活は廃部になる。そう言ってクラブを人質に取る事もできたかもしれない。でも…クラブの為だと思って、綴理に非情になることも…私には出来なかった…いえ、そんな風に私はちゃんと、綴理を想えていたのかしら。ただ、そんな脅しじみた言葉さえ振り払って綴理が去ってしまったらと…結局は自分の事ばかり考えて怯えていただけなのかも」
「う、ぐ、ぐ…綴理先輩!だとしても!今こうなっちゃってるのは、おかしいです!だって梢先輩はスカウトを断るって言ってるんですから!」
花帆ちゃんの言葉はその通りなんだけど…梢の目標は…
「…花帆さん、私の目標はね。ラブライブ!優勝なの」
「ラブライブ!、優勝…」
「思えば…しばらく口にしてなかった。花帆さんにも言っていないんだって、今気が付いたわ」
「…」
「綴理ったらね。ラブライブ!が何なのかも分かっていなくて。去年の今頃は、未来も巻き込んで朝になるまでラブライブ!の色んな動画を夢中になって見せていたっけ」
「そんな事もあったね…僕は途中で寝てたけど…」
あの時の梢の熱量は凄かったのを覚えている。
それで何回か寮母さんに怒られた事も
「そうね…寝てた未来を二人で支えたこともあったわね
「…そんな事もあったんですね」
「本当に…懐かしい。よく覚えているものだわ…綴理も」
「もし私の夢に…ラブライブ!優勝に近づきたいのなら、強豪スクールアイドル部からの誘いに乗るべき…か」
「あの子の飛躍するチャンスを潰したかもしれない私とは…本当に真逆」
「…梢先輩は、綴理先輩の足を引っ張りたかった訳じゃないはずです、そんな事言わないでください」
「ありがとう。そうね、もちろん私だってそんな気持ちではなかったわ。むしろ、私は…私は、ただ…」
「梢、先輩?」
「…ああ、そう、そうなのねーー私は、なんにも分かっていなかった…!」
「ごめんなさい、花帆さん、やっぱり私」
「はい!」
「…頑張れ、梢先輩」
走っていく梢の事を見守りながら花帆ちゃんはそう言った。
「未来先輩も行ってください」
「行かないとだめ?」
「だめです。ほら、早く!」
花帆ちゃんにそう言われて背中を押されて、僕も梢の後を追いかけるのだった。