「…ふぅ…」
「梢、あんまり深く考えるのは良くないよ」
「未来…分かってるのだけれど…」
「とりあえずこれ飲んで」
「ありがとう、これってアールグレイ?」
「そう」
アールグレイ、リラックス作用やストレス緩和、気分の落ち込み軽減に効果があるとされている紅茶である。
「助かるわ」
すると、綴理がやってきた。
「やぁ、こずとみく」
「綴理もお疲れ様」
「うん。そういえばこず、話って?」
「…」
綴理に先日の事を聞かれると梢は綴理にこう言った。
「…綴理、一曲、踊って貰ってもいい?」
「うん、分かった」
梢にそう言われた綴理は梢のお願い通りに踊った。
「お見事、それだけ踊れる人は、全国にもそういないでしょうね。この曲は一度も練習したことが無い癖に」
「何度も見たからね」
見ただけで踊れるなんて、天才なんだよなぁ…
「見ただけで覚えられるのが、貴方の能力が卓越している証拠なの、子憎たらしいほどに上手なんだから、もう」
「褒められてない気がする」
「正直に話すと、日野下さんの指導方法に少し迷っていて…」
「うん」
「彼女のライブ、見てくれたでしょう?」
「良かったよ、とっても楽しそうだった」
「それは分かっているわ。でも、それがむしろ問題っていうか…」
「こず…?」
「…ああもう…」
梢は頭に手を置いてとんでも悩んでいた。
「日野下さんね、スクールアイドルを始めたばかりで、すぐにライブをやったり、配信にも手を出したり…楽しそうだからって、あんなにいっぱい色んな事をして、大丈夫なのかしら…」
梢の心配も分かる。
僕は怪我をしないようにだけ言っているだけで、後の事に関してはそれぞれに任せている。
部長の仕事もあるからね。
「えっと」
「未来は怪我しないようにケアはしてくれてるけど…」
「いや…待って…知ってたの…」
気づけばライブを行っている花帆ちゃんをケアしていたけど。梢は知っていたのか。
隠す事ではないけど
「ええ、日野下さんから聞いたもの」
「ねえ、綴理!あなたの指導している村野さんは、今も堅実に基礎トレーニングを積み重ねてるわよね!」
「う、うん」
基礎トレーニングばっかりやってて、花帆ちゃんとは正反対な気もするけど…
「私もそういうタイプだったから、分かるの!一つの目標を定めて、そこに向かって一歩一歩と歩を進めてゆくその感じよね!納得できるし、今まで歩んできた自分の軌跡を振り返れば安心するの!」
「でもね、世の中には綴理みたいに感性だけで急になんでもできちゃう人がいるじゃない。日野下さんがもしそうだったら、型にはめた指導をするのも彼女の良さを消しちゃわないかしら」
「ええと…」
「つまり…凄く、モヤモヤしているの…日野下さんを見守るしかない、この状況に…私はどうしたらいいかしら…」
「本人に聞いてみたら、どうかな。どうしたらいい?って」
「それが手っ取り早い方法ではあるけど…梢は違う風に思ってるんだよね?」
「ええ、話すことが手っ取り早いと思うけど…でも、だめなの」
「どうして?」
「考えすぎかもしれないけど…私が心配していることを、知られてしまったら…あの子の楽しみに水を差すことになりそうで…あの子、私とのライブをとっても気に入ってくれたでしょう。それから一週間もライブをしたくなるくらい、きっと真っ白なのよ。どんな風に色づくのか。私にその責任の一端があるのだから、考えても考えすぎるってことはないわ」
「こずは、いい先輩なんだね」
「結果的に何もしていないのだけれどね」
そんな事はないよ梢。
梢は良い先輩だよ、花帆ちゃんがこの短期間で梢の事を信頼しているのかよく分かるもん
「ふふっ、いいんじゃないかな」
「ちょっと綴理、私は真剣に」
「ただ立ち止まってるだけじゃなくて、花帆の事を考えてそうしているんだよね。だったらいいんじゃないかな、困った時にはすぐに手を差し伸べてあげるってことで」
「それは、だけど…」
「多分だけど…夢中で遊んでる本人は、外からの声なんて聞こえないと思うんだ。だから、今は待って何を言っても意味ないかも…みたいな」
「貴方がそう言うと、妙に。説得力があるわ」
「そうかな?説得力、いつの間についたんだろ。二年生になったから?」
「そうかも…?」
すると、部室の扉が開き、さやかちゃんが入ってきた。
「失礼します!今日もご指導お願いいたします!」
「ああうん」
「今日もよろしく村野さん」
「今日も元気がいいね」
「はい!」
僕達3人がそれぞれの言葉でさやかちゃんに返すと、さやかちゃんは元気のよい声で気持ち良く返してくれた。
「村野さんはどう?ちゃんと綴理とコミュニケーション取れている?」
「えっ?大丈夫だと思います。夜空先輩が綴理先輩の取扱説明書くれましたので」
「みく~そんなのいつ作ったの?」
「無いよりはあった方がいいかなって思ってさやかちゃんが入部してくれた日に作って渡したよ」
「おかげで助かってます!ありがとうございます」
簡単に作った奴だけど、ここまで喜んでくれているのなら作った甲斐があった。
「それで先輩方は何の話をされていたんですか?」
「ちょっと綴理に話を聞いて貰っていただけ」
「村野さんも綴理の事で何かあったら、いつでも相談して頂戴ね」
「それがいいよ」
当の本人である綴理がそれを言ってしまうのか…
「先輩、自分で行っちゃうんですか!?大丈夫ですよ。何もありませんから!今の所は」
「今の所は…」
「ああっ、ごめんなさい!つい口が滑って…あの、練習いきましょう!」
「うん」
「こず、ムリしないでね。ボク達は先輩だけど、先輩としてはまだ、一年生なんだから」
「まさかあなたに話を聞いてもらう日が来るなんてね。ありがとう綴理」
「ん」
綴理は頷いて、さやかちゃんを追いかけて部室を出ていく。
「ねぇ未来、あのノート貸してくれないかしら?」
「悩んでる事を書きたいんだね」
「ええ、未来も出来れば極力して欲しいの」
「分かった、出来る限り協力はするよ」
僕はそう言って、とあるノートを梢に渡した。