ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
1話 税金未納のパン屋さん......?
「終わったよ~ッ!!」
厳かな雰囲気を醸し出す、ティーパーティーのテラス。いつも三人で紅茶を啜っているそこに突撃してきたミカは、完成した予算管理表を、ナギサが使っている白いテーブルに力強く叩きつけた。彼女の努力の結晶を、ナギサは何てこと無い顔で手に取る。
「もう終わったのですか?ミカさんのことだから、少なくともあと一週間はかかるものかと思っていました」
「ナギサ、十二分にチェックしておいたほうが良い。私の見立てでは、少なくとも十か所以上は不要な申請があっても不思議ではない」
訝し気に書類を眺めるナギサに、ここぞとばかりにセイアが加勢してきた。
「ちょっと二人共失礼が過ぎるよ~?私、これでも数字は得意なんだからね~?」
自分の成果物を素直に受け取ろうとしない二人を、ミカは気持ち悪いくらいの笑顔を見せて牽制した。相変わらず、口が減らない同級生たちである。
「だからこそだよ、ミカ。暗躍と欺瞞は、君の専売特許だろう?」
カチンと来た。自分の身勝手で、先生を含めた多くの人間に多大な迷惑をかけたことは自分が一番よく理解しているし、そんな過去を乗り越えて、それを冗談交じりに揶揄してくれる友人がいる有難さも知っている。ただそれはそれとして、ティーパーティーの一員として自分が責任持って作り上げたものをこんな風に軽んじられては、流石にプライドが許さない。
「待って下さい、ミカ。また喧嘩は困ります」
ミカから漂うものをいち早く察知したナギサは、笑顔のままセイアに歩み寄って行く彼女を声で制止させた。
「私は構わないよナギサ。弱者と同じ地平に立ってやるというのも、また一興だ」
「みっともない真似はおやめなさい!」
迫るミカに怯むどころか、懲りずに毒を吐き続けるセイアに、早くも堪忍袋の緒が切れたナギサは、手にしていた管理表をテーブルに勢いよく叩きつけた。流石の剣幕に、ミカとセイアは動きを止めた。
「はぁ......本当に懲りない人達です......」
大きなため息を吐きながら、ナギサは重たい両眼を擦る。寝不足のせいで、年がら年中繰り広げている二人のやり取りを笑ってスルーできるだけの余裕は、今の彼女には無かった。
「ナギちゃん達が悪いんだよ!?二人に迷惑かけないようにって徹夜で作ったのに!」
ミカはこれ見よがしに、薄く隈が出来た目の下を指さした。
「確かに失礼でしたね......。ミカさん、ご苦労様でした。これでビーチ関連の仕事は一段落です。皆さん、ありがとうございました」
「......ナギちゃんとセイアちゃんもお疲れ様」
何処か他人事なナギサの態度に釈然としない気持ちを抱きながらも、ミカは二人にも労いの言葉を返した。
「そ・れ・よ・り・も!ねぇナギちゃん!予算表作り終わったから、先生に会いに行っても良いよね!?」
恐ろしい切り替えの速さで、ミカはナギサに期待の眼差しを向けた。予算管理表の作成を終えるまで、先生との接触を禁じる。それがナギサとの約束だった。
「どういうテンションしてるんですかミカさんは......」
ナギサは再び溜め息を吐きながら、ミカから貰った予算表以外にも、各関係者との契約書やら委託書やらが積まれた束から、一枚の紙を引っ張り出した。
「残念ながら、それはまだ許可できません。ミカさんにはあともう一つだけ、頼みたい仕事があります」
「何それ~!?約束と違うじゃん!!」
ミカの悲痛な叫びが、テラスに響き渡った。一方のナギサは、顔色一つ変えない。
「みっともない真似は止めろと言ったばかりでしょう!?ティーパーティーに所属する以上、イレギュラーへの対応も粛々と行うのです!弁えなさい!」
「うぅ......」
ミカは肩を竦めた。完全に仕事モードになっている今のナギサには、どれだけ駄々を捏ねたところで敵いっこない。
「それで、仕事って何?」
ナギサは引っ張り出した書類をむくれた顔のミカに渡した。
「それは税金の督促状です。ミカさんにはそこに書かれている住所に赴いて、未納の報せと、その書類を事業者に渡して頂きたいのです」
ミカは書類を眺めた。紙の一番上に印刷された、トリニティ総合学園の校章の下には「督促状」の三文字。その下には事業者の名前と、納めるべき諸々の税金が未納です云々が書かれている。
「でもこういうのって、正義実現委員会とかがやるものじゃないの?」
ナギサは首を横に振った。
「本当はそうしたいところなのですが。今、正義実現委員会はビーチ周辺の警備拡大に多くの戦力を割いているので、あまり彼女達の負担をかけたくないのです。私達のバカンスを手伝って頂いたこともありますので」
「え、何それ!私そんなの聞いてないけど!?」
一般公開したビーチの責任者であるミカは、その事実に直ぐに食いついた。
「ミカさんに言えば予算作成をほっぽり出して現場監督を行いそうだったので」
「そ、そんなことはないよ......!」
そう言いつつも、ミカは図星を突かれたことに内心ぎくりとした。確かにナギサの言う通り、そんなことを耳にすれば、つまらない書類作成をほっぽり出してあのビーチに急行していたかもしれない。もしかしたら、先生に会えるかもしれないし。
「それにその事業者は、以前から未納のお知らせをしているにも関わらず、こちらからの通達を全て無視しています。もし今回も納税の意志を見せないのであれば、連邦生徒会法に基づき、正義実現委員会による強制執行を行うことを伝えて下さい」
「わ~お......」
強制執行とはつまり、財産の強制的な差押だ。物騒な言葉を聞いたミカは思わず、紙に書かれた事業者の名前と住所を見直した。
(『丘の上のパン工房』......パン屋さんかな......?それにこの住所、ビーチの近くだ......)
あのビーチ周辺に大きな飲食店は無かったはずだ。名前からして個人事業主だろうし、カイザーのような「悪い大人達」の息がかかっているとも思えない。そんなお店が学校からの催促を何度も無視するとは、何とも不思議な話だ。
「必要と判断すればティーパーティーの名を出しても構いません。そこまでの圧力をかければ、流石に折れるでしょう。ミカさん、よろしくお願いしますね」
「そうだね。ビーチ周辺の管轄は私の責任だし、任せてナギちゃん!」
ミカは渡された督促状を丁寧に三つ折りにすると、早速テラスの扉へと向かった。
「税の取立か。気質の荒いパテル派のミカには相応しい仕事じゃないか」
テラスを出た時セイアが懲りずに、ミカの背中に煽りの言葉を投げつけた。くるりと踵を返してこちらに向かって来るのを期待したセイアだったが、ミカは乗せられなかった。代わりに扉を閉じる勢いが、蝶番をへし折る勢いだったが。
「セイアさんにも修正が必要ですか?みっともない真似はするなと、言いましたよね?」
つまらなそうな顔で肘をついたセイアに、先程ミカが見せたものと全く同じ笑顔をナギサは向けた。煽りに一々突っかかるミカも子供だが、暇さえあれば彼女を煽り散らすセイアもセイアだ。
「すまないね。ミカを前にするとどうしても、舌が疼いてしまうんだ」
セイアはいたずらっぽく眉を動かした。
「ならその舌に必要なのは紅茶ではなく、筋弛緩薬ですね。今後アフタヌーンティーの味が変だと思ったら、その時は覚悟しておいて下さい」
負けず劣らずのブラックジョークを返したナギサは、すっかり冷めきった自分のミルクティーを啜った。
「ナギサ、本当にあんな仕事を任せて良かったのかい?彼女のことだ、自分のことを軽んじているのではないかと杞憂してもおかしくはないが」
ナギサに続いて、セイアも自分の紅茶に口をつけた。
「”今”のミカにその心配は、それこそ杞憂に終わるでしょう。それにこの仕事を任せたのも、これまでの経験から、ミカはきっと机に向かうよりも、現場で身体を動かしているほうが向いていると判断したからです。適材適所に人材を動かすのもまた、ホストの役割ですから」
そう言ったナギサは、ミカが残していった予算表のチェックを始めた。