ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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10話 ”トリニティらしさ”って、なんだろう...?

マカロンとチョコを目の届かないところに置いた後は、特に何事も無く時間が過ぎて行った。あの正義実現委員会の生徒が退店してからのお客さんは、おばあちゃんの知り合いだというお年寄りが数名だけで、新しいアルバイトということで軽い挨拶を交わした後は、天井で回るファンとエアコンの音だけしか聞こえない状態が長く続いていた。

 

(お客さんが来ないのは気楽で良いけど、これでお店続けられるのかな......?)

 

暇を潰す為、ミカがそうしていたように、朝に掃除してからまだ誰も使っていないテーブルや椅子を拭き直したり、レジカウンターに頬杖をついて店の外を眺めたりしながら、カズサはそんなことを考えていた。見ず知らずの他人を相手に愛想よくするのは苦手だから、客入りが少ないのは有難いことではあるけれど、ここまで人が来ないとなると流石に心配になってくる。

 

「カズサさんカズサさん」

 

9時半を過ぎた時、カズサは厨房に呼ばれた。

 

「カズサさんもお客さんが来なくてお暇でしょうし、良かったらパン作りを手伝ってみませんか?」

 

カズサの猫耳がひょこひょこと動いた。

 

「私にも、できますか......?」

 

「勿論です!これからお昼に出すアップルパイを作るんですが、カズサさんにはパイの中に入れるリンゴのフィリングを作って貰おうかと思うんです。材料をお鍋で混ぜるだけなので、そこまで難しい作業ではありませんよ」

 

その提案に、退屈でへの字に曲がっていたカズサの口が元に戻った。

 

「それだったら是非お手伝いしたいです!」

 

カズサの言葉に、おばあちゃんも嬉しそうに頷いた。ミカと違って、自分にあまり心を開いていない雰囲気がある彼女なので「もしかしたら断られるかも......」と内心思っていたが、取り越し苦労だったようだ。

 

「ありがとうございます!では、早速始めましょう!食べ物に直接触るので、先ずはもう一度手の消毒をお願いしますね!」

 

「分かりました!」

 

厨房の洗い場で手を洗った後、カズサはコンロに設置された大きな銀色の寸胴鍋の前に立つ。その横には計量が済んだ大量の砂糖、シナモンパウダー、リンゴ、そしてバターが置かれている。

 

(うわぁ......このバター、全部使うんだよね......)

 

材料の中でも一際存在感を放つ、業務用の巨大な立方体のバターを見て、カズサはやや引き気味になる。前に何処かのネット記事で見た、「自分でお菓子やパンを作ると、使う砂糖やバターの量を否が応でも知ってしまい、作る前から罪悪感が湧いてしまう」というのは、どうやら本当のことのようだ。

 

「まずはコンロに火を付けて、グラニュー糖を入れて混ぜて下さい。一度に入れると焦げ付きやすいので、弱火にした上で複数回に分けて下さいね」

 

「分かりました。これって、キャラメリゼってやつですよね?カラメルソースを作る時にやるやつ」

 

「そうです!流石、スイーツ部に入っているだけはありますね!ただ、プリンに使うようなソースになるまで火を入れると苦みが出てきてしまうので、ほんのり色が付いてきたら一度火を止めて私に教えて下さい」

 

「了解です!」

 

カズサはコンロのつまみを捻って火を付けると、グラニュー糖が山になって入っているボウルを手に取り、全体の3分の1くらいを鍋に入れて木べらで混ぜる。少しすると粒が溶けて液状になってきたので、残りの砂糖を4回に分けて流し入れた。やがて全ての砂糖が溶け、半透明から薄いきつね色に変わってきた段階で火を止めた。

 

「おばあちゃん、こんな感じでどう?」

 

中を覗いて、おばあちゃんは満足げに頷いた。

 

「良い感じです!そしたら次にバターを入れて溶かした後、リンゴとシナモンパウダーも入れて水分が飛ぶまで混ぜて下さい。それでフィリングは完成です」

 

カズサは鍋にバターを入れ、溶けた砂糖になじませると、残りの材料を全て入れて木べらを動かし続ける。熱を加えられたリンゴがしんなりしてくるのに伴って、バターとシナモンの香りが厨房中に広がって、カズサは思わず鼻をくんくんさせた。

 

「もう良さそうですね。カズサさん、ありがとうございました。パイ生地に入れて焼く前に粗熱を取る必要があるので、それまでまたレジをお願いしますね!」

 

「はい!」

 

それから約1時間後、カズサは再び厨房に呼ばれた。コンロの横には、カズサが作ったリンゴのフィリングが入ったボウルと、長方形に成形されたパイ生地が並べられている。

 

「お待たせしました。一緒に仕上げをやっていきましょう。スプーンでフィリングをパイ生地の上に置いたら別の生地を上に乗せ、縁をフォークで押し付けてくっつけて下さい。ここの成形が甘いと焼いている時に中身が溢れ出てしまうので、カズサさんは早く沢山作るよりも一つ一つ丁寧に成形することを意識して下さい」

 

「わ、分かりました...!」

 

そうしてカズサはおばあちゃんと一緒にアップルパイを作り始める。ただ、おばあちゃんに「スピードは意識しなくてもよい」とは言われたものの、自分が一つ作る間に、三つのパイを手早く仕上げるおばあちゃんの手際の良さを隣で見ていると、どうしても自分の遅さを意識せずにはいられなかった。

 

「......終わった!」

 

最後のパイを仕上げたカズサは、小さく息を吐きながら額に浮かんだ汗を拭う。店の中はエアコンが効いているが、それでも調理の為に火を使っている厨房はとても暑く、パイ作りに夢中になっている内にかなりの汗をかいてしまっていた。

 

「お疲れ様でした。やっぱり、人が一人増えるだけで効率の良さが段違いですね。お手伝いありがとうございました、カズサさん」

 

「いえいえ、私、おばあちゃんの半分も作れなかったから、役に立ってたか分からなかったですし......」

 

おばあちゃんは小さく首を振った。

 

「そんなことはありません。それにフィリングを作っている時や、パイを成形をしている時のカズサさん、とっても楽しそうな顔をしていましたよ。スイーツの食べ歩きが好きなのもありますし、多分カズサさんは料理が好きな人なんだと思います」

 

「そう、ですかね......」

 

カズサは、はにかみながら頬を掻いた。でも言われてみれば、フィリングを混ぜている時も、おばあちゃんに追いつこうとフォークを夢中で押し付けていた時も、心の中にそれらの単純作業を楽しんでいた自分がいた気がする。

 

「あとはこの生地たちに艶出し卵を塗って焼くだけです。焼き上がりまでまた一時間弱かかるので、またレジをお願いしますね」

 

おばあちゃんはそう言って、溶き卵の入ったボウルに刷毛をつけ、これまた素早く表面に卵を塗り始めた。

 

それから更に一時間後、こんがりと焼き色のついた、二回りほど大きくなった沢山のアップルパイを乗せたトレーを持って、おばあちゃんが厨房から出て来た。

 

「カズサさん、出来ましたよ」

 

「うわぁ、美味しそう!」

 

生地の切れ間から顔を覗かせる黄金色のフィリングを見た途端、カズサは再び食欲が湧いて来た。それと同時に、こんな美味しいパン屋さんの商品に自分が料理したものが使われているという喜びが、カズサの心を満たす。

 

「一つ味見してみますか?ただ、ここにあるのは商品として出すものなので......」

 

おばあちゃんはアップルパイのトレーを商品棚に置くと、一度厨房に戻り、中のフィリングが溢れて形が崩れているパイが乗った皿を持って来てくれた。

 

「これは流石に売り物にはできないので、これを食べてみて下さい」

 

「あ、それ多分、私が失敗したやつだ......」

 

あの形には見覚えがある。誤って、フォークで小さな穴を開けてしまったパイだ。

 

「見た目は悪くても味は変わらないので!中のフィリングで火傷しないように気を付けて下さいね」

 

カズサは皿を受け取ると、慎重に口に運んだ。

 

「美味しい!」

 

フィリングだけの時点で美味しそうだったのだから、それにサクフワなパイが合わさったら美味しくないわけが無い。歯ごたえのあるパイを噛む度にリンゴとバター、シナモンの合わさった甘い香りが鼻を抜けて、つい笑顔が溢れてしまう。

 

「どうですか?自分で作った出来立ては、文字通り一味違いますか?」

 

「うん!なんか上手く言えないけど、やっぱり普通に買うより美味しい気がする。これなら、自分でお菓子作りとかやっても良いかも!」

 

パイを食べる度に、カズサの想像が膨らむ。おばあちゃんに料理好きと言われたこともあるし、自分の家で色々と作ってみるのも悪くないかもしれない。自分で作ったお菓子やパンで仲間達を笑顔にするのも気持ちよさそうだし、何よりも自分の手料理で先生が喜んでくれたらと思うと...

 

胃袋と一緒にあんな妄想やこんな妄想が頭の中で膨らみ始めた時、背後でドアベルが鳴った。カズサは反射的に最後のひとかけらを急いで飲み込む。

 

「いらっしゃいませ......あ」

 

振り返って、カズサは一瞬動きを止めた。

 

「あんた、ソラじゃん!」

 

「え、えっとこんにちは...?」

 

ドアの前に立っていたのは、シャーレのコンビニ「エンジェル24」で働いているソラだった。いつも甘いものを買ってくれる先輩がそこにいるのを見て、ソラは困惑で目をぱちくりさせる。

 

「も、もしかしてトリニティの......?スイーツを買ってくれる......?」

 

ソラはあわあわしながら口を動かす。

 

「そう!私、今日からここで働くことになったんだ!ソラが来てくれるなんて思わなかった!」

 

「そ、そうだったんですね...!じゃ、じゃあ今日は私がお客さんで、先輩が店員さんですね...!」

 

ソラはぎこちなく笑った。

 

「そうだね......あ、じゃあタメ口じゃダメじゃん!え、えっと......今日はお店お休みなんですか?」

 

いつもフレンドリーに接してくれる先輩が急に改まったのが可笑しくて、ソラはちょっと吹き出してしまった。

 

「ふふっ...!えっと、実は夏休みということで私もお休みを頂いているんです」

 

「お店は閉めてるの...じゃなくて!閉めているんですか?」

 

「いつも通りの話し方で大丈夫ですよ!えっと、実はそうなんです。私のお店は基本シャーレの先生しか使いませんし、先生も『ちょっとくらい強化珠やオーパーツが買えなくなっても大丈夫!エナドリ買えないのはだいぶしんどいけど!』って言ってましたから」

 

「そう、なんだ...。まぁ、先生って目を離したら直ぐにコンビニ弁当とかカップ麺とかばっか食べるし、直ぐそういうものが買えるお店が使えないってのは、かえっていいかもね!」

 

「なんでこの先輩、先生の食事事情まで知ってるんだろう......」と思いながら、ソラはとある違和感に気付く。

 

「すいません、今日はあのピンクの髪の店員さん、いないんですか?」

 

「ピンクの髪って...ミカ先輩のこと?」

 

「多分そうです!」と、ソラは嬉しそうに頷いた。

 

「私、一週間前にもこのお店に来たんですけど、パンも安くてとっても美味しいし、それにその時にいた店員さんがとっても綺麗で、また会えたらいいなって思って来たんです!あの先輩、何というか『これぞトリニティの生徒!』って感じで、凄く素敵ですよね!?」

 

共感してくれると思って、ソラはカズサの顔を見た。しかしその顔を見て、ソラは固まってしまった。

 

「えっ...と...?どうか、しましたか......?」

 

ショックを受けたような表情で視線を僅かに逸らしたカズサ。しかし直ぐに

 

「あ、えっと、ごめんね!それ、凄く分かる!ミカ先輩って、ホントお嬢様みたいな雰囲気あるよね!」

 

と、何かを取り繕うような早口で返した。

 

「あ、そうだ!アップルパイ焼き立てなんだ!ソラも一個、買ってかない?」

 

それからは、いつも通りの態度で接客を行ったカズサ。だが、その日の仕事が終わり、家に帰ってベッドで眠りに就くまで、カズサの頭の中では、ソラの言葉が響き渡っていた。

 

(ソラが言ってたことって、ミカ先輩がトリニティの生徒らしいってことだよね......?私には、それが無いってこと......トリニティらしさって、なんだろう......?)

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