ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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11話 私なりの答え

「二人共、昨日はほんっとうにゴメン!!」

 

翌日、店に来たミカは開口一番二人に頭を下げた。

 

「お気になさらないで下さい。ミカさんならそういうこともあるだろうということは重々に承知していますから。それに昨日はカズサさんが頑張ってくれたので、私も楽でした。一緒にアップルパイを作ったんですよ!」

 

「そうなんだ!実は私も最初の仕事でベーグルを作ったんだ!まぁ、生地を捏ねる時に捏ね台を壊しちゃったんだけど...でもこれで、私達一緒だね!」

 

ミカは嬉しそうに、カズサの手を取った。

 

「う、うん......」

 

カズサは握られた自分の手を見つめ続ける。その上で輝いているであろう、ミカの笑顔を真っすぐに見る勇気は、無かった。

 

ソラの言葉は、未だに頭から離れてくれない。彼女は以前エンジェル24で会った時に自分のことを「トリニティの生徒」だと言ってくれた。会計中の、本当に些細な出来事ではあったけれど、何だか中学時代をスケバンとして過ごしてきた過去から改心して、真っ当なお嬢様学校の生徒になれたということを認めてくれたみたいで、嬉しかった。でもだからこそ、ソラの「これぞトリニティの生徒!」という言葉は、カズサの心に嫌な引っ掛かりを残してしまった。

 

ソラがミカに見た「トリニティらしさ」というものが、ピュアで何処か掴みどころのないミカの仕草や態度だというのなら、自分は多分、本当の意味でトリニティの生徒にはなれない。自分の柄に合わなさすぎるし、そんなものを纏えるような下地も厚みも、自分の中には無いんだから。

 

(何で私、こんなことで悩んでるんだろ......)

 

ミカと一緒に掃除をしたり、彼女が豪快に生地を捏ねている横で、昨日と同じようにリンゴのフィリングを作りながら、カズサは腹の中で自嘲を繰り返していた。「個性なんて人それぞれなんだから、気にする必要なんてない」というつまらない正論で片付いてしまうような下らないことで悩んでいる自分も、それに固執するせいでついミカと比べてしまい、自信を無くしていく自分も、嫌で堪らなかった。

 

 

 

今日はおばあちゃんが午後に病院に行くというので、仕事は午前中に終わった。

 

「おばあちゃん一人で大丈夫?午後暇だし、良かったら私が一緒に行こうか?」

 

「大丈夫ですよ。仕事以外で従業員を煩わせるわけにはいきませんからね。でも、お気遣いありがとうございます。二人共、今日もお疲れ様でした」

 

「うん!それじゃ、またね!」

 

「お疲れ様です」

 

ミカの後ろでカズサは小さく手を振った。二人にお辞儀をした後、おばあちゃんは店の扉を閉め、札を「CLOSED」にひっくり返す。

 

「ねぇねぇカズサちゃん!」

 

さっさと帰ろうと鞄を肩にかけた時、ミカが振り返って来た。今日一日ずっと避けてきた、照り付ける太陽に負けないくらいに眩しい笑顔を直視してしまい、カズサは思わず視線を落とす。

 

「折角だしさ、良かったらこのあと一緒にランチ行かない!?私一応先輩だし、カズサちゃんの好きなもの、何でも奢るよ!」

 

「......」

 

本当なら、このまま帰りたかった。これ以上この先輩と一緒にいるのは、正直しんどい。でも、帰っても特にやることは無いし、何より奢るとまで言ってくれているのに断ったら、流石に印象が悪すぎる。

 

「えっと、私もこの後予定無いから、お言葉に甘えます!」

 

取り繕うような笑顔を張り付けて、カズサは答えた。

 

 

 

丘を降り、二人が出会うきっかけになったストリートマーケットの中にあったレストランに、二人は入った。

 

「えっと、ドリンクがアイスコーヒーとコーラ。マルゲリータピザをスモールサイズで一つと、アンチョビとトマトのパスタを一つ。食後のデザートでプリンとティラミスをお願いします!カズサちゃんは追加で何か頼む?」

 

「私は大丈夫」

 

「了解!注文は以上で!あ、それとアイスコーヒーは食後にデザートと一緒でお願いします!」

 

ウェイターが注文を取り終えテーブルから離れると、ミカはカズサの顔を見た。

 

「カズサちゃんはこういうレストラン、よく来る?」

 

「う~ん、あんまりかな......。外食は殆どチェーン店かファストフードだし、皆とスイーツ巡りしてるとそれだけでお腹いっぱいになることもあるから」

 

カズサは仕方なさそうに笑った。改めて口に出してみると、先生のことをあれこれ言えないくらいには、自分もよろしくない食生活をしている。

 

「そうなんだ!何か、流石放課後スイーツ部って感じ!私もこういう大衆レストランはあんまり入ったことないなー」

 

ミカのその言葉に、カズサは違和感を覚えた。この先輩のことはまだよく知らないけど、どの料理も千円以上する飲食店を何てことなく「大衆レストラン」と言ってしまう辺り、やっぱり何処か良い所のお嬢さんだったりするのだろうか。だったら猶更...

 

(あぁ、もう!いつまでウジウジ考えてんのさ...!)

 

段々、イライラが募ってきた。あんなに素敵な場所にあるお店で働けて、人間関係だって良好なのに、一人で勝手に悩んで、がんじがらめになってる自分が馬鹿らしくなってきた。

 

「ね、ねぇミカ先輩...!変な事、聞いても良いかな...!?」

 

こうなったらもう、一思いにぶちまけてしまおう。それで「変なの~!」とでも笑って貰えれば、かえって気分がスッキリするかもしれない。そう思ったカズサは、結露がこびりついた自分のコップを指でなぞるミカを、真っすぐに見つめた。

 

 

 

「う~ん...トリニティらしさ、かぁ......」

 

二等分に取り分けたパスタをフォークとスプーンを使ってくるくる巻くミカがボソッとそう言ったのを聞いて、カズサは数十分前の自分の決断を後悔していた。

 

ついさっき吐露した、「私に無くて、ミカ先輩にあるトリニティらしさって何だと思いますか!?」という問い。自分がミカのようにはなれないことなど分かり切ったことだから、「変な事」という前置きの通り、敢えてとんちんかんな形にした。しかしミカはそれを笑うどころか、答えを求めて真剣に考え込んでしまった。

 

「えっと...そ、そんな真面目に考えなくて大丈夫だから...!ホントごめん、変な事聞いちゃって......」

 

気まずい空気に耐えられなくなり、カズサはそう告げると共に、切り分けられたピザを口に放り込む。何だか、味の付いた段ボールを食べているみたいだ。

 

「ううん、変な事じゃないよ。それに、話してくれてありがとう。今日のカズサちゃん、何か考え事しているみたいだったから、私心配だったんだ」

 

「やっぱり、バレてた......?」

 

「うん」と、ミカは頷いた。

 

「でも、ごめんね。カズサちゃんが言う『トリニティらしさ』っていうのは、私にもよく分からない。私とカズサちゃんは違う人間だし、もしカズサちゃんが私の趣味とか服装とかを真似しても、カズサちゃんが欲しい『らしさ』ってのは身につかないと思うよ。そもそもカズサちゃんって、私と違ってクール系ってのもあるし」

 

「そう、だよね......」

 

「だけど!」

 

申し訳なさそうに俯いたカズサの辛気臭い雰囲気を吹き飛ばすかのように、ミカは勢いよくテーブルに手を置いた。

 

「カズサちゃんはこんな答えじゃ納得しないだろうから、私なりに考えた答えを教えるね。ねえカズサちゃん、デザート食べ終わったら、また付き合ってくれないかな?連れて行きたいお店があるんだ」

 

 

 

食事を終え、ミカに連れられて訪れたのは、ストリートマーケットの外れにある、小さな紅茶の専門店だった。店の前に置かれた植木鉢にはそれぞれヒマワリとラベンダーが植えられており、こじんまりとした外観を華やかに彩っている。

 

「前にぶらぶらしてる時に見つけたんだ。カズサちゃんって普段、紅茶はよく飲む?」

 

「ううん」と、カズサは首を横に振った。それを見て、ミカの顔がパッと明るくなる。

 

「良かった!これは完全に私の感覚なんだけどね、紅茶って何ていうか、コーヒーと違って上品な飲み物?みたいな感じがすると思うの!それにスーパーとか見てて思ったんだけど、コーヒーは沢山種類があるのに、紅茶はティーバッグタイプのやつがほんの数種類あるだけで、自分で淹れて飲む紅茶って、やっぱりちょっと特別なものなのかなぁって。だからさ、良かったらここでカズサちゃんの好きなお茶を買っていってみない?専門店だから、ハーブティーとかフルーツティーとか、普段見ないお茶も沢山あるよ!」

 

カズサはハッとしてミカの顔を見た。言われてみれば確かに、ペットボトルで大量に売られているものは別として、自分で淹れる紅茶はそれこそミカみたいな女の子が飲むようなものという漠然としたイメージがある。

 

「う、うん!ちょっと見てみるね...!」

 

カズサはミカと共に店に入った。店内はおばあちゃんのパン屋以上に狭く、人一人がやっと通れる通路には色とりどりの茶葉が詰まったガラス瓶が所狭しと並べられている。仲間達とスイーツ巡りをしている時にはまず立ち寄ることはないであろう、落ち着いた雰囲気の洒落た店だった。

 

「いらっしゃいませ。気になる商品があれば、瓶の前に置いてあるサンプルを開けて香りを確かめてみて下さい。一杯50円で試飲もできますよ」

 

二人の気配に気付いて店の奥から出て来た店員に言われるがまま、カズサは近くにあったガラス瓶の前に置かれた、中に茶葉が入っている小瓶のコルク栓を開けて、嗅いでみた。

 

(オレンジの...良い匂い...)

 

商品に「ルイボスとオレンジ」と書かれている通り、優しい柑橘の爽やかな香りが鼻を抜ける。不思議と心が落ち着く匂いだった。

 

「カズサちゃん、これはどう?」

 

持っていた小瓶に封をして、カズサはミカが差し出してくれた瓶に鼻を近づける。

 

「うわッ、バニラの匂い凄っ...!」

 

予想外に強い匂いに、カズサは思わず手で鼻を覆ってしまった。

 

「バニラとシナモンがブレンドされたお茶だからね!スイーツ好きなカズサちゃんなら、こういうお茶も気に入るかなと思って!」

 

「へ~...紅茶ってこんなのもあるんだ......」

 

店をぐるっと見回すカズサ。並べられた瓶には、「リンゴとシナモン」とか、「イチゴとバラ」とか、聞いたことのないブレンドのお茶や、山海経から取り寄せたという、とんでもない値段のお茶もある。アールグレイとかルイボスとか、有名どころな種類のお茶程度しか知らなかったカズサは、その奥深さに素直に感心した。だけど、こうも種類が沢山あるとどれを選べば良いか迷ってしまう...

 

「ねえねぇ、ミカ先輩」

 

カズサは、自分の横で同じように香りを確かめているミカの肩を突いた。

 

「ミカ先輩って、こういうお茶に詳しかったりするの?だったらミカ先輩に選んで欲しいなぁ、って」

 

ミカは振り返って、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「え~っと......実は私の友達がお茶っ葉を集めるのが趣味でね、その友達が淹れてくれたお茶を一緒に飲んだりするくらいだからそこまで詳しいってわけじゃないんだけど、でもカズサちゃんがそう言うのなら、ちょっと待ってて!」

 

ミカは少しの間店内を見て回り、時に香りを確かめていたが、やがて店員に頼んで、試飲用に淹れられた二つの小さなティーカップを持って来てくれた。

 

「お待たせ!こっちが普通のアールグレイで、こっちはさっきのバニラとシナモンのやつ。アールグレイは紅茶の中でも味と香りがしっかりしてるから、甘いものと一緒に飲むのが良いかなって!」

 

「わざわざ淹れてきてくれたの?ありがとう」

 

「気にしないで!」

 

ミカに礼を告げたカズサは、まずアールグレイのほうを飲んでみる。ミカに言われた通り、砂糖もミルクも混ざっていないストレートティーはフルーティーな香りに負けない渋みがあったが、その分甘いお茶請けと相性が良さそうだった。

 

「うん、いい香り!確かにスイーツと一緒に飲んだら良い感じかも!」

 

「でしょでしょ!?こっちも飲んでみて!」

 

カズサはもう一方のお茶も飲んでみる。お茶の熱と共に広がる、香り高いバニラとシナモンの風味。甘みは一切なく、香りだけがストレートに伝わって、ぽかぽかとした温かみがお腹の中から伝わって来る。

 

「こっちも美味しい。何か寝る前に飲んだらよく眠れそうな、そんな感じがする」

 

「こういうお茶って安眠用に飲む人もいるからね!リラックスしたい時とかにはピッタリだと思う!それで、どうかな?他のお茶も試してみる?」

 

「ううん、これにする!ミカ先輩、ありがとう!」

 

わざわざ先輩が選んでくれたのだから、これ以上悩む気にはなれなかった。

 

「良かった!だったらこれ、買って来るね!」

 

空のカップを受け取ったミカは、嬉々としてレジに向かって行った。

 

「買ってくる...って、ちょ、ちょっと待って!お昼も奢ってもらったんだから、自分で払う......」

 

「良いの良いの!あ、お茶と一緒にティーポットも買っておくね!」

 

「い、いや......」

 

結局ミカの厚意を無下にすることもできず、カズサはお茶の缶とティーポットが入った、二つの意味で重いものが詰められた紙袋を手にして店を出た。

 

「楽しかったね、カズサちゃん!中に美味しい淹れ方みたいな説明書も入っているから、帰ったら飲んでみてね!」

 

「う、うん」

 

カズサは紙袋を見下ろす。この中に入っているお茶を部屋で淹れて飲んでいる自分の姿を想像したら、ちょっと恥ずかしくなって、カズサは肩を竦めた。けれでも、お茶を静かに啜って、ほうっと小さく息を吐いている想像の中の自分は、確かにいつもとは違う、上品な雰囲気があった。勿論それでミカのようになれたというわけでは全然ないけれど、少なくとも今のカズサの心の中にあったモヤモヤは、先程よりもずっと薄らいでいた。

 

「さてっと!この後どうしよっか?私は今日はずっと暇だけど、カズサちゃんはどう?時間あるんだったら、一緒にお店回らない?カズサちゃんのオススメスイーツとか、私食べてみたいな!」

 

オススメスイーツ。その言葉に、カズサはピンと来るものがあった。ちょうど最近、食べに行きたいスイーツがあった。元々は部活の皆と食べに行く予定だったし、このストリートマーケットからも離れてしまうけど、ミカが喜んでくれるならと思えば、些細なことだった。

 

「私も大丈夫!それでさ、ここからは離れちゃうんだけど、D.U.の水族館に有名なカフェとコラボした限定ショップが出てて、前から行きたいなって思ってたんだ!先輩も一緒に、どうかな?」

 

「へぇ、そうなんだ!水族館なんて久しぶりだし、そこ行こ!」

 

カズサの提案に、ミカは二つ返事で了承した。

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