ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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12話 青い世界に溶けたもの

自治区から電車を使ってD.U.に移動した二人は、その足で直ぐに水族館へと向かった。入り口でチケットを買い、ゲートを通る。映画館を思わせる薄暗い通路を進んだ先に広がっていたのは、沢山のグロテスクな深海魚が泳ぐ、冷たく暗い大きな水槽だった。

 

「わ~お......大きな水槽」

 

「今の水族館ってこんな感じなんだ......」

 

ごった返す人の波の流れに従って、二人は水槽へと近づいていく。近づくにつれ、中でゆらゆらと泳いでいる深海魚達の姿が詳細に分かるようになってきた。二人の目的は、この先の「海のトンネル」の中で夏限定で展開されているショップのスイーツではあるけど、それはそれとして折角来た水族館を楽しまないのはもったいないので、二人は暫しの間水槽にくっついて、ヘンテコな姿の魚達を観察していた。

 

「カズサちゃん見て!あの魚、口があんなに大きい!」

 

「それ、ホウライエソって魚だね。口と歯が発達してるのは、獲物が少ない深海で確実に捕食を行う為」

 

「え、凄!なんでそんなこと知ってるの?」

 

「そこのボードに書いてあったから」

 

「なーんだ!びっくりして損した!」

 

そんなやり取りの後に、二人は次の展示に移動する。どうやら次の展示は、奥にあるショップと同じく夏限定で展開されているもののようで、「キヴォトスの海洋調査」という名で、小難しそうな資料や高そうな実験器具、生物のサンプルが並べられている。だが二人はそんなものには目もくれず、展示スペースの中心にでかでかと置かれている、巨大な魚のホルマリン漬けに走り寄った。

 

『これ、メガマウスってサメだ!』

 

二人共、このサメのことはよく知っていた。半年前、このサメがキヴォトスの港に迷い込み、極めて貴重なサンプルということで連邦生徒会主導で回収と調査が行われたのだが、それに立ち会った先生がこの巨大なサメの神秘的(少なくとも先生にはそう見えたらしい)な姿に魅了されてしまい、一時的に深海オタクになってしまったのだ。今ではすっかり鳴りを潜めているが、ついこの間までの先生は誰かがシャーレに遊びに来るたびに「深海は宇宙よりも遠い場所だって言うし、やっぱり海中世界ってロマンだよね!!」とか言いながら、ダイオウイカがどうだの海の底の生態系がどうだのと語り出すので、ミカもカズサもほとほとうんざりしていた。

 

「やっぱり、先生が言ってたこと私には分からないや!こんな大きくて気持ち悪いサメの、何が良いんだろうね!」

 

「まぁ、先生って影響されやすいから。でも、ミカ先輩の言ってることには一字一句同意!このサメもこんな風に保存されるくらいなら、いっそ刺身にでもされたほうが良かったんじゃないかな?」

 

「確かに~!」

 

先生の語ってくれたロマンとやらが、残念ながらこれっぽちも響かなかった二人は、こちらを見下ろすサメの前でケタケタと笑った。

 

その後もミカとカズサは水族館を楽しんだ。熱帯魚館やサンゴ礁館で美しい魚やサンゴに魅了されたり、途中で屋外に出て参加したイルカショーで、座っている場所が悪かったせいでイルカが飛ばした水飛沫を頭から被ったりしながら、二人はこの水族館最大の展示、「海のトンネル」に辿り着いた。

 

「凄ーいッ!」

 

自分の頭の上を悠々と泳ぐ、巨大なジンベエザメを見上げて、ミカは歓声を上げた。

 

「えっと、ショップは多分...あ、あった!あそこだ!」

 

周囲の大きな魚達が織りなす壮観な光景に目を奪われつつも、カズサは水槽の端に設置されたショップを見つけた。やはり有名な店とのコラボということでそれなりに長い列ができており、二人は順番を待つ間、入り口で貰ったパンフレットと水槽を交互に見て、ガラスの向こうで泳いでいる魚達の名前を憶えていた。そして暫くして、二人は列の先頭に立った。

 

「えっと、『海中トンネルソーダ』のレギュラーサイズを二つと、『ジンベエザメカステラ』と『クッキーマンタ』を一つずつお願いします!先輩は他に何か頼む?」

 

「ううん!クッキーと飲み物だけで大丈夫!」

 

「了解!じゃあ、以上でお願いします!」

 

お金を払うと、直ぐに商品が出て来た。この海のトンネルをイメージしたという、魚達が描かれたプラカップに満たされた真っ青なソーダと、名前通りのスイーツをそれぞれ手にして、二人はトンネル内のベンチに腰かける。

 

お腹にコバンザメをくっつけて、マイペースに水槽を遊泳するジンベエザメ。そんなサメを揶揄うかのように、全身を素早くくねらせて高速で泳ぎ回る大きなアジの仲間。ミカが齧っているクッキーのモチーフであるマンタはそうしているのが楽しいのか、排水溝らしき金網から溢れ出ている泡の中を行ったり来たりしている。

 

「やっぱりこういうの、良いね......」

 

ソーダとカステラを口に運びながらぼんやりと水槽を眺めていると、横でミカが呟いた。

 

「...え?」

 

「私、こういう普通の青春って憧れだったんだ。友達と何処かに行って、何でもないことで笑ったり、何かを食べたりするの」

 

そう言って、ミカはついこの間のバカンスを思い出して、その普通ではない内容につい苦笑してしまった。バーベキューセットをトラックごと強奪されたり、別荘が半日の間に二回も消え去ったり。例えゲヘナの生徒達がいなかったとしても、護衛に見守られながら、プライベートビーチという限られた狭い世界で束の間の休息を楽しむ。勿論それが楽しくないというわけでは決してないけれど、少なくともそれが世間一般で言う「普通の青春」でないことは、よく理解していた。

 

「ふ~ん。でも、ミカ先輩にも友達はいるでしょ?」

 

「まぁ、ね。でも私の友達って、私も含めて全員ティーパーティーだから、やっぱり普通とは違うんだ」

 

「......え。ティー、パーティー......?」

 

ティーパーティー。その言葉が、カズサの全身に痺れるような緊張をもたらした。そうだ、思い出した。

 

パン屋でミカの名前を知った時の既視感の正体。それは以前学校で行われていたデモ隊と衝突した時、そこで聖園ミカという名前を聞いていたからだ。

 

(やっぱりこの子、私がティーパーティーってこと、知らなかったんだ......)

 

呆然とした顔のまま、空になったカップがカズサの手から零れ落ちたのを見て、ミカはまた苦笑いを浮かべるのと同時に、少し寂しい気持ちになる。時間の問題ではあったとは思うが、ナギサの恐れていたことが起きてしまった。

 

「え、えっと...私、全然知らなくて...!ティ、ティーパーティーって、あ、あれだよね...!?た、確かセイヤって人がいる...」

 

カズサは呂律が全く回っていなかった。以前セイアの名前は疎か、ティーパーティーの存在すら完全に失念して、当の本人に無礼極まりない態度を取ってしまってのこれだから、無理も無い。

 

「セイアちゃんのことね。それとさっき言ってたお茶っ葉集めが趣味の友達も、同じティーパーティーのナギサって人だよ」

 

「......ッ!!」

 

カズサは危うく真後ろにひっくり返りそうになる。自分が今まで「お姫様みたい」と心惹かれて、自分と彼女の違う部分に固執して、それを取り除く為にお金まで払って貰った存在が、自分の学校のトップだったなんて......

 

「......ヤバすぎ」

 

暫く凍り付いていたカズサ。しかし、数分の硬直の後に彼女の口から出て来たのは、その言葉と、不敵な笑いだった。

 

「...ククッ!...フッ、フフッ!!」

 

必死に笑いを堪えていたカズサだったが、遂に耐え切れなくなり、人目も憚らず大声で笑いだした。

 

「カ、カズサちゃん!?ど、どうしたの...!?」

 

自分をティーパーティーと知ってしまったせいでショックで頭がおかしくしたのかと思い、ミカは慌ててカズサに駆け寄った。

 

「アッハハッ!!ご、ごめんミカ先輩...!でも、私おかしくって...!」

 

「お、おかしいって、な、何が......?」

 

お腹を抱えてヒーヒー言いながら、カズサは絞り出すように喋った。

 

「私、前にもセイアって人に『あんた誰』とか言ったことあるの...!それで今度は同じティーパーティーの人に憧れて、そんな人と自分を比べて落ち込んだりして...!考えてみれば当然だよね...!私なんかがティーパーティーのお嬢様みたいになれるわけないじゃん!それなのに私...!」

 

「だ、大丈夫...?カズサちゃん、ショックで頭おかしくなったんじゃ...」

 

「だ、大丈夫...!私は正気...多分、だけど...!」

 

その発言通り、カズサは直ぐに笑いを止めて、至って冷静にミカを見た。

 

「私は大丈夫。でもこれで、本当にスッキリした!ミカ先輩はミカ先輩だし、私は私!それでいいじゃん!って」

 

カズサは歯を見せてニッと笑ってみせた。その笑みは、一昨日帰り際に見せた笑顔と、全く一緒だった。

 

(...そっか。この子は、こういう子なんだ......)

 

カズサの笑みを見て、ミカは心の中に積もり始めていた寂しさが溶けて消えていくのを感じた。このカズサという後輩は、良くも悪くも、学校内外の政治や情勢に興味が無いのだろう。だから自分を「ティーパーティーの聖園ミカ」ではなく「同じ学校の、同じバイト先のミカ先輩」としてフラットに接してくれるし、その態度が変わることは、今後もきっとないだろう。自分に素直に憧れてくれたということは、今まで自分が積み重ねた「過ち」という名のフィルターを通さず、ありのままの自分を見てくれたということなのだから。

 

「よく分からないけど、カズサちゃんがスッキリしたのなら良かった!あ、でもそしたらその紅茶セット、もういらなくない?私のお金で買ったやつだし、返品して来ようかな~?」

 

ミカはいたずらっぽく笑いながら、カズサの足元にある紙袋に手を伸ばす。

 

「そ、それはダメッ!今日帰ったら飲むんだから!これは渡さない...!」

 

カズサは急いで紙袋を拾い上げると、その場からすたこらさっさと逃げ始めた。

 

「あ、待てっ!私からは逃げられないよ!」

 

そんなカズサを、ミカは笑いながら追いかける。そして二人は、周りのお客さんの迷惑になるから止めろとスタッフに割とキツめに怒られるまで、水族館の中でじゃれ合っていた。

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