ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
14話 テロリスト達からの届け物
「ありがとうございました!今日も暑いので気を付けて帰って下さいね!」
買い物を終えたお客さんにそう告げると、ミカは扉を開け、店から出るお客さんを見送る。まだまだ暑い日が続く中、今日もミカは元気に働いていた。
「ミカせんぱーい」
扉を閉めた時、会計を行っていたカズサがミカの背中に声を投げる。
「おばあちゃんから伝言~。ポストに何か入ってないか見てきて欲しいだって。先輩ちょうどドアの前にいるし、お願いしまーす」
カズサはレジを閉めながら、気の置けない友人に対して話すような緩い態度で言った。
「りょうか~い」
ミカは再度扉を開け、纏わりつくような熱気が満ちる店外へと出た。今日は風があまり吹いていないこともあり、いつもよりも一段と暑い。周囲に建物が無く、コンクリート等で舗装されていない丘の上でこの暑さなのだから、眼下のビーチと、その奥のストリートマーケットは灼熱そのものだろう。ミカも必要の無い汗は流したくないので、小走りでポストに近づいた。
「あれ...?なんだろうこれ?」
店の前にあるポストの横に立った時、ミカはその足元に大きな発泡スチロール容器が立てかけられているのに気付いた。朝出勤した時には無かったから、自分達が開店の準備をしている間に置かれたのだろうか。
ミカは両手でその発泡スチロールを抱え上げた。結構な重量だ。軽く揺すってみると、「ガサガサ」というくぐもった音が響く。容器の大きさに見合った、それなりに大きな物が入ってそうだ。
(おばあちゃんが何か頼んだのかな?でも、発泡スチロールに入れるようなものを置き配するのも変だし、伝票も張られてない...)
妙な荷物に首を傾げながらも、とりあえずはお店に持っていこうと思ったミカは発泡スチロールを小脇に抱え、今度はポストを開けた。少し錆が浮いたポストの中を覗くと、中には白い封筒が一つ。「今時こんなお手紙珍しいな」と思いつつ、ミカはその封筒を手に取る。そして、封をしている赤い蝋の形と、その下に書かれた「EAT OR DIE」の文字列を見て、息を飲んだ。
「このマーク、バーベキューセットを盗んだゲヘナの人達のだ...」
それから数分後。ミカとカズサ、そしておばあちゃんの三人は、ミカが厨房に運び込んだ発泡スチロールと手紙を取り囲み、何やら難しい顔をしていた。
美食研究会。自分の学校の食堂を吹っ飛ばしたり、気に入らない飲食店を木っ端微塵にしたりしている彼女達の悪行の数々は当然ミカも知っているし、何よりミカ自身も、彼女達のせいでバカンスの予定を狂わされた経験を持つ被害者だ。だから最初に手紙を見た時、この発泡スチロールは爆弾か何かかと思ったのだが、おばあちゃんの許可を得て慎重に蓋を開けた時、その中身を見て、ミカは開いた口が塞がらなかった。
「私、ニシンなんて初めて見たかも...」
カズサが発泡スチロールに手を伸ばし、保温用の氷に包まれた、立派な青魚を引っ張り上げる。
そう。発泡スチロールの中身は爆弾などではなく、大きなニシンと、ワタがくりぬかれラップがぴっちりと巻かれた半分の南瓜だったのだ。突如送られて来た、よく分からない組み合わせの食材。もしポストに”彼女達”からの手紙が入っていなかったら、この品々の意味を理解することは出来なかっただろう。
丘の上のパン工房様へ
お初にお目にかかります。我々はキヴォトスのあらゆる美食を探求する者達の集い、美食研究会です。今回は貴店にとある料理を作って頂きたく、必要な食材を用意すると共に、この手紙をしたためた次第です。調理を依頼するのは「南瓜とニシンのパイ」。以前この料理が登場する某映像作品を視聴し、是非とも実物を食してみたくなったのです。貴店の類まれな調理技術をもってすれば、この一見奇妙な組み合わせの食材を使ったパイも、それは素晴らしい一品に仕上がるものと信じております。但し、本品を調理する上で一つ、必ず守って頂きたいことがあります。それはパイを焼く際、貴店の裏庭にあるピザ窯を用いて頂きたいのです。劇中のパイを忠実に再現するには、電気のオーブンではなく、高温の窯で焼き上げる必要がある為です。パイが完成したら、大変お手数ですが本日中に下記の住所に直接届けて下さい。報酬はその際、料理と引き換えにお払い致します。
手紙の内容を改めて読んだミカは、横でニシンを観察しているカズサに尋ねた。
「ねぇカズサちゃん、この南瓜とニシンのパイが登場する映像作品って何か知ってる?」
ニシンを発泡スチロールに戻して、カズサは答えた。
「うん。多分、『ウィッチ・ザ・ミュール』って映画だと思う。結構有名な映画だけど、ミカ先輩知らない?」
「ううん。どんな映画なの?」
「えっと。お話自体はSFでね、宇宙を飛び回って色んな惑星に違法な薬とか武器とかを運ぶ、『魔女』の異名で恐れられた女の運び屋が主人公なんだけど、ある日その主人公を捕まえようとした『スカーレッド・ピッグ』っていう凄腕の賞金稼ぎに襲われて『惑星ホニョ』って星に避難するんだけど、その星は『モーラ一家』っていう宇宙海賊が根城にしてる星で、色々あって魔女はその宇宙海賊と一緒に伝説の海底遺跡『ラプタ』の財宝を探しに行くって話。で、このパイは魔女がモーラ一家に給仕担当として雇われた最初の日に作った料理なの」
「何か、凄いお話だね...」
「この映画作った『デブリがたくさん』ってスタジオ、パロディだらけの低予算B級映画を量産するので有名だからね。ま、ミカ先輩が普段観るのなんてオーケストラとかバレエとかだろうし、庶民の娯楽はお嬢様には分からないか~」
カズサはいたずらっぽくミカの脇腹を小突く。
「も~う!それ止めてって言ってるでしょ!私だって普通の映画くらい観るんだよ!」
そう言いつつも、ミカはキャッキャと笑いながらカズサの手を軽く払いのける。水族館での一件以降、頻繁に行われるようになったカズサの「お嬢様イジリ」。だが、当然それに嫌がらせの意図は無く、あくまで友人同士の冗談であり、どこかの誰かさんのようなウィットに富んだものでもないので、ミカもカズサの好きなように言わせていた。
「でも、おばあちゃんどうしよう?相手はあの美食研究会だし、本当に報酬を払ってくれるかも分からないよ...?」
「そうですねぇ...」
おばあちゃんはニシンと南瓜を改めて見る。
「見たところ、ニシンも南瓜もかなり良い物のようです。相手が誰であれ、こんな上等な食材を譲って頂いた以上、一人の料理人としてしっかり依頼のものを作り上げたい、というのが本音です。それに、久しぶりのあの窯を使える良い機会ですし」
「というかそもそもあのピザ窯小屋、使えるの?何か焼いてるの見たこと無いけど..」
「えぇ使えますよカズサさん。いつも庭を手入れするついでに掃除をしていますし、一応薪も常備してあるので、使おうと思えば今すぐにでも」
それを聞き、ミカとカズサは互いに顔を見合せた。
「ねぇねぇミカ先輩。おばあちゃんもこう言ってるし、皆でこのパイ作ってみない?この映画ストーリーはメチャクチャだけど、出てくるご飯は全部美味しそうで、特に南瓜とニシンのパイはネットで再現した人もいる位に人気の料理だから、私も実物見てみたいんだ」
期待の眼差しを向けるカズサに対し、ミカは「う~ん...」と難しい顔のまま小さく唸る。
バカンスでの一件もあって、ミカは正直どんな形であれ、あのテロリスト達と関わるのは良い気分ではなかった。今回だってやり方は多少マイルドであるとはいえ、突然に食材を送りつけて調理を依頼するだけでなく、店側にわざわざそれを持ってこいというのだから、丁寧な文体から滲み出る傲慢さが全く隠しきれていない。
しかし、だからといって無視なんてしたら、今度こそ爆弾入りの発泡スチロールが直送されて来るかもしれない。それにカズサは勿論、店主であるおばあちゃんが調理に乗り気である以上、ミカも結局首を縦に振るしか無かった。
「うん、分かった!私もあの窯が使われてるの見てみたいし。おばあちゃん、皆でこのパイ作ってみようよ!」
ミカの言葉に、二人はゆっくりと頷いた。
ミカとカズサの願い通り、調理は三人の共同作業で行われた。まずおばあちゃんがニシンを素早く捌き、南瓜を湯がいて柔らかくしている間、ミカがパイ生地を、カズサがパイに使うホワイトソースを作る。それが終わったら今度はおばあちゃんが窯に火を入れる為に庭に出て、その間に二人で南瓜を潰し、ニシンの身にこんがりと焼き色を付ける。そして最後に店にある中で一番大きな耐熱皿に全ての食材を流し込み、それをパイ生地でふんわりと包む。おばあちゃんが窯の管理に付っきりになっている中で他のパン作りや接客と並行して行わなければいけなかったので、完成したパイが真っ赤な窯の中に運び込まれるのを見届けた時、二人は疲労からその場にへたり込んでしまった。
「はぁ~、つっかれた...」
「あんなに両手を動かしたの、生まれて初めてかも...」
二人は暫くの間熱い芝生に座り込んで、ステンレスの煙突から昇る白い煙が夏空に溶けてゆくのを眺めていた。綺麗な芝生の上に腰かけて、三角屋根の下に置かれた、レンガ造りの小さな窯の中にあるパイが焼き上がるのを待つ。全身を火照らせる、うだるような暑ささえ無ければ、それこそ映画のワンシーンのような、ゆったりとした趣のあるひと時だっただろう。
「ねぇねぇおばあちゃん。この窯ってピザ窯なんでしょ。だったら前は、ピザも焼いてたってことだよね?」
座ったままの姿勢で、窯の前に立つおばあちゃんにカズサは話しかけた。
「えぇそうです。この窯と小屋は私がお店を開いた時にその記念として友人達が建ててくれたもので、以前はここでよくピザパーティーをしていたのですよ」
懐かしそうに窯を見つめるおばあちゃんの黒目に寂しい光が宿るのを、カズサは確かめた。おばあちゃんの友人だというご年配のお客さんはよく店に来てくれるから、この窯はその人達が建ててくれたのだろうか。足繁く通ってくれているのだから疎遠になったというわけでは決してないだろうし、この丘を登って来られるだけの元気もあるのだから、パーティーを開くだけの体力が無い、というのも考えにくい。
それなのに何故、おばあちゃんは寂しそうにしていたんだろう。パイが焼き上がるまで、カズサの頭にはその疑問が、いやにはっきりとこびりついていた。