ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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16話 デリバリー・パニック

「な、何今の...!?」

 

立ち昇る爆炎を、カズサは唖然とした表情で見つめた。もっとも、突如として発生した大爆発に驚いたのは周りの人間も同じなようで、信号が青になったにも関わらず、どの車も前進を始めるどころか、車両から降りて様子を確かめ始める者もいた。

 

「あ、そこの貴女待って!」

 

ミカは車道のすぐ傍の、歩道とビーチを繋ぐ階段をおたおたした様子で駆け登って来た正義実現委員会の生徒に声をかける。

 

「え、み、ミカ様...!?ミカ様が何でこんなところに...!?」

 

最初は「忙しいんだから邪魔しないでくれ」と言わんばかりの表情でこちらに振り向いたその生徒だったが、声をかけて来た人物の正体を知るや否や、すぐさま姿勢を正し、たどたどしく敬礼をした。

 

「ちょっとね!それよりも、今の爆発は何!?マーケットのほうで何があったの!?」

 

「それが、またゲヘナの美食研究会が騒ぎを起こしたみたいなんです!何でもマーケットの中にあるレストランを吹き飛ばしたみたいで...!私も今から応援に駆け付けるところなんです...!」

 

それを聞いた瞬間、ミカは胸の中にずっしりとした不快感を覚えた。既に一度、彼女達のやり方を身をもって経験しているというのに「今回は荷物を受け取るだけだから流石に大人しく待っているだろう」と高を括ってしまったのが間違いだった。

 

「...ねぇ。美食研究会の人達が今何してるか分かる?」

 

低い声で、ミカは訊ねた。

 

「え、えっと...!無線からの情報だと、正義実現委員会のジープを盗んで逃走中とのことです...!」

 

「ありがとう。ねぇ、カズサちゃん。カズサちゃんにお願いがあるの」

 

今度はカズサに声をかけるミカ。回された左腕にグッと力が込められたのを感じ、カズサは反射的に腹筋に力を入れた。

 

「もう安全運転とかそういうの気にしなくていいから、全速力で美食研究会を追いかけて欲しい」

 

カズサは肩越しにミカの顔を覗き込む。そして、その端整な顔に宿った怒気を見て、小さく息を飲んだ。

 

「み、ミカ先輩、もしかして怒ってる...?」

 

眉間に薄く皺を作ったまま、ミカは小さく頷く。

 

「ごめんね、可愛くない顔しちゃって。でも、流石に今回ばかりは見逃せない。これからスイーツフェスタもあるのに、これ以上街を滅茶苦茶にされるわけにはいかないから。だからこのパイは、トリニティの取調室の中で食べてもらうことにするね。おばあちゃんには、悪いけど」

 

「ミカ先輩...」

 

カズサは数秒の間ミカの顔を見つめていたが、やがて不敵な笑みを浮かべると、アクセルを激しく吹かした。ミレニアム謹製の変態エンジンが放った轟音に、正義実現委員会の生徒を含めた周囲の人間が身体をビクッと跳ね上げる。

 

「ティーパーティー様にそう言われちゃったら仕方ないね...!準備は良い、ミカ先輩!?」

 

「うん!あ、でもちょっと待って...!」

 

ミカは一度バイクから降りると、美食研究会のことを教えてくれた生徒に走り寄り、おばあちゃんから預かったバスケットを手渡した。

 

「貴女は応援に行かなくていいから、このバスケットの中身を守っておいて欲しい!もし後で先輩達から何か言われたら『私に預けられた荷物を守っていました』って正直に言って!」

 

何が何だか分からないと言った表情を浮かべながらも、その子はバスケットをしっかり受け取ってくれた。

 

「りょ、りょうかいしました...!ミカ様からのお荷物、全力でお守りします...!あ、あとこれ...!良かったら使って下さい...!」

 

そう言ってその子が差し出してくれたのは黒い無線機だった。

 

「ありがとう!」

 

ミカは無線を受け取ると、再度バイクに跨り、今度は両腕でカズサにしがみつく。ミカがバイクを降りている間にカズサは、自分のポケットから取り出したロリポップキャンディを咥えていた。これからのカーチェイスに備えての気合入れだろうか。

 

「よっし!じゃあ行くよ!!」

 

後輪が爆速で回転し、白煙を噴き上げる。そして信号が青に変わった瞬間、カズサとミカを乗せたバイクは跳ね馬のように前輪を高く振り上げ、黒煙が空に伸びるストリートマーケットに駆け出していった。

 

「お、お尻が痛い...」

 

カズサはひらひらとバイクを巧みにコントロールし、車と車の間を縫うようして進んでいく。しかしそのお陰で、ミカのお尻は早くも悲鳴を上げていた。

 

「悪いねミカ先輩!今日だけはエコノミークラスで我慢して!」

 

それが聞こえていたのか、カズサはいつものお嬢様イジリをかけた小粋なジョークを背後に飛ばす。気分は完全に、映画のニヒルな主人公だ。その時ミカが握る無線から

 

『美食研究会が大通りに出た!現在ビーチサイドの第二交差点に向かって逃走中!!ビーチに展開中の部隊は至急確保に回れ!』

 

という声が響いて来た。

 

(ビーチサイドの...第二交差点...?)

 

ハッとしたミカは急いで顔を上げる。たった今頭上を通り過ぎて行った道路標識には、美食研究会が向かっているその交差点の名がくっきりと刻まれていた。

 

「カズサちゃんブレーキッ!」

 

ミカは本能的にそう叫ぶ。そして次の瞬間

 

 

ギャリギャリギャリッ!!!

 

 

分厚いタイヤが横滑りする不快音を伴って、真横の道路から黒いジープが信号を無視して飛び出して来た!「バカヤロッ...!」と吐き捨てたカズサが急いでブレーキをかけなければ、二人はバイクもろともビーチに弾き飛ばされていただろう。

 

こちらには目もくれず颯爽と駆け抜けて行くジープの座席に、見知った四人の人物が座っているのをミカは確かめる。間違いない、あれに美食研究会が乗っている。

 

美食研究会が過ぎ去った直後、同様のジープが数台、同じく交差点をドリフトしながら追従していく。こちらにはしっかりと、黒と赤の制服を着た生徒達が乗っている。

 

「サツがあんなに...!まぁ、あんな爆破テロ起こしたんじゃ仕方ないか...」

 

後ろにミカを乗せているにも関わらず、正義実現委員会のことを「サツ」と呼ぶカズサ。もう完全に、かつてのスケバンの心を取り戻していた。

 

「カズサちゃん追いかけて!!」

 

「当然ッ!!」

 

信号が赤に変わるギリギリのタイミングで、カズサは再びバイクを走らせる。幸い相手が鈍重なジープであることもあって、二人は直ぐに最後尾を進む車両に追いついた。

 

「タイヤを狙うッ!」

 

ジープの間に躍り出たカズサは、バイクの側面に括り付けておいた愛銃を引っ張り出し、構える。しかし

 

「ミカ様!?何故ミカ様がいらっしゃるのですか!?」

 

カズサの射線を遮るように、前方を進んでいたジープが横に並んだ。そこから飛んで来たよく知る声に、ミカは再び顔を上げる。

 

「ハスミちゃんッ!」

 

並走するジープには、ハスミが乗っていた。長い黒髪をバサバサとなびかせ、鬼のような形相をしている。

 

「私達にも手伝わせて!皆であの子達捕まえよう!!」

 

「なりませんッ!この失態は全て、我々正義実現委員会の至らなさ故です!!ミカ様にご助力して頂き、盤石な警備体制を築いたにも関わらず、美食研究会に侵入を許すとは何という体たらく...!必ず我々の力だけであの悪童達を捕らえ、汚名返上を成さなければならないのです!!」

 

怒り心頭に発したハスミに、ミカの言葉は殆ど聞こえていなかった。ただでさえゲヘナという存在が心底嫌いな上に、発展著しいこのストリートマーケット周辺で事件を起こされたとなっては無理も無いだろう。

 

「一号車!目標車両をガードレールに押し付け、動きを止めなさい!」

 

ハスミの指示通り、先頭を進む車両が一気に加速して美食研究会のジープに並んだかと思うと、急ハンドルを切り、体当たりをする形でガードレールに押し付けた!激しく火花を上げ、二つの車両がゆっくりと減速を始める。だが

 

 

ズガーンッ!!

 

 

体当たりを行った車両が突然大爆発を起こし、炎上しながら空中に舞い上がった!回転する車体から吹き飛ばされた哀れな生徒達が、涙目になりながら道路に転がり落ちる。更に重力に引かれ始めたジープが、ミカ達の進行方向に向かって落下し始めた。

 

「ミカ先輩掴まってッ!!」

 

カズサは車体をベッタリと寝かせ、ジープが墜落するすんでのところで、ジープと地面の間スレスレを潜り抜けた。一歩間違えれば炎上するジープの下敷きになっていたところだ。

 

「あっぶな...!サツのジープ吹っ飛ばすとかやり過ぎでしょ...!」

 

「カズサちゃんグレネードッ!!」

 

「うわっ!?」

 

すぐ目の前に飛来した擲弾を、カズサはまたしてもすんでのところで躱す。

 

「あらあら?今ので撒いたと思ったのですが、どうやらまだお客さんが付いてきているようですね~」

 

見ると、前方を進むジープから身を乗り出した金髪の女の子が自分の銃を構えていた。にこやかな笑顔で構えるライフルの下部には、単発式のグレネードランチャーが。どうやら先程ジープを爆破したのも彼女の仕業のようだ。

 

「あら?貴女の顔には見覚えがありますね~?確か、以前バーベキューセットを強奪した時に出会ったトリニティのお嬢さんでしたっけ?」

 

こちらを追うバイクの後部座席にミカの姿を発見したアカリは、「ふ~む...」と唸って中空を見上げた。

 

「お腹が空いているせいでしょうか、あまりよく思い出せません...。ですが、私達の逃走を邪魔するというのなら、誰であろうとグレネードの餌食になって頂きます~!」

 

アカリはニコニコ笑いながらグレネードを撃ち込み続ける。容赦の無い爆撃に、カズサはタイヤを撃ち抜くどころか、それを躱すので手一杯だ。おまけに爆破されたジープに道を阻まれたのか、ハスミ達の姿もいつの間にか消えてしまっていた。

 

防戦一方の状況を許したまま、美食研究会は再び現れた大きな交差点で曲がり、ストリートマーケットの方向に逃げてしまった。

 

「どうしよう...!このまま馬鹿正直に追いかけても埒が明かない...!」

 

交差点の中心でバイクを止めたカズサは、悔しそうに歯軋りをした。そんな彼女を煽るかのように

 

『ターゲット、再度ストリートマーケットに向かって逃走を開始!』

 

という無線が響く。

 

「ねぇ、カズサちゃん。あれ使えるんじゃない?」

 

その時、ミカが何かを指さした。その先には、ハーフトラックの荷台から直ぐ傍の家の屋根に向かって伸びる長い鉄骨があった。

 

「あの鉄骨で家の屋根にジャンプで乗って、屋根伝いに追いかければ、グレネードで攻撃されないかも!」

 

「...ミカ先輩、それ正気(マジ)で言ってる...?」

 

「大マジだよっ!あんなに危ない運転やっておいてあのくらいの鉄骨も渡れないとか、カズサちゃんビビってるんじゃないの!?」

 

「......ッ!言ってくれるじゃんねッ!」

 

ミカのその言葉で、弱まりかけていたカズサの闘争心に再び火が灯った。

 

「行くよ先輩ッ!」

 

「思いっきりやっちゃって!」

 

カズサはエンジンの回転数を最大近くまで上げ、猛スピードで鉄骨に突進した。三度前輪が浮き上がり、後輪だけで細い鉄骨の上を進む。車体が飛び上がり、ジェットコースターとかで味わえる、内臓がひっくり返るような浮遊感が全身を包む。

 

そして気付いた時には、ミカ達はオレンジの洋瓦で出来た屋根の上に着地していた。

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