ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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ラストサマー・スイーツフェスタ
19話 ピザパーティー


「やっと戻ってこれた...もうあの紙の山、見たくない...」

 

パン屋に向かってふらふらと丘を歩くミカは、とうとう終わったマーケットの後処理のあれこれを思い出してしまい、やっとそれらから解放されてまたアルバイトをできることへの喜びを噛み締めていた。

 

一日中机にかじりついて書類にサインをしたり、修理業者との調整を行ったりするのは本当に死ぬ程退屈で、1分が1時間に感じてしまうくらい、時間が経つのも遅かった。終わりの見えないあの苦しみに比べれば、東の空が明るくなり始めたくらいの早朝に起きて出勤することなんて、苦痛のうちにも入らない。

 

(でも、こうやって働けるのもあとちょっとなんだよね...)

 

ミカはつい、足を止めてしまった。

 

もう夏も、終わりに近い。自分が働けていなかった間にきっと、おばあちゃんは閉店のことをカズサに話しただろう。自分が働き始めてから、おばあちゃんは閉店のことを一切口に出していないけど、それでもそろそろ覚悟をしなければならないはずだ。

 

(結局、何もできなかったな...)

 

二人が黙っていたこと、カズサは怒るだろうか。それとも、もう一緒に働けなくなることを悲しんでくれるだろうか。どちらにせよ、可愛い後輩の顔に影が差すのは、見たくなかった。

 

パン屋に到着したミカは重い気持ちで扉に手をかける。しかし、二人の為にいつも開けてあるそれに、今日は鍵がかかっていた。

 

(あれ、開け忘れたのかな...?ま、いっか。勝手口から入ろ)

 

裏庭から直接厨房に入れる勝手口は基本的にいつも開いている。ミカは店を周って、裏庭に入った。そこでミカは、いつもこの時間なら店の中で開店の準備をしているはずのおばあちゃんが、カズサと一緒にピザ窯を掃除しているのに気付いた。

 

「二人共何してるの?」

 

ミカの声を聞き、二人は手を止めてくるりと振り返る。そしてミカの姿を見て、パッと表情を明るくした。

 

「ミカ先輩久しぶり!!」

 

駆け寄って来たカズサは顔を煤と灰でひどく汚していた。手に持っている火かき棒から察するに、溜まった燃えカスを掻き出していた最中に誤って顔にかけてしまったのか、或いは顔を窯にねじ込んだかのどちらかだろう。

 

「カズサちゃん、顔凄いことになってるよ...」

 

「まぁ、ちょっとね!再会の記念にハグしよ!」

 

カズサは火かき棒を放すと、ゾンビのように両手を伸ばし、ミカにハグを求めた。

 

「わ~ッ、止めて!汚れる汚れる!」

 

迫るカズサを慌てて押さえつけるミカ。最後に見た顔が泣き顔だったこともあり、こうやって変わらずじゃれついてくれるのが嬉しかった。でも、自分を見て怒りも悲しみもしないってことは、この子はまだ閉店のことを知らないんだろうか...

 

それはそれとして仕事着を汚されるわけにはいかないので、ミカは伸びてきた両手を払い除けると、カズサの腰に自分の両腕を回し、彼女の全身を軽々しく持ち上げた。

 

「ちょ、それ反則!」

 

そのまま肩に担がれたカズサは両手両足をジタバタさせてミカの腕から逃れようとするが、ミカは微動だにしない。そしてミカは暴れるカズサを担いだまま、すぐ側で自分達を微笑ましく見守っていたおばあちゃんの顔を見た。

 

「おばあちゃんも久しぶり!今日からまたよろしくね!」

 

「お久しぶりですね。お二人の活躍は既に耳にしていますよ。ストリートマーケットの治安を守って頂き、本当にありがとうございました。私のバイクもお二人のお役に立てたようで何よりです」

 

「う、うん...!」

 

ミカはおばあちゃんに、カズサに閉店のことを話したのか聞きたかったが、とてもその勇気は出なかった。「先輩ごめんって!謝るからそろそろ降ろして!」と叫びながら、無邪気に笑い声を上げる後輩の顔が曇ってしまうところを想像するだけで胸が苦しくなって、ミカは結局また、自分の本心を貼り付けた笑顔の下に隠してしまった。

 

「それで、何であのピザ窯掃除してたの?」

 

カズサを地面に降ろしながら、ミカは訊ねた。

 

「はい。実はですね、ミカさんがお仕事に復帰されたのと、お二人の活躍をお祝いして、この庭で久しぶりにピザパーティーをしようかと思ってるんです。三人では少し寂しいので、お二人のご友人も誘って!」

 

「そう!だから私も先輩が戻ってくる間、おばあちゃんに作り方とか色々教わってたんだ!で、今掃除してたのは昨日私が窯の掃除し忘れたから。開店前で慌ててやったせいで、思いっきり顔汚しちゃった!」

 

ミカの心配とは裏腹に、カズサは首にかけたタオルで顔を拭うと、弾けるように笑ってみせた。

 

 

 

そしてその週の日曜日。「本日臨時休暇」と書かれた看板が立った店の反対側では、普段バラバラに置かれたガーデンテーブルと椅子が一つにまとめられ、その上に紅茶のポットやペットボトルのジュースが綺麗に並べられていた。

 

(ふむ、参ったな。これではお互いにパーティーどころではない)

 

そのうちの一つに腰かけるセイアは、テーブルの反対側で、緊張のあまりふるふると細かく震えている一年生達を眺める。

 

(ミカに誘われて来たはいいが、やはりこうなってしまうか...)

 

数日前にミカから誘われた、彼女のバイト先でのピザパーティー。幸いセイアもナギサも週末は空いたので参加は可能だったが、問題はそこではなかった。

 

(ミカ。あのご婦人の気持ちを無下にしたくない気持ちは汲むが、君の後輩の友人達と私達が談笑しながら会食をするには、互いを隔てる壁があまりにも高すぎるだろう...)

 

その時、隣に座っていたナギサが目の前にあったプラコップを手に取り、自分の横に座るカズサに差し出した。

 

「カズサさん。良ければそこにあるオレンジジュースを注いでくださいませんか?」

 

「は、はい...!よ、喜んで...!」

 

カズサはキャップを引きちぎらん勢いで回すと、震える手でナギサのコップにオレンジジュースを注ぐ。

 

「ありがとうございます」

 

ナギサはニコッと笑うと、異様に波打つオレンジジュースが入ったコップに口を近づける...までは良かったのだが、ナギサはジュースをほんの僅かに口にしただけで、まだなみなみと中身が残るコップをすまし顔でテーブルに置いてしまった。

 

(完璧なやり取りでしたね。この私が紅茶ではなく、普通のジュースを自ら進んで飲む。これで皆さんの緊張も解れるはず...)

 

そう思ってカズサを見たナギサだったが、ナギサの予想とは裏腹に、カズサは自分が注いだ飲み物を殆ど飲んでくれなかったことに強い罪悪感を覚え、更に小さくなってしまった。青い顔でうつむくカズサを見て、ナギサは不思議そうに小首を傾げる。

 

(変わらず不器用だな、君は)

 

そのやり取りを見ていたセイアは小さく息を吐く。「自分達がどれだけ歩み寄ったところで、それは目の前の放課後スイーツ部を委縮させるだけにしかならない」という諦観を抱き、行動を起こすこともできない自分自身を密かに嘲りながら。

 

 

 

「おばあちゃんどうしよう~!!?カズサちゃんも大丈夫って言ってたのにあんなに震えちゃってるよ!!」

 

もはやお通夜のような雰囲気になっている裏庭を厨房から見ていたミカは、打ち粉で白くなった両手を振り回しておばあちゃんに助けを求めた。

 

よく考えてみれば分かることだった。自分とカズサが普通の友人のような関係でいれるのは、カズサが「トリニティの生徒なのにティーパーティーの存在すらよく知らない」という、例外中の例外みたいな存在だったからだ。その偶然が生んだ関係が、自分の友人や彼女の友人に当てはまるわけが無い。

 

「やはりこうなってしまいましたね。ただでさえ『友人の友人』というのは気まずいものですし」

 

焦りまくるミカに対し、おばあちゃんは至って冷静に答えた。

 

「こうなるっておばあちゃん分かってたの!?だったら...」

 

「えぇえぇ。だからこそ、こんなものを用意してみたんです」

 

おばあちゃんはそう言って、ミカにとあるものを渡した。

 

「例え立場は違えども、貴女達は今を生きるお若い人。であればほんの小さな、ごく単純なきっかけだけで分かり合えるはずです。ミカさん、これで互いを隔てるものを壊してきて下さい!」

 

自分の両手に乗せられた白く平たいものを見て、ミカはにんまりと笑った。

 

「ありがとうおばあちゃん。私、ちょっと行って来るね!」

 

 

 

「ちょっとカズサ...!私に任せてって言ってたあんたがそんなに縮こまってどうすんのよ...!?」

 

ナギサにジュースを殆ど残されてしまった時、自分の横に座っていたヨシミが今にも泣きそうな顔でこちらを見た。

 

「いや、仕方ないじゃん...。私もこんなになるなんて、思ってなかったんだし...」

 

正直、舐めていた。美食研究会の一件があったとはいえ、ミカと友人になれた自分なら、例え学校のトップだろうと分け隔てなく接することができると。しかし、ティーパーティーという存在をこうしてしっかりと前にしてみて初めて、分かった。この人達は纏っているオーラからして違う。あらゆる意味で、住んでいる世界が違う。というか、この人達と普段から一緒に過ごしているのに、いつもあんなフレンドリーな雰囲気を出せているミカのほうがおかしいんじゃないか...

 

「ナギちゃん、カズサちゃん!」

 

その時、背後からそのおかしな先輩の声が聞こえた。

 

「ミカ先輩...!」

 

この気まず過ぎる雰囲気の中で、その声はカズサにとって天使の歌声だった。救いを求めるかのように、カズサは座ったまま振り返る―

 

 

ベチョッ!!

 

 

冷たく柔らかい感触と共に、視界が真っ白に染まる。息をしようと口を開くと、空気の代わりに甘いクリームが流れ込んで来た。

 

「あ、ごめんね!手が滑っちゃった!今、取りま~す!」

 

ミカはそう言って、ナギサとカズサの顔面にぶつけた白いパイを2、3回ぐりぐりさせた後、ゆっくりと引っぺがした。絶句するセイアと放課後スイーツ部の前に、口と目の輪郭だけがクリームの上に浮かび上がった、下手くそな粘土細工みたいになった二人の顔が露わになる。

 

「おやナギサ。随分と白い顔になったね。これからその上に、バジルとトマトソースを乗せて窯で焼くのかい?」

 

『...ブフッ!』

 

ここぞとばかりに炸裂したセイアのジョークに、アイリ、ヨシミ、ナツは思わず吹き出してしまった。

 

「二人共ひっどい顔!!ほら、隣同士だしお互いの顔見てみなよ!」

 

ゲラゲラ笑うミカの言う通り、ナギサとカズサはクリームまみれの顔を互いに見合わせる。そして数秒の間の後、何かを察したかのように小さく相槌を交わした。

 

「ミカッ!!」

 

「ミカ先輩ッ!!」

 

二人はほぼ同時に立ち上がると、背後のミカに跳びかかった!

 

「うわッ!?止めてよ!私にもクリームつくでしょ!」

 

ミカは猫のような反射神経でその奇襲を躱すと、二人に背を向けて一目散に逃げ始める。

 

「待ちなさいミカ!!」

 

「待てこのバカ先輩!!今度は絶対その服汚してやるッ!!」

 

二人は芝生にクリームをまき散らしながら、狭まった視界の中でミカを追いかけ回す。その様を、セイア達は大笑いしながら見守っていた。

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