ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「お店を盛り上げる...アイデア?」
「そうです」と、おばあちゃんは頷いた。
「お二人も良くご存知の通り、このお店は立地の悪さもあって客入りが良いとはとても言えません。私一人で切り盛りするならそれでも充分ですが、これからもお店を続けていくからにはやっぱりお二人にも多くの賃金を払いたいですし、貴女達の笑顔だけでなく、お客さんの笑顔がもっともっと溢れる場所にしたいのです。ですがそれは、私だけの力では残念ながら叶いません。単純な詐欺に引っかかってしまうような私では、今の情報社会の中で自分のお店をPRするのにはどうしても限界がありますからね。だから、お若いお二人に助力をお願いしたいのです。頼まれては、頂けませんか?」
「勿論!私に出来ることならなんでもするから!!」
ミカは二つ返事で了承した。カズサと共にこのお店の従業員でいられるのなら、暴走するジープどころか、銃撃や爆撃に晒されたとしても耐え抜く覚悟だ。ただ、おばあちゃんから提案されたそれは、ミカご自慢のフィジカルでは解決できないものだ。
「なーんだ、そんなの簡単じゃん!」
その時、カズサがミカの背後に素早く移動すると、彼女の両肩にポンッと自分の両手を置いた。
「ここにいるのは私達の学校のトップ、聖園ミカ様だよ?先輩にお店のことをPRしてもらえば、それだけで注目間違い無しだって!でしょ、ミカ先輩!?」
カズサは笑って、ミカの顔を覗き込んだ。「カズサちゃんの言う通りじゃん!」と笑って返してくれるのを当然のように期待したカズサ。しかしその期待とは真反対に、ミカは笑うどころか、申し訳なさそうに俯いてしまった。
「ううん。カズサちゃんには悪いけど、私にそれはできないし、やっちゃいけないと思う」
「え、何で...!?」
ミカは頭の上に大きな「はてな」を浮かべてこちらを見るカズサの顔を横目で見た。
多分この子は、本当に知らないんだろう。かつて自分が重ねた過ちの数々や、それを引き起こした元凶の元凶である、他校までも巻き込んだトリニティ総合学園にまつわる暗い歴史。そして、先生や仲間達の力でそれらの多くが清算された今でも尚、自分のことを「魔女」と呼び、蔑んでくる人間が一定数いることを。
そういう人間を憎んでいるわけでは決して無い。だが、自分が表立って店のPRなんかをしてしまえば、そいつらはきっと嬉々として飛びついてくるだろう。かつて自分の処遇を巡って、正義の旗を無秩序に振りかざした人間達がどんな蛮行に走ったかは、裁判の後に嫌でも知ることになった。その矛先がもし、お店に向いたりでもしたら...
(やっぱり私って、臆病なんだね...)
ミカは再び、己の心の弱さを呪った。
自分が客寄せパンダの役割すら果たせない理由を誠心誠意伝える為にも、本当ならこのことを全てカズサに打ち明けるべきだろう。でも、その為の勇気はこれっぽちも湧いてくれなかった。
もし自分の過去を話して、自分を見る目が変わってしまったとしたら?ただ真っすぐに自分を見てくれた後輩の目に、「この人は本当は恐ろしい人」という濁りが涌いてしまったら?そのせいで、この関係に歪が生まれてしまったら?
水族館で彼女の人となりを知った今でも、そう考えるだけで、震える程に恐ろしかった。
「え、えっと...カズサちゃんの言う通り、私が『ここのパン屋とっても美味しいよ』って言えば話は早いと思うよ。でもさ、それってなんか『ズルく』ない?やっぱり私としては、パンの美味しさで勝負したほうが良いと思うんだよね」
自分では何もできない癖に、それっぽい言葉で逃げてしまったのが、苦しかった。後輩を信じられなかった自分が、悔しかった。
「あ~、確かにそれはある!私もインフルエンサーが絶賛してたお店に行って『なんだ、全然大したことないじゃん』ってなったこと何回もあるし。おばあちゃんのパンはどれも間違いなく美味しいからそのギャップは無いと思うけど、それでもミカ先輩くらい偉い人がSNSとかで発信しちゃったら、お店に来る前からネガティブに捉えちゃう人も出てきそうだよね。それで炎上とかしたら最悪だし」
しかしミカの心情など露も知らないカズサは、ミカのその言葉をそのままの意味で受け取った。
「でもそしたらやっぱり、沢山の人にパンを食べてもらえる機会が必要だよね...。人が集まる場所って言えばあのストリートマーケットだけど、だからってお店を移す訳にもいかないし...」
その時、カズサに電流が走った。ある。あのストリートマーケットで、学校内外の人にも店のパンをアピールできる、絶好の場所が。
「ちょっと待ってて!!」
カズサは慌ただしくバックヤードに戻ると、興奮した顔で一枚の紙を持ってきた。
「これ!私達もこれに出店しようよ!!今ならギリッギリだけど間に合う!!」
「それってスイーツフェスの......ッ!!それだぁ!!」
カズサが持ってきたのは、例の「ラストサマー・スイーツフェスタ」のチラシだった。カズサがミカと出会ったきっかけの一つであり、二人で開催の危機を未然に防いだ、何かと因縁のあるイベントだ。カズサの提案に、ミカはそれは嬉しそうに飛び跳ねた。
「カズサちゃんの言う通りだよ!その手があったの忘れてた!」
ミカは今度はしっかりと、カズサが求めていたリアクションをしてくれた。
「でしょでしょ!それに今回は人気投票もあるから、もしかしたらとんでもない注目を集められるかも!!」
二人は顔を見合わせると、力強く頷いた。しかしその直後、一足先に現実に戻ったミカがあることに言及する。
「でも、そんなに上手くいくかな...今回のフェスタ、有名なケーキ屋さんとかも沢山出店するし、SNSで人気のお菓子屋さんも出て来るから、菓子パンだけじゃお客さんを惹きつけにくいかも...」
「それは、言えてるね...」
カズサは改めてチラシを見た。ミカの言う通り、チラシにはトリニティだけでなくD.Uや山海経、百鬼夜行といった自治区で有名な名立たる名店がずらりと並んでいる。それに以前ヨシミが言っていたように、このチラシが刷られて以降も出店の募集は続いている為、ライバルは更に増えていることだろう。
確かにおばあちゃんの店にはフレンチトーストやシナモンロール、チョコデニッシュやメロンパンと言った、スイーツフェスタに相応しい菓子パンがある。しかし、それは言葉を選ばずに言えばどれも「ありきたり」で、見た目のインパクトや派手さは殆ど無い。当然味はお値段以上だが、それだけで既に知名度を獲得している店と勝負するには、やっぱりどうしても心もとない。
「できることがあるとすれば、フェスタに向けて新しい商品を開発することかな?でも、開催まであと2週間切ってるし...」
ミカのその発言に、カズサの全身に再び電流が走った。
「それだよミカ先輩!メニューが無いなら、今からでも作っちゃえばいいんだ!」
「えぇ!?でも、あと2週間も無いんだよ?それに開発に使うお金とかも...」
「大丈夫!ちょっと待ってて!」
カズサは再びバックヤードに戻ると、今度は白い封筒を持ってきた。
「時間はともかく、お金については困らないよ!だって、これがあるから!」
そう言ってカズサが天高く掲げたのは、ナギサが褒賞として送ったあの小切手だった。開け口がぴっちりと閉じられているから、ミカに渡されてからまだ一回も使われていないのだろう。
「そ、その小切手はダメだよカズサちゃん!お金は私が出すから...」
「ううん。全然ダメなんかじゃないよ、ミカ先輩」
カズサはミカの言葉を遮って、言った。
「元々使い道に困ってたんだ。私はただバイクを走らせただけなのに。こんな大金を貰えるだけのことなんてしてないのにって。だからこのお金は、自分の為だけに使っちゃいけないって思ってた。だったら、ここで使いたい。このお金は、大切な人達への恩返しとして使いたいんだ。それにミカ先輩がお金出したら、高級なパンばっかで誰も買えなくなりそうだし!」
照れ隠しのように、カズサは最後にいつもの「お嬢様イジリ」を付け加えた。そして
「ミカ先輩、おばあちゃん。二人にお願いがあります」
カズサは姿勢を正すと、チラシと封筒を並べて持って、二人に真っすぐ向き合った。
「スイーツフェスタに向けた新しい商品の開発を、私に任せて欲しいです。私は学校の部活動で、仲間達と一緒に色んなスイーツを食べて来た。その経験があればきっと、ここにある有名店にも負けないメニューを開発出来ると思うんです。勿論、仕事に支障を出すようなことはしないし、他のお店のレシピをパクるとかも絶対にしません!だから、お願いします!」
カズサは深く頭を下げた。
閉店については思う事があるけれど、それ以上にカズサは、このパン屋の為に出来ることなら何でもやりたいと心から思っていた。こんな愛想の無い、接客業に全く向いて無さそうな自分を快く迎え入れてくれたおばあちゃん。そして何より、自分に新たな気付きや変化、友情をもたらしてくれた先輩。
正直、商品開発なんて難しいことをたったの二週間でこなせるだけのポテンシャルが自分にあるかは分からないし、その為の資金が貰った小切手で足りるかも分からない。それに、店側として参加することが決定したその時点で「皆でスイーツを制覇する」という当初の目標は諦めなければならない。
それでも、今までの自分の経験がお店を盛り上げることに少しでも繋がるのなら、お世話になった人達に恩返しが出来るのなら、名乗りを上げない訳にはいかなかった。
誠意の願い出の後、カズサは顔を上げる。そしてその視線の先には、温かな笑みを浮かべる二人がいた。
「勿論ですよ、カズサさん」
「うん!カズサちゃんならきっと素敵なパンを作れると思う!頑張ってね!」
「......!二人共、ありがとう!!」
快諾してくれた二人に、カズサは再び、深く頭を下げた。