ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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22話 勝利の秘訣は黄金螺旋?

「ダメだーッ!頭使い過ぎてもう無理ッ!!」

 

敷かれたカーペットの上に、ヨシミは力尽きたように背中から倒れ込む。彼女が今の今まで齧り付いていたテーブルの上には、各種専門店のメニューを撮った写真や、画用紙にマーカーペンや色鉛筆でカラフルに描かれたパンのアイデアが無造作にごちゃごちゃと並べられていた。

 

 

 

カズサが「商品開発を任せて欲しい」と声高々に宣言した次の日、カズサは学校で仲間達に「お客さんとしてスイーツフェスタに参加出来なくなったこと」を詫び、その上で開発に協力してくれるようお願いした。元々の予定をドタキャンしたにも関わらず、仲間達は「研究の為にスイーツ食べられるなら全然問題無し!」という体で、快く協力してくれた。

 

そういう訳で今週中、放課後スイーツ部は新たな商品を作り出すべく、カズサが換金して来た10万円を使って参考になりそうなお店をハシゴしてはスイーツの写真を撮ったり、食べて感じたことをメモしたりしていた。そして迎えた土曜日。再びカズサの部屋に集合したメンバーは、集めた資料を元に朝からあれやこれやとアイデアを出し合っていたのだが......残念ながら開発は完全に暗礁に乗り上げていた。

 

「私ももう限界かも...カズサちゃん、一旦休憩にしない...?」

 

テーブルに突っ伏しながら、アイリが絞り出すように言った。

 

「...そうだね。一回休もう。お茶作るからちょっと待ってて」

 

そう言ってカズサは、失意に満ちた背中を見せながらキッチンに向かっていった。

 

「...はぁ、このお茶美味しいね。バニラとシナモンの良い匂い。これもミカ様に選んでもらったの?」

 

「...うん」

 

「何か、流石ティーパーティーって感じだね。凄い良いセンス」

 

「...だよね」

 

アイリとそんなやり取りをしながら、カズサはオレンジ色がほんのりと乗ったハーブティーを啜った。ミカに教えてもらった通り、このお茶は寝る前のリラックスタイムのお供としてよく淹れている。朝からずっと頭を捻りっぱなしで疲れた皆の心も、ある程度は癒してくれるはずだ。

 

「色々考えてみたけど、やっぱり一から新しいメニューを作るより、もうあるメニューを改造するというか、そういう方向のほうが絶対に良いと思うわ。フェスタの後もお店に並ぶことを考えたら、あの値段を維持して、それでいて美味しいメニューを作るって、私達だけじゃ絶対にできない...」

 

「アグリー...」

 

ヨシミの言葉に、ティースプーンでお茶に砂糖を溶かしながらナツが同意した。

 

「でもその方向で行くとしてもやっぱ難しくない?さっきも『コロネにチョコじゃなくて餡バター入れる』とか『生地に抹茶を混ぜたフレンチトースト』とか出てきたけどさ、ネットで調べてみたらどれも他の店がもうやってるやつだったし」

 

「パンしかダメってのも中々難しいよね...普通のお菓子なら結構色々考えられるんだけど...」

 

改めて現実を突きつけられ、休憩時間なのに疲れがドッと押し寄せてきてしまった。

 

(どうしよう...このままじゃ...)

 

開催まであと一週間を切ってしまった。最低でも今日には何か一つアイデアを思いついてお店に持って行かないと間に合わない。

 

「カズサ」

 

もう一度資料を見直そうとテーブルに伸ばした手を、反対側に座っていたナツが拳を伸ばしてそれを止めた。

 

「顔、怖くなってるよ。ほら、キャンディー舐めて」

 

ナツは拳をゆっくりと開く。中には、焦げ茶色の袋に包まれたコーヒーキャンディーが入っていた。

 

「焦る気持ちは分かるよ。パン屋さんが一気に人気店になれるかは私達にかかっている。それに、カズサが貰ったお金ももう半分くらい使っちゃったしね。でも、落ち着いて考えて。もし私達が失敗したとしても、マイナスになるようなことは何も無いんだよ。元々あのお店のパンは値段も安いしとっても美味しいで、私達が今まで食べて来たパンの中でも上位のクオリティ。それをそのまま出したとしても、確かに知名度のあるスイーツ店には勝てないかもしれないけど、お店の評価が落ちることは絶対に無い。それにおばあちゃんとミカ様なら、カズサが精一杯やったことを絶対に認めてくれるし、失敗を責めることも絶対に無いと思う。だからさ、もっとリラックスして」

 

優しく諭してくれたナツを、カズサは見つめる。そこでナツは初めて、アイシャドウを塗った目の下に薄紫のクマができていることに気付いた。多分、自分達と研究の為のスイーツ巡りを終えた後も、寝る間も惜しんで新しいメニューを考えていたのだろう。

 

「ねぇカズサ。今言うことじゃ無いと思うけどさ、あのパン屋さんでアルバイトをするって言ってくれて、ありがとね」

 

友達の努力の証を見て、ナツの口から自然と出たのは労いの言葉ではなく、感謝の言葉だった。

 

「え、どうしたの急に...?」

 

ナツは照れくさそうに微笑んだ。

 

「だってカズサがあそこで働き始めてから、良い事が沢山起きたでしょ?放課後スイーツ部に少しヤンチャなパティシエができて、そのパティシエが街を守ってくれたお陰で、この一週間タダで色んなスイーツを食べまくれて。それになにより、私達ティーパーティーの先輩達と友達になれたんだよ!?」

 

『それはそう!!』と、アイリとヨシミが嬉しそうに加勢してきた。

 

「セイア様のお陰で私達、夢だった春渡しを食べられたんだから!」

 

「信じられないくらい高かったけど、メチャクチャ美味しかったわ!あのパーティーが無かったら多分、一生かかっても食べることが出来なかったと思う!」

 

「ナギサ様とのスイーツ談義、あれは本当に有意義な時間だった...」

 

ニコニコ顔でこちらを見返す三人を見て、カズサは胸に詰まっていたものが溶けていくのを確かに感じた。

 

「...皆、ありがとう」

 

目を細めて、くしゃっと笑うカズサ。そういえばこの一週間、ずっと商品開発のことを考えていたせいで、皆に見せていたのはずっと愛想笑いだった。

 

「あ、カズサちゃん笑った!やっぱりその笑い方するカズサちゃん可愛い!」

 

「...ふっ。どうやらこのキャンディーはもう不要のようだね...」

 

カズサにいつもの調子が戻ったことを確かめたナツは、満足げな顔で掌を閉じようとした。

 

「って、なんでそうなんの!」

 

しかしカズサはナツの手から素早くキャンディーを取ると、あっという間に口に放り込んだ。

 

「あ、盗られた...」

 

「隙を見せたアンタが悪い!お返しにほら、残りのお茶飲んでいいから!」

 

飴が入った右頬を小さく膨らませながら、カズサはナツのマグカップにポットを近づける。

 

「お、それは嬉しいね。次はミルクを入れて飲んでみるよ」

 

ナツはお茶に、カズサが用意してくれた牛乳パックからミルクを直接注いだ。ミルクはカップの中心から縁にかけて細い螺旋模様を描きながら広がっていく。ナツはその様子をじっと観察する。

 

「白いうず、まき...?」

 

瞬間、ナツの脳内に先週の記憶が恐ろしく鮮明に蘇ってきた!

 

ナギサの用意してくれたロールケーキ。縦と横の黄金比。スポンジとクリームで作られた、綺麗な渦巻き模様―

 

そしてその記憶がナツに、一つの解をもたらした。

 

「...見つけた。勝利のヒケツ」

 

ナツは突然、まだ何も描かれていない画用紙を引っ張り出すと、その上に鉛筆で何かを描き始めた。

 

「な、ナツ...!?急にどうしたの...!?」

 

その行動に、隣に座っていたヨシミがギョッとしてナツを見た。

 

「黄金の長方形...縦と横の比が1:1.618になる、人が本能的に美しく感じる比率...そしてその中に描かれる、無限の螺旋...!」

 

興奮した様子のナツが描き終えたのは、美術の授業とかで見る、黄金比の図だった。ナツは画用紙を手に取ると、全員に見えるようにそれを掲げた。

 

「渦巻き!これこそが、私達の答えだよ!」

 

カズサ、アイリ、ヨシミは思わず顔を見合わせた。全員例外なく「コイツは一体何を言ってるんだ」という表情をしている。

 

「ナツあんた、暑さで頭おかしくしちゃったの...?カズサ、エアコンの設定温度間違ってたりしないわよね?」

 

「うん...ちゃんと26℃になってる...」

 

「と、とりあえず私、救急車呼ぶね...」

 

「ま、待って皆!私は正気だから!今のはただ単にふざけただけだから!ごめんなさい!」

 

本気で自分の心配を始めた仲間達に、ナツは「私は気が触れてなんかいない!」と言わんばかりに両手をバタバタと動かした。

 

「じゃあ、答えって何?なんか良いアイデアを思い付いたってことでしょ?」

 

「ふふん...」

 

ナツは改めて画用紙を持つと、自分が描いた長方形と、その中で渦を巻く曲線を指でなぞった。

 

「カズサなら直ぐに分かるはずだよ。カズサのお店にも、渦巻きを描くパンがあることを」

 

「渦巻きを描く...パン?...あ」

 

ナツの言う通り、カズサは直ぐに「渦巻きを描くパン」のことを思い出した。

 

「うん、あるよ。シナモンロールでしょ?私が初めてお店に行った時に食べたんだ」

 

「そのとーり!」

 

ナツは画用紙の上にあった指先を、カズサにビシッと向けた。

 

「でも、だから何?シナモンロールなんて別に、特別なパンって訳じゃないでしょ?」

 

「まだ分かってないようだね、カズサ。渦巻きはあくまで美しさを証明する為の概念...勿論それだけでも価値のあるものだけど、その上に様々な彩りを重ねることで、見たことの無い新たな価値を生むのさ!」

 

ナツは長方形の上に勢いよく両手を置いた。

 

「普通のシナモンロールをベースにして、その上に色んなトッピングを乗せたオリジナルシナモンロールを作るってのはどうかな!?例えばドーナツとかも、普通のオールドファッションにチョコを塗ったり、きな粉を振ったりするでしょ?でもシナモンロールでそういうことをしているのは見たことが無い!これならいけると思わない!?」

 

再び顔を見合わせる三人。しかしそこには、先程まであった困惑の色は無かった。

 

「...なるほど。言われてみればシナモンロールってそれだけで完成してるっていうか、それ以上改造の余地が無いスイーツって感じがしてたけど、それに更に手を加えるって、確かに新しいかも...!」

 

「お店のシナモンロールって元々甘さ控えめだから、トッピングとかしても全然美味しいかもしれない...!」

 

「それに上に何かを乗せるってだけなら、私達のスイーツの知識も役に立つはず...!」

 

四人は、力強く頷いた。

 

『よしっ!これで行こう!!』

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