ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
そこから先は、早かった。ナツが考えついたアイデアをもとに、シナモンロールに合いそうなレシピを、これまでの経験を活かして色々と考案した。
最終的に決まったのは、プレーンを含めた8種類のシナモンロール。比較的材料費が抑えられそうな、イチゴジャム、ブルーベリージャム、ピーナッツバターをそれぞれ乗せたシンプルなトッピングと、少し値段が張る分豪華な、クッキーアンドクリーム、マスカルポーネチーズ、リンゴのコンポート。そして夏限定のメニューとして、レモンチーズケーキ。途中で調子付いたアイリがチョコミントアイスを提案したが、それは3対1の多数決であっさりと否決されてしまった。
そして翌日の日曜日。4人は前日に買い込んだ材料と一緒にパン屋に向かい、件のアイデアをおばあちゃんとミカに見せた
「シナモンロールをデコレーション......確かに聞いた事無いアイデアだね!見た目も可愛いし良いかもしれない!」
スイーツ部の皆が描いたシナモンロールのイラストに、ミカは胸をときめかせる。
「えぇ!ミカさんの言う通りです!早速お試しで作ってみましょう!開店の時間を少しずらすので、放課後スイーツ部の皆さんも味見をしてみて下さい!」
そう言っておばあちゃんはスイーツ部から材料を受け取ると、僅か2時間弱で全てのメニューを作り上げてしまった。その速度もさることながら、自分達が描いたイラストそのままのシナモンロールが出て来たことに、四人は目を丸くした。
「相変わらず凄いねおばあちゃん...イラストそのまんまじゃん......」
「皆さんが頭を捻って考え出したメニューなのですから、それを忠実に再現するのが筋というものです!さぁさぁ、食べてみましょう!」
おばあちゃんに促されるまま、ミカ達はホカホカのカラフルなシナモンロールを手に取り、火傷をしないよう慎重に口に運んだ。
『美味しいっ!!』
一同、ほぼ同じタイミングで、全く同じリアクションを取った。
「カズサちゃん!これとっても美味しいよ!ジャム塗っただけでこんなに美味しく味変出来るなんて!」
「シナモンペーストの量を少し減らしたのも正解でしたね。シナモンの香りをしっかり残しつつ、上のトッピングがそれを邪魔していない。そして何より、フルーツのさっぱりとした甘みだけではなく、ピーナッツバターやチーズのような濃厚な甘みがこんなにもシナモンロールに合うなんて!」
ミカとおばあちゃんの嬉しそうな顔を見て、四人は自分達の考案したオリジナルシナモンロールを頬張りながら、満面の笑みを浮かべた。
ピコンッ!!
その時、カズサのスマホから通知音が響いた。
(ん?なんだろ?)
ポケットに手を伸ばしてスマホを出す。待ち受け画面に表示されたのは、メールの受信のお知らせだった。その内容は―
(ラストサマー・スイーツフェスタ、事前人気投票の結果発表......?)
スイーツ部の三人が「私達、絶対にこのお店に投票するから!」という誓いを立てて店を後にしてからは、いつもと変わらない時間が過ぎていった。ただ唯一、険しい表情をして仕事をしているカズサを除いては。
(カズサちゃん、どうしたんだろ......?)
朝皆と来た時は普通だったし、シナモンロールを食べている時もいつも通り笑っていた。なのに、皆が帰ってからカズサは眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな態度を露わにしていた。表情自体は似ているが、以前「自分に無いトリニティらしさ」に悩んでいた時とは違う、何か強い不安に囚われているような、そんな雰囲気をミカは感じ取っていた。
そしてその日の仕事終わりに、ミカはカズサの心を乱した原因を知った。バックヤードで着替えている最中、カズサが睨むように見つめているスマホの画面を、ミカは見てしまった。
(カズサちゃん......)
カズサが見ていたのは、ラストサマー・スイーツフェスタの特設ホームページの中にある、事前人気投票の結果だった。50を優に超える店が上から人気順に並ぶその一覧の真下には、ミカ達の店の名があった。
(そう、だよね......やっぱり、気にしちゃうよね......)
一か月という短い、しかし濃密な時間をカズサと過ごして、ミカは良く理解していた。自分の可愛い後輩は、クールでちょっと怖い見た目とは裏腹に、とても優しくて繊細であることに。
「応募の締め切りギリギリにエントリーしたのだから、投票なんてされていなくて当然」「これは本番の投票じゃないんだから、気にする必要すらない」そんな理屈、カズサ自身が一番よく理解しているはず。それでも、一覧の一番下に容赦なく表示された「丘の上のパン工房」の名は、「これならいけるかも...!」という淡い希望を残酷なまでにきれいさっぱり洗い流してしまった。
「ねぇ、カズサちゃん......」
声をかけようとして、言葉に詰まった。
今の自分に、カズサを励ます為の言葉を吐く資格なんて無い。真実を告げることから逃げて、商品の開発に何も協力していない自分が発した励ましの言葉など、上っ面だけの薄っぺらいものにしかならない......
そうしてまごまごしている間に、カズサは手早く身支度を整えて
「ミカ先輩ごめん。この後用事あるから、私先に帰るね」
と、ぶっきらぼうに告げてバックヤードから出て行ってしまった。
(ごめん、ごめんね......私がもっと強かったら......もっと良い先輩だったら......私一人じゃ、もう何も出来ない...)
一人残されたミカは狭い部屋の中で立ち尽くし、自己嫌悪に陥ってしまった。その時
「ミカさん」
振り返ると、そこにはおばあちゃんの姿があった。こちらを見るミカの顔を見て、おばあちゃんは力無く息を吐いた。
「どうやら私は、間違った選択をしてしまったのかもしれません......。大人として責任を負うと言っておきながら、無意味な重荷を貴女達に背負わせてしまった......」
「そんなこと言わないでっ!!」
ミカは堪らずおばあちゃんに駆け寄った。
「そんなことないよおばあちゃん!カズサちゃん達が考えてくれたシナモンロールがあれば、きっと上手くいくから!カズサちゃんもまた笑ってくれるから......!」
自分の手が震えているのに、気付いた。この震えは、ただ単に不安の表れだろうか。それとも、今おばあちゃんにかけた言葉を、自分自身への慰めとしても捉えてしまっていることに対する怒りとやるせなさの表れだろうか。
「......ミカさん。貴女に二つの事実を伝えたいと思います」
おばあちゃんは再び溜め息を吐いて、言った。
「一つは、『今の私では貴女達が抱える不安を取り除くことはできない』ということです。貴女達がどれだけ私を慕ってくれようとも、私は所詮、パンを焼くのが人よりも少し得意な老人でしかありません。迷い、不安を抱える子供達の道標となれるような、そんな魔法のような力は私にはありませんから」
「そんなこと...!」
しかしおばあちゃんはミカの声を遮ってまでも続けた。
「その上で、二つ目の事実です。それは『貴女達は子供である』ということです。未熟である、という意味では決してありませんよ。どれだけ高い身分を有していようが、類まれなる才能を持っていようが、関係ありません。貴女達が子供である以上、そこには『未来を自由に夢見る権利』や、『友達と好きなことをする権利』、そして何より、『困った時には、頼りになる大人の力を借りることが出来る権利』が無条件で存在するのです」
「......ッ!」
ミカの脳裏に、優しい顔が浮かんできた。いつも、どんな時も自分を真っすぐに支えてくれる、大好きな大人の顔が。
「シャーレの存在は、私でも知っています。今の私がどんな言葉をかけようと、それはミカさんの心をいたずらに乱すことに繋がりかねない。故にミカさん、今だけはどうか、私が背負わせてしまった重荷や、先輩という立場も捨てて、一人の子供として、然るべき大人の言葉に耳を傾けてみて下さい」
「綺麗......」
草の上に座り、海からの風に長い髪をなびかせながら、ミカは呟いた。三日月のように弧を描く白いビーチ。もう何度も足を運んだストリートマーケットのオレンジ屋根達。そういえば最初にここに来た時も、こうやって景色を眺めていたっけ。時間も大体同じだし。
スマホを取り出したミカはモモトークを開いて、そこから電話をかけた。数回のコール音の後、相手が応答に出る。
『久しぶりだね、ミカ。どうかしたの?』
いつもとなにも変わらない、果てしなく優しい先生の声。それを耳元で聞くだけで、ミカは胸に溜まっていたものが澄んでいくのが分かった。
「えっと、久しぶり先生!急にごめんね!なんか、先生の声聞きたくなっちゃって!今時間、良いかな!?」
『勿論だよ。それに私もミカと話したかったから、ちょうど良かった』
「ホントッ!?」
ミカは危うくスマホを落としそうになった。
『うん、本当。皆から聞いているよ、ミカのアルバイトのこと』
「...え」
『ナギサ、セイア、それとミカの後輩のカズサからね。カズサなんか、「私、ティーパーティーの人と友達になっちゃった!誰だと思う!?」とか「忙しいとか言い訳してないで、早くお店に顔出してよ!」とか、バイトを始めてから仕事の話かミカの話しかモモトークでしなくなっちゃって!勿論ナギサとセイアも素敵な出来事を沢山聞かせてくれたよ。ミカ達に幸せがいっぱい訪れたみたいで、私も嬉しい』
胸が詰まって、言葉が出なかった。「あなたの友達が、あなたのことを話してくれたよ」と教えられただけで、なんで涙が出て来るんだろう......
「...うん...うん」
開いた手で口を抑えながら、ミカは鼻声で相槌を打つ。
『それで確か、今度はミカ達のお店がスイーツフェスタに出店するんだよね?残念ながら私は参加出来なそうだけど、応援してるからね!』
先生が不意にスイーツフェスタのことを話した。言うなら、今しかない。
「う、うん...!で、そのことなんだけどね......」
話が上手くまとめられず、結局ミカは、スイーツフェスタに出店することが決まってからの出来事全てを先生に話した。勿論、自分が今回のことに何も協力できていないことも。
『......なるほどね』
先生はそう呟いた後に、少し間を置いた。先生の次の言葉を、ミカは固唾を飲んで待つ。
『でもミカのことだから、カズサ達が頑張っている間に自分に何が出来るかなって、色々考えたよね?その中に、何かいいアイデアがあったりしないかな?』
先生はその事実を見事に言い当てた。そう、カズサ達放課後スイーツ部が奮闘(と言う名の、大半はスイーツ巡りだったけど)している間に、ミカもまた「自分ができることは何かないか」と頭を捻っていた。そしてその最中に、一つの効果的な案を、ミカは思いついていた。
でもその案は、「こんなことをすれば皆が傷ついてしまう」と、思いついたその時点でボツにしていた。それを伝えるべきかと、ミカはまたしても迷い始める。すると
『ねぇミカ。もしかして今、トリニティの牢屋に捕まっているゲヘナの子達のことを考えていたりしない?』
今度は心の内を見事に言い当てられ、ミカは今度こそ本当にスマホを落としてしまった。
「な、何で分かったの!?」
慌ててスマホを拾い上げて、ミカは言った。
『あのビーチの運営については私も結構関わったからね。その近くのストリートマーケットで起きた事件も、漏れなく把握済みだよ。......確かにあの子達の力を借りれば、フェスタでの知名度は爆発的に伸びると思う。借りるって言い方は、不適切かもしれないけどね』
先生が仕方なさそうに笑ったのが、電話越しでも分かった。
『ミカ、良く聞いて。ミカがもし何もしなくても、悪い方向には何も転ばない。放課後スイーツ部の考えてくれたそのシナモンロールがあればお店に悪い評価がつくことは無いだろうし、フェスタに出たっていう事実だけで、それなりの注目を集めることが出来ると思う。それでも、現状最下位っていう状況をひっくり返して、有名店と張り合えるだけの注目を集めるのなら、ミカの案は他に無いくらいの名案だと思う。それが、カズサの不安を取り除くことになるのなら、尚更ね』
(カズサちゃんの不安を......)
そう思った時には、ミカの決心は既についていた。
「ありがとう、先生。上手くいくか分からないけど、私やってみるね!」
ミカはその言葉を最後に、先生からの返事を待たずに電話を切った。通話を終えた時、『無茶なことはしないでね...!』という声が、聞こえた気がした。