ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
美食研究会がシナモンロールを食べ終わって、部屋から全員が出たあとに、私達はダクトを戻って留置所を出た。私を案内してくれたあの子は別れる時「今見たことは絶対誰にも喋っちゃいけません」って言ってきた。学校の政治とか規則とか、難しいことは全然知らないけど、その意味だけは、何となく分かった。
あの子が自分の立場を危なくしてまで私に見せてくれたものは、私の不安を取り去ってくれた。ミカ先輩は多分昨日、私が投票結果を見て落ち込んでいるのに気付いたんだと思う。だからきっと私に隠れて、あんなことをしてくれたんだ。「危ないことしないでって言ったよね!?」って怒る資格は、私には無い。今回の事は全部、私のせいで起きたことだから。
最後の先輩の言葉を聞いた時、胸がいっぱいになって涙が出そうになった。「優しくて、私に友達みたいに接してくれる」って、なに......?
私、こんなにめんどくさい性格してるんだよ?どうでもいいことで一々悩んで、その度にミカ先輩に元気づけられて。たしかに友達みたいではあるけど、それ以上にミカ先輩には沢山迷惑をかけた。
それに、別に優しくなんて全然無いから。ちょっとナツにバカにされたからって直ぐ手を出してボコボコにしたりするしさ。それなのに......
学校が終わって下校してた時、先輩から電話がかかって来た。
『カズサちゃん急にごめんね。今週のスイーツフェスタの事なんだけど、私一緒に働けなくなっちゃったんだ。ティーパーティーの三人はフェスタの間は来賓席に座ってることになったってナギちゃんから言われてね。ホントにごめん!時間があったらお店に絶対顔出すから!!』
一方的に喋って、先輩は電話を切った。当然、留置所での出来事は何も話さずに。
何も言えないのが、もどかしくて堪らなかった。ありがとうって、言いたかった。「私の為にありがとう」って、「私達のことを信じてくれてありがとう」って、言いたかった。
美食研究会はシナモンロールのレビューをもう投稿したのかな。あんなに投票結果に拘ってたのに、それを見る勇気は無かった。こういう中途半端な自分、ホント嫌い。
ミカ先輩はフェスタに向けた最後の調整?とかでも忙しいみたいで、今週バイトに来ることは無かった。で、そのことを皆に伝えたら、皆は意味分かんないこと言ってきた。「だったら私達がお店のお手伝いしますっ!」って言って、フェスタの間だけ従業員として働くことになったんだ。止めろって何度も言ったのに、皆聞かなくってさ。おばあちゃんもあっさりOK出しちゃったから、結局私達の「フェスタのスイーツ全制覇」って目標は、完全に無しになっちゃった。
でも、もうそんなことどうでも良い。これ以上ウジウジ悩むのは、もう止めた。あのカッコいい背中に負けない位、私も強くならなくちゃ。だからこの2日間、お店をアピールする為に全力を出すんだ!!
スイーツフェスタはマーケットの一番大きい通りを使って開かれた。くじ引きで選ばれた私達のブースは、マーケットの入り口と噴水広場のちょうど中間くらいの位置。一番奥じゃ無いだけマシだけど、それでも入り口から離れてる分、お客さんは呼び込みにくい。
開始時間になるまで、おばあちゃんと私達は用意されたテントの前に看板を置いたり、今日の早朝にお店のオーブンをフル稼働させて焼いた沢山のパンをショーケースに並べていた。正直、皆が手伝ってくれなかったら間に合って無かったと思う。今回のことで皆には本当、迷惑かけちゃったな......
「カーズサ。顔、暗いよ。もしかしてあんま眠れなかった?」
「まぁ仕方ないよね。私達今日、朝の3時に出勤だったから」
「その代わりの深夜手当にかんしゃあ~」
眠そうな顔をしている皆は、いつもと変わらない感じ。いつもと、変わらない......もしかして美食研究会のレビュー、なんも役に立ってないんじゃ......?
やっぱり、不安になってきた。お客さんが全然来なかったらどうしよう......皆で考えたメニューが見向きもされなかったらどうしよう......このまま、ミカ先輩の頑張りが無かったことになっちゃったら、どうしよう......
『ただいまより、ラストサマー・スイーツフェスタを開始致します』
開始のアナウンスが響いた。開場に入る沢山の人の気配が、ここにいても伝わってくる。
「アイリ看板看板!」
「カズサちゃん、呼び込みは私達に任せてねっ!」
アナウンスが終わった瞬間、手作りの看板を持ってアイリとヨシミが入り口のほうに走っていった。
「カズサ、大丈夫だよ」
背中を叩いて、ナツが励ましてくれた。今の私、そんなに頼りなく見えるのかな......
人混みは直ぐに現れた。ここに来るまでにも有名店がいくつも並んでいるのに、それでもかなりの人数がこっちに歩いて来てる。
(確か私達の二つ先は、あのアイスのお店だっけ......皆きっと、限定のキャラメルチョコが目当てなんだろうな......)
なんでこんなにネガティブなんだろう、私。
嫌になって、ギュッと目を瞑った。目の前が真っ暗になっても、人混みが近づいて来てるのが分かる―
「すいませーん!」
知らない声に、ゆっくりと目を開けた。ショーケースの前に立っていたのは、うちの制服を着た女の子二人組。
「このシナモンロール買いたいんですけど、購入制限ってありますか?」
「え...?いや別に...」
そう言おうとして、止めた。その子達の後ろにあるものを見て、言ってる意味が分かった。
私達のテントの前に、ものすごい長い列ができていた。ザッと見ても、50人以上はいる。一番奥の方で、「最後尾はココでーす!」「真っ直ぐ並んで下さーい!」って叫んでるアイリとヨシミが見えた。
「申し訳ありませんが、出来るだけたくさんの人に食べて頂きたいので、シナモンロールに関しては一人2個までとさせて頂きます」
もともと購入制限なんてかけて無かったけど、行列を見たおばあちゃんが直ぐにそう判断した。
「そうですよね!そしたらえっと、プレーンとレモンチーズケーキをお願いします!」
「私はピーナッツバターとクッキーアンドクリームで!」
「まいど!ほらカズサ、ボーッとしてる場合じゃないよ!」
「う、うん...!!」
それからはもう不安になる必要も、そもそも不安になってる暇も無かった!どれだけお客さんを捌いても次から次にやって来て、こんなに忙しく働いたのは生まれて初めてだった。アイリが頑張って作った呼び込み用の可愛い看板は、フェスタが始まって直ぐに、最後尾を分かりやすくするだけの看板になっちゃったけど、アイリはそんなこと全然気にせずに列の整列を頑張ってくれた。
私達はテントに戻って来たヨシミと一緒に、ひたすらにパンを売った。来てくれるお客さん達の目当ては殆ど、私達が考えたシナモンロール。でも、それ以外のパンも沢山売れた。
お店の前で美味しそうにパンを食べてくれる人。ショーケースにあるシナモンロールの写真を何枚も撮る人。「美食研究会の口コミ見て来ました!」って言ってくれる人。それは全部、私達の頑張りと、ミカ先輩の頑張りが認められた証。飛び上がりたいくらい、嬉しかった。でも一つだけ贅沢を言えるなら、この時間をミカ先輩と一緒に過ごしたかったな......
お昼が近づいてきて、流石にお客さんの数が減ってきた。列が無くなることは無かったけど、それでも仕事の合間に水分補給ができるくらいには余裕ができた。カラカラになった喉に水を流し込んでいると、おばあちゃんが話しかけてきた。
「カズサさん。私達もかなり余裕が出てきたので、一度お店を出てミカさんに顔を見せてあげて下さい」
ペットボトルを咥えたまま、おばあちゃんを見た。いつもニコニコしているおばあちゃんだけど、今日はいつもと比べ物にならないくらい、その笑顔が輝いている。
「そうだよカズサ!お店がこんなに繁盛してるのミカ様にも教えなくちゃ!!」
「行ってきてカズサ!」
ヨシミとナツも背中を押してくれた。ミカ先輩は今、噴水広場に設置された特別来賓席にいる。直接話しかけることは多分、出来ない。でも私の顔見たら、きっと分かってくれるはず。先輩が私達にしてくれたことが、ちゃんと実ってるって。先輩のお陰で私、心から笑えてるって!
「分かった!ありがとう、皆!!」
お礼を言って、テントを出た。ブースが並ぶ大通りは、人でいっぱい。この通りはバイト帰りにミカ先輩と良く歩いてるけど、こんなに人で溢れてるのは初めて。晴れてる日ってこともあって、熱気も凄かった。
人混みを掻き分けて、広場に近づいていく。私達のパンを食べながら歩いてるお客さんが結構いて、それを見る度にニヤけるのを抑えるのが大変だった。この景色、ミカ先輩も見てるのかな?私と同じように、笑ってるのかな?
「ミカ、先輩...?」
少し先に、ミカ先輩がいた。来賓席にいるはずの先輩が、何故かバケットハットを被って伊達メガネを付けて、通りを歩いていた。何かを探しているみたいに、左右のブースをキョロキョロしている。
「先輩ッ!!」
そう叫んで、気付いた時には、私はミカ先輩に走り寄って、抱きついていた。香水の、良い匂い。
「か、カズサちゃん...!?ど、どうしてここにいるの!?」
「先輩に会いに来たからに決まってるじゃんッ!!私達のお店大盛り上がりだよッ!!シナモンロールなんかもう殆ど売り切れ!!ありがとう先輩!ありがとう、ありがとうッ!!!」
感謝の言葉しか、出てこなかった。私は先輩のやったことを知らないとか、どうでも良い。やっと、やっと伝えられた!先輩にありがとうって、言えた!
「カズサちゃん、苦しい...」
「あ、ご、ごめん」
ミカ先輩から離れる。メガネをかけた先輩を見るのは初めて。もしかして、変装のつもりなのかな。でも、メガネの先輩も可愛い。
「そっか、私に会いに来てくれたんだね。えっと...ありがと」
ミカ先輩は困った感じで笑った。「ありがとう」って言ったのが変だと思ったのかな。
「えっと......カズサちゃんは知ってると思うけど、昨日の夜に美食研究会が私達のお店の口コミをネットに上げてくれたんだ。どうやって私達のパンを食べたのか分からないけど、でもその口コミがバズってね!沢山の人が私達のお店に注目してくれたんだ!私達ホントに運が良いよねッ!!」
うん、全部知ってる。ミカ先輩の最高にカッコいいところも、私のことを大切に思ってくれてることも、全部全部知ってる!でも知らないから、「そうだねッ!」って言って、笑った。
「で、どうして先輩がここにいるの?」
先輩はまた、困った感じで笑った。
「実はナギちゃんからね、『一時間だけなら、変装をした状態でお店にいても良い』って言われたんだ。だから、お店の場所を探してたの。ねぇ、カズサちゃん。私も一緒にパンを売っても、良いかな...?」
贅沢が叶った。一週間ぶりに、先輩と働ける。お店の中みたいに涼しくないけど、でも今度は幸せな気持ちをいっぱいにして、先輩の隣にいられる。
「あったり前じゃんッ!!ほら早くッ!」
「わっ!?きゅ、急に引っ張らないでっ!」
ミカ先輩の手を引いて、ブースに走る。一時間しか一緒にいられないなら、一分一秒でも早く、お店に戻りたかった。私に手を引かれている間、ミカ先輩はいつもと同じように、笑ってた。