ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
美食研究会の皆は私が爆弾を抱えてる間、何も言わずにシナモンロールを食べてくれた。ハルナちゃんは勿論、私達にグレネードを撃ってきた金髪の子も、フワフワの巻き髪の子も、小さな赤髪の子も、あらかじめそうするのが決まってたみたいに、食べ終わっての感想を最後まで口にすることは無かった。
全部のシナモンロールを食べ終わった後、ハルナちゃんは起爆ボタンを投げ捨てて、こんなことを言ってきた。
「お店への混乱を避ける為、感想の投稿はラストサマー・スイーツフェスタの前日の夜に行わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
少し迷ったけど、「いいよ」って言った。勿論そのせいでまた、後ろにいる正義実現委員会の皆をびっくりさせちゃったけど。
「お店への混乱」ハルナちゃん達のことだから、それが良い意味か悪い意味かの判断はつかなかった。でも、爆弾を爆発させなかったってことはきっと、良い意味だと思う。「爆破をする価値も無い」って意味だったかも、知れないけど。私ってこんなにネガティブなこと考えるような性格だったっけ?
「勾留中の指名手配犯を独断で解放したこと」「正義実現委員会の私的利用」やらかしちゃったことの大きさを考えたら、ハルナちゃん達が出て行った留置部屋に逆に放り込まれて、また裁判にかけられてもおかしくは無かったけど、元々美食研究会の釈放日が近かったこともあって、ナギちゃん達がバレないように上手いこと揉み消してくれて、私は2万字の反省文を手書きで書くだけで済んだ。
でもそれとは関係なしに、私はスイーツフェスタ中、お店で働くことが出来なくなった。私達ティーパーティーの三人はフェスタ中、特別ゲストとして広場に設置された来賓席に座ってることになったんだって。教えてくれたナギちゃんの顔は前みたいに、申し訳なさそうだった。あの時のナギちゃんに「反省文1万字に減らしてくれない?」って言ったらその通りになったかも!
でも、そっちのほうが良かったかもしれない。私は「カズサちゃんの笑顔がまた絶対に見たいから」って自分のワガママで、また色んな人に迷惑をかけた。私がやったことを知ったら、先生も、何より「危ないことしないで」って約束を破られたカズサちゃんも、笑ってはくれないと思う。今の私に、カズサちゃんと一緒にいられる資格なんて無い。だからナギちゃんもあんな顔する必要ないのにね!
でもやっぱり、あの子の隣に、いたかったな......
スイーツフェスタはマーケットの一番大きい通りを使って開かれた。私達が開催中に座っているのは、噴水広場に設置された、総合案内所の隣に建てられた来賓席。大きなテントに、ポータブルクーラー、アイスティーとホットティーも準備された、至れり尽せりな感じ。これが全部設置できたのも、私達のお陰...だよね...
開始時間になるまで、ナギちゃんはお昼の時間にするスピーチの原稿を何度も読み返していた。セイアちゃんはつまらなそうな顔で、ブースの設営をしている人達を眺めたり、フェスタのパンフレットを眺めたり。私はずっと、パンフレットの地図の中にある、おばあちゃんのお店を見ていた。くじ引きで選ばれたその位置は、ストリートのちょうど真ん中くらい。奥の方じゃなくて良かった。入り口から遠ければ遠い程お客さんを呼び込みにくいだろうし、もし広場に近い場所だったら、ただ座ってるのがもっと辛くなってたかもしれない。
『ただいまより、ラストサマー・スイーツフェスタを開始致します』
時間になって、開始のアナウンスが響いた。
「ミカさん。いつまでパンフレットを眺めているのですか?私達はこのフェスタに招かれた客人。俯いていてはなりませんよ」
アナウンスが終わった瞬間、隣に座ってたナギちゃんにパンフレットを取り上げられた。いつも通りの、余所行きの態度と顔。でも今日だけは変に同情されるより、こうやって厳しくされるほうが気分が楽だった。
ビーチの一般開放記念ってこともあって、長くて広い大通りは直ぐに人でいっぱいになった。私達がいる広場にも沢山の人が流れ込んで来て、私達は手を振ってくれる人達に手を振り返したり、営業スマイルを見せていた。お手本みたいなお嬢様になってる私。でも、カズサちゃんが憧れてくれた私は多分、今の私じゃないよね......
パンフレットっていう逃げ場を失くした私は、お客さんにリアクションをしている以外の時間、私達のテントから少し離れた場所にある投票所のテントをずっと見ていた。来場した人にはパンフレットと一緒に投票用紙を一枚配られて、お店の名前を書いて投票箱に入れればお返しにシューアイスが貰える。
今のところ、投票所に入ってくお客さんが持ってるスイーツはアイス、かき氷、ケーキ......もしかしてシナモンロール、ハルナちゃん達の口には合わなかったのかな......?
不安になってきた。約束通りなら、昨日のうちにレビューはネットに上げられてる。口約束だけど、あの時のハルナちゃん達が約束を破るとは思えなかった。でもそれは「このシナモンロールは美味しかったです」って言ってくれる約束じゃない。
怖くなって、ギュッと目を瞑った。お客さんが全然来てなかったらどうしよう......カズサちゃん達が考えたシナモンロールが見向きもされてなかったらどうしよう......
「見たまえ、ミカ。あの二人が持っているシナモンロール、君の店のものじゃないか?」
セイアちゃんの声で急いで目を開けた。セイアちゃんの指の先で、トリニティの制服を着た二人が、警備中の正義実現委員会の女の子に話しかけていた。二人は、セイアちゃんの言う通りお店のシナモンロールを両手に持ってた。
「ほら半分あげる!ここのお店大好きだったでしょ?だから差し入れ!」
「そ、そんな悪いよ...」
「いいからいいから!暑い中頑張って働いてるんだし、このくらいの贅沢はしなくっちゃ!」
ガヤガヤうるさい中でも、三人のやり取りは不思議なくらいハッキリ聞き取れた。それにあの正義実現委員会の女の子、確かお店によく来てくれる......
そこでやっと気付いた。広場にいる他のお客さんの中にも、お店のパンを持って歩いてたり、ベンチに座ってパンを食べてる人がいることに。投票のことばっか気にしてて、分からなかったみたい。
大体のお客さんが美味しそうに食べてるのはカラフルなトッピングが乗ったシナモンロール。でも。普通のシナモンロールや他のパンを持ってる人も沢山いた。
(売れてる...!お店のパンを、食べてくれてる...!)
胸の中にあった不安が一気に消えて、代わりに幸せで胸の中がフワフワした。今すぐこの退屈な場所から離れて、お店のあるブースを見に行きたかった。どれくらい人気が出てるのかな?カズサちゃん、笑ってるかな?
お昼が近づいてきて、そろそろナギちゃんがスピーチをする時間が近づいてきた。不安と緊張が一気に無くなったせいか喉が渇いちゃって、お茶を淹れてこようと立ち上がった時、ナギちゃんが話しかけてきた。
「ミカさん。一つ、よろしいですか」
そう言ってナギちゃんは白い紙袋を渡してきた。中身を見ると、いつもバイトで使ってる仕事着一式と、それと別に黒いバケットハットと伊達メガネが入ってた。
「え、ナギちゃんなにこれ?」
「それは私が用意した変装用の服です。ミカさん、私はこれから行うスピーチの初めに『聖園ミカは体調不良により一時的に席を外している』と言います。その服を身に着け、身分を隠した上で、カズサさん達と同じ時間を過ごして来て下さい。ただし、一時間だけですよ?」
紙袋を持ったまま、ナギちゃんを見た。今まで余所行きの笑顔をしていたナギちゃんが、その時だけはいつも通りに笑ってた。
「私も鬼ではありません。ミカさんがあのような行為に及んだのも、お店を盛り上げたいという想いがあったから。であれば、その想いを出来る限り汲むというのが、一人の友人として取るべき行動で...」
「ナギちゃんありがとうッ!!」
気付いた時には、ナギちゃんに抱きついてた。
「み、ミカさん!?みっともない真似は止めなさい!お客さんも見ているというのに...!」
「ナギちゃんが悪いんだよ!最初に伝えとけば良かったじゃんね!」
「そ、それはミカさんをびっくりさせたくて...こ、これ以上くっつかないで下さい!暑苦しくて堪りませんっ!ほらっ、とっととお行きなさい!一時間しか無いのですよっ!」
もっと強く抱きつこうとしたら、無理矢理ひっぺがされた。口にロールケーキねじ込まれたこともあるし、意外と力あるんだよねナギちゃん......
テントの裏でこっそり着替えて、人でごった返す通りに出た。バイト終わりにカズサちゃんと良く遊びに来るけど、こんなに人がいるのは初めて。
パンフレットを片手にブースを探す。そしたら―
「先輩ッ!!」
いきなり叫び声が聞こえたと思ったら、目の前の人混みからカズサちゃんが飛び込んで来た!前みたいに思いっきり抱きつかれて、尻もちをつきそうになる。
「か、カズサちゃん...!?ど、どうしてここにいるの!?」
「先輩に会いに来たからに決まってるじゃんッ!!私達のお店大盛り上がりだよッ!!シナモンロールなんかもう殆ど売り切れ!!ありがとう先輩!ありがとう、ありがとうッ!!!」
なんでカズサちゃん、「ありがとう」って言ったんだろう?私がやったこと、カズサちゃんが知ってるはず無いのに。ありがとうなんて言われる資格も無いのに。
でも、なんでだろう?「ありがとう」って言われただけで、なんでこんなに嬉しいんだろう?なんで、「頑張って良かった」って、心から思えるんだろう...?
そんなこと考えてるうちに、抱きつく力がどんどん強くなって、息が苦しくなってきた。
「カズサちゃん、苦しい...」
「あ、ご、ごめん」
カズサちゃんは直ぐに離れてくれた。一週間ぶりに見るカズサちゃんの顔。ちょっと不思議そうにしてるのは、私がメガネかけてるからかな。ナギちゃんが用意したメガネちょっと野暮ったい感じだし、今の私は流石にあんまり可愛くないと思う......
「そっか、私に会いに来てくれたんだね。えっと...ありがと」
気持ちが整理できなくて、とりあえず「ありがとう」って言った。
「えっと......カズサちゃんは知ってると思うけど、昨日の夜に美食研究会が私達のお店の口コミをネットに上げてくれたんだ。どうやって私達のパンを食べたのか分からないけど、でもその口コミがバズってね!沢山の人が私達のお店に注目してくれたんだ!私達ホントに運が良いよねッ!!」
「うんっ!そうだねッ!」
カズサちゃんはそう言って、ニカッて感じで笑った。それは、私が見たかった笑顔。初めて会った時も、水族館で私の正体を知った時も、変わらないで笑ってくれた、大切な後輩の幸せそうな姿。
「で、どうして先輩がここにいるの?」
そっか。こんな格好してるのも含めて、説明しないと。でも正直、心の中にはまだネガティブな私がいた。「約束を破ったのに、一緒にいるつもり?」って言ってる私が。だけど、だからってナギちゃんの想いやりを無駄にもできない。
「実はナギちゃんからね、『一時間だけなら、変装をした状態でお店にいても良い』って言われたんだ。だから、お店の場所を探してたの。ねぇ、カズサちゃん。私も一緒にパンを売っても、良いかな...?」
カズサちゃんの笑顔が、お日様に負けないくらい輝いた。
「あったり前じゃんッ!!ほら早くッ!」
「わっ!?きゅ、急に引っ張らないでっ!」
カズサちゃんはその笑顔のまま、私の手を引いた。
「ちょっ、ちょっと危ないよカズサちゃん!」
すごく無理矢理に引っ張るから、何度も転びそうになった。でも、そうやって手を差し伸べてくれたから、私は一週間ぶりに、カズサちゃんの前で心から笑えた。それにカズサちゃんと一緒なら、少しぐらいネガティブな自分がいてもいいのかなって思えた。だってどんなに後ろを向いてても、この子がこうやって前を向かせてくれるんだから。