ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
スイーツフェスタの一日目を、ミカとカズサ達は大成功で終わらせた。目玉のシナモンロールはナギサがスピーチを終えた時点で完売。あとは残ったパンを細々と売り、フェスタが終わった時点で9割以上のパンが売れ、残ったパンは一日働いた皆の胃袋に入った。
「一時間しか働いてはならない」というナギサとの約束は、カズサと放課後スイーツ部の皆と一緒に仕事をするという喜びでいっぱいになったミカの頭から直ぐに忘れ去られ、フェスタが終わって来賓席に戻った時、ミカは鬼になったナギサから怒涛の説教を喰らった上、追加で1万字の反省文を書くことになった。
そして迎えた2日目。ナギサの約束をすっぽ抜かした罰でミカはお店に一分たりとも来れなくなってしまったが、この日もお店は変わらず盛況で、午前中までにパンは半分以上売れた。汗を流し、次々と来るお客さんを捌くうちに、気付いた時にはもう日が暮れていた。
『只今を持ちまして、ラストサマー・スイーツフェスタは終了となります。これより各販売店での商品の購入は出来なくなりますが、人気投票は17時半まで受け付けておりますので、投票用紙をまだお持ちの方は是非、噴水広場での投票所までお越しください。また、集計が終了次第、中央噴水広場にて後夜祭を行います。皆様、奮ってご参加下さい』
終了を告げるアナウンスが響く。
「...終わったね」
最後のお客さんの会計を行っていたナツが、レジを閉じながら呟いた。
「そうだね。忙し過ぎて、他のお店回る時間も無かった!」
「最後尾」と書かれた画用紙がガムテープで雑に貼り付けられた看板を肩に担ぎながら、アイリが少し寂しそうに微笑んだ。やっぱり放課後スイーツ部として、各自治区の有名店を少しは見て回りたかったという心残りはあるのだろう。それでも、そんな名立たる有名店と張り合えるレベルの客入りを達成できたという充実感は、4人の心を確実に満たしていた。
「でもまだ終わりじゃないわ!これからの後夜祭で人気投票の結果発表もあるんだから!勿論皆で参加するわよ!ね、カズサ!?」
ヨシミが何故か少し焦ったような感じでカズサに話しかける。声をかけられたカズサは、ぼーっとした表情でオレンジに染まった空を眺めていた。
(もう、終わっちゃうんだね...)
気付けばあっという間の2日間だった。おばあちゃんの「お店を盛り上げたい」という願いから始まり、ここまで来た二週間。街を守って、そのお礼に貰ったお金で新しいメニューを開発して、それをおばあちゃんが忠実に再現して、最後にミカがお店の注目度を高く高く持ち上げてくれた。
ジグソーパズルのピースみたいに、誰か一人でも欠けていれば完成することの無かった2日間。あっという間だったけど、でもとっても幸せだった。だけどヨシミの言う通り、この時間はまだ終わってない。
「当たり前じゃんヨシミ!私達の順位、しっかり確かめないとね!」
呆けた顔から一転して、笑いながら振り返ったカズサを見て、ヨシミだけでなく他の二人もほっと息を吐いた。
「え、皆その顔なに...?私が後夜祭行かないと困ることでもあるの...?」
「な、何でも無いわ...!」
早口でヨシミは返す。
「それよりも早く後片付けしましょ!さっさと終わらせないと集計に間に合わないわ!」
「う、うん...そうだね...」
腑に落ちない様子で、カズサは皆と片付けを始めた。
「ったく!皆どこ行った...!?」
後片付けを手早く終え、噴水広場に集まったカズサは人混みの中で小さく舌打ちをした。
先程アナウンスされた後夜祭の開始時間までもう間もなく。広場は周囲の建物から噴水に向かって幾つものLEDライトが吊るされ、群青色の夏空に極彩色の光を放っている。更にミカ達が座っていた来賓席はいつの間にか野外ステージに変わっており、それもまた多数のステージライトで昼間のように明るくなっていた。後夜祭の名に相応しい雰囲気だ。
そしてその浮かれた雰囲気に惹かれたかのように、広場は既に多くの客と各店のスタッフでごった返しており、そのせいでカズサは一緒に来ていた皆とはぐれてしまっていた。
「もうっ、皆で結果見ようって言ってたのに...!」
カズサは皆を見つけようと周囲を忙しなくキョロキョロする。すると
『レディース&ジェントルマンッ!!さぁさぁ皆様お待ちかね、後夜祭のお時間がやって参りました!!終わりが近づくトリニティの夏を甘く熱く盛り上げたラストサマー・スイーツフェスタ!その集大成とも言えるこの後夜祭、皆さまどうか最後までお楽しみ下さいっ!!』
ステージに現れた、ティーパーティーの制服を着た生徒がハイテンションに後夜祭の開催を告げた。キョロキョロしていたせいで彼女の存在に気付かなかったカズサは、スピーカーで増大されたその大声にびっくり仰天して、その場で小さく跳び上がった。
『それでは最初の出し物と行きましょう!後夜祭最初にして最大の出し物はズバリッ!人気投票の結果発表です!!この二日間で最も多くのスイーツ好きを惹きつけたお店を三位から一位まで発表します!!皆さん、瞬き厳禁ですよ~!?』
心臓が一気に高鳴った。まさかいきなりこれが来るとは思ってなかった。
『まずは第三位から!第三位のお店は~~~ドゥルドゥルドゥルッ、デデンッ!!百鬼夜行連合学院自治区から参加の「狐雲」さんです!創業以来から培われてきた老舗の味とモダンなかき氷が融合したこのフェスタだけの限定スイーツ「狐と兎の雪遊び」が大好評でしたね!狐雲さん、おめでとうございま~すっ!!!』
効果音を口で言うというまさかの演出の後、ステージの一面に張られた白い幕に百鬼夜行の校章とお店のロゴマークがでかでかと映し出された。
『これより狐雲代表者様に、我らがティーパーティーの百合園セイア様によるトロフィー贈呈がなされます!』
壇上に上がった店の人間に、セイアがトロフィーを与えた。トロフィーが渡され、代表が観客に一礼をした後、会場が万雷の拍手で包まれる。
『では続いて第二位の発表です!第二位のお店は~~~ドゥルドゥルドゥルッ、デデンッ!!D.U.自治区から参加の「スティングレイ・ハウス」さんです!海の生物をモチーフにしたドリンクやスイーツをリーズナブルな価格で展開しているスティングレイ・ハウスさんは現在、D.U.内の水族館とコラボも行っています!スティングレイ・ハウスさん、おめでとうございま~すッ!!!』
(へ~、あそこも来てたんだ...知らなかったな)
店のスタッフがナギサからトロフィーを受け取っているのを見ながら、カズサはミカと一緒に飲んだあの青いソーダを思い出していた。
『それでは最後に第一位の発表ですッ!!第一位は勿体ぶらずに行くぜッ!この夏、最も多くのスイーツ好きを魅了したのはこのお店だッ!!ジャジャジャンッ!!!』
幕に映し出されたのは、トリニティ総合学園の校章。そして、「丘の上のパン工房」の名前。瞬間、カズサの頭の中が、真っ白になった。
『第一位は我らがトリニティ総合学園自治区より参加の「丘の上のパン工房」さんですッ!!このお店を語る上で欠かせないのはやはり、一昨日の夜に起きた”あの”出来事でしょう!!丘の上のパン工房さんは出店の応募期間ギリギリでエントリーしたということもあり、事前の投票では最下位に位置していました。しかしッ!このスイーツフェスタの前日の夜に、かの悪名高き美食研究会が突然、お店のレビューを公式アカウントに投稿したのですッ!一位という栄光を称える為にも、真に勝手ながらその内容を投影させて頂きますッ!プロジェクター係、やっちゃって!!』
幕に映る映像が切り替わる。そこでカズサは初めて、ハルナ達が上げたレビューの内容を目にした。
こんばんは、美食研究会の黒舘ハルナです。今夜は皆さんに、一つの報告をさせて頂きます。これまで私は美食を美食たらしめる様々な要素を探求してきましたが、その果て無き探求の最中に、新たな要素をまた発見しました。いえ、発見したというのは少々大袈裟かもしれません。以前から私はこれの可能性に薄々気付いていましたが、とあるお店に出会ったことで、それが確信に変わりました。
その要素とは「友情」という名のスパイスです。友情。それは形の無いもので、往々にして儚く、そしてその在り様によっては己の身を滅ぼしかねないものです。しかしその無形の要素は時として、スパイスという領域を遥かに飛び越え、料理は勿論、それに審判を下す私達の行動理念「EAT or DIE」よりも尊いものとなり得ます。
私は先日、思いもよらぬ料理と巡り会いました。恵まれた環境や才能、そして身分の高さだけでは決して生まれ得ない者達が作ったそれらの料理には、友情がふんだんに振りかけられ、そして練り込まれており、私に食欲だけではない、何か温かいものを胸中に満たしてくれた。特殊な事情により、出来立てを食べられなかったのが残念でなりませんでした。いずれ必ず、店舗に直接足を運ぶとしましょう。今度はもっと、お腹を空かせて。
『かつて美食研究会がこのような投稿を行ったことがあったでしょうか!?この投稿と共に掲載されたカラフルなシナモンロールの写真とお店の住所により、丘の上のパン工房さんの注目度は爆上がり!そしてそんな美食研達の言葉に遜色の無い女子高生と老婦人の仲睦まじい姿と、彼女達が提供する、驚くべき程にリーズナブルな価格と、お値段以上のクオリティのパンは数多くの票を獲得し、必然とも言える結果を叩き出したのですッ!!名立たる有名店を押し退けたその台風のような勢いは、まさにシナモンロールの渦巻きが如しッ!!そんな丘の上のパン工房さんにはこれより、聖園ミカ様によるトロフィー贈呈が行われます!それではお店を代表して杏山カズサさん、壇上にお願いしますッ!!』
頭が真っ白になって、動けなかった。しかしその時、背中を強く押された。振り返ると、こちらに微笑みかける正義実現委員会の生徒が一人。
「アンタ...!」
その子は何も言わずに頷いた。もう何度も見た、前髪の奥の赤い瞳をこれでもかと輝かせて。自分をミカに導いてくれた彼女の力で、カズサは何とか冷静さを取り戻す。
「...ありがとう。アンタには助けられっぱなしだね」
「気にしないで下さい。カズサさん達のシナモンロール、最高に美味しかったですよ」
「そっか、ありがと。またお店来てよね」
「言われずともです!」
そんな短いやり取りの後、カズサは人混みを縫うようにして壇上へと進んで行った。