ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
壇上に立ったカズサは、大きなトロフィーを持ったミカの前に立つ。二人が互いに向かい合った時、会場がしんと静まり返った。
「おめでとうございます」
ミカはそう言ってトロフィーを渡した。自分の身長の半分くらい大きなトロフィー。その見た目通りの重量に、カズサは一瞬体のバランスを崩しかけた。
『皆さん、拍手をお願いしますッ!』
瞬間、カズサを称える拍手で会場が震えた。煌々と照らす白いステージライトと相まって、まるで何かのスターになった気分だ。
「ミカ、先輩...」
ミカはニコニコしながら拍手をしていた。今の彼女はティーパーティーの聖園ミカ。だから必要以上の言葉は話さないし、話せない。本当なら一緒にこのトロフィーを持っていたかったけど、それはまた別の機会になりそうだ。
『改めておめでとうございますッ!それではカズサさん!お店を代表して何か一言...』
後ろに退いたミカに代わり、司会がカズサに向かってマイクを差し出そうとする。しかしその時
『ちょっと待ったぁーッ!!』
聞き馴染みのある3つの声が、スピーカーから大音量で流れた。間違いない、ヨシミ、アイリ、ナツの声だ。
「え、え、何...!?」
今度はトロフィーを抱えながら辺りをキョロキョロするカズサ。だが当然、仲間達の姿は見えない。
『おーっと!この声は一体何だーッ!?』
司会が恐ろしくわざとらしい感じで声を上げた瞬間、背後に張られたステージの幕の間から、3人がひょっこりと顔を出した。
「皆さんこんばんは~っ!トリニティ総合学園一年生、栗村アイリです!」
「同じく一年、柚鳥ナツ!」
「右と左に同じ、伊原木ヨシミです!」
幕から出てきた三人は大声で自己紹介をしながら、呆気に取られるカズサの横に並び立った。全員いつの間にか、謝肉祭の時に作ったバンドTシャツを着ている。
『これは驚き!思わぬゲスト達が乱入してくれました!あなたたちはカズサさんと共にお店を優勝に導いた、ダークホース集団の一員ですね!?』
『そうでーすッ!!』
3人は小さな子供のように両手を大きく振り上げて答えると、まるで最初からそう決められていたみたいに、アイリが司会からマイクをスムーズに受け取った。
『ちょっぴりシャイな代表に代わって、私達が少しおしゃべりをさせて頂きます!私達4人は普段、放課後スイーツ部として活動している一年生です!放課後スイーツ部の活動内容はズバリ...放課後にスイーツ食べること!あらやだ、そのまんま!』
アイリらしからぬジョークで会場の笑いを攫うと、アイリはナツにマイクを渡す。
『そんな単純明快な名の部活動に勤しんでいる私達。しかし、この二日間だけは違った!全ての発端は我らが代表、杏山カズサがアルバイト先である丘の上のパン工房を盛り上げる為、スイーツフェスタに出す新作メニューの開発協力を申し出たことからだった。私達は親友たる彼女からの願いに応えるべく、これまで得た経験と知恵を総動員し、遂にシナモンロールにトッピングをするというシンプルかつ斬新なアイデアを創造するに至った!この答えに到達した時の我々はまさに...』
ナツの演説がヒートアップし始めた時「いつまで喋ってんのよ...!」とぼやいたヨシミが、ナツからマイクを奪い取った。
『だけどそれだけじゃ、私達はこの場に立てていなかった!私達の考えたアイデアを美味しく完成させてくれた店主のおばあちゃん、美食研究会がベタ褒めしてくれたっていう信じられないくらいのラッキー、そして何より、私達のパンを美味しいって思って投票をしてくれた会場の皆さんがいたから、私達は今ここに居る!そんな皆さんに心からの感謝を伝える為、私達放課後スイーツ部のもう一つの顔をこれから披露しちゃいますッ!!』
ヨシミが声高々に宣言した瞬間、背後の幕がカーテンのように開け、その奥に潜んでいたものが露わになった。振り返ったカズサは、その光景に息を飲む。
「これって、まさか...!」
ミントブルーのアクセントが入った黒いキーボード。柔らかな黄色に彩られたドラムセット。薄いピンク色のベースギターと、頭上の空のような群青色のベースギター。そして楽器達の奥に備え付けられた大型モニターに映し出された、「シュガーラッシュ」のロゴマーク。カズサ達を照らしていたステージライトの一部が動き、背後のセットを明るく照らし出した。
「も、もしかしてアンタ達があんな顔してたのって、これのせい...!?」
カズサの問いに、三人は嬉しそうに頷いた。
「実は昨日ナギサ様達からね、後夜祭のライブに出てみないかって誘われたんだ!それでもし私達のお店が優勝したらこのサプライズをやろうって皆で計画してたの!」
「勝手にいなくなって悪かったね、カズサ。でも私達も会場に付いた段階で結果を知らなかったから、大慌てだったんだ」
「さ、行くわよカズサ!」
しかしカズサは再び頭が真っ白になってしまった。ただでさえスイーツフェスタで優勝したという事実を咀嚼しきれていないのに、急にこの大会場でライブをしろと言われても、心の準備が整うわけがない。カズサはヨシミに導かれるがまま、トロフィーを抱えた状態でマイクの前に立つ。当然このままではベースを弾くことができない。
(え...あ、トロフィー...トロフィーどうしよう...誰かに預かってもらわないと...)
マイクの前で突っ立ったまま微動だにしないという、なんともカッコのつかない姿を数十秒晒した後、カズサはようやくその事実に気付いた。そしてその瞬間
「これ、私が預かっとくね」
不意にミカがカズサの前に立ち、トロフィーをふわりと自分の腕に移した。バイト中いつも香ってくる、香水の匂いが優しく鼻を撫でる―
「頑張って、カズサちゃん」
カズサから離れる間際、ミカは彼女の耳元でそう囁いた。
(ミカ先輩...)
ミカはトロフィーを抱えてステージ端に移動すると、そこで待機していたナギサ、セイア、司会の女の子と共に微笑んだ。以前のカズサならその姿を見て、更に緊張を募らせていただろう。しかし温かな彼女達の心を知っている今のカズサにとってにそれは勇気と安心を同時に与えてくれる、まさしく天使の微笑みだった。
『ンッン!す、すみません...!色んなことが一気に起こり過ぎて、ちょっと頭真っ白になってました...!』
マイクにわざとらしく咳き込んだカズサは遂に、マイクの横に備え付けられていたベースを肩にかけた。ここに来て初めて声を出したカズサに、会場の視線が一気に集まる。
『え、えっと...!改めて、丘の上のパン工房でアルバイトをしている杏山カズサです!』
そこでカズサは次に何を言おうか迷った。自分達の紹介はアイリがしてくれたし、シナモンロール開発までの経緯はナツが、そして自分達を優勝に導いてくれた人達への感謝はヨシミがそれぞれ話してしまった。
いや、まだ伝えていないものがある。その事実にカズサは気付く。それにこれほどの大舞台、自分の想いを吐き出すにはまたとない機会だ。
『突然ですが私には、心から尊敬している先輩がいます。その人は私が持ってない素敵なものを沢山持ってて、初めてその人に会った時、私はその人と自分を比べて、落ち込んだこともありました。でもその先輩はそんなめんどくさい私を何度も何度も励ましてくれて、そのお陰で私は思いもよらない成長をすることが出来ました。私達が優勝出来たのも、私がこの場にこうして立てているのも、その先輩が私に勇気をくれたからです。私はそんな大好きな先輩に何も恩返しができてない。だからせめて、私達の歌で感謝の気持ちを伝えたい!』
ベースの弦にそっと指を添える。
『この会場の何処かにいる先輩と皆さんに、心を込めて贈ります!どうか聴いて下さい!私達シュガーラッシュの代表曲、彩りキャンバスッ!!!』
瞬間、会場から歓声が沸き上がった!振動が全身を包み、それがカズサの緊張を完全に拭い去る。
『皆さんよろしければ手拍子お願いしますッ!』
イントロに合わせ、アップテンポな手拍子が演奏に加わった。
『ありがとうございます!メチャクチャ良い感じですッ!それじゃあその勢いのままッ!!』
♪透明なキャンバス それは退屈で 満たされない日々に 色を塗りたかった 窓越しに見える青い空に疑問を抱いて 自分なりに世界を見た
観客席の前のほうで、おばあちゃんが笑っているのが見えた。その直ぐ横には正義実現委員会のあの子と、一番最初にシナモンロールを買ってくれた二人組。あの三人、友達だったんだ。
♪しょうもないことも お互いの感情もどれも それぞれの色で染まる
チラッと視線を移して、ステージ端にいるティーパーティーの四人を見る。
♪世界に響いた 小さな願望は 新しいフレーズになる 変わっていく!
ナギサとセイアの二人は胸に両手を当て、上品に身体を揺らしていた。でもその表情からは、今この瞬間をしっかりと楽しんでいるのがしっかりと伝わった。
♪ありふれた歌 それでも良いと思うから 無色の透明のページに 私達、色を描く!
ミカと司会の子はそんな二人とは対照的に、全身を激しく動かしてカズサ達の演奏に乗りに乗っていた。ミカに至っては預かっているトロフィーをギターのように構えている。
♪静かな音色が 今も鮮やかに 満たされない日々に 色を塗り重ねてた
最高の気分だった。初めてここで演奏をしたのは、ただの路上ライブ。あの一万円札を除いては、ジュースが二本買えるかどうかのお金しか放り込まれていなかった。でもそれがきっかけでパン屋の求人情報を見つけ、ミカと出会って、それから素晴らしい青春の時間を過ごし、そして最終的に、この噴水広場にひしめく人間全員が自分達の演奏を聴いてくれてる。こんな素敵なことって、あるだろうか。
♪世界に響いた 小さな夢は 新しいストーリーになる 進んでく!
でももう少しでこの夢みたいな時間も終わってしまう。だったらせめて、最高の終わり方をしよう!
♪ありふれた歌 不器用でもいいから あの日の青春が膨らんで 弾けそうなくらいに 歌おうよ未来の色を!
カズサは歌い終わりに腕を天高く掲げた。夜のとばりが降りかけたキヴォトスの大空。そのキャンバスに描き出された、ステージライトの白い光。去りかけている夏を呼び戻してしまいそうな熱い青春の景色が、そこにはあった。