ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
29話 夏の終わり
「次のお客さんどうぞー!」
良く晴れた日曜日、アイリは店からずっと続く長蛇の列の先頭に立ち、スイーツフェスタの時と同じように整列を行っていた。夏はもう終わりに近づき、涼しい日が続くようになった。店の立つ丘から見える白いビーチの賑わいも穏やかになり、海の家も閉まってしまった今はもう、ぽつぽつとビーチパラソルが立っているだけだ。しかし、そんな寂しくなってしまった夏の象徴とは真逆に、カズサ達の店は暑い盛夏の如き盛り上がりを見せていた。
スイーツフェスタにて見事優勝を果たしたカズサ達。後夜祭のライブで自分達の存在感をこれでもかとアピールしたこともあって、お店の注目度はかなりのものとなった。フェスタ以降、アクセスの悪い丘には連日お客さんが殺到。更に訪れてくれたお客さん達がパンのクオリティの高さと、お店から見られる美しいオーシャンビューをSNSに次々と投稿してくれるお陰で、丘の上のパン工房は今、トリニティ自治区はおろか、キヴォトスでも一、二を争う有名店になっていた。
お店が大人気になったことで、変わったことが二つあった。一つ目はお店のアルバイトが増えたこと。増員したメンバーは勿論、アイリ、ヨシミ、ナツの三人だ。スイーツフェスタでの客入りが店舗のほうでも起きると踏んでいた三人はフェスタが終わって直ぐ、おばあちゃんに正式にアルバイトにしてもらえるよう頭を下げた。後夜祭のライブフェスでテンションMAXになっていたおばあちゃんは二つ返事でOKをし、今の四人は放課後スイーツ部、シュガーラッシュ、そしてお店の可愛い看板娘達という三つの肩書きを背負っていた。
その一方で、少し寂しい変化もあった。
二つ目の変化。それは、ミカがアルバイトを辞めたこと。元々ミカがお店で働けていたのはティーパーティーの仕事が夏は閑散期だったから、というのが最大の理由であり、夏が終わりに近づき、学校の予算編成等、重要な仕事がこれからのしかかって来る以上、二足の草鞋を履き続けられるだけの余裕はもう無かった。それにお店の注目度が爆発的に伸びてしまったことで、ミカ程の人間が迂闊に従業員として働くことができなくなった、という理由も大きかった。
退職届をおばあちゃんに差し出した時に彼女がかけてくれた言葉は、合計3万字の反省文を書き終え、今度は「アルバイトを通じて得た経験がティーパーティーの今後の運営にどう活きるかの考察」というレポートを書かされているミカの心を今もなお、ぽかぽかと温め続けている。
「ミカさん。短い間でしたが貴女と共に働けたこと、心から誇りに思います。今まで本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございます」
「誇りに思う」それは良い意味で、先生という大人からは出てこないであろう言葉だった。生まれて初めてのアルバイトで、傍目から見れば孫娘と祖母のような関係だったとしても、そこにはきっちりと「共に同じ仕事をする者への敬意」が最後まで払われていた。
この言葉があったから、ミカは最後まで涙を見せることなく、清々しい気分で店を後にすることができたし、一人の人間として、少し前に進むことができた気がした。
そして幸運なことに、残されたカズサも、仕事中ミカが隣にいないという寂しさに直ぐ慣れることができた。ミカが抜けた代わりにいつものメンバーが入ってくれたというのも大きいし、そして何より―
『お疲れ様ー!乾杯ーッ!!』
澄んだ星空に立ち昇る白煙の下で、7つのコップがぶつかり合う音が響いた。
「...ふむ、これが市販のジンジャーエールか。シナモンと生姜の風味が些か弱い気もするが、これはこれで美味だ」
ペットボトルから注いだジンジャーエールを飲んだセイアがそう呟いた。
「市販のって......だったらセイア様、普段どんなジンジャーエール飲んでいるんですか?」
セイアの顔を覗き込むようにして、ヨシミが首を傾げた。
「所謂クラフトジンジャーエールというやつさ。ナギサが時折作ってくれるものでね、手製のシロップを冷たい炭酸水で割って飲むのが美味しいんだ。ナギサ、今度のパーティーの時にでも持ってくるといい」
「それは良い案ですね。作るのが難しいものでもありませんし」
セイアの提案に、ナギサはにこりと微笑んで、手に持ったレモネードのコップに口をつける。
「ナギサ様の作るのが難しくない、かぁ...なんか、良い意味であんまり信用できない言葉...」
「ナギサ様は手作りでバームクーヘンを焼くお人、きっと自家製のシナモンの木で採れたシナモンで...!」
ナギサの言葉に苦笑いをするアイリと、キラリと目を光らせるナツ。かつて先輩達に抱いていた畏怖の感情は、もうすっかり消え去っていた。
「流石にそこまでではありませんよ、ナツさん。そもそもトリニティの気候でシナモンの栽培は難しいですから。それにクラフト、という言葉からとっつきにくい印象を抱きがちですが、使う材料はお砂糖とシナモンスティック、そして生姜だけですので、本当に簡単に作れてしまうものですよ」
「へー、そうなんですね!ねぇカズサ、今の聞いてた!?今度ナギサ様に教えて貰って作ってみてよ!グッチャグチャになったこないだのマカロンよりはずっと簡単そうじゃない!?」
「う、うっさいヨシミ...!それにあれは絞り袋が爆発しただけで、味自体は良かったでしょ...!」
以前挑戦して大失敗したマカロン作りをほじくり返され、カズサは苦い顔をしながらピザ窯を覗き込む。
「あのときのカズサの顔、ホントにヒドかったんだから!ほらミカ様、これ見て!」
「ちょっ...!ヨシミ止めっ...!」
しかしヨシミは容赦なく自分のスマホを取り出すと、カズサの横に立つミカに、弾け飛んだ絞り袋を持って呆然と立ち尽くす、顔中マカロンの生地塗れになったカズサの写真を見せた。
「アハハッ!ホントにヒドイ顔ッ!カズサちゃんはクリーム塗れになるのが好きだね!」
苦い顔のままのカズサをよそに、ミカはケタケタと笑った。
「ヨシミ...!このあとのトランプ覚えときなよ...!絶対ボコボコにしてやるから...!」
ヨシミに挑戦状を叩きつけながら、カズサは窯にピザピールを差し込み、中にあるピザの下に潜らせた。
ミカがお店を辞めたことで、もう一つ変化が起きた。それは休日の夜にお店の庭で、ティーパーティーと放課後スイーツ部の7人で時折ピザパをするようになったこと。元々はミカがいなくなったカズサを励ます為にスイーツ部だけでやっていたのだが、そのことをおばあちゃん経由で耳聡く聞きつけたミカが強引に時間を作ってまでも参加するようになり、そして何時しかナギサとセイアも「下級生からの意見を聞く機会」という体で当然のように顔を出すようになっていた。幸いここはアクセスのすこぶる悪い、パン屋の他には良い景色しかない丘の上。夜景を見に時折現れる人間に気を遣ってさえいれば、学校のトップと下級生が一緒になって騒いでようと、なんの問題も無かった。
「ほら、一枚目焼けたよッ!」
カズサはぶっきらぼうに言って、くっつけたテーブルの中心に置かれた大皿に焼けたピザを落とす。
「じゃあ私切るねっ!」
ミカは手元にあったピザカッターを握り、湯気が立つピザに近づける。だがその時、何時まで経っても懲りることのない毒舌家セイアの下に、またしても茶化しのアイデアが降って来てしまった。
「そうだ、ミカ。以前君はカズサに『大好きな先輩』と愛の告白をされたことがあっただろう?なら二人でそのピザを切ったらどうだい?ウエディングのケーキ入刀のようにね」
瞬間、ミカとカズサの顔が燃え盛る窯の中よりも真っ赤になった。
「ななな何言ってるのセイアちゃん!?」
「ななな何言ってるんですかセイア先輩!それにあの時のあれは別にそういう意味じゃないっていうか...」
セイアの目がいたずらっぽく光った。今の彼女に下手な言い訳は、却って自分の首を絞めることになる。
「『そういう意味じゃない』というのはどういうことかな、カズサ?それでは君はあの大舞台で、ただ場を盛り上げる為だけにあのようなことを言った、ということなのかい?」
「い、いやそういう訳じゃ...」
しかし時すで遅し。セイアに便乗し、今度は彼女の親衛隊達がここぞとばかりに追撃をぶち込んできた。
「えぇ!?じゃあカズサちゃん、あれ全部嘘だったの!?」
「はぁ、何それ!?サイテーじゃんカズサ!!」
「純情をだしにする...放課後スイーツ部として、いや、一人の人間として唾棄すべき行為だね。見下げ果てたよ、カズサ」
「だから違うって...!」
この圧倒的不利な状況を覆そうとめげずに言葉を探すカズサ。しかしその時、ミカの諦めたような声が耳元を撫でた。
「カズサちゃん、良い事教えてあげる。こういう時はね、どんなに恥ずかしくてもノッてあげたほうが、早く済むんだよ...」
ミカはそう言って、カズサの手にピザカッターを近づけた。
「マジで、やるの...?」
「うん。早く終わらせないと、ピザ冷めちゃうよ」
カズサは、それはそれは深いため息を吐くと、差し出されたピザカッターの余った柄を握った。
「はーい、それじゃ入刀でーす」
「いえーい、ぱちぱちー!」
カズサは恐ろしい程の棒読みと死んだ顔で、ミカは恥ずかしがってた割には嬉しそうな顔でピザを切り分け始める。そんな二人を、セイアは笑いを堪えながら見守り、スイーツ部の三人は「カズサもっと笑いなさいよー!!」とか「ヨシミちゃんの言う通りだよー!」とか「これでは二人の熱い時間はピザよりも短く終わりそうだね...」とか言いながら茶化していた。
「おやおや。何やら賑やかだと思ったら、随分と素敵な門出を迎えているようですね」
騒ぎを聞きつけ、おばあちゃんまで庭に出て来た。
「はい。まさか幼馴染の新たな人生の始まりにこのような形で立ち会えるとは。カズサさん、貴女は良くご存知かと思いますが、私の幼馴染はかなりのお転婆娘なのでこれから色々大変かと思いますが、貴女ならミカさんと末永く幸せになれると信じています」
「ナギサ先輩までっ...!」
「はーいっ!私今、とっても幸せでーすッ!!」
ミカのその言葉に偽りは無かった。自分の隣で、恥ずかしさで死にそうになってる後輩とこれからも一緒にいられること。それは幸せ以外の言葉では表現できないくらい、優しい温もりで満ち満ちたものなのだから。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
この後もおまけのエピソードを投稿する予定なので小説設定は「連載」のままにしておきますが、本編はこれで完結とさせて頂きます!応援、ありがとうございました!
おまけエピソードはパン好きのモブちゃんに出番を奪われがちだったハスミやイチカ、新規でレイサにも登場してもらう予定なので、良ければお楽しみに~