ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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3話 未納の原因

ミカが件のパン屋を訪れてから約30分後、パン屋が建つ丘の上は、海風そよぐ穏やかな雰囲気から一変、赤と黒の制服に覆われた、物々しいものになっていた。

 

「ミカ様、聴取終わったので報告させて頂くっす」

 

ミカが店内で待っていると、店の外で、捕らえた二人組の取り調べをしていたイチカが中に入って来た。

 

「あの二人はやっぱりトリニティ所属の生徒じゃなくて、変装した不良生徒でした。バイクを買う為にティーパーティーを偽って詐欺をしていたみたいっす。学校からの通知もポストから盗み出して処分していたみたいっすね。ミカ様がいなかったら、もっと面倒なことになってたっすね~」

 

「まぁ、そんなことが......」

 

自分が詐欺の被害者だと知った婦人は、驚きの余りくりくりした両目を見開いた。

 

「幸いだまし取ったお金は全て貯金していたみたいなので、一度こちらで徴収して税収分を差し引いてから、残りは後日お返しするっす。お年寄りを狙った詐欺は今でも一定の被害が報告されているので、今後は気を付けて下さいっすね」

 

「わざわざありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」

 

婦人はイチカにぺこりとお辞儀をした。きびきびとした所作でお辞儀を返したイチカは、今度はミカの顔を見る。

 

「ミカ様もありがとうございました。ナギサ様にも『多忙の中、正義実現委員会へのご配慮に感謝します』と伝えておいて欲しいっす」

 

「気にしないで!それに、そんな堅苦しい言葉じゃなくても大丈夫だよ。『イチカちゃんがありがとうって言ってたよ』って伝えておくね!」

 

「......すみませんっす。一応、仕事中の身なので」

 

二人は笑みを交わした。以前のバカンスを通じてミカの人となりを知ったイチカは、以前の主従のような関係から、友人のような関係になっていた。

 

「それでは私達はこれで失礼します。あ、でもその前に......」

 

イチカはミカと店員に背を向けると、並べられた美味しそうなパンを、長い前髪に隠れた目でちらちら見ている背後の後輩達に言った。

 

「警備に戻る前にお昼にするっす。皆、好きなパン選んで良いっすよ~」

 

その言葉と共に、したり顔で自分の財布を取り出したイチカに、後輩達は眩いばかりの視線を向けた。

 

「良いんですか!?」

 

「暑い中頑張ってる皆への、ご褒美っす。ハスミ先輩には内緒っすよ?今先輩、一応ダイエット中だから」

 

『やった~!!』

 

先輩の奢りが確定した後輩達は我先にとトングとトレーを手に取り、「私チョココロネにする!」とか「このカレーパン、シェアして食べようよ!」とか「先輩、アイスコーヒーも頼んで良いですか!?」とか言いながら、狭い店内をわちゃわちゃ動き回る。そんなやり取りを、三人は微笑ましく眺めていた。

 

 

 

イチカ達が店を去った後、一人店内に残っていたミカはレジを操作している婦人に言った。

 

「それじゃ、私も失礼するね」

 

婦人は、丁寧にお辞儀をした。

 

「本当にありがとうございました。まさかティーパーティーのお嬢さんに私のパンを食べて頂けるなんて、夢にも思いませんでしたよ」

 

「うん!さっき食べたフレンチトースト、とっても美味しかったよ!絶対また来るね!」

 

ミカはニコニコ顔で再来を誓った。しかしその時、婦人の顔に影が差した。

 

「嬉しいお言葉ありがとうございます、ミカさん。でも、実は私、この夏いっぱいでお店を閉める予定なんです」

 

その言葉に、ミカは目を丸くした。

 

「どうして!?ビーチも一般開放されて観光客も増えるだろうし、こんな素敵な場所で安くて美味しいパンが食べられるってなったら、絶対人気になるよ!?正義実現委員会の巡回地域も広がったから、さっきみたいにトリニティの生徒も来てくれるだろうし。それなのに......」

 

婦人は首を振った。

 

「そうは言っても、私も歳ですからね。半分趣味でやっているところもあるし、一人で切り盛りするのも限界を感じていたところなんですよ」

 

「だったらアルバイトとか募集したらどうかな!?」

 

「う~ん......」と、婦人は首を傾げた。

 

「どうでしょうね...。確かに人手が増えたら楽にはなるでしょうけど、こんな辺鄙な場所にあるパン屋だし、暑い中わざわざ丘を登って働きに来てくれる人がいるかどうか......」

 

その後もミカは、お店を継続させる為のアドバイスをあれこれ出してみた。しかし結局、婦人の寂しい笑顔を拭いとることは、できなかった。

 

 

 

「報告ありがとうございました。事の次第は既に、正義実現委員会からも伺っています。相手が個人事業主とはいえ、形式通りの手続きのみで、詳細な調査を怠った私達にも非がありますね。まぁ、それはそれとして......」

 

学校に戻ったミカに礼を告げたナギサは、テーブルの上に所狭しと置かれた大量の紙袋に、苦い顔を浮かべた。中にはミカが店を出る前に、手持ちのお金で買えるだけ買ってきたというパンが入っている。

 

「差し入れは大変有り難いですが......こんなに沢山のパン、食べられるわけないでしょう......」

 

「残りはティーパーティーの皆に配るから良いの!いいからナギちゃんとセイアちゃんも好きなの一つ食べてみて!とっても美味しいんだから!」

 

ミカのその言葉に、セイアは「ふむ...」と呟くと、手元の袋を漁り始めた。

 

「おぉ...!見てくれナギサ。このパン、チョコレートのコーティングで鳥の顔が描かれている。私の鳥とそっくりだ」

 

セイアが取り出したのは丸パンに、ホワイトチョコとミルクチョコで可愛らしい鳥の顔が描かれたパンだった。偶然にも、セイアの手にいつもちょこんと乗っている白い小鳥によく似ている。

 

「それ可愛いよね!中にもチョコソースが入ってるらしいよ!」

 

「ほう、それは興味深い」

 

セイアはその小さい口で、パンに齧りついた。瞬間、口をもぐもぐさせるセイアの表情が明るくなる。

 

「うん、美味だ。外も中もチョコで少々しつこいかと思ったが、丁度いい甘さをしている。ナギサ、折角ミカが買って来てくれたんだ。君も一つつまんでみると良い」

 

そう言うとセイアは、まるでひまわりの種をかじるハムスターのようにパンを黙々と食べ始めた。セイアに促され、ナギサは「私、お腹空いていないんですけど......」などと溢しつつも、近くの袋からパンを取り出した。

 

「シナモンロール、ですか。これにします」

 

ナギサは取り出したシナモンロールを皿の上に置くと、渦巻きの先端を小さくむしり、口に入れた。

 

「どう?美味しい?」

 

寝不足で吊り上がったナギサの瞼が、すっと緩んだ。

 

「はい、美味しいです。上品な甘さですし、中のシナモンペーストにも嫌なザラザラが全くありません。柔らかいパンの食感も相まって、素晴らしい口当たりです」

 

「でしょでしょ!?」

 

何だか自分が褒められたみたいで、ミカは思わず笑みが零れた。

 

「あのビーチにこんな美味しいパン屋さんがあったなんて知りませんでした。けれどビーチが一般開放されたことですし、これからきっと人気になることでしょうね」

 

ミカの顔から、笑みが消えた。

 

「えっと、そのことなんだけどね......。実はこのパン屋さん、今年の夏が終わったら閉店にするんだって」

 

「おや、そうなのかい?」

 

セイアが尋ねた。お腹が空いているのか、早くも鳥のチョコパンを食べ終え、袋から新たにクロワッサンを引っ張り出しながら。

 

「うん。お店やってるおばあちゃんがもう歳だからって。アルバイトを雇うのも、募集をかけても人が集まらないんじゃないかって、あんまり乗り気じゃなくて......」

 

「それは、残念ですね」

 

ナギサは、アイシングが艶々と光る食べかけのシナモンロールを少しの間、見つめた後、顔を上げてミカの顔を見た。

 

「あはは!初めて行ったお店なのに、何で寂しい気持ちになってるんだろうね私!」

 

自分と目が合った時、ミカの顔に浮かんだ作り笑いを見て、ナギサはまた、小さく息を吐いた。自分の本心を押し殺す時、この幼馴染はいつもこうやって、雑に張り付けられた笑顔で心の内を隠そうとする。そしてそれと同時に、自分はこの下手くそな仮面にとても弱いことも、ナギサは十分に理解していた。

 

「一つ、提案があります」

 

ナギサはシナモンロールの欠片を再び口に入れた後、ミカの顔を真っすぐに見た。

 

「ミカさん。良かったらそのパン屋で働いてみてはどうでしょうか?例え夏の短い間だったとしても、共に働く仲間がいれば、そのご婦人の心も変わるかもしれませんし」

 

ミカは、その言葉を理解するのに数秒の時間を要した。

 

「え、え、え...?どういうこと...!?私が、働く...!?」

 

「ですから、そのままの意味です」

 

ナギサはおたおたするミカをよそに、空になったティーカップにミルク、紅茶の順で注ぐと、またシナモンロールを口にした。

 

「で、でもそしたらティーパーティーの仕事はどうするの......?」

 

「心配には及びません。元から夏は閑散期ですし、ビーチ関連の業務も粗方処理した今なら、ミカさん一人抜けたところで然したる支障はありません。それに......」

 

ナギサはミカが再び「でも」と言う前に、まるで彼女を牽制するかのように立ち上がった。

 

「ミカさんが今心の中に抱いたような他意は、ありません。私は純粋に、貴女に学校の外で社会というものを学んで頂きたいと考えているのです」

 

「私ってやっぱり要らないのかな......」という暗い妄想を見事に言い当てられたミカは、思わずナギサの顔を見た。

 

「私達はこのトリニティ総合学園のトップとして、至らないながらも学園を運営してきました。ですがそれを司る三人には残念ながら、社会経験というものが致命的に足りていません。私達が支えている多くの生徒や自治区の住民は、私達とまるで異なる生活を営んでいる。なのに学園のトップがその実態を知らないとなれば、今回のような厄介事がまた発生することでしょう。良かれと思った施策によって、かえって苦しめてしまうこともあるかもしれない。だからこそ今のティーパーティーには、今までとは異なる価値観を取り入れる必要があるのです。アルバイトという、『自分の力で金銭を稼ぐ』という経験を経れば、少なからず見えてくるものがあるでしょう。ミカさん、どうか頼まれては頂けませんか?」

 

ナギサの真剣な訴えに、ミカは自然と、首を縦に振っていた。

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