ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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3話 後輩の、まだ知らない「顔」

パンを持って外に出た二人は空いていたテラス席の一つに腰かけた。夏の気配はもう完全に消え去り、丘に吹く海からの風はカラッとした、秋の訪れが感じられる涼しいものになっていた。ビーチの賑わいを見下ろすことが出来ないのが少し寂しい分、美味しいパンをピクニック気分で食べるには最適の時期だ。

 

「美しい景色に色とりどりのスイーツ!眼福とはまさにこのことです!それではいただきます!」

 

それっぽいことを言いつつ、テラスに座った瞬間から花より団子状態になっていたハスミは、ヨシミに温めてもらったホカホカのシナモンロールに早速かぶりついた。

 

「ハスミちゃんどう?美味しい?」

 

ハスミはその問いに直ぐには答えず、一月振りの甘味を文字通り噛み締めていた。そして最初の一口をごくんと飲み込んだ直後、目を細めて青い空を見上げた。

 

「美味しい...です...」

 

ハスミは更にふるふると身体を震わせ、おまけに細めた瞳から涙を流し始めた。

 

「な、泣く程美味しかったの...?いくら久しぶりにスイーツ食べたからって、ちょっと大げさじゃない...?」

 

流石にここまでのリアクションは予想できず、ミカは天を仰ぐハスミをやや引き気味に見つめる。

 

「えぇ、ミカ様の言う通りだと思います...。ですがこの地獄のような一カ月を耐え抜いた私にとって、このシナモンロールは遭難の末にやっと口にした真水のようなもの。シナモンの甘く優しい香りとパンのフワフワ食感も相まって、涙無しには食べられませんでした...」

 

「そう、だったんだ...。と、とりあえず一ヶ月間お疲れ様。今日は頑張った自分へのご褒美ってことで、私のことは気にしないで好きなだけ食べて良いからね」

 

「あぁ...。私、ミカ様が天使のように見えて来ました...」

 

目を細めたまま、ハスミは再びシナモンロールを口に運んだ。多分今のハスミに、ミカの姿は殆ど見えていなかったと思う。

 

それからもミカは自分のパンをゆっくり食べながら、大袈裟なリアクションと表現で美味しさを表現するハスミをにこやかに見守っていた。

 

ピーナッツバターロールを「ナッツとシナモンの香りが口の中で一緒に踊っている」とか、クッキーアンドクリームロールを「フワフワとザクザクの二つの食感が文字通り渦巻いている」とか言ってくるせいでミカは、いつも同じような表現を使ってスイーツを評するナツのことを思い出さずにはいられなかった。

 

「はぁ、幸せです...」

 

8種あるシナモンロールの半分を食べ終え、ハスミは一緒に注文した温かい紅茶に口をつけた。流石に一旦箸休めをするようだ。

 

「そういえばミカ様。先程店の奥から挨拶をしていた中にカズサさんがいらっしゃいませんでしたが」

 

「うん。さっきヨシミちゃんに聞いたら、学校の課題やってるせいで今日は遅刻するんだって」

 

「おや、そうだったのですね」

 

ハスミは再び紅茶を啜る。

 

「ただの一般生徒の一年がミカ様の友人になったと聞いた時は耳を疑いましたが...。まさかトリニティの生徒でミカ様のことを知らないという者がいたとは思いもよりませんでした。彼女のことを咎める意図はありませんが、一体どんな生活を送れば自分の学校のトップを知らずに過ごすということができるのでしょう?問題無く学校に通っている以上、不良として活動している訳でも無いでしょうし」

 

「うーん、言われてみればたしかに。それに私、カズサちゃんの昔のこととかも全然知らないんだよね」

 

そう言われて、ミカは改めて気付かされた。今までカズサと一緒に過ごして来た中で、お互いの過去について語り合ったことが一度も無いことに。

 

実を言うとミカは、自分の過去をカズサに話せるだけの心の準備が未だに整っていなかった。アリウスとの一件もあり、秘密主義が深く根付くトリニティにおいても、今まで秘匿されてきた情報や歴史が少しずつ開示されてきている。そしてその中には勿論、かつて自分が犯した過ちも明かせる範囲の中で存在している。

 

そんな状況でもカズサと自分が友達であり続けられているのは、カズサにとってそれらの情報が、砂糖の一粒よりも価値の無いものとして捉えられているからに過ぎない。

 

これから学校生活を営む中で、もし何かのきっかけで自分の過去を知ることになってしまったら、カズサは一体どんな顔をするのだろう...。寝る前にそんなことを考えてしまって、眠れない夜を過ごしたことも一回や二回では無い。

 

ただそれはそれとして、ミカもまたカズサの過去を何一つ知らなかった。初めて会った時に「トリニティらしさ」について悩んでいたから、自分がトリニティという学校の雰囲気から少し浮いた存在であることは自覚しているようだけど、それだけで彼女の過去を推定することなんて出来ない。

 

(でも、それでも別に良いよね......)

 

けれどバイトを辞めてからカズサと顔を合わせる機会が減り、ミカは次第にそう考えるようになっていた。いくら友人同士だからってお互いの全てを知っている訳じゃないし、それが知られたくないものなら尚更だ。

 

「ねぇねぇ。先輩、だよね?」

 

不意に肩を叩かれ、振り返る。

 

「やっぱりそうだ。先輩いらっしゃい。お店来てくれたんだね」

 

ミカと目が合ったカズサは嬉しそうにニカッと笑った。

 

「カズサちゃん!?その顔どうしたの!?」

 

ミカは椅子を倒す勢いで立ち上がった。こちらに微笑みかけるカズサの顔は、煤のような黒い汚れであちこちが汚れていた。

 

「えっと、ちょっと色々あってね...」

 

カズサは気まずそうに頬を掻いた。その様子を、横に立つラムネみたいな髪色の女の子が不安そうに見つめる。

 

「横の子は、カズサちゃんのお友達...?貴女もお顔黒いけど大丈夫?」

 

「ふぇっ!?わ、私は大丈夫ですからどうかお気になさらず...」

 

いつも通りの人見知りを発動し、レイサは小さく縮こまってしまう。今目の前に立っているこのピンク髪の女の子は明らかに、「自分が知らない友人の友人」。レイサがトップクラスに苦手な存在だ。

 

「そ。私の友達の宇沢レイサ。中学の時からの腐れ縁?みたいな感じで、今はトリニティの自警団に所属してるの。私の事いっつもキャス...えっと、いつも私にちょっかいかけてくるんだ!」

 

途中不自然に言い淀んで、カズサはレイサのことを紹介した。

 

「そうなんだ!私はミサ!前までそこのパン屋さんでカズサちゃんとアルバイトしてたんだ!中学の時から関係が続いてるって良いね!」

 

パッと見悪い人では全然ないけれど、それでもミカはレイサに対し、カズサの前でいつも使っている偽名で名乗った。

 

「み、ミサさん、ですね...。は、初めまして。私、レイサって言います...」

 

「アハハ!そんなに緊張しなくても大丈夫だよ!何だか、カズサちゃんとは雰囲気違う感じだね!」

 

「そそそ、そうでしょうか...」

 

遠慮なくグイグイ来るミカに、レイサは完全にタジタジになっていた。いつも自分に強気で突っかかって来る腐れ縁がミカに押されまくっているその様子を、カズサは愉快そうに眺める。その時

 

「ちょっとカズサ!あんたなんで電話に出ないのよ!!皆心配してたのよ!」

 

「カズサさん大丈夫ですか...?お顔が随分汚れているようですが...」

 

店の中からカズサの姿を見つけたのか、プリプリ怒ったヨシミと焦った様子のおばあちゃんが駆け寄って来た。

 

「二人共ホントにゴメン!!連絡入れたかったんだけど、ちょっとスマホ失くしちゃってさ...」

 

カズサは頭を下げつつ胸の前で手を合わせた。

 

「スマホ失くしたって......というかカズサちゃん、学校の課題で遅れたんじゃなかったの?」

 

「ごめんなさい、さっきのあれは私の嘘。カズサ、バイトの時間になっても顔出さないし電話も全部出ないしで、今日はお店休みにして皆で探しに行こうかって話も出てたんです。ミカ様に心配かけさせたくなくて、咄嗟にあんなこと言っちゃったんです」

 

(え、今ミカ様って......)

 

ミカに対し、ヨシミは申し訳なさそうに頭を下げる。そのやり取りを聞いていたレイサはヨシミが何てことなく放った「ミカ様」という言葉に強く反応した。レイサは横目で、ヨシミと話すミカの顔を見る。

 

(え......?え......!?)

 

普段着に加えメガネで変装(?)していたからぱっと見全然分からなかったが、良く良く見ればミサと名乗ったその人は明らかに、自分の学校のトップに立つ聖園ミカその人だった。正義実現委員会の人も一緒にいるのだから、間違いない。

 

「杏山カズサッ!!!」

 

「うおッ、びっくりした!どうしたのよ、急に大きな声出して」

 

突然いつも通りの大声を出したレイサに、おばあちゃん達に事情を説明しようとしていたカズサはびっくりしてその場で小さく跳びはねた。

 

「今度は騙されませんよ!!ここにいらっしゃるお方はミサさんでも、ましてや杏山カズサのお友達でもありません!!この方はやんごとなきティーパーティーの...むぐぅッ!!?」

 

レイサは最後まで言うことが出来なかった。レイサの口からティーパーティーという言葉が出た瞬間「黙ってろこのバカ宇沢ッ...!!」と血相を変えたカズサがヘッドロックをかけた上、口を強く塞いだからだ。

 

「ちょっとヨシミ!あんたがミカ様って言ったせいでバレたじゃん!」

 

ジタバタするレイサの身動きを封じつつ、カズサは周りの客に聞こえないよう小声でヨシミに文句を言った。

 

「え、私のせいなの...?」

 

「そうだよ!ここに来るまでコイツに先輩のこと一言も話してなかったんだから!」

 

「ちょ、ちょっとカズサちゃん!それ以上押さえつけたらレイサちゃん可哀想だよ!」

 

抵抗する力が目に見えて弱くなっていくレイサを見て、ミカは慌ててカズサを止めた。こんなに暴力的なカズサを見るのは初めてだ。

 

(カズサちゃん、仲良い子には割と容赦無いんだね...)

 

ミカの正体がレイサにあっさりとバレてしまったせいで、ミカとカズサは時間をかけ、レイサに自分達の出会いから今日に至るまでの経緯を(レイサが大きな声でリアクションしないよう細心の注意を払って)説明する羽目になった。そして全てを明かした後に、カズサは何故レイサと一緒にいるのか、という事も含め、音信不通になっていた間の経緯を話し始めた。

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