ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
時刻は今から数時間前、ちょうどミカがレポートの中間発表を開始した頃に遡る。
シャーレに併設されたコンビニ、エンジェル24。そこでいつも通り一人ぼっちで店番をしていたソラは、暇つぶしに眺めていたネットニュースを見て、強い焦りを感じていた。
(フィーチャーフォン、サービス終了......)
いつも使っているガラケーの、小さくて暗い画面でも、その記事の内容はハッキリとソラの目に写った。スマホの台頭ですっかりその数を減らし、もはや値段が安い位しか取り柄が無くなってしまったフィーチャーフォンことガラケー。時代の流れを感じさせるその衰退っぷりに追い討ちをかけるかのように、各携帯会社がサービスの終了を発表したのだ。当然、このキヴォトスで数少ないガラケーの持ち主であるソラにとっては死活問題である。
「どうしよう......。元々限界来てたから買い換えなきゃとは思ってたけど、ガラケー全部がサービス終わるんだったら絶対スマホにしなきゃ......」
ソラは一度ニュース記事を閉じ、今度はリサイクルショップのホームページを開いた。
「どんなに安くても2万円...スマホって中古でも高いなぁ...」
すり減ったボタンをカチカチして画面をスクロールしながら、ソラは力無くため息を吐いた。これではどれだけ格安のSIMサービスを選んでも、本体を買うだけで手痛い出費になってしまう。
「貯金使うのイヤだけど、仕方ない...。仕事終わりにリサイクルショップ寄って一番安いの買おう...」
今日の予定に思わぬ支出が生まれたことに深いため息を吐いたその時、自動ドアが開いて今日初めてのお客さんが来店した。どうせエナドリを買いに来た先生だろう。
「いらっしゃいま...あ」
見覚えのある顔に言葉が途切れる。ドリンクコーナーの傍にある生菓子の棚に真っ直ぐ向かっていったのは、いつもそこで甘いものをカゴに放り込むカズサだった。
(カズサさん来るの久しぶりだな。やっぱりお店、忙しいのかな?)
短い夏休みが終わってからはあのパン屋に行けてないけれど、以前やっていたスイーツフェスタ以降、彼女のバイト先がとんでもない有名店になったことはソラも知っている。
あの美食研究会が絶賛したというシナモンロール。ソラも勿論食べてみたいけど、バイトに明け暮れる毎日を送っている以上、それは叶わぬ夢だった。
いつもはあれこれ悩んでから買うものを決めるカズサだったが、今日だけは素早くスイーツをカゴに入れ、ソラの待つレジの前に立った。
「やっほソラ、久しぶり。あれからうちに来てないけど、やっぱりお店空けるのは厳しい感じ?」
カゴを置いたカズサは朗らかに尋ねた。
「は、はい...。私も本当ならもう少し休みたいんですけど、ここのお店私一人ですし、私自身お金が必要なので...」
「そ、そっか...。無理はしないでね」
カズサもアルバイトを始めてはや一ヶ月。エンジェル24とカズサ達の店では客入りがまるで違うので単純に比較することは出来ないが、それでも自分でお金を稼ぐことの大変さは、カズサも理解しているつもりだ。
「ねぇソラ。迷惑だったらゴメンなんだけどさ...」
全ての商品のバーコードがリーダーに通され、レジの画面に小計が表示された時、カズサはやや遠慮がちに、持っていた紙袋をカウンターに置いた。
「これ、バイト先のシナモンロールなんだ。ソラも知ってるでしょ、私のお店今凄い人気なの。だからソラにも食べて欲しくって。昨日焼いたヤツだから、ちょっとベチャっとしてるかもだけど」
ソラは驚きと喜びが混ざった目でカズサを見た。
「い、良いんですか...!?」
「うん。中身はプレーンと、秋限定で売ってるマロンクリーム。そのままでも美味しいけど、レンジかトースターでリベイクするともっと美味しくなるよ」
「わぁ...!ありがとうございます!私ずっと食べたいなって思ってたんです!仕事が終わったらいただきますね!」
例えバイト戦士であっても、心は女子中学生。ソラは憧れだったシナモンロールをウキウキで受け取った。
「それと、さ。これはちょっと重いかもしれないけど...」
ソラが紙袋を足元に置いた時、カズサは今度はもっと遠慮がちに視線を逸らし、ポケットから長方形の小箱を取り出してソラに差し出した。
「え。これって...」
差し出されたものを見て、ソラは目を白黒させる。白い小箱の上部には、メタリックに光るスマートフォンのカラー写真がプリントされていた。
「こ、これってスマホじゃないですか!え、も、もしかしてコレ、私に...!?」
カズサは視線を逸らしたまま頷いた。
「実は私、こないだバイト以外で臨時収入があってね。犯罪で稼いだとかじゃないよ!でも、そのお金はちょっと訳アリというか、自分の為に使えないお金?みたいなトコあって、使い道に困ってたんだ。で、その使い道を探した結果がコレ。ソラずっと古いガラケー使ってるし、そもそもガラケーってもうすぐサービス終了するでしょ?だから良いかな、って。リサイクルショップで買った中古品だし、通信料とかは流石に自分で払って欲しいけど...って、ソラどうしたの...!?」
「ティーパーティーから貰った褒賞金の余りを使い切る為とはいえ、友達でも無ければ一緒に遊んだことも無い店員にスマホをプレゼントするのは流石に色々重すぎるのでは?」という後ろめたさを最後まで拭いきれず、カズサはごちゃごちゃ言い訳みたいなことを言いながらソラを見た。
しかしソラは、渡されたスマホに対して喜びを爆発させるでも、ましてやドン引きするでも無く、スマホが入った箱を両手で包み込むようにして持ち、ふるふると小さく震えながら涙を浮かべ始めた。
「ふわぁ、あ、ありがとうございます...これで大事な貯金を使わずに済みます...」
箱の上に小さな雫が落ちた。カズサがくれた端末はさっき「どんなに安くても...」とぼやいていた数十年前の型落ち品などではなく、ショップのサイトで5万円近くした2世代程前のスマホだった。諸々の性能は当然最新型に劣るが、それでも使い古されたガラケーとは雲泥の差だ。
「な、泣く程嬉しかったの...?私てっきり『うわぁ、何コイツ...』みたいな顔されるかと思ってたんだけど...」
完全に予想外の反応に、カズサはどうしたら良いか分からなくなってしまった。そんなカズサに、ソラは絞り出すように言葉を紡ぐ。
「そんな訳ないじゃないですか...!これで私も無料でモモトークを使って友達とおしゃべりできる...!パズルゲーム以外のゲームもできるし、それにQRコード決済でスマートに買い物ができます...!本当に本当に、ありがとうございます...!」
カズサに深く深くお辞儀をしたソラは、喜びの余り会計の途中であることを完全に忘れ、早速箱からスマホを取り出して電源を入れ始めた。
「ちょ...!ごめんソラ、私これからバイトだから急いで欲しいんだけど...」
そう言って会計を終わらせようとしたカズサ。しかし「電源入った...!バイブがガラケーと全然違う!」とか「言語選択なんてあるんだ!間違えて変な言葉選ばないようしないと...!」とか、スマホに対してあまりにも無邪気な反応を見せるソラを見て、口を噤んだ。
(こんなに喜んでくれるなんて、思わなかったな...。でもねソラ。ソラのお陰で私は、そんな中古のスマホの何百倍も価値のあるモノが手に入ったんだよ)
結果論であることは分かっている。でもあの時ソラがお店に来てくれて、そこで何気なくミカのことを「これぞトリニティの生徒!」と言ってくれたことがきっかけで、自分とミカは半日というごく短い時間で心から分かり合うことが出来た。
あの一件がなければ、今ミカと自分がどんな関係になっていたか分からない。もしかしたらミカの正体を知ることなく終わっていたかも。もしそうだとしたら、自分を含めた放課後スイーツ部がティーパーティーの先輩達と友達になるという奇跡みたいなことが起きることもなく、ナツがそれをきっかけに起死回生のアイデアを思いつくどころか、そもそも自分もスイーツフェスタに出店するという発想にすら至らなかっただろう。自分が知らないうちにお店が閉店に向かっていたという事実に、おばあちゃんとミカを恨んでいたかも分からない。
(ナギサ先輩の言う通りだね。人の巡り合わせって本当に不思議...)
ソラの嬉しそうな顔を見て優しい気持ちになったせいもあり、柄にも無くそんなことを考え始めたその時
『ひったくりだーッ!!』
店の中からでも聞こえる大きな悲鳴と共に、高級そうなハンドバッグを片手に掴んだスケバンらしき女子生徒がバイクに乗って颯爽と駆け抜けていった。
「ふぇっ!?」
スマホに夢中になっていたソラはびっくりして、貰ったばかりのスマホを危うく落としそうなった。空中に放り投げた、言語選択中のスマホをソラは辛うじてキャッチする。
(うわぁ...シャーレの前でもこういうの起きるんだ...)
バックを盗られたであろう哀れな住民が店の前に現れた時、カズサは複雑な表情を浮かべた。できるなら助けてあげたいが、相手がバイクでは流石にどうしようもない。だがその時
『私にお任せ下さいッ!!あんなひったくり犯、トリニティ自警団のエースたる私があっという間に捕まえてみせますッ!!!』
店の中からでも聞こえる大声と共に、ショットガンを構えたチビっ子が全速力でバイクを追いかけて行くのをカズサは捉えた。お下げ髪を激しく弾ませながら走り去っていくその姿を、カズサは人形のように首だけを動かして追う。
(アイツなんでこんなところに...!というか生身でバイクに追いつける訳無いでしょ!?)
カズサの眉間に深い皺が刻まれる。色んな意味で、放ってはおけない状況になってしまった。
「ソラごめん!私もう行くね!これお金!お釣りいらない!それと箱の中に格安SIMの案内入ってるから、良かったら参考にして!」
カズサは早口でそう言い残すと、財布から二千円を取り出してコイントレーに叩きつけ、こちらも全速力で店を後にした。一人残されたソラは、再び目を白黒させながらカズサの姿を追った。
(い、行っちゃった...さっきの女の子が来た瞬間にカズサさん顔色変えてたけど、もしかしてお友達だったのかな...)
カズサが見えなくなった時、ぼんやりとそんなことを考えながら、ソラはスマホに目を戻す。そして、その画面に映った、ミミズのような文字列に言葉を失った。
「な、ナニコレ...!?これって、アラビア文字...!?」
そう。先程放り投げたスマホをキャッチした拍子に、ソラは誤って「アラビア語」を選択してしまったのだ。当然、画面に何が書かれているのかソラにはさっぱり理解できない。
「や、やっちゃったーッ!!!」
今度は店の外にも聞こえる位大きな悲鳴が、エンジェル24に響き渡った。
そしてその日の仕事終わり。ソラは貰ったスマホを片手にリサイクルショップではなく携帯ショップに足を運んだ、同梱されていた案内にあった格安SIMを契約するのと、言語設定を初期化してもらう為に。