ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
店を出たカズサはレイサの後を追う。律儀なレイサは、ただでさえ追いつくことが不可能な追跡をしている最中にもかかわらず、道行く人々とぶつかる度に「失礼しました!」と一々声をかけていたせいで既にバイクを見失い、歩道のど真ん中で立ち尽くしていた。
「アイツ、追いつく気無かったでしょ...」
レイサが立ち止まったことでカズサも足を止めた。目標を見失ってしまった以上もうどうしようも無い。このまま話しかけても面倒な絡まれ方をされるだけなので、カズサは踵を返してバイトに向かおうとした。しかし
「...ん?あれって...」
カズサが視界の端に捉えたのは、ビルの間に設置された駐輪場。そしてその中に留められている、クラシカルなレトロバイクだった。
「もしかしてあれ、配線イジればキー無しでも動かせるってヤツ...?」
瞬間、スケバン時代の記憶が鮮明に蘇る。中学時代、一個上の先輩が言っていた。
「セキュリティが強化された今のバイクだとできないけど、構造が単純な昔のバイクは映画みたいに配線を弄って無理矢理エンジンを始動させることができる。私はそれでアンティークのレアバイクを金持ちからパクったことがある」
その話が本当かは分からなかったが、得意げなその先輩にやり方まで教わっていたことまで、はっきりと思い出せた。
「いやいや...何考えてんの、私...。いくら緊急事態だからって人のバイク盗るとかあり得ないし...」
自分がやろうとしていたことを急いで頭から振り払い、カズサは今度こそその場を離れようとした。しかしそれでも尚、自分の意識は少し先で右往左往し始めたレイサの姿に奪われていた。
「あぁもう!何やってんのさ...!」
自分自身に悪態を吐きつつも、カズサは気付いた時にはそのバイクに駆け寄り、エンジンを回すセルモーターに繋がる配線を探し始めていた。
「これはライトので、こっちはブレーキランプのはず。そしたら多分、これがセルのだ...!」
カズサは目星を付けた二本の配線を噛み切って銅線を露出させ、バッテリーから伸びる太い配線に無理やり繋いだ。バチバチッ!という派手なスパークが迸った直後、エンジンが始動すると共にマフラーから黒い煙が噴き出た。
「スゴッ、マジでかかったじゃん...」
正直成功するとは思っていなかったカズサは、自分でやったことに自分で驚いた。少なくともあの先輩の教えてくれた知識そのものは嘘ではなかったようだ。
「それじゃちょっと借りるね。持ち主の人、ホントにゴメン!!」
カズサはソラに渡したものとは別に持っていた紙袋をグリップに通すと、後輪に取り付けられた鍵に銃口を向け、発砲した。
「そこのアンタ!何してるんだ!」
帯状の鍵が弾け飛んだその時、銃声を聞きつけた住民の一人がカズサの姿を捉えた。カズサのやろうとしていることをいち早く察知したその住民は急いでスマホに手を伸ばす。しかしその間にカズサはバイクに跨り、車道に向かってアクセルを吹かした。
「おい待てッ!」
「これは緊急事態なんです!詳しい事はシャーレの先生に聞いて下さい!」
一瞬のうちに全ての責任を先生に押し付けながら、カズサは車道に躍り出た。道路の縁を走り、レイサのもとに向かう。
「レイサ乗ってッ!!」
その声に反応したレイサは辺りをキョロキョロし、そして古めかしいバイクに跨った状態でこちらに手を伸ばすカズサを発見した。
「杏山カズサ!?ど、どうして杏山カズサがここに居るんですか!?それにそのバイクは...」
「良いから早く乗りなッ!!バッグひったくったヤツ追いかけるんでしょ!?」
カズサは一度バイクから降りると、モジモジするレイサの腕を引っ張って強引に後部座席に乗せた。
「あ、あの私、バイクって初めてで...」
「私の腰に腕回してくれれば良いから!それじゃ行くよ!」
「は、はいぃ...!」
レイサを乗せたカズサは今度は車道のど真ん中に躍り出た。古いバイクの為ギアの切り替えはマニュアル方式だったが、カズサは鮮やかなシフトチェンジでバイクをどんどん加速させていった。
「さっきのバイクどっち行ったか分かる!?」
「こ、この交差点を左に曲がりました!」
「了解!そしたら体重左!」
「え...」
レイサが行先を指示した瞬間、カズサはバイクの速度を殆ど落とさず、信号が赤に切り替わるギリッギリのタイミングで交差点を左折した。股下から響くバイクのエンジン音に負けない位大きな「お、落ちちゃいますーッ!!」というレイサの悲鳴が背中を駆け巡る。
「な、何やってるんですか杏山カズサ!?今の赤信号でしたよ!?」
「言ってる場合じゃないでしょ...ってあれ!アイツがそうじゃない!?」
行く先にある道路脇の駐輪場に、見覚えのあるバイクが入っていくのにカズサは気付いた。左側のグリップには、紙袋をぶら下げている自分と同じようにあの高そうなハンドバッグが。どうやら既に追手は撒いたと油断しきっているようだ。
「よし追いついた...!そしたらバレないようにこっそりと」
「見つけましたよッ、憎きひったくり犯!!これ以上の逃走は自警団のスーパースターであるこの宇沢レイサが許しませんッ!!!」
「ちょ、このバカ...!何で名乗るのよ...!」
しかし時すでに遅し。レイサの大声で二人の存在を確かめたひったくり犯は慌ててバイクに戻り、エンジン音をかけ直そうとした。
「そうは行きませんよ!喰らえっ!スズミさんから頂いた閃光弾ですッ!!」
するとレイサはポケットから手製の閃光弾を取り出すと、口で安全ピンを抜き、ひったくり犯目掛けて放り投げた!バイクの速度が乗った閃光弾は放物線を描き、ひったくり犯の目の前......では無く、なんとひったくり犯が乗るバイクのエンジンに引っかかった。
「あ、マズい...」
レイサがぼそりと呟いた瞬間、凄まじい閃光と共に、エンジンが大爆発を起こした!それに驚いたカズサは慌ててバイクを急停止させる。しかしその直後、爆発四散したバイクの一部が二人目掛けて降って来た!
「よ、避けて下さい杏山カズサ!」
「出来るわけ無いでし―」
ガコンッガコンッ!!
『......ッ!!』
レイサはカズサに避けるよう指示したせいで、カズサはその指示に反応してしまったせいで、バイクを捨てて回避するという選択を取れなかった。降って来た残骸の強襲を頭に喰らった二人は、爆発に巻き込まれ気絶したひったくり犯の直ぐ傍で、暫くの間痛みに悶えてアスファルトの上を転がり回っていた。
「...ったく、アンタがお金出す必要なんて無かったんだよ...!?私が全部悪いのに...」
エンジンオイルで顔を黒く染めたカズサは、頭にできた大きなコブを擦りながらレイサと共にシャーレ近くの遊歩道を歩いていた。
レイサがスズミ謹製の閃光弾でバイクを爆破させてしまったことで、シャーレから先生が出てきてしまう程、周囲は一時騒然となった。ひったくり犯がヴァルキューレに連行され、現れた先生に事情を説明した後、二人は先生に深く謝罪をした。
「さっき私のところにも住民の方から『おたくの生徒さんがバイクを盗もうとしていましたよ!一体どういうことですか!?』って連絡が入ったんだ。一体どういうことかと思ったけど、こういうことだったんだね。カズサの言う通り、あとのことは私が処理しておくから二人はもう大丈夫だよ。やり方はちょっとアレだったけど、ひったくり犯の確保、お見事だったね」
温情が過ぎる先生の対応に、二人はかえって申し訳なくなった。だからといってヴァルキューレの人間でも無い自分達に後処理が出来る訳も無く、二人は結局先生に全てを託すことにした。しかし追跡に使った誰かのバイクについてだけは、配線と鍵を破壊した分の弁償代を二人で折半することを認めてもらった。
「いいえ、そうはいきません!あのバイクが無ければ私達はひったくり犯を捕らえることができませんでした!その意味では、私も杏山カズサの共犯です!だから私も修理費を出さなきゃいけません!」
「相変わらず律儀だね、アンタ。というか、今日は珍しく私に文句言わないんだ?いつものアンタなら『人のバイクを盗むなんて、やはりアナタはキャスパリーグですね!』とか言いそうなのに」
おどけた調子でそう言うと、レイサは恥ずかしそうに笑った。
「え、えぇ...。確かにその通りではあるのですが...。今言ったようにアナタが助けてくれなければひったくり犯を捕まえることもできなかったですし、それに何と言うか、バイクに乗っていた時の姿がとってもカッコよかったもので...」
珍しくしおらしくなっているレイサに、カズサは思わず笑ってしまった。
「アハハ!アンタがそんなこと言うなんてビックリ!そしたらさっきの私はただのキャスパリーグじゃなくて、正義のキャスパリーグだね!」
自分の口で「キャスパリーグ」という言葉を口にした時、カズサはふと足を止めた。
(そう言えば最近、誰かにこの名前で呼ばれてないな...)
中学時代、最強のスケバンとしていつの間にか付けられていた二つ名「キャスパリーグ」。既に黒歴史になっているこの名を今でも使ってくるのは「あれ、どうしたんです?」とこちらの顔を覗き込んでいるレイサと、同じ部活のナツくらいだ。そしてそのナツも、以前までしつこい位に擦っていたキャスパリーグイジりを最近は殆どやって来ない。
(もしかしてナツが私をからかわなくなったのって...)
そこで初めてカズサは気付いた。ナツはずっと気を遣ってくれていたのだ。うっかり口を滑らせて、大好きな先輩にカズサの過去を明かさない為に。
天真爛漫で無邪気なミカの笑顔が脳裏に過る。もし先輩が中学時代の自分を知ったら、その時先輩はどんな顔をするのだろう?
(......!!)
途端に恐ろしくなって、足がすくんだ。ミカのようなお嬢様にとってスケバンなんて、自分の身分から最も遠い存在であり、同時に軽蔑すべき対象であるに違いない。大切に想っている後輩がそんな過去を抱えていると知ったら―
「...?どうしたんですか、何か忘れ物でもしたんですか?」
急にその場に立ち尽くし、引き攣った表情を浮かべ始めたカズサを、レイサは不思議そうに眺めていた。