ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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8話 救出

シャーレのコンビニ店員。電話をかけてきた相手の正体を知り、ミカの心臓は経験したことの無い高鳴りを始めた。

 

今日のカズサの話から、電話の向こうの人間は本当にただのコンビニ店員だろう。彼女を通せば先生に助けを求められる。

 

「う、うん!カズサちゃん上の学年の人とあんまり関わりないから多分そう!それでカズサちゃんなんだけど...」

 

「カズサちゃん今大変なことになってるの!」そう言おうとして、止めた。

 

セイアの言う通り、アリウスとシャーレとの連絡に対して、相手がどれだけ細かい「網」を張っているか分からない。偶々繋がったこの通話が、今この瞬間にも聞かれている可能性だって十分有り得る。

 

彼女に事情を話した瞬間、全てが決まってしまうかも。もし自分のせいで、大切な友達の命が失われたりなんかしたら―

 

「えっと......カズサちゃんなら今日会ったから大丈夫!スマホシャーレにあるって伝えておくね!連絡ありがとう!」

 

頼みの綱を、ミカは自ら手放してしまった。

 

『そうなんですね!良かった...!そしたらスマホはお店のほうで預かっておきます。カズサさんによろしくお伝え...』

 

無邪気なその声に耐えられず、ミカはソラが喋っている途中で通話を切った。再び、溶けた鉄のように重い沈黙が流れる。

 

「...賢明な判断だ、ミカ」

 

セイアが静かに言った。当然その言葉に、いつもの皮肉は含まれていない。

 

「ねぇ、ナギちゃん...」

 

スマホをポケットに戻したミカは、顔の前で手を組み、難しい顔をしているナギサに語り掛ける。

 

「ナギちゃんに、一生のお願いってのをしても良いかな?これから言うことを受け入れてくれたら、私もう二度とナギちゃんを困らせるようなことはしない。仕事だって直ぐに終わらせるし、ナギちゃんのアドバイスも文句言わないで全部素直に受け入れる。それに、カズサちゃん達ともう一緒に居られなくなっても良い。だから...」

 

「それを全て受け入れたとして、その時のミカさんはきっと、私の知っている幼馴染の姿では無いでしょう。そんなミカさん、私は死んでも見たくありません」

 

ナギサの言葉から滲み出る炎のような憤りに、ミカ達は思わず身震いをした。

 

「ミカさん、貴女の一生のお願いなど必要ありません。貴女が私に求めようとしていたものは、これから取り得る全ての手段を尽くした上、それでも尚私達の友人を救う手段が無いと判断した時に初めて発動すべきものです。あの愚かな二人組は、私利私欲に任せてトリニティとアリウスの友好の旗印に泥を投げつけただけでなく、私達の友人を当然のように傷つけた。にもかかわらずこのまま彼女達の言いなりになるのは、このティーパーティーの長たるホストとして、いや、一人の人間として断じて認めません...!」

 

ナギサの憤りは本物だった。自身の猜疑心が祟り、多くの友人を傷つけてしまった苦い過去。その過去を清算し、壊れた友人関係も修復しつつある最中で、放課後スイーツ部の4人は自分の暗部には目もくれず、更に互いの身分の違いすら乗り越えて「お菓子作りが好き」というありのままの自分を肯定して、慕ってくれた。そんな友人達が政治的な理由で事件に巻き込まれた。その事実は、ナギサの怒髪冠を衝くには十分過ぎた。

 

「でもそんな事言ったって...!」

 

普段のお淑やかな態度を完全に捨て、冷静さをも捨てかけているナギサを窘めたようとしたミカ。その時である。

 

「お、お取込み中失礼致します!!ミカ様はいらっしゃいますか!?」

 

背後の扉が開き、ティーパーティーの制服を着た生徒が突撃して来た。

 

「貴女は後夜祭の時の...」

 

入って来たその生徒は、いい意味でその純白の制服に似合わない軽快なトークで後夜祭を盛り上げてくれたあの子だった。ライブフェス中ステージの端で一緒にはしゃいでいたから間違えようが無い。

 

「左様です!後夜祭で司会を担っていた者です!私のような存在を覚えていて下さったとは光栄の極み...!!」

 

その子はミカに対し仰々しく敬礼をすると、イライラしたナギサが口を挟むよりも早く要件を伝えた。

 

「では改めて要件を報告致します!先程封鎖中だったハイウェイに不法侵入した美食研究会5名を正義実現委員会が捕らえ、彼女達が使用していたトラックと共に本校に護送したのですが、護送中リーダーの者が『ティーパーティーのミカさんにどうしても伝えなければならないことがある。顔を合わせてくれないのなら舌を噛み切って自害する』と言って聞かないとのこと!我が校の敷地内でゲヘナのテロリストに死なれても面倒事が増えるだけであります!お忙しい中大変申し訳ないのですが、話を聞いてやっては頂けないでしょうか!?」

 

 

 

「お願いです!信じて下さい!私はこのバカなテロリスト達の仲間じゃなくて、ゲヘナの食堂で活動している給食部の人間なんです!封鎖を破ってハイウェイに入っちゃったのはこの人達に脅されて無理やり運転させられたからなんです!使ってたトラックにも給食部って書いてあったでしょう!?」

 

「そんなこと関係あるか!それに美食と給食なんて似たようなものだろう!そんな生徒の言葉なんて信用できない!」

 

「フウカさん。自分の身の可愛さに負けて仲間を売るのは、一人の人間として唾棄すべき行為ですわ」

 

「どの口が言ってんのよ!?もう良いわ!そんなに舌を失いたいなら私が包丁で斬り落としてあげる!!そうだわ!最初からそうすれば良かったのよ!!ハルナの舌さえ無ければ私もジュリと一緒に平和に料理が出来るんだから!!」

 

『静かにしていろッ!!!』

 

留置所の前で、正義実現委員会の怒号などお構い無しに喚き散らしていたのは、他でも無いフウカだった。何時ものようにハルナ達にトラックごと拉致されたフウカは、ハルナの指示で封鎖中だったトリニティ自治区内のハイウェイに無断で侵入し、そこで壮絶なカーチェイスを繰り広げた末、犬猿の仲であるトリニティに捕らえられてしまった。護送中、自分は被害者だと必死に訴え続けていたが、ゲヘナを毛嫌いする者達にそんなことを信じて貰えるはずもなく、降りかかり続ける理不尽と、これからトリニティの檻の中で過ごすという恐怖に耐えかねた哀れなフウカは半狂乱状態になってしまっていた。

 

「ど、どうしたの...!?」

 

そんな最中、ミカが現れた。ハルナが会いたがっていたのはミカだけだったが、テラスに残っていても何も始まらないと思った他の4人もミカと共に行動していた。ティーパーティーの三人を見た途端、フウカは今までの半狂乱っぷりが嘘のように、引き攣った顔でミカ達を凝視し続ける。

 

「ねぇハルナ...この人達ってトリニティの偉い人達でしょ...?もう終わりだわ、私...。私はきっとこれから暗くて冷たい牢屋の中で、二度と料理なんてできないで死んでいくのよ...」

 

手錠で後ろ手を拘束されたまま、フウカは大粒の涙を流しながら天を仰いだ。まともに夜空を見れるのも、これが最後だろう。そう言わんとするかのように。飄々としている4人と真逆の態度を見せる彼女を、ミカ達は引き気味に見つめる。

 

「は、ハルナちゃん...?この子もハルナちゃんのお友達なの?」

 

「うふふ。フウカさんは私達美食研究会とは切っても切れない関係。友人という言葉だけではとても語り切れない存在ですわ」

 

「そ、そうなんだ...」

 

「とてもそうは見えないんだけど...」と言いたいところをグッと堪え、ミカは本題に入った。

 

「それでハルナちゃん。私に伝えたいことって何?」

 

そう尋ねられた瞬間、ハルナの顔から柔らかな笑みが消えた。

 

「はい。それこそが、私達がハイウェイの封鎖を破ってまで伝えたかったことです。実は私達、つい先程までアリウスの自治区内で、張り巡らされたカタコンベの何処かに眠っているという岩塩を探していたのです。悠久の時が生んだ、ミネラル豊富な岩塩。それを求め、未だに復興の手がかかっていない荒廃した自治区内を放浪していた時、偶然古い教会の前に停まる黒いワゴン車を発見したのです。不審に思いそれを観察していると、そのワゴン車からはあのパン屋で働く生徒さん達が、拘束された状態で教会の中に入って行きました。ただ事ではないと思った私達はパン屋の関係者であるミカさんにこの事実をお伝えしたく、ここまでやって来た次第なのです」

 

 

 

ミカ達に稲妻が走った。

 

 

 

「その教会の名前分かる!!??」

 

「どうやら私の予感は間違っていなかったようですね」と、ハルナの表情に笑みが戻った。

 

「教会の名は『カテドラル・フィーリ』。先程から教会と表現していますが、カテドラルの名の通り、その実態はかなりの規模の大聖堂ですわ」

 

その名に、ナギサとセイアは目を見開いた。

 

「カテドラル・フィーリ...!ナギサ、確か譲渡された土地の中にそんな名の聖堂があったはずだ...!」

 

「えぇ...!私も覚えがあります...!」

 

ミカ、ナギサ、セイアは顔を同時に見合わせた。思いもよらない存在が、眩い希望の光をもたらしてくれた。怒りに満ちていたナギサの顔に、安堵の色が現れる。

 

「ハルナさん。情報提供に心からの感謝を申し上げます」

 

ナギサはハルナ達に歩み寄ると、深々と頭を下げた。

 

「ナギサ様...!」

 

「おっとハスミ先輩...!こればっかりは私達が出る幕じゃないっす!」

 

反射的に身体が動いたハスミを、イチカが急いで止めた。学校のトップがテロリストに首を垂れる。その光景に絶句する正義実現委員会達に見守られながら、ナギサは実に数十秒間、頭を下げたまま微動だにしなかった。

 

「頭を上げて下さい。私達はただ、まだ払っていないものを払いに来たですわ」

 

「と、言いますと?」

 

するとハルナはナギサの後ろに立つミカに対し、小さくウインクをした。

 

「ミカさん。以前頂いた南瓜とニシンのパイ。あれの報酬がまだでしたね?今回のこの情報がその代金の代わり、というのは如何ですか?」

 

「......!ほ、ホントにそれでいいの...!?」

 

「勿論です。それに、私達は未だにあのシナモンロールの出来立てを食していません。故に彼女達を失いたくない気持ちは私達も一緒ですわ」

 

その提案から少しの間の後、ミカは涙目になりながら力強く頷いた。

 

「...うん!ありがとう、ハルナちゃん...!」

 

ハルナに礼を告げたミカはナギサに歩み寄り、何かを耳打ちした。それを聞いたナギサもまた、力強く頷く。

 

「正義実現委員会に命じます。この者達は只今をもって釈放とします。没収したトラックも返却しなさい」

 

「本当ですか!!??」

 

それに最も強く反応したのは当然フウカだった。フウカに続きジュンコ、イズミ、アカリも

 

「良かった!やっぱり良い事をした後は気持ちが良いわね!」

 

「うんうん!私達正義の味方みたい!」

 

「やはりティーパーティーのトップともなると素晴らしい物分かりですね~」

 

と、安堵の息を漏らす。

 

「続いて、ハスミさん、イチカさん」

 

二度目のテロリスト達の釈放に同様を隠せない二人に、ナギサは二つ目の指示を出す。

 

「私達はこれからテラスに戻り、カテドラル・フィーリの位置を正確に割り出します。その間に貴女達はジープを用意して下さい。今回譲渡された自治区へはハイウェイを使っても4時間以上、敵の目を避けて近づく関係で目的地に到着するにはそれ以上の時間がかかるでしょう。時間の猶予は依然としてありません。救出はジープの運転手を除き、イチカさん、ハスミさん、ミカさん、そしてレイサさんの4人に一任します」

 

「わわわ私ですか...!!?」

 

ここまで完全に蚊帳の外だったレイサは突然救出メンバーに抜擢され、その場で小さく跳び上がった。

 

「で、ででも私、正義実現委員会なんかよりもずっと弱いですし...」

 

「問題はありません。今回のメインオブジェクティブはあくまで救出。戦闘は最小限に抑えるのがマストになりますし、その場合には私達が武器を持ちますので」

 

「そうっすね。向こうの戦力が未知数なのがネックっすけど、少なくともオートマタ程度なら私達だけでも何とかなる筈っす」

 

早速闘志を剥き出しにするハスミとイチカ。そんな二人を見て更に小さくなってしまったレイサの肩に、ミカの手が徐に置かれた。

 

「ミカ様...?」

 

「レイサちゃん、私も一緒だから大丈夫だよ。一緒にカズサちゃん達を助けに行こう」

 

レイサは吸い込まれるように、ミカの黄色い瞳をじっと見つめる。本来なら自分なんかが気軽に会える訳が無い雲の上の存在。でも不思議とその目は、「この人と一緒にいれば大丈夫」という安心感を与えてくれた。この目を見ていると、カズサが彼女を心から慕っているのも、何となく分かる気がする。

 

「...はい!よろしくお願いします!!」

 

レイサの元気な返事を受け、ミカは優しく微笑んだ。

 

「それではミカ様、レイサさん。私達はこれから車両を用意して来ます。戦闘の準備は10分以内に済ませ、準備が終わり次第ここに再集合して下さい」

 

「はいっ!!私はもう準備万端です!!このショットガンと、スズミさんから頂いた閃光弾以外の装備は不要ですから!!」

 

早くもいつもの調子を取り戻したレイサは、腰にぶら下げた閃光弾をこれでもかと見せつけた。

 

「頼りにしてるよレイサちゃん!!私も自分の銃取って来るね!」

 

ミカはそう言って自分の部屋へと向かおうとする。その時

 

「待って下さい、ミカさん」

 

ナギサに呼び止められ、足を止める。

 

「ミカさん。私達の友達を、どうかお願いします」

 

「ミカ。先程の言葉を訂正させて欲しい。彼女達は君だけでなく、私にとってもかけがえのない友人だ。君と、彼女達の笑顔を朝日と共に拝めることを、心から信じている」

 

二人の友人から託されたものを確かめるかのように、ミカは自分の胸に手を当てて頷いた。

 

「...うん。任せて」

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