ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
頭がぼぅっとする。ガスの刺激を受けたせいで、眠くも無いのに瞼が重い。誘拐されてからどれだけの時間が経ったんだろう。銃は勿論、スマホも没収されているから時間を確かめることもできない。ここに連れてこられてからずっと座らされっぱなしだから、お尻が凄く痛い。
周りは打ちっ放しの石の壁と床。そのせいで身体の熱がどんどん奪われていく。カズサ達はちいさく震えながら、おしくらまんじゅうのように身体を寄せ合っていた。
(カズサちゃん、手首大丈夫...?)
結束バンドで両手を拘束されたまま、アイリは同じように縛られているカズサの手首を小突いた。拉致される時に銃を蹴り飛ばされたせいで、カズサの右手首は長い間ズキズキと痛んでいた。気温が低いのが災いして、痛みが引く気配も無い。
(うん大丈夫)
それでもカズサは強がって笑ってみせた。
(皆大丈夫だよ。先輩達が私達を見捨てる訳が無い。絶対に助けに来て......)
『そこ、喋るな』
会話を聞いたオートマタが、カズサの頭に銃口を押し付ける。
「撃てるものなら撃ってみなよ!大事な人質にそんなこと出来るわけ無いでしょ!?」
カズサは全く怯まず、銃口の先にある無機質な機械の顔を睨みつけた。
さっきあいつらが話していたアリウスがどうとか、管理権がどうとかいう話。政治に無頓着なカズサ達はその内容の半分も理解していなかったけれど、それでもあの二人組の態度から、分かったことが一つだけある。
それは「多分あの二人は、自分達とティーパーティーの関係を知らずに誘拐に臨んだ」、ということ。見るからに性悪そうな二人のことだ、もし知っていたとするなら、ミカ達に対してもっと強い煽りや侮辱の言葉を使っている筈。
それに詐欺のことも、ミカが辞めた後におばあちゃんから直接聞いている。だから人質として自分達を狙った理由は、さっき先輩達に話した以上のものは無いと見ていい筈だ。
自分達の関係を、絶対に悟られてはならない。だから先程の通話の際にも、4人は助けを求めたいのを必死に堪え、ただカメラをじっと見つめるに留めた。先輩達が自分達を見捨てる訳が無い、そう願って。
「そうでも無いぞ?人質は4人もいるんだ。反抗的な者が一人減ったとして、さして問題は無い」
そのやり取りを聞いていた二人組が歩み寄って来た。二人はオートマタを後ろに下がらせると、その場にしゃがみ込んでカズサの顔を覗き込んだ。
「今更だが久しぶりだな、キャスパリーグ。自由を奪われ、私達の"だし"に使われる気分はどうだ?」
その言葉にカズサは更に眉をひそめた。
「なに?私、あんた達と会ったことあるの?」
二人はにやりと笑った。
「覚えていなくても無理はない。お前ほどのスケバンが、ケンカで倒した人間なんて一々覚えている訳が無い。だが......」
二人は立ち上がると、今度はカズサだけでなくスイーツ部全員を見下ろした。
「そんなキャスパリーグも、随分と牙が抜けたな?不良を捨て、ごく普通の友人を作り、パン屋でアルバイトをする。聞いた話では、お前達の考えたパンのお陰で、あの店はかなり繁盛しているらしいじゃないか?」
「その通りだよ。お二人もこのあと食べてみたらどうかな?きっと幸せな気持ちでいっぱいになって...」
『黙れ』
「う...」
カズサと同じように銃を突き付けられ、ナツは慌てて口を噤む。それを見て、カズサはギリギリと歯ぎしりをした。
「あんた達、絶対に許さない...!」
二人は嘲るような笑い声を上げた。
「今のお前に一体何ができる!?それと一応言っておくが、トリニティの連中が時間内にお前達を見つけ出すのは不可能だ。ここはトリニティの校舎から車で4時間以上かかるアリウスの自治区。それにまさか、大聖堂の地下室を隠れ家にしているとは夢にも思うまい。分かったら大人しくしてろ。今のお前など、恐れる必要すら無い」
「......!!」
残念ながら、その通りだった。自分達がいるのは、崩落しかけた大聖堂の地下に作られた狭い部屋。こんな場所を、アリウスやシャーレの協力なしに探し当てるなど不可能に近い。
「らしくない顔をしているぞ、キャスパリーグ?」
悔しそうに下を向くカズサを、二人は愉快そうに見下ろす。
「まぁ、そう悲観するな。私達がこれから成そうとしていることは何も、ただ学校の利権を手に入れる為だけじゃない。お前達の知るように、今のトリニティは腐敗しきっている。何もかも、現行のティーパーティーのせいでな。私達はその歪をこれから修正してやろうというのだ」
ティーパーティー。その名に、カズサだけでなく他の3人も思わず顔を上げた。
「エデン条約にまつわる数多の不祥事。根っからの隠ぺい気質。そして何より、腕っぷしだけの能無しで、周囲を顧みることなく、ひたすらに争いの火種をまき散らすティーパーティーの魔女。奴らが蔓延り続ける限り、トリニティに未来は...」
「黙れ」
凄まじい圧力を帯びたその声に、二人は反射的に口を噤む。いつの間にか、カズサが立ち上がっていた。その両目に、凄まじい怒りの炎を猛らせて。
「今の、何?ティーパーティーが、何だって?それに、魔女って誰?なんであんた達に、あの人達をバカにする権利があるわけ?」
言葉を紡ぐごとに、圧力が増していく。
許せなかった。だから、身体が勝手に動いていた。こんな低俗な連中に大好きな先輩達を侮辱されたことが、ひたすらに許せなかった。
「お、お前...本当に知らないのか...?」
その怒気に圧倒されると同時に、二人はあのキャスパリーグがティーパーティーを侮辱されたことで憤っているという事実に驚いた。
「......」
カズサは何も言わず、こちらに向いた銃口達に一切怯まず、二人を睨み続ける。目は口程に物を言うという諺の通り、その睨みは二人に「そうだけど、だから何?」という言葉をしっかりと伝えていた。
二人は少しの間、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で互いに見つめ合っていた。しかし
『アッハッハッハ!!』
突然、二つの笑い声が小さな地下室に木霊する。変わらず立ち尽くすカズサに対し、二人は暫くの間、下品な笑い声を響かせていた。
「なるほどな...!どうやら本当に知らないみたいだ...!安心したよ、キャスパリーグ!お前はやっぱり、本質的なところは中学生の時から何一つ変わっていない。所詮お前は、自分の求めるがままに行動し、全体を見通すことができない未熟なガキだ。そんなお前にとってティーパーティーという存在は、自分の通う学校を支えてくれる有り難い人達の集まりとしか映らないだろうからな」
その言葉に、カズサの炎が僅かに揺らいだ。それを逃さず、もう一人が畳みかける。
「幸いタイムリミットまで時間はたっぷりある。少々、お勉強の時間と行こうか」
すると一人が、先程ミカ達との通話に用いていたタブレットを手に取り、少しの間画面を操作した後、その画面をカズサに見せつけた。
「これがお前の知らない、ティーパーティーの本当の顔。そして、魔女という女の姿だ」
「......!」
エデン条約締結、失敗に終わる
ゲヘナとトリニティの友好と和平。歴史的に重要な意味を持つその条約の締結を阻止したのは、ティーパーティーにおけるパテル一派の長、聖園ミカだった。ティーパーティーの中でも強硬派、そして何より、反ゲヘナの色が最も強いパテル派の長であった聖園ミカは締結が着実に進む裏で暗躍。古来から我が校に対し強い憎悪の感情を向けるアリウス分校と共同し、ティーパーティーのホストを奪おうと画策していた。シャーレの介入もあり計画自体は失敗に終わったが、アリウス側が用意した巡航ミサイルが締結の会場であった我が校を破壊したこともあり、エデン条約の締結が果たされることは遂に無かった。この一連の出来事が明るみに出たことでパテル一派の権威と信頼は地に落ち、それを強く恨んだ者達の一部は、聖園ミカのことを「魔女」という蔑称で呼称するようになった。
二人が見せて来たのは、学校のホームページから引用された、「エデン条約について」という記事だった。タイトルの上にはトリニティの校章とティーパーティーのロゴマーク。この並びは、以前貰った封筒と同じように、学校が独自で発行している正式の記事であるという証拠だった。
「聖園ミカの存在はお前でも知っているだろう。魔女、というのはこの一連の事件を通じて奴に付けられた名だ。あの女は己の私利私欲の為に敵対する勢力と共謀し、自分の友人をティーパーティーの座から引きずり下ろそうとした。馬鹿で半端な女め、ここまでやってのける気概がありながら、友人を殺せるだけの覚悟は持ち合わせていなかった。だが私達はこうはいかない...。管理権の情報を流してブラックマーケットから得たこの戦力を使い、私達は必ず革命を起こしてみせる...!」
二人の声は、カズサの耳には全く届いていなかった。
(これが、先輩の過去......)
記事と共に添付されている写真に、カズサは釘付けになっていた。破壊された校舎。扉と窓に鉄格子がはめられた部屋の中に座るミカ。裁判にかけられている最中のミカ。そこには心から尊敬する、大好きな先輩が犯罪者として扱われている姿が、ありありと映し出されていた。
「カズサちゃんっ!!」
『カズサッ!!』
呆然とした顔で膝から崩れ落ちたカズサに、三人は慌てて声をかける。しかしカズサは俯いたまま、何も言わない。
「ふむ、妙だな。キャスパリーグ、どうしてそんな顔をする?」
(や、ヤバい...!)
三人は息を飲む。思わぬところから綻びが現れてしまった。カズサとミカの関係を知らない彼女達からすれば、知られざる先輩の過去を知り愕然としている今のカズサの反応は異常なものだ。
「おい、答えろ。キャスパリーグ、何故魔女の存在を知って、そこまで動揺をする...?」
俯いたカズサの顎に手が伸びる。このままでは、非常に不味い。だが、その時。
「......ヤバすぎ」
カズサの口から漏れたのは、その言葉と、不敵な笑いだった。
「...ククッ!...フッ、フフッ!!」
必死に笑いを堪えていたカズサだったが、遂に耐え切れなくなり、人目も憚らず大声で笑いだした。
「アッハッハッハ!!先輩ヤバすぎでしょ!その記事ってつまり、ナギサ先輩達のやってることが気に入らないからってちょっかいかけたら、協力してくれた人達がミサイルとか持ち出したせいで大変なことになったってことでしょ!?ヤバすぎ!!」
ゲラゲラ笑い続けるカズサ。常軌を逸したその行動に、二人組は勿論、スイーツ部の三人でさえ顔を引き攣らせていた。
「だ、大丈夫...!?カズサ、ショックで頭おかしくなったんじゃ...」
「だ、大丈夫...!私は正気...!今度は絶対に正気...!」
その発言通り、カズサは一度大きく息を吸うと、直ぐに笑いを止める。そして、再び二人組を真っすぐに見据えた。
「そっか、教えてくれてありがとね。先輩にもそんな過去があったんだ。知れて、良かった」
「な、何だと...?それに今先輩と...」
「黙って聞いてろ」
『ひッ......!』
圧力を取り戻したカズサの声に、二人は小さな悲鳴を上げた。どうやらどれだけ粋がっていようと、かつてケンカでボコボコにされた記憶からは逃れられないようだ。
「色々言いたいことはあるけど、とりあえず一つだけ言わせて。あんた達に、ミカ先輩の何が分かるの?この記事を見て、あんた達は先輩のことを最低の人間だと思ったかもしれない。自分のことしか考えていない、それこそ私みたいな、自己中な人だと思ったかもしれない。だけどね、少なくとも今の先輩はそんな人間じゃない。ミカ先輩は、優しくて、頼りがいがあって、私達のことをいつでも大切に想ってくれてる、世界一カッコ良くてカワイイ先輩だから!」
カズサは再び立ち上がった。再び、瞳に強い光を灯して。
「この記事のことを経験して、ミカ先輩がどんなことを思ったとか、そもそもどうしてこんなことしようと思ったのか、そんなことは私には分からない。でも、これだけは分かる。今のミカ先輩はもうとっくに前を向いてる!そうじゃなかったら、私達の為にあんなこと絶対にしない!!」
ハルナ達の前で堂々と爆弾を抱えたあの姿が、ありありと蘇る。ゲヘナのことを心底嫌っているのなら、そしてその気持ちが今でも最優先されていたのなら、あんな行為には決して至らないはずだ。
「もう一度、ハッキリ言ってやる!あんた達に、ミカ先輩の何が分かるって言うのよ!?自分の為に人を平気で傷つけて苦しめて、それなのに当たり前みたいに笑っていられるあんた達が先輩をバカにするとか、どっちがバカな女だよ!!」
オートマタ達の銃口が迫る。しかしカズサは依然として怯まない。
「これから先輩のことをバカにする奴がいたら、私がボコボコにしてやる!先輩が苦しくて辛い思いをしているのなら、私が死ぬ気で支えてやる!それが、先輩にできるせめてもの恩返し。今の私はもうただのキャスパリーグじゃない!魔女に仕える、最強の
熱いものが頬を伝うのが分かった。いつの間にか、涙を流していたようだ。
「...キャスパリーグ」
啖呵を切ったカズサの額に、拳銃が強く押し当てられる。
「お前。さては聖園ミカと何か関わりがあるな?でなかったら、今のようなことを口走るはずが無い。言え、お前は聖園ミカと、どんな関係だ?」
もう後戻りは出来ない。ここまで来たら、正直に言う他無かった。
(ごめん、皆...)
心の中で謝罪をした後、カズサはゆっくりと口を開く。だがその時
「閃光弾ッ!!!」
部屋の中央に突然、円柱形の閃光弾が投げ込まれた。そして次の瞬間
『......!!』
凄まじい爆音に、聴覚が一瞬の内に失われる。しかし閃光弾の存在にいち早く気付き目を瞑ったお陰で、視覚までが奪われることは無かった。
ぼやけた白い世界の中で、正義実現委員会の二人がオートマタ達と戦っているのが見えた。怒涛の銃撃の前に、閃光弾で動きを封じられたオートマタ達が次々と破壊されていく。
更に自分の目の前では、今の今まで銃を突き付けていた不良が悶絶しているのが見えた。反撃するなら、今しかない。
カズサは拳銃が握られたままの手首に狙いを付けると、力強く嚙みついた!そのまま歯を立て、食らいつこうとする。しかし長時間の拘束で体力が奪われていたこともあり、直ぐに振りほどかれてしまった。
「この程度か、最強のキャスパリーグ...!」
カズサは振りほどいた不良は、視覚を奪われているにもかかわらず床に叩きつけられたカズサに正確に銃を向けた。
(撃たれる...!)
ギュっと目を瞑り、銃撃に備える。だが
「私の後輩から離れて」
耳が機能していないのに、その声だけはハッキリと聞き取れた。
恐る恐る目を開けると、そこには自分の銃を片手で構えるミカと、その足元に倒れる不良の姿があった。
「ミカ先輩ッ!!!」
細い煙を吹く銃が下ろされた直後、緊張の糸が一気に切れたカズサはミカに跳び付いた。やっぱり、助けに来てくれた。先輩が、自分を見捨てる訳が無いんだから。
「カズサちゃん、無事で良かった...」
「ミカ先輩...!ミカ先輩ッ...!!」
耳がまだ麻痺しているカズサは、ミカの声を無視し、胸に顔を埋めたまま涙声でミカの名前を呼び続ける。そのせいで、さっきのカズサの言葉を聞いていたミカの頬にもまた細い涙の跡があったことに、カズサが気付くことは無かった。