ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「皆さん大丈夫でしたか!?今、拘束解きますね!!」
「ちょ...!アンタがナイフ持ってると怖いんだけど...!」
ハスミとイチカが制圧を完了した後、閃光弾の衝撃から回復した放課後スイーツ部はレイサに結束バンドを切ってもらっていた。数時間ぶりに自由になった両手はしかし、寒さと長時間の拘束のせいで強張り、上手く動かすことが出来なかった。
「どうしよう...これじゃ銃もまともに持てない...」
自分達の武器はワゴン車に乗せられた際、オートマタ達によってその場に放置。奴らの武器を奪って使おうにも、両手がこの状態では引き金を引く事すらおぼつかない。既に戦う気満々だった4人はその事実に力無く肩を落とした。
「心配には及びませんよ。戦闘は全て、私達にお任せください」
人差し指で愛銃のチャンバーチェックを行いながら、すました顔でハスミが告げる。
「全員無事でいてくれた。それだけで十分過ぎる頑張りっす。後は大船に乗ったつもりで、私達に任せて下さいっすね。ま、脱出に使うのは船じゃなくて車っすけど」
冗談も交えてその場を和ませようとしたイチカだったが、その顔には先程の戦闘で浮き出た闘志がくっきりと張り付いていた。そんな自分をやや引いた目で見る4人に、イチカは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「あー...ごめんなさい。私今、怖い顔してるっすよね...。護衛対象にこんなこと言うのは変っすけど、これは私の悪い癖みたいなものなんで、気にしないでくれると有り難いっす」
『は、はい...』
返事を受けたイチカは軽く会釈をすると、背後で倒れている二体のオートマタが装備していた短機関銃とその弾倉を手に取った。
「一応、借りておくっすかね...」
意味深長な言葉を呟いた後、イチカはそれらを腰のベルトに引っ掛けた。
「さ!こんなとこに長居は無用っす!ミカ様、レイサさん。車までは私達が前に立つので、スイーツ部の皆さんの後衛をよろしくお願いするっす!」
「了解!」
「はい!お任せください!!」
指示通り、ミカとレイサは4人の後ろに付く。そしてミカとレイサ、ハスミとイチカで4人を挟み込む形で、一同は石造りの階段を駆け登って行った。
「...ストップ!」
広大な礼拝堂の暗い天井が見えて来た時、先頭を進んでいたイチカが待ったをかけた。イチカ達の背を追っていたカズサは何事だろうと首を伸ばす―
「...ッ!ヤバッ...!」
頬を掠めた銃弾に驚いたカズサは、危うく真後ろにひっくり返りそうになった。こちらに迫るカズサの背中を慌てて支えてくれたミカ達のお陰で、何とか体勢を整える。しかしホッとしたのも束の間、今度は凄まじい弾丸の雨がカズサ達を襲った!礼拝堂の反響のせいで、銃声だけで頭が割れそうだ。
「あちゃ...どうやらバレたみたいっすね」
「オートマタに発信機の類が取り付けられていたのでしょうか?いずれにせよ、面倒な状況です」
イチカ達は石段に身体をべたりと寝かせ、射線を限界まで遮った状態で礼拝堂の様子を探った。こちらに銃撃を加えるオートマタの総数はざっと見積もって15体程。更に数の利に甘んじることなく、いずれも礼拝用に備え付けられた長椅子や柱の影に身を隠し、互いのリロードの合間を補うようにして絶え間なく弾丸を飛ばして来る。
「確かに面倒っす。数は向こうが圧倒的に有利。それでいて、ブラックマーケットのオートマタにしては連携も中々っす。 “普通に”戦ったんじゃ、こっちに勝ち目は無いっすね」
するとイチカは自分のライフルを背中に背負い、ついさっき拝借した二丁の短機関銃を両手に構えた。その言動と、再び燃え上がり始めたその闘志に、ハスミは不敵な笑みを浮かべる。
「先程それを持ち出したのは、この事態を想定してのことですか?」
「ま、そんなとこっす。まさかこんなに早く実戦で使う事になるとは思ってなかったっすけどね」
イチカは歯を見せて笑った。それと同時に、細めた瞼の奥にいつも潜めている両の瞳が、崩れた天井から差し込む月光を映す。
「ハスミ先輩、援護をお願いします。無理に当てる必要は無いっすよ?私が全員倒すので」
「それではお言葉に甘えて...というのは狙撃手としてのプライドが許しませんよ、イチカ?けれどそれはそれとして。本日の合同訓練の成果、特等席で拝ませて頂きます」
「それじゃ、瞬き厳禁っすよ?」
瞬間、イチカは機関銃を乱射しながら礼拝堂に躍り出た!!間髪入れず撃ち込んだハスミの弾丸がオートマタの一体に風穴を開けたこともあり、連携に一瞬の綻びが生まれる。その隙を逃さず、イチカは一番手前に置かれた長椅子に身を隠した。
(これで射撃は分散する...!)
その予想通り、敵の銃撃がある程度イチカに移った。弾倉を新しいものに変え、イチカは機を待つ。
(今!)
こちらに飛来する弾丸の数が僅かに減った。二体以上のオートマタが同じタイミングでリロードに入ったようだ。イチカは長椅子から躍り出て、再び機関銃を乱れ撃ちながら、一番近くの柱に身を隠していたオートマタの懐に一瞬の内に飛び込んだ。
『な...!』
言葉らしい言葉を発する隙すら与えられず、そのオートマタは顔面に機関銃の接射を浴び、瞬く間に再起不能となった。左手の機関銃を投げ捨てたイチカは背中から倒れ込むオートマタの身体をその左手で引き寄せ、即席の盾とした。
「次!」
オートマタの身体を盾にして、イチカはハスミ達の潜む地下室の入り口を狙うオートマタに突撃した。イチカの存在に気付いたオートマタが、持っていたポンプアクション式のショットガンの銃口をこちらに向ける。放たれた散弾はしかし、仲間の亡骸によって防がれる。敵が次の弾丸を薬室に送り込むよりも早く、イチカはオートマタの身体を放し、右手に保持していた機関銃の残弾全てを撃ち込んだ。全身をハチの巣にされたオートマタはまたしても再起不能に。
二丁目の機関銃を捨て、オートマタの手から滑り落ちたショットガンを器用に蹴り上げて手に取ると、イチカは近くの柱に転がり込み、その近くでおたおたしていたオートマタの頭を容赦なく吹き飛ばした。
『貴様ッ!』
ハンドルを引き空薬莢を捨てた瞬間、いつの間にか近づいていたオートマタが、手にしている小銃をバットのように振り放って来た。しかし
「やっぱり所詮は、ブラックマーケットの粗製品っすね」
イチカは素早くしゃがみこんでその一撃を容易く躱すと同時に、ハンドルを押し戻して薬室に弾を送り込み、今度はオートマタの足を吹き飛ばした。
「2点目っすよ、ハスミ先輩!!」
イチカはそう叫び、片足を失い体勢を崩したオートマタを柱の影から突き飛ばした。瞬間、ハスミの容赦ない狙撃が、オートマタの頭を胴体から綺麗に分断する。頭部を貫いた弾丸は更に、その背後にいたオートマタの構える小銃をも捉え、銃身を真っ二つにへし折った。
「ナイスアシストッ!」
銃を失ったオートマタがこちらに突進して来る。せめてもの悪あがき、ということだろう。しかし、そんな愚直な攻撃が、今のイチカに通用する筈も無かった。イチカはオートマタが自分の間合いに跳び込んだその瞬間に相手の脇腹をすり抜け、猫のようなしなやかさでオートマタの背後に立った。捕らえるべき対象を失い無様に倒れ込んだオートマタの後頭部に、ショットガンの銃口が押し付けられる。
「これで私は4点目ッ!」
そこから先は、あっという間だった。アリウスから伝授されたCQB。一対多の状況でこそ輝く、極めて実践的なその近接戦闘術を、イチカは既に体に染み込ませ、我が物としていた。オートマタ達が次々となぎ倒されていく様を、カズサ達は呆気に取られながら見守る。
「あれが正義実現委員会の力、なのですね...」
「う、うん...。私達、あんな強い人がいる組織相手に喧嘩売ったんだ...」
ハスミの肩越しにイチカの暴れっぷりを見ていたレイサとカズサ。レイサが自警団のメンバーとは一線を画す強さに驚愕する一方で、カズサはレイサとは違ったベクトルで、学校の治安維持の最前線に立つ正義実現委員会の実力を噛み締めていた。
奪ったショットガンの最後の弾丸が機械の腹に大穴を開けた時点で、残るオートマタは既に一体だけになっていた。こちらに迫るイチカに小銃を向けるオートマタ。対するイチカはショットガンを捨てると、相手が引き金を引くよりも早く、向けられた銃の先を勢いよく蹴り上げた。その衝撃に負け、オートマタは胴体を晒し上げる。その隙を逃さず、イチカはがら空きになったオートマタの胴体に跳びかかり、そのまま馬乗りになった。背中から床に叩きつけられたオートマタに、今度はイチカの小銃が迫る。
「これも全部、あんたらがミカ様達の笑顔を奪ったからっす。悪く思わないで下さいっすね?」
放たれた一発の弾丸で、最後のオートマタは動かなくなった。イチカはゆっくりと立ち上がり、大きく息を吐いた。
(これでやっと“らしい”ことができたっす...。何時までも誰かに振り回されるのはゴメンっすからね...)
ゲヘナきってのテロリストに協力させられたり、そのテロリストの仲間に力負けしてしまったり。同じく悪名高い別のテロリストにバカンスの予定を狂わされたり。挙句ミカの為とは言え、因縁のテロリストに頭を下げることになったり。
他所の問題児達に振り回されることが多かったイチカにとって今の戦闘は、正義実現委員会としての力を正しく真っすぐ行使できた貴重な機会だった。自分の力で、大事な人達を守り抜いた。安全を確認し、ミカ達が石段から姿を現すまで、イチカはその実感を静かに噛み締めていた。