ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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7話 ピンクの髪の先輩

 

打ち上げが終わり他のメンバーと別れたカズサは、アイリに共有してもらった情報を頼りに件のパン屋に向かった。汗を拭いながら、カズサは三角屋根がぽつんと建つ丘の上に辿り着く。

 

「へぇ、良い景色......」

 

先程まで自分がいたストリートマーケットと、その先に広がるビーチ。オレンジ色の屋根が並ぶ街並みとビーチの先の海面とが、午後の陽の光に照らされてキラキラと輝いている。ちょっとした絵葉書にできそうな、綺麗な景色だった。

 

いざ辿り着いたはいいものの、「バイトの面接に来ました!」と言って堂々と店に入るだけの勇気がまだ無かったカズサは、決意が固まるまで景色を楽しみながらその辺をぶらぶらしていた。幸い、お店に出入りするような人は全くいなかった為、怪しまれることも無かった。

 

店の前を行ったり来たりしている内に、カズサは一人で店番をしている少女のことが気になりだした。

 

(綺麗な人......)

 

歳は自分より二つくらい上だろうか。ベージュ色のキャップを被り、黒いエプロンを身に着けているその人は、お客さんが来なくて暇なのか、レジカウンターの上で頬杖をついて自分の爪を眺めたり、時にはレジから出て、並べられているテーブルの上を布巾で拭いたりしていた。後ろで一纏めにした淡いピンクの長髪、背中から生えた白い羽、つまらなそうな表情までもが、気品に満ちていた。何だか、お姫様がその身分を隠して働いているみたいな、そんな雰囲気だった。

 

テーブルを拭いていた少女が不意に顔を上げた。目が合うかと思って思わず身構えたカズサだったが、幸い少女は店の外には目もくれず、何かを口走りながらパタパタと足早に店の奥へと消えて行った。誰かに呼ばれたのだろうか。

 

店員が誰もいなくなったことでようやく店に入る気になったカズサは、意を決してドアを押した。カランカラン、と、小洒落たドアベルが来店を告げる。しかし、奥から誰かが出て来る気配は無い。

 

「あの...!すいません...!」

 

レジの前に立ったカズサは、高鳴る心臓の鼓動を抑え、できるだけ大きな声で呼んでみた。しかし、反応は無い。

 

「すいませんッ...!バイト募集してるって聞いて来たんですけどッ...!」

 

再度声を出すカズサ。今度はもう少し大きな声で。だが、依然として応答が無い。

 

「え、何...?商売っ気なさすぎでしょ......」

 

早くも面倒くさくなってきたカズサは、呆れたように溜め息を吐いた後、カウンターにもたれかかってぼんやりと店内を眺めた。

 

「お店はお洒落なんだよね......パンも美味しそうだし......」

 

床や天井はチーク材と思われる暗めの板張りで構成されており、椅子やテーブルも全て木製。レトロモダン、というにはかなりレトロに寄せたインテリアは、その分非常に落ち着いた雰囲気で、だからこそ、並べられたパンや、窓から見える一面の海と空がより一層映えて見えた。

 

「......ん?」

 

不意に微かな物音が聞こえた。耳を澄ませてみると、どうやら店の中ではなく、外から流れて来ているようだ。ガチャガチャと何かを動かす音と、人の声が聞こえて来る。

 

「お店の裏かな......?」

 

店を出たカズサは、そのまま裏手に回った。どうやら店には裏庭があったようで、整えられた芝生の上には白いガーデンテーブルとガーデンチェアが複数置かれていた。そしてその奥、ちょうど庭の角辺りに生えた木の下で、脚立に乗った先程の少女が、スズメの姿をした老婦人に見守られながら、何かを採っていた。

 

「おばあちゃん、これはどう?」

 

少女は枝に沢山生った丸いオレンジのような柑橘の一つを指さした。

 

「良い感じです。それなら十分に甘いと思いますよ」

 

「分かった!じゃあ採るね!」

 

少女はそのまま実を枝から外し、もう片方の手に抱えた籠に放り込んだ。

 

(おばあちゃんと、お孫さんなのかな?)

 

カズサが直感でそう思ってしまうほど、二人の会話と雰囲気はとてもアットホームだった。

 

「沢山採れたよ!これ全部、ドライフルーツにするの?」

 

「はい。流石に八百屋やスーパーに並んでいるような物ほど甘くはないので、乾燥させてパンの彩りにするんです」

 

「ふ~ん。そのまま食べても美味しそうだけど...」

 

少女はそう言って、自分の身長よりもずっと大きい脚立を手早く畳むと、片手で軽々と持ち上げる。そこで初めて少女は自分達の背後でこちらを見つめる存在に気付いた。

 

「あ」

 

少女と目が合ったカズサは、気まずそうに首だけを動かして会釈をした。

 

「ごめんなさい!直ぐにお店戻ります!」

 

「あ、いや、その......」

 

バイトのことを言い淀んでしまったこともあり、ミカはカズサのことを速攻でお客さんと判断し、オレンジの籠と脚立を抱えたまま全速力で店へと駆け戻ってしまった。

 

「......え、凄」

 

先程の上品な雰囲気とは真逆のパワフルな言動に、カズサは呆気に取られながらも入り口に戻って行った。

 

 

 

(どうしよう......私、こんなとこで働けるのかな......)

 

パンを選びながら、カズサは抱えたこのモヤモヤをどう解消すべきか悩んでいた。お店の雰囲気は凄く良いし、カズサの予想通り、このお客さんの入りの少なさを見れば同級生とばったり出くわすこともまずないだろう。でも、それとは別に、カズサはレジ越しに自分に視線をやるピンク髪の少女が気掛かりだった。

 

このごく短い時間の中で、彼女は自分には無いものを多く持っていることに、カズサは気付いていた。纏う気品の中にある、キラキラした無邪気な光。それは本当に、おとぎ話の中のお転婆なお姫様みたいで、いつもどこか冷めた調子で、あらゆる物事を達観して見てしまう自分には、眩し過ぎる存在に感じられた。

 

だからと言って、このまま怖気づいて引き下がったのでは、後押しをしてくれた仲間達に顔を向けられない。特にナツ辺りにどんな煽りをされるかと想像したら、バイトのことを言い出さずに帰るという選択は、自分のプライドが許さなかった。

 

(よし...!お会計終わったらあの紙見せよう。「これ、街で拾ったんです。ここで働かせて頂けませんか」って言えば、大丈夫...!)

 

そう誓ったカズサは近くにあったシナモンロールをトレーに置き、レジに向かった。

 

「お会計お願いしま...」

 

「ねぇねぇ!」

 

カズサの声は、カウンターから身を乗り出して来たミカに遮られた。びっくりしたカズサは危うくシナモンロールを落としそうになる。

 

「貴女、さっき広場の路上ライブで歌ってた子だよね!?私、最後の曲だけだけど、聴いてたんだ!」

 

「......え?」

 

キョトンとした表情のまま固まるカズサをよそに、ミカはまくし立てるように続ける。

 

「最後の曲、確か名前は『彩りキャンバス』だっけ?あれ、すっごい良かったよ!なんか、ザ・青春っていうか、皆すっごくキラキラしてて、『私も友達とあんな風に楽器を演奏できたらいいなぁ』って思っちゃった!」

 

どくどくしていた心臓が、別の理由で高鳴った。あんな、行く人の殆どが耳から耳に聞き流すような路上ライブを、このお姫様みたいな女の子は聴いていてくれたのだ。曲の名も、自分がボーカルをしていたことも、覚えてくれている。

 

すっごくキラキラしてて。その言葉が、カズサの頭の中に反響する。キラキラ。その輝きの色や形はきっと、自分が彼女の中に見出したものとは異なるのだろう。それでも、不思議と心惹かれていた存在が、自分達の中にも似たものを感じ取ってくれたという事実は、強張っていたカズサの心身を確かにほぐしてくれた。

 

「えへへ、ありがとう、ございます...。何か、こうやって真っすぐ言われると照れますね...」

 

はにかみ笑いと共に、カズサは財布と、募集の紙を取り出した。

 

「あのこれ、ライブが終わった時に拾ったんです」

 

ミカの眉が僅かに動いた。

 

「え、わざわざ届けてくれたの...?私、何処で落としたか思い出せなくて......」

 

「えっと、そうじゃなくて......!」

 

今度はカズサがミカの言葉を遮った。

 

「私、ここで働きたくて来たんです...!あの、事前に電話とかしてなくて申し訳ないんですけど、面接して貰えませんか...?」

 

ミカの表情が、眩いばかりに、輝いた。

 

 

 

その後、面接と言う名のちょっとしたお茶会はとても和やかな雰囲気で進んだ。ここで働きたい。そう告げた瞬間、ピンク髪の女の子は全身を喜びで震わせながら、先程一緒にいたスズメの老婦人を呼ぶと、買おうとしていたシナモンロールだけでなくアイスティーを奢ってくれた。

 

温め直してくれたシナモンロールは、シナモンの香りと熱でとろりと溶けたアイシングの甘さが絶妙で、普段の活動で舌の肥えたカズサも文句のつけようが無い美味しさだった。そして何より、ドリンクを合わせても500円に満たない破格の値段設定は、カズサの心をそれはがっちりと掴んだ。

 

面接をしてくれた老婦人もとても穏やかで柔和な雰囲気の人で、「無理なく通えるのなら、是非一緒に働きたい」と直ぐに合格を出してくれた。飲食店で直ぐに合格が出るような店はブラックだという噂を何処かで聞いたことがあるが、このお店に限ってはそんなことは無いだろう。時給こそ今まで見てきた募集要項よりかは低かったが、給料の高さだけではない魅力が、カズサの決心を固めた。

 

「明日からよろしくねカズサちゃん!!」

 

早速明日から出勤することが決まったカズサが帰宅する時、ミカは彼女の手をぎゅっと握った。

 

「こちらこそよろしくお願いします......えっと、ミカ先輩」

 

普段上級生と関わることが殆ど無い為、カズサは他人を先輩呼びすることに少しくすぐったさがあった。加えて、ミカという名前も何処かで聞いたことがあるような気がする。

 

「えへへ...何だか、先輩って呼ばれるの照れるな...。あ、でも無理に丁寧語使う必要無いからね!私もおばあちゃんと普通に喋ってるし、おばあちゃんも私達がタメ口で話してても何も言わないと思う!」

 

ミカも先輩の敬称を付けて呼ばれることに慣れていないのか、照れくさそうに身体を僅かにくねらせた。

 

「そ、そう?じゃあ普通に話すね。でも、先輩は付けさせて欲しいな。私、普段誰かを先輩呼びすることあんまり無いからちょっと新鮮で」

 

「全然良いよ!それに私も先輩って呼ばれること少ないから、むしろウェルカム!」

 

カズサはニヤッと笑った。

 

「決まりだね。改めてよろしくお願いします、ミカ先輩!」

 

「うん!」

 

その言葉を最後に、カズサは店を出た。店の中から手を振るミカに手を振り返したカズサは、丘を降りる前にもう一度、海と街を一望した。

 

「明日からバイトかぁ......。緊張するけど、おばあちゃんもミカ先輩も良い人だったし、きっと大丈夫!」

 

カズサはスマホを取り出し、そこから見える景色を撮った。そしてその写真と共に「バイト決まった!」というメッセージをスイーツ部のモモトークに流すと、意気揚々と帰路についた。

 

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