ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「たっだいま~ッ!」
夕暮れ時、学校に帰ったミカは白い大理石がオレンジ色に染められたテラスに突撃すると、その勢いのまま、テーブルの上で書類を整理しているナギサに詰め寄った。
「お帰りなさい、ミカさん。ちょうどいいところに来ました...」
「聞いてナギちゃん!私、後輩が出来たの!」
「......はい?」と、まるで理解が追い付いていないナギサを完全に置いてけぼりにして、ミカは激流の如く喋る。
「今日ね、アルバイトしたいって女の子がお店に来たの!!カズサちゃんって言って、うちの学校の一年生でね、ちょっと怖い感じの子だったんだけど、少しお話してみたらすっごい良い子で、おばあちゃんも直ぐに合格出したんだ!私、先輩って呼ばれちゃった!ほら、私達って基本『様』呼びでしょ?だから何だか新鮮で......ムグッ!?」
このまま放って置けば無限に喋ってそうなので、ナギサはミカの頬を両手でむんずと掴んで無理矢理に黙らせた。そのまま、少し日に焼けた両頬をもちもちしながら、ナギサは口を開く。
「素敵な出来事があったのは十二分に伝わっていますので、もう少し落ち着いて話して下さい」
「ほ、ほめんははい......。はみひゃん、ははひて......」
舌がまともに回らない状態で、ミカは解放を求めた。その要求通り、ナギサは両手をパッと放す。
「そのカズサさんという一年生、貴女の存在を知った上で応募してきたのですか?委縮してしまって、仕事どころではなくなる可能性も十分にあり得るかと思いますが......」
「う~ん...。それがね、私が名前を言っても全然反応が無かったというか、『へぇ~、三年生なんですね』くらいのリアクションしかしてこなかったんだ。何か、そもそもティーパーティーすらよく知りません、みたいな?そんな感じだった」
ナギサは怪訝そうに眉をひそめた。
「その方、本当にトリニティの生徒なのですか?うちの生徒ならティーパーティーは勿論、そのトップに立つ私達の名前程度なら当然に知っているはずですが......」
「う~ん......」と、ミカは困ったように笑った。
「まぁ、大丈夫じゃない?もし嘘言ってたとしたら直ぐに分かるだろうし、もしお店で変な事しようとしたら私がやっつけるから!」
「......それもそうですね」
ナギサは仕方なさそうに肩を竦めた。
「それで、その方とはいつから一緒に働くのですか?」
「明日からだよ!」
その返答に、ナギサの顔にすっと影が差した。
「......あれ、どうしたのナギちゃん?」
彼女の表情の変化に目聡く気付いたミカは、首を傾げた。
「......いえ、大したことではないのです。ただ、ミカさんの楽しみに水を差すようで申し訳ないのですが、ミカさんが明日、新たな仲間と共に働くことは、残念ながら叶いません」
ナギサは低い声のまま、一枚の紙をミカに差し出した。
「『ラストサマー・スイーツフェスタ』開催中の警備体制について......」
ミカは、それを読み上げた。
「はい。明日、ミカさんには当該催しの各事業者、及び正義実現委員会と連携し、フェスティバル開催中の警備体制について、具体的な骨組みを組んで頂きたいのです。元々はセイアさんがこの件を担当する予定だったのですが、事業者側から急遽『警備体制の構築はビーチの責任者と協力の上行いたい』との具申を受けました。つい最近ビーチ内でゲヘナ学園の指名手配犯達の活動が報告されたこともありますし、至極真っ当な意見であると考え、ミカさんの合意無しでこれを急遽決定しました。申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします」
そこでナギサはミカに深く頭を下げた。例えホストとして、必要で正しい判断であったとしても、ミカのスケジュールを勝手に狂わせたという事実は変わらないのだから。
「気にしなくて良いよナギちゃん!そしたらおばあちゃんにそのこと伝えておくね!」
今回ばかりはミカも、一切の駄々を捏ねなかった。しかし「ありがとうございます」と言いながら頭を上げたナギサの顔にまだ、暗い影が残っていることにミカは直ぐに気付いた。
「......ねぇ、ナギちゃん」
「何ですか?」
「心配してくれてありがとうね、閉店のこと」
ナギサはハッとして、ミカの顔を見た。夕日に照らされて微笑を浮かべている幼馴染の顔が、ひどく儚げに見えた。
「ナギちゃんの顔見てたら、分かるよ。『もうすぐお店が閉まっちゃうかもしれないのに、後輩なんてできたら、私だけじゃなくてその子も不幸になるんじゃないか』って」
「......それは」
心の内を見事に言い当てられ、言葉に詰まる。
「あのね、実は私もおばあちゃんも、閉店のことは面接の時に言わなかったんだ......ううん、言えなかった、が正しいかな。少なくとも私の場合は。でも、おばあちゃんが言わなかったのは何でか、分からない。もしかして......」
しかしミカは首を強く振って、次に続く言葉を濁した。
「ううん、ここで言う事じゃないね。とにかく、閉店についてはナギちゃんは気にしないで!閉まるなら閉まるで、その間に貰えるものは何でも貰って、ティーパーティーの仕事に絶対に活かすから!」
そこでミカは、いつものニコニコ顔で、まるで逃げるようにしてテラスを後にした。一人残されたナギサは、またミカに下手くそな仮面を付けさせてしまったことを後悔すると共に、自分の心情もまた、彼女の前では筒抜けであるということを痛感していた。