ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話   作:空を飛ぶジンベエザメ

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バイト先のお姫様
9話 学校からのお客さん達


翌日の早朝、仕事着のまま家を出たカズサは風吹く丘の上、輝く太陽の光に目を覆いながら、パン屋の入り口の前に立っていた。外から見える店の中には当然、まだパンが一つも並んでおらず、そのせいで洒落た内装が昨日よりも寂しく見えた。

 

インターフォンを押すと、直ぐに

 

「開いてますよ~」

 

という声と共に、おばあちゃんが扉を開けてくれた。

 

「カズサさん、おはようございます。改めて、今日からよろしくお願いしますね」

 

その言葉に、カズサはくすぐったそうに肩を竦めた。普段呼び捨てか「ちゃん」付けで呼ばれている為、大人に「さん」付けで呼ばれるのは少し違和感があったが、嫌な感じはしないし、おばあちゃんにそう呼ばれるのはむしろ不思議な安心感があった。

 

「こちらこそよろしくお願いします!あの、仕事中の服ってこんな感じで良かったですか?ミカ先輩の恰好に似せてみたんですけど......」

 

カズサは両手を広げ、その場でゆっくりと回ってみせる。チノパンに襟付きシャツという、普段よりもずっとフォーマルなその服装は昨日、自分の採用が決まって嬉しそうにしていた先輩のものを参考にしていた。

 

「全然問題ありませんよ。エプロンと帽子は私のほうで準備しているので、それを使って下さい」

 

「分かりました!あ、それとミカ先輩ってもう来てますか?」

 

カズサは背伸びをして、灯りの付いていない薄暗い店内を覗き込んだ。

 

「そのことなんですけどね。実はミカさん、急用ができて今日は来れなくなったんですよ」

 

「え、そうだったんですか?」

 

カズサは目を瞬かせた。

 

「はい、そうなんです。ごめんなさいね、お二人共、一緒に働けるのを楽しみにしていたのに......」

 

おばあちゃんは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「おばあちゃんが謝る事じゃないですよ!私、初めてのバイトだからミカ先輩よりも全然仕事できないと思いますけど、できる事なら何でもやりますから!」

 

しかし、そう言って胸を張ったものの、おばあちゃんにそれを伝えられたその時から、カズサの中では今日はミカに会えないという事実が心残りになっていた。生まれて初めてのアルバイトで、歳の近い先輩がいるというのはそれだけで心の支えになるし、それにあの天真爛漫な笑顔をまた見れるということが、今日を楽しみにしていた理由の一つだった。

 

ミカと違って仕事着を着た状態で店にやって来たカズサは、早速おばあちゃんに店内を案内して貰った。厨房に並ぶ巨大なミキサーやオーブンといった器具は、カズサの視線を自然と吸い寄せた。

 

「そういえば、カズサさんは普段、お友達とスイーツを食べ歩いているそうですね?でしたら、ご自分で甘いものを作ったりも?」

 

厨房をキョロキョロしていると、前を歩くおばあちゃんが振り返って尋ねてきた。

 

「え~っと、実は自分ではあんまりお菓子とかは作らないんです。洗い物とか面倒くさいですし、分量とか作り方とか間違えたらって考えたら、やっぱりお店のほうが確実で美味しいですから......」

 

カズサは少しばつが悪そうに笑った。ミカが来るまでずっと一人でお店を切り盛りしていたというおばあちゃんにとって、自分の感性はあまり受け入れられないものだろう。

 

「うふふ。まぁ、根っからの料理好きでない限り、そういうものですよね。ですが、自分の手で作ったパンやお菓子というのは、やはり既製品とは違った美味しさがありますよ。それに、焼き立てを誰よりも早く食べられるという、作った人だけの特権がありますから!」

 

「あ、それは私も分かります!私達もその日一番の出来立てスイーツを食べる為に休日に朝早くから並んだりしますし!」

 

「そうでしょうそうでしょう!ここで働いていたら、そんな出来立てホカホカを好きなだけ食べれてしまいますからね。カズサさんも、こんな風にほっぺが丸くならないように気を付けて下さいね?」

 

おばあちゃんはいたずらっぽく、羽の先で、黒い斑の付いたフワフワの頬を指した。

 

「えへへ、気を付けます......」

 

そう言いつつも、これから焼き立てパンを前に働くことを考えたら、カズサは自制心がどこまで働いてくれるか、分からなかった。

 

店内ツアーが終わったカズサは、おばあちゃんが厨房でパンを作っている間、ミカと同様に床をモップで拭いたり、トレーやトングを消毒していた。

 

(良い匂い...お腹空いたな......)

 

開店時間に近づくにつれ店中に満たされていく、小麦やバター、香辛料の香りは、朝から何も食べていないカズサの空きっ腹を狂おしいほどに刺激した。おばあちゃんにあんなことを言われた手前で何だか情けないが、こんな環境で働き続けたら、気付いたら顔の周りに肉が付いていそうだ。

 

「カズサさんお疲れ様。良かったら、これ食べません?」

 

開店まで30分を切った時、おばあちゃんが白い皿を持って厨房から出て来た。

 

「それって、ホットサンドですか?」

 

皿に乗せられていたのは、きつね色の焦げ目が綺麗についたホットサンドだった。ピンク色のハムと溶けたチーズが顔を覗かせる、ホカホカの湯気が漏れるパンの断面を見ているだけで、食欲が湧いてくる。

 

「はい、そうです。ミカさんが働きに来てから、こうして朝のまかないを作るのが私の日課になっているんです。迷惑でなければ、カズサさんも如何ですか?」

 

断る理由など、あるはずも無い。

 

「ありがとうございます!頂きます!」

 

カズサは迷いなく皿を受け取ると、近くにあった椅子に座り、熱々のホットサンドにかぶりついた。

 

「熱ッ...!」

 

噛んだ瞬間、溶けたチーズがパンから溢れ出てきて、カズサは舌を火傷しそうになった。口をハフハフしながら、カズサは口の中でホットサンドを転がした。

 

(美味しいッ!)

 

熱と共に舌に伝わって来る、バター、ハム、チーズの程よい塩味。それに焼けたパンのサクサク感が合わさって、カズサは皿に乗っていた四切れのホットサンドをあっという間に完食してしまった。

 

「ごちそうさまでした!とっても美味しかったです!もしかして毎日、こんな素敵な朝食作ってくれるんですか...?」

 

「勿論です!私も若い生徒さんがご飯を美味しそうに食べているのを見ていると、それだけで満たされるものがあるので!朝の忙しい合間に作るので簡単なものしか出せませんが、リクエストも大歓迎ですよ!」

 

(あ、これ絶対太る......)

 

おばあちゃんの幸せそうな顔を見て、カズサはこれから働きに来るたびに朝から十分過ぎるほどのカロリーを摂ることになることを確信した。

 

ホットサンドを食べた後、おばあちゃんと共にパンを棚に並べたカズサは、壁の掛け時計を眺めながらレジの横でソワソワしていた。

 

「時間ですね。カズサさん、ドアにかけられている札を『OPEN』にひっくり返して下さい」

 

「は、はいっ...!」

 

カズサはややたどたどしく返事をすると、大股で扉に歩み寄り、かけられた札に手を伸ばす。

 

(よし、頑張るぞ......って、あれ......?)

 

札を指で摘まんだその時、カズサはドアの向こうでゆらゆら揺れている、小さな三人組に気付いた。

 

「......もう。来るなって、言ったのに」

 

ニコニコしながらこちらに手を振る三人に苦笑いを返し、カズサは札をひっくり返して鍵を開けた。

 

『こんにちは~!』

 

カズサがドアから離れた途端、アイリを先頭にスイーツ部の仲間達がぞろぞろと入って来た。

 

「......いらっしゃいませ」

 

「あ、カズサちゃんダメだよ!そんな接客態度じゃ!」

 

不愛想なカズサの「いらっしゃいませ」にわざとらしく頬を膨らませるアイリ。

 

「ほら、メイド喫茶みたいな感じで!両手でハート作って『いらっしゃいませ~ご主人様~!』って!」

 

「......ぶっ飛ばすわよ、ヨシミ」

 

悪友を茶化す絶好の機会だとばかりに悪ノリを求めて来たヨシミに拳を震わせるカズサ。しかし当然、客に暴力を振るうなどもってのほかだ。すると

 

「カズサ、表情が固いよ。ほら、キャンディーでも舐めてリラックスして」

 

反撃が返って来ないのを良い事に誰よりも率先して煽って来そうなナツが、エプロンのポケットに飴を入れてくれた。有難い差し入れ...だが普段の態度が態度なだけに、カズサにとってはその思いやりがかえって癪に障った。

 

「いらっしゃいませ。カズサさんのお友達ですか?」

 

行き場の無い羞恥心を溜め込んでいると、彼女達のやり取りを見ていたおばあちゃんが歩み寄ってきた。

 

「そうです!私達、同じ部活なんです!」

 

「今日はカズサが初めてのバイトだから、応援に来たんです!」

 

「それと私達の仲間を受け入れてくれたこのお店に、感謝を伝えに。これ、お土産のマカロンです」

 

ナツは手にしていた紙袋をおばあちゃんに仰々しく渡した。

 

「まぁ、わざわざありがとうございます。カズサさんはとっても素敵なご友人をお持ちのようですね」

 

「いえ、それほどでもありません」

 

「ナツが答えるところじゃないでしょッ!」

 

いつものポヤポヤ顔で謙遜したナツに、早くも我慢の限界が来たカズサはナツの胸倉を掴んでその頭をグラグラと激しく揺らした。

 

「おぉう...!こ、この店は客に暴力を振るうっていうのか...!」

 

「うっさい!このカスハラ客!!」

 

いつもは殴打が炸裂するところを、かなりマイルドに抑えたカズサの反撃。それを止めようともせず

 

「見て見て!美味しそうなパンがいっぱい!」

 

「というか、どれも安すぎない!?」

 

と、我関せずといった態度でパンを選び始めたアイリとヨシミを見て、これが彼女達の普段のやり取りだと悟ったおばあちゃんは、微笑みながらレジに戻った。

 

 

 

「ったく...!わざわざからかいに来たんならもっと買っていってよ...!」

 

会計が終わり、三人が店を出るのを見送ったカズサはレジの引き出しをピシャンと閉めた。もっとも彼女達の来訪は、モモトークで「絶対に来るな」と念押しをしていた自分のせいでも、あるのだが。

 

三人が店を出た後、間もなくしてドアベルが再び鳴った。

 

「こんにちは......」

 

控えめな調子で店内に入って来た人物を見て、カズサは眉をひそめる。黒を基調とした制服に、真紅のリボン。来店したのは、正義実現委員会の生徒だった。

 

「......いらっしゃいませ~」

 

再び愛想の無い「いらっしゃいませ」になるカズサ。たった一人の正義実現委員会相手にあっさりと敗れてしまった苦い経験や、チンピラをやっていた中学時代の名残もあって、カズサはこの黒と赤の制服達が、どうにも好きになれなかった。

 

巡回中に立ち寄ったからなのか、その生徒はあれこれと迷うことなく手早くパンを選び、レジの前に立った。

 

「お会計お願いします......」

 

トレーを一度預かったカズサは、手元に置いたメモと商品を照らし合わせながらレジに金額を打ちこみ、紙袋にパンを詰めていく。

 

「お待たせしました。全部で310円です」

 

「あ、あの......」

 

全ての商品を詰め終わり、金額をぶっきらぼうに伝えた時、その生徒がおどおどした様子で何かを差し出して来た。

 

「これ、良かったら受け取って頂けませんか......?」

 

「......え?」

 

視線を落として差し出されたものを見た時、カズサは目を見開いた。

 

「このチョコ、駅前店の...!?しかもココナッツロードって、一番人気のやつ...!」

 

「わ、分かりますか...?嬉しいです...!」

 

カズサの反応に、前髪の奥の赤い瞳が細くなった。カズサの目の前に現れたのは、以前から何度も購入を試みては失敗してきた、有名なチョコレート専門店の限定品だった。

 

「私、このお店が大好きなんです!どのパンも安くて美味しくて、巡回中でも片手間で食べられるから時間も取られませんし!これからも応援しています!店主のおばあちゃんにも伝えておいてくれると嬉しいです!」

 

一息でそう告げた彼女は310円をぴったり払うと、カズサが何かを言うよりも速く店を出て行ってしまった。カズサは少しの間、渡されたチョコを見下ろしていたが、やがて困ったように笑うと

 

「......私に、これを食べる資格は無いね」

 

と呟き、カウンターの隅っこに置いていたマカロンとチョコの箱を持って厨房に入って行った。

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