日本三大怨霊の一角、天満大自在天神――菅原道真。呪術界において五条家や乙骨家の遠祖として知られるその英傑の根には、さらに古き血脈が存在する。
土師(はじ)氏。
古代、埴輪を作り、葬礼を司り、やがて菅原の姓を賜った古代の豪族。呪術界の表舞台からはいつしか姿を消し、歴史の影に埋もれたはずのその一族は、京都の山深き古い社にて、細々と、だが確かな呪力を秘めて脈々と血を繋いでいた。
その土師の家に生まれたのが、土師 菅公(はじ の すがきみ)である。
「……また、空が鳴いている」
まだ7歳にも満たない幼い菅公が庭先に立ち、薄暗い曇天を見上げ呟く。その言葉に応えるかのように、紫電が雲を裂き、重低音の雷鳴が山腹を揺らした。
菅公が生を受けた日、土師の屋敷の上空には一筋の巨大な雷光が落ち、庭の御神木を真っ二つに引き裂いたという。一族の長老たちはそれを恐れ、同時に歓喜した。菅神の再来、あるいは土師の血が呼び覚ました先祖返りだと。
生まれ落ちた瞬間から、彼の体内には常人とは比較にならない濃密で鋭利な呪力が渦巻いていた。その呪力は静電気のように常に微細な放電を繰り返し、触れる者の肌をピリピリと刺す。
彼の相伝術式――『落落雷雷(らくらくらいらい)』。
大気を疾走する雷電を自在に生み出し、指向させ、己の肉体をも超電導の領域へと昇華させる極攻の術式。幼い菅公の手のひらで、小さな青白いスパークが奔放に跳ね回っていた。
「菅公、あまり術を弄ぶな。雷は天の怒り、軽々しく扱うものではない」
厳格な父の声が響く。だが、菅公は手のひらの雷を握り潰すようにして消すと、静かに首を振った。
「怒りじゃないよ、父様。これは……叫びだ」
天を突く雷は、誰かの憤怒であり、同時に寂しさの裏返しなのだと、幼い菅公は本能的に感じ取っていた。天満宮に祀られし先祖の魂が、今もなお空から世界を見下ろしているかのように。
そんな土師の家に、ある日、御神木の代替えと呪具の取引のために『禪院家』の者が訪れた。呪術界の御三家が一つ、圧倒的な権力と伝統を誇る血族である。
立派な着物を纏った大人たちの背後で、不安そうに身を縮めていた幼い二人の少女がいた。
緑の髪を短く切り揃えた、生き生きとした瞳を持つ少女と、その衣服の裾をぎゅっと掴んで震えている双子の妹。
禪院真希と、禪院真依である。
大人たちが奥の間で格式ばった対談を繰り広げる中、菅公は庭の縁側に座り、手持ち無沙汰にしていた二人の少女に歩み寄った。
「君たち、名前は?」
突如声をかけられ、妹の真依はひっと小さく悲鳴を上げて姉の背中に隠れた。だが、姉の真希は負けん気の強い瞳で菅公を睨みつけるように見つめ返した。
「……真希だ。こっちは妹の真依。あんたは?」
「土師菅公。菅公でいいよ」
菅公が微笑むと、真希はふんっと鼻を鳴らし、彼の身体から仄かに漂う焦げたような匂い――オゾン臭に眉をひそめた。
「なんかビリビリする。あんた、呪力がすごそうだな」
「まあね。でも、あんまり自慢できるもんじゃないよ」
菅公はそう言いながら、真依を脅かさないようゆっくりと腰を下ろした。真希の瞳に落ちる影を、菅公は見逃さなかった。禪院家という巨大な異形の中で、呪力を持たない、あるいは微弱な双子として生まれ落ちた二人がどのような扱いを受けているか。幼いながらも鋭い感性を持つ菅公には、彼女たちの身に纏う「諦め」と「不服」の匂いが分かってしまった。
「……私には、呪力なんて全然ない」
真希が爪を立てて己の膝を強く握りしめた。幼い少女が抱くにはあまりに重いコンプレックスと悔しさが、その短い言葉に詰まっていた。真依はただ黙って姉の背中に顔をうずめている。
菅公は空を見上げた。またゴロゴロと、遠くで雷鳴が轟いている。
「呪力があるから偉いわけじゃないよ。雷だって、落ちれば物を壊すだけの嫌われ者だ」
菅公はそっと手を差し出し、指先に小さな青い光を灯した。それは攻撃的な雷ではなく、夜空を照らす蛍火のようにやさしく揺らめいた。
「でも、暗闇を照らすことならできる。真希ちゃんも、真依ちゃんも……強い目をしてる。呪力なんてなくても、君はたぶん、誰よりも強くなれるよ」
「……勝手なこと言うなよ。なにも知らないくせに」
真希はそっぽを向いたが、その耳根はほんのりと赤くなっていた。背中に隠れていた真依も、おそるおそる顔を出し、菅公の指先で光る雷の粒を美しそうに見つめていた。
「真依、行くぞ」
「あ……うん、お姉ちゃん」
屋敷の中から大人の呼ぶ声がし、二人は立ち上がった。去り際、真希は振り返り、真っ直ぐに菅公の目を見た。
「あたしは強くなるからな。お前みたいにスカした奴、いつか叩きのめしてやる」
「ふふ、楽しみに待ってるよ」
それが、雷の術式を持つ土師の少年と、落ちこぼれと蔑まれた二人の少女の、最初の出会いだった。
去っていく背中を見送りながら、菅公は己の手のひらを固く握りしめた。掌中で弾ける雷光が、彼の胸の奥で静かに燃え上がった命の火花と共鳴するように、バチリと強く爆ぜた。
いずれ訪れる呪術界の嵐の中で、己の雷がいかなる道を照らし出すのか。幼き日の土師菅公はまだ知る由もなかったが、その運命の歯車は、確かにこの日、大きな音を立てて動き始めたのだった。
姉妹とオリ主をどう言うタイミングで出会わせるか悩みましたがこういう形に収まりました。暫く連続投稿するのでもし読まれた方は感想をお願いします 。