天神の加護と共に   作:キヨシ

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今回のお話は師弟の共闘です。


第15話 師弟乱舞

長野県の深く連なる山々。昼間であっても陽の光を遮るほどに鬱蒼と生い茂る木々は、そこが人の踏み入るべき領域ではないことを静かに警告していた。

吐く息が白く染まるほどの冷たい空気が漂う中、落ち葉を踏みしめる二つの足音が、静寂に包まれた森に規則正しく響いていた。

「……それにしても久方ぶりですね冥さん。こうして前線で肩を並べるのは」

静寂を破ったのは、まだ声変わりすら完全には終わっていないような、それでいてひどく落ち着き払った少年の声だった。

土師菅公(はじすがきみ)――現在十二歳。

しかし、その年齢を信じる者は、彼を実際に見た者の中には一人としていないだろう。身長はすでに百七十八センチメートルに達しており、その長身には無駄な贅肉も、そして不格好に膨れ上がった筋肉も一切付いていない。極限まで削ぎ落とされ、研ぎ澄まされた刃のような肉体は、ただ純粋な「暴力」と「速度」を生み出すための機能美を備えていた。

彼は、現代呪術界の御三家の一つ、五条家の先祖である大怨霊・菅原道真。そのさらにルーツである「土師(はじ)家」の末裔である。その血の濃さゆえか、彼に内包された呪力の質と量は、齢十二にしてすでに特級呪術師の領域に片足を突っ込んでいた。

「そうさね。君が出張る任務の時は、大抵私が直接手を下すまでもないからね。私の時間は安くないんだ。……だが、今回は少しばかり毛色が違う。報酬に見合うだけの労働はさせてもらうよ」

菅公の隣を歩くのは、長く美しい銀髪を揺らす妖艶な女性――一級呪術師、冥冥である。

彼女の肩には、身の丈ほどもある巨大な斧が担がれていた。その圧倒的な質量と威圧感は、彼女の華奢な体つきとは不釣り合いに思えるが、菅公は知っている。彼女がその斧を振るう時、どれほどの破壊力が生まれるかを。

「俺としては喜ばしい限りですよ。冥さんの斧捌き、間近で見られるのをずっと楽しみにしていましたから」

菅公にとって、冥冥は単なる先輩呪術師ではなく、戦いのイロハを叩き込んでくれた「師」であった。金の亡者と揶揄される彼女だが、その実力と合理主義的な思考は、菅公の冷徹な性質と酷く噛み合っていた。

敵は、例外なく皆殺し。それが菅公の絶対の信条である。

呪霊という存在そのものを害悪と断じ、慈悲を挟む余地など微塵も持ち合わせていない。

「おだてても何も出ないよ、菅公。それより、気は抜かないことだ。今回のターゲットは一級呪術師案件。登録名は『山彦』……相手の行動を模倣してくる厄介な性質を持っている上に、数が多いらしいからね」

「模倣、ですか。なるほど、猿真似の群れというわけですね」

菅公が薄く笑みを浮かべたその瞬間だった。

周囲の木々の影から、ズルリ、ズルリと、粘着質な音を立てて「それら」が姿を現した。

人型ではあるが、顔面には目も鼻もなく、ただ巨大な耳だけが不気味に張り付いている。ざっと見積もって三十体以上。それらが木々の間や枝の上、あちこちにへばりつき、二人を包囲するように展開していた。

『キョウモ……イイテンキ……』

『アハハハハ……』

かつてこの山で遭難した者たちの声を模倣しているのか、意味をなさない残響のような声が森に響き渡る。

「さて、仕事の時間だ。菅公、お前の流儀で構わないよ」

「ええ。一匹残らず、塵に変えます」

菅公は腰を深く落とし、静かに構えをとった。

彼の術式『落落雷雷』――それは雷を自在に操る極めて強力なものだが、彼は通常の戦闘において、意図的に術式を使用しない。

自らの肉体と呪力操作のみで敵をねじ伏せる。それが、彼なりの「縛り」であり、同時に土師家の末裔としての矜持でもあった。術式に頼り切るような三流とは違う、という自負である。

「シッ!」

鋭い呼気とともに、菅公の身体が爆発的な推進力を生み出し、消えた。

十二歳という年齢からくる体重の軽さと、極限まで洗練された呪力操作。足の裏に集中させた呪力を瞬時に爆発させ、地を蹴る。

次の瞬間、一体の『山彦』の懐に潜り込んでいた菅公の右の拳が、呪霊の腹部を深くえぐり取っていた。

『ガァッ!?』

遅れて響く破壊音。呪力によるガードごと、呪霊の肉体がくの字にへし折れる。

だが、その瞬間、背後にいた別の『山彦』が、先ほどの菅公と全く同じフォーム、全く同じ速度で踏み込み、右拳を振り抜いてきた。

「……なるほど、これが模倣か」

菅公は振り返りもせず、左腕でその拳を弾き飛ばすと同時に、回し蹴りを叩き込む。

しかし、蹴りの軌道に入った瞬間、別の三体が全く同じ回し蹴りのモーションで菅公に襲いかかってきた。

相手の行動を読み取り、それを群れ全体で共有し、同じ技を返す。単純だが、手数が多いゆえに極めて厄介な戦法だ。

「厄介だね。だが……」

冥冥の冷たい声が響く。

彼女の姿はすでに元の場所にはなかった。巨大な斧が、空気を切り裂く轟音とともに振り下ろされる。

『山彦』の一体が、冥冥の動きを模倣して巨大な丸太を斧に見立てて振り上げようとしたが――遅い。

冥冥の斧は、模倣が完了するよりも早く、呪霊の脳天から股下までを一直線に両断した。

「模倣できても、私と全く同じ筋力とスピードが出せるわけじゃない。物理的なスペックに差があれば、ただの隙だらけの猿真似さ」

冥冥が優雅に斧を翻し、次々と迫る呪霊の群れをなぎ倒していく。その斧捌きは、巨大な質量を振り回しているとは到底思えないほど緻密で、無駄がない。遠心力を利用し、次から次へと流れるように軌道を変え、迫り来る敵を細切れにしていく。

「美しい……」

菅公は、師の洗練された暴力に感嘆の息を漏らしながらも、自らも戦闘を続行する。

群れの中央に飛び込んだ菅公は、全方位から迫る「自身の模倣」による打撃の雨を、紙一重で躱し、捌き、そして的確に急所を打ち抜いていった。

贅肉のないしなやかな肉体は、まるで鞭のようにしなり、強烈な打撃を生み出す。呪力を纏った拳や蹴りが触れるたび、呪霊たちの体は破裂し、紫色の体液を撒き散らして消滅していく。

『アァァァッ!』

数体の『山彦』が、物理的な模倣を諦めたのか、口を大きく開き、高周波の奇声を発した。音波そのものに呪力が込められた、範囲攻撃。

「冥さん、耳を」

「分かっているよ」

二人は呪力で鼓膜を保護する。

だが、その音波による足止めの隙を突き、生き残っていた十体ほどの『山彦』が一斉に二人に飛びかかってきた。彼らの肉体が奇妙に膨張している。自爆に近い、呪力の暴走。

「……少々、面倒ですね。冥さん、少し下がっていてください」

菅公の眼差しが、一段と冷酷なものに変わる。

通常の戦闘では術式を使わない。だが、それは「使えない」わけではない。そして今日は、試したい「新しい玩具」があった。

冥冥が素早く後方へ跳躍し、距離を取るのを確認すると、菅公はゆっくりと右手を前に突き出した。

彼の中に眠る土師の血。雷を司る呪力が、一気に活性化する。

「拡張術式――」

バチッ、と。

菅公の周囲の空気が、紫電を帯びて爆ぜた。

『落落雷雷』の基本は、雷の放出や、自身の雷化による超高速移動。

だが、彼が編み出したこの新技は、雷そのものの「物理的な破壊力」ではなく、雷が生み出す「副産物」を利用するものだった。

「『死苦発苦(しくはっく)』」

その瞬間、目に見える雷光は放たれなかった。

しかし、菅公の右の手のひらから、不可視の高出力な「電磁波」が扇状に放たれた。

強烈な電磁波は、空間に強力な磁場を発生させる。

この術式の恐ろしい点は、磁力が発生しない純粋な非磁性体には効果がない代わりに、「呪力」というエネルギーそのものを一種の磁性体として強制的に反応させることにあった。

「ギ、ギギッ……!?」

飛びかかってきていた『山彦』たちの動きが、空中で完全に停止した。

彼らの体内に満ちていた呪力が、菅公の放った電磁波によって強烈な磁力を帯び、反発し、あるいは引き合い始めたのだ。

呪霊の肉体を構成する呪力そのものが、内側から激しく乱回転を始める。

『ガ……ァァァァァァァァッ!?』

断末魔の叫びを上げる間もなかった。

十体以上の呪霊たちの肉体が、内部からの異常な磁力の反発と収縮に耐えきれず、まるで不可視のミキサーにかけられたかのように、内側からグチャグチャに捻じ切れ、弾け飛んだ。

ボトボトと、原形をとどめない肉片と紫色の呪力の残滓が地面に降り注ぐ。

文字通り、一瞬にして周囲の敵は「皆殺し」にされた。

森は、再び完全な静寂に包まれた。

残っているのは、鼻をつく呪霊の死臭と、木々の間を吹き抜ける冷たい風だけ。

「……ふむ。随分とえげつない技を覚えたようだね」

斧を肩に担ぎ直し、冥冥が悠然と歩み寄ってくる。彼女の表情には、教え子の成長に対する確かな感心の色が浮かんでいた。

「電磁波による磁力操作、か。相手の呪力そのものを狂わせて内部から破壊するとは。防ぎようがないね」

「ええ。呪力を持つ存在である以上、この磁場の影響から逃れることは不可能です。まだ出力の調整が完璧ではないですが……実戦で試すには丁度いい的でした」

菅公は、血一滴浴びていない自身の服の袖を軽く払いながら、平然と答えた。

十二歳という幼い顔立ちの中に宿る、底なしの冷酷さと圧倒的な才能。冥冥は、この少年の未来がどこへ向かうのか、少しだけ興味を惹かれた。

「見事なものだよ、菅公。これなら、お前の出張る任務で私が同行する必要は、ますますなくなりそうだ」

「それは寂しいですね。俺は、冥さんの斧捌きを見るのが好きなのですが」

「嬉しいことを言ってくれる。だが、私の時間は安くない。次は、もっと高い報酬の時に呼んでおくれ」

冥冥がクスリと笑う。

菅公もまた、師のその言葉に、今日一番の無邪気な――それでいて、ひどく冷たい笑みを返した。

「ええ。次は、もっと大量の『塵』が湧く場所にしましょう」

土師菅公。

彼の歩む道は、文字通り敵の死体で舗装された血塗られた道となるだろう。

そして彼は、その道を歩むことに、一切の躊躇いを抱いてはいなかった。




久方ぶりに冥さんの戦闘描写を書きました。次は誰を出そうかな〜♪新技も書けたし今回の投稿は大満足です☺️読まれた方は感想と評価をお願いします 
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