天神の加護と共に   作:キヨシ

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いよいよ五条さんとの死合いの始まり、始まり〜‼️


第20話 いざ尋常に

雨は降っていなかった。しかし、空は重苦しい鉛色に澱み、激しい摩擦音のような雷鳴が遠くで絶え間なく鳴り響いていた。

崩落した巨大な建造物の瓦礫が連なる廃墟の只中に、二つの影が対峙している。

片や、白髪を揺らし、黒の目隠しの奥から底知れぬ余裕を漂わせる「現代最強の呪術師」、五条悟。

片や、十二歳という若齢でありながら一七八センチメートルという規格外の背丈を誇り、漆黒の羽織を風になびかせる少年、土師菅公(はじすがきみ)。

菅公の内に流れるのは、かつて日本三大怨霊とまで恐れられた菅原道真――そのさらに起源たる古の血脈「土師(はじ)家」の極純の呪血である。

「やあ菅公。高専の屋敷で会って以来かな。あの頃はまだ僕の腰の下くらいまでしかなかったのに、十二歳でもうそんなにデカくなっちゃって。冥さんのしごきは効いたかい?」

五条が薄い唇に笑みを浮かべ、かるく肩をすくめる。その軽い調子とは裏腹に、彼から放たれる気配は周囲の空間そのものを歪ませるほどに重い。

菅公は無言のまま、静かに呼吸を整えた。

自らの意志で父親である土師宗矩(むねのり)に頼み込み、守銭奴でありながら合理性の化身である一級術師・冥冥に弟子入りしたのが数年前。その動機はただ一つ、目の前に立つ男――五条悟という「絶対的な最強」への強烈な憧憬と、いつかそれを超えなければならないという使命感だった。

過酷を極めた冥冥のもとでの修行。身体の重心の置き方、呪力の最小限の消費と最大の出力、そして「金」と「命」の価値。それら全てを徹底的に叩き込まれた。

幼少期、五歳の頃に足を踏み入れた禪院家の屋敷で出会った、同い年の真希と真依。蔑まれながらも互いをかばい合っていた二人と過ごした穏やかな時間は、菅公にとって数少ない温かな記憶だ。姉妹と笑い合ったあの日々を守るためにも、そして何より、己が描いた極致へ届くためにも、目の前の巨峰を穿たねばならない。

菅公の流儀は単純かつ明快だ。敵対する者は、例外なく皆殺しにする。

普段の戦闘において、菅公は自らの術式を滅多に使わない。冥冥から伝授された肉体操作と鍛え抜かれた体術、そして純粋な呪力強化だけで並の呪霊や術師など容易く屠れるからだ。しかし、この男が相手となれば話は別だった。初手から十割の出し惜しみなしで挑まなければ、命のやり取りすら成立しない。

「……僕はずっと、この日を待っていました、五条さん」

菅公の瞳の奥で、鋭い金色の火花が散った。

「そうかい。なら――来なよ」

五条が手招きをした瞬間、空気が爆ぜた。

言葉の終わりを待たず、菅公の足元を中心として半径数十メートルのコンクリートが爆発的に破砕した。視導線を置き去りにする超音速の踏み込み。一瞬で五条の間合いへと侵入した菅公は、全身の骨格と筋肉、そして研ぎ澄まされた呪力を右拳の一点に集中させ、五条の顎へ向けて最速の突きを放つ。

速い。そして重い。12歳にして練り上げられたその体術は、まさに冥冥の合理主義と土師の天性の肉体性能が融合した極致。

だが、五条の顔面に届く直前、菅公の拳は目視不能の「絶対の壁」に阻まれ、ピタリと停止した。

無下限呪術。五条悟の周りに存在する、無限の空間。近付けば近付けるほど減速し、絶対に届くことのない不変の隔絶。

「体術のキレは満点。冥さんの教えが行き届いてるね」

五条が余裕の笑みを崩さぬまま、左手を交わすように振るう。菅公は感覚だけでその軌道を察知し、首を大きく捻って五条の鋭い掌打を回避。そのまま体を反転させ、回し蹴りを叩き込む。だが、それもまた「無限」に阻まれる。

五条の反撃が始まった。無下限によって加速された拳が、重音波のような音を立てて菅公の脇腹を襲う。

菅公は咄嗟に腕を交差させ、呪力を極限まで集中させてガードする。

ドカァンッ!!

凄まじい衝撃波が吹き荒れ、菅公の巨躯が瓦礫の山を数個貫通して吹き飛ばされた。しかし、叩き付けられる直前に受身を取り、瞬時に立ち上がる。腕の骨が軋み、肉が悲鳴を上げているが、菅公の表情には焦りどころか、狂気にも似た歓喜のの色が浮かんでいた。

「……流石ですね。ですが、ここからです」

菅公の身体から、青白い電流が弾けた。彼の相伝の術式『落落雷雷(らくらくらいらい)』の全面解放である。

「術式順転――『飛雷遠雷(ひらいえんらい)』!」

菅公が両手の指先を向けた瞬間、十本の指から巨大な稲妻が束となって解き放たれた。青白く輝く閃光は、ワイドレンジに拡がりながら廃墟一帯を焼き尽くし、次の瞬間には針のように鋭いロングレンジの雷撃へと収束して五条の心臓を穿ちにかかる。

大気を焦がす灼熱の雷光。一瞬で周囲の温度が数千度に跳ね上がり、空気がプラズマ化して爆音を上げる。

しかし――それほどの威力と速度を誇る雷撃すらも、五条の数センチ手前で完全に停止していた。無限の空間の中で、稲妻は進むべき距離を無限に分割され、エネルギーを無駄に散逸させながら消滅していく。

「届かないか……ならば!」

菅公は間髪入れずに足を踏み鳴らし、空間の電荷を強制的に組み替えた。

「拡張術式――『死苦発苦(しくはっく)』!」

管公を中心に超高出力の電磁波が発生し、周囲一帯に狂暴な磁場が巻き起こる。磁力は鉄骨や建造物の破片を磁化させて超高速の質量兵器へと変え、更には空間に漂う呪力そのものにも干渉して五条の肉体を内部から破壊せんと波動を叩きつけた。

「なるほど、磁場による物質および呪力の破壊術式か。面白いアプローチだけど……」

五条は一歩も動かない。万物を引き裂くはずの磁界の波動も、磁化された数トンの鉄骨群も、すべては五条の絶対不可侵のバリアによって弾かれ、空しく周囲の地面を爆砕するにとどまった。

どれほどの出力であろうと、どれほど特殊な性質を持っていようと、「届かなければ」意味がない。それが無下限呪術という絶対の理だった。

「やっぱり、術式をそのままぶつけるだけじゃダメか」

菅公は深く息を吐き出し、構えを低くした。五条悟の無下限を攻略する方法は限られている。そして、菅公はその最高峰の手札を既に獲得していた。

菅公の全身を覆う呪力の質が変わる。青白い雷の威圧感が薄れ、代わりに薄く、密度を増した透明な呪力の膜が彼の身体をぴったりと包み込んだ。

「……へぇ。『領域展延』か」

五条の目が目隠しの奥でわずかに細められる。

領域展延。自身を包み込むように薄い領域を張ることで、相手の術式をその領域内に流し込み、中和・相殺する高級戦闘技術。当然、己の生来の術式を領域に付与することはできず、生得術式は使用不能となるが――相手の「不可侵」を破るためにはこれ以上ない解答だった。

「来いよ、神童」

五条が手招きする。

菅公の身体が消失した。展延を纏った状態での純粋な体術――いや、菅公はここで更なる牙を剥く。

「術式反転――『雷化舜動(らいかしゅんどう)』!」

一瞬で菅公の存在が「光速の雷」へと昇華した。

生来の術式を直接相手にぶつけることは展延中にはできない。しかし、自らの存在そのものを光速へと変貌させる術式反転を仕込み、その表面に「展延」の膜を極限の精度で重畳させる!

ドゴォンッ!!

五条の眼前で空間が爆ぜた。

光速で迫る菅公の右拳。その表面を覆う領域展延が無下限の不可侵を強引に削り取り、中和する!

「――ッ!?」

五条の顔面に、菅公の拳が「届いた」。

五条の首がわずかに後ろへと傾く。不可侵を破り、その肌に直接届いた重撃。光速の運動エネルギーが乗った拳は、ただのパンチであっても一国を滅ぼしかねない破壊力を秘めている。

衝撃波が音速を超えて伝破し、数百メートル先までの街並みが一瞬で木っ端微塵に吹き飛んだ。

「へえ……ッ!」

五条は吹き飛ばされながらも空中体勢を整え、菅公の追撃を間一髪で回避する。五条の頬には、かすかに朱色の血が伝っていた。

無下限を中和され、光速の体術を叩き込まれる。そのまま接近戦を続ければ、どれほど五条といえども無傷ではいられない。五条は即座に判断し、菅公との距離を大きく取った。

「展延と反転の併用、しかもそれを12歳で実戦投入してくるなんてね。本当に末恐ろしいガキだ」

空中へと離脱した五条が、空中で二本の指を交差させる。

「だけど、距離を開ければ僕の独壇場だ」

五条の指先に、禍々しいまでの吸引力を秘めた「黒い球体」が生成される。

「術式順転――『蒼』」

強烈な質量と吸力が菅公を襲う。周囲の瓦礫、空気、さらには菅公の身体そのものが、五条の指先の一点へと強引に引き寄せられていく。

「くっ……!」

菅公は足の裏から雷光を放ち、地表に磁力で身を固定しようとするが、『蒼』の発生させる空間歪曲の吸引力はそれを上回る。身体が宙へ浮き上がり、五条の方へと引きずり込まれる。

そこへ、五条が更なる追撃の構えをとった。右手の指先を菅公へと向け、狂暴なまでに練り上げられた正のエネルギーを充填する。

「術式反転――『赤』」

『蒼』による吸引から一転、無限の弾力と圧倒的な衝撃波を放つ『赤』の赤光が炸裂した。

吸い寄せられた直後の無防備な状態へ叩き込まれる、無限の反発力。

菅公は咄嗟に『雷化舜動』の光速移動で軌道を逸らそうとしたが、空間そのものが『蒼』と『赤』によって歪められており、完全には回避しきれない。

ズドンッ!!!

『赤』の直撃を受けた菅公の体が、地表を削り取りながら数百メートルにわたって滑走した。羽織はズタズタに引き裂かれ、肩や脇腹から鮮血が吹き出す。

「はっ……ふぅ……!」

荒い息を吐きながら、菅公はゆっくりと立ち上がった。血に濡れた髪の間から覗く金色の瞳は、少しも衰えていない。むしろ、命のやり取りという極限の状況の中で、その輝きは増していた。

術式順転、術式反転、そして領域展延。

持てる手札のすべてを出し合い、削り合う死闘。

五条悟という男の強さは、噂や記憶のそれとは比較にならないほど高く、深い。

だが、だからこそ――。

「……やっぱり、あなたは最高だ」

菅公は血を拭い、口元を歪めた。

展延による無下限の中和と遠距離からの術式攻撃の応酬。このまま泥沼の殴り合いを続けたところで、呪力量と「六眼」による効率的な呪力運用を誇る五条悟を削り切ることはできない。

決着をつけるには、呪術の極致――結界術の頂点を見せるしかない。

菅公は静かに両手を胸の前で合わせ、特異な印を結んだ。

彼の全身から溢れ出す呪力が、これまでの比ではない圧倒的な密度と質をもって空間を塗り替えていく。大気が、地面が、雲が、すべてが黄金の雷光を帯びて震え始めた。

「僕のすべてを賭けて、あなたを消滅させます」

菅公の口から、重厚な言霊が紡がれる。

「領域展開――『桑原桑原(くわばらくわばら)』」

瞬間、世界が反転した。

廃墟の街並みは跡形もなく消え去り、見渡す限りの視界を埋め尽くしたのは、地平線の彼方まで広がる純白の「無限の雲海」だった。

そしてその雲海を穿つように、天を突く幾千、幾万もの巨大な「黄金の鳥居」が整然と立ち並び、神聖かつ荘厳なる神域を形成する。

雲海の遥か上空には、幾層にも重なる漆黒の雷雲。そこから覗くのは、一瞬の隙もなく明滅する数億の黄金の雷光。

一回でも触れれば、対象の存在そのものを原子レベルで消し飛ばす圧倒的な必殺の必中効果を宿した、土師菅公の絶対の領域。

神聖なる鳥居の列柱のただ中に立つ五条悟は、その光景を見渡し、心底感心したように息を漏らした。

「素晴らしいね。雲海と黄金の鳥居……まさに菅公、神としての領域か。数億の雷が絶え間なく降り注ぐ必中効果……直撃すれば僕の『無限』の上からでも肉体をすり潰される」

しかし、五条の顔に恐れはなかった。

彼はゆっくりと右手に巻かれていた目隠しに手をかけ、それを引き下げた。

露わになったのは、青空のように透き通り、宇宙の理を映し出す六眼。

「でもね、菅公。領域の押し合いなら――僕が負けるわけないでしょ」

五条が右手の食指と中指を交差させ、印を結ぶ。

その瞬間、黄金の神域を包み込むように、無の空間が押し寄せてきた。

「領域展開――『無量空処(むりょうくうしょ)』」

黄金の鳥居と雲海が広がる神聖なる『桑原桑原』の世界へ、宇宙の深淵とあらゆる情報の奔流を抱えた『無量空処』の結界が侵入する。

幾千の鳥居が並ぶ神域と、果てしない知覚の宇宙。

互いの絶対不可侵の領域が真っ向から激突し、結界の境界線で凄まじいスパークが飛び散った。

数億の雷撃が降り注ごうとする瞬間、無量の情報が菅公の脳内へと流れ込もうとし、互いの領域の「必中効果」が打ち消し合い、押し合いを始める。

絶対の雷帝の神域か。

無限の知覚の宇宙か。

二つの「最強」の領域が交錯し、世界が白光に包まれていく――。

 




はい、やっぱり五条さんの術式チート過ぎるでしょ!こんなもんどう突破しろと言うのやら。領域の押合いの果てに待つものとは次回をお楽しみに!!
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