天神の加護と共に   作:キヨシ

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従前たる敗北をきした菅公。彼の慟哭と更なる飛躍を誓うお話になります。※今回は少し短めです。


第23話 事後

果たし合いが終わってから、はや一週間。

高専の医務室は、重苦しい静寂に包まれていた。

ベッドの上に横たわる土師菅公の体には数々の包帯が巻かれ、点滴の管が繋がれている。一週間もの間、彼は一度も目を覚ますことなく、死んだように眠り続けていた。

その時である。

ズズズ……と、部屋の中の空気が急速に重くなった。

眠り続ける菅公の身体から、突如として呪力が暴走するように膨張し始めたのだ。

シュシュ……と小さく鳴りを潜めていた電流の音が、次第に「バリバリ!」という激しい放電音へと変わる。そして、彼の肌の表面を、あの死闘の最後に見せた「赤い雷」が脈動するように走り始めた。

大気が軋む。医務室のガラス窓が微細に振動し、設置された医療機器のモニターが狂ったような数値を弾き出す。

ベッドの傍らに立っていた五条悟は、目隠しの下で「六眼」を鋭く見開いた。

(……なんだ、これは? 眠ったまま、呪力が質を変えて拡がっている……? あの時の赤い雷……ただの不完全な覚醒じゃなかったってことか?)

五条の頬を一筋の緊張が走る。あの「最強」である五条悟すらも警戒せざるを得ない、禍々しくも圧倒的な神威の鳴動。菅公の中に眠る「菅原道真」の末裔としての真の恐怖が、産声を上げようとしていた。

だが——。

ピクッ、と菅公の指先が動いた。

次の瞬間、菅公の長いまつ毛が震え、薄く瞼が開かれる。

深い紫紺の瞳が露わになったその瞬間、部屋を満たしていた圧倒的な呪力の膨張も、凶悪に脈動していた赤い雷も、まるで嘘のように静まり返った。何事もなかったかのように、静かに、そして深く菅公の体内に息を潜めたのだ。

「……ん……っ……」

朦朧とする意識の中で、菅公は小さな声を漏らした。

視界が霞む。天井の白い蛍光灯の光が眩しい。全身を襲うのは、重く、鉛を呑み込んだかのような劇的な倦怠感と痛みの残滓だ。菅公は己が生きていること、そしてここが高専の医務室であることをゆっくりと理解しようとしていた。

「やあ、目が覚めたかい。化け物じみた生命力だな、まったく」

だるそうな、しかしどこか呆れたような声が聞こえた。

視界の端に映ったのは、白衣を着てタバコ(の箱)をポケットから覗かせている女性——家入硝子だった。硝子は菅公の脈を取り、眼球の反射を確認しながら淡々と言い放つ。

「菅公、お前が一週間丸々眠りこけてたんだよ。反転術式で外傷は塞いだが、呪力欠乏と精神の損耗が酷すぎる。……言っておくが、暫くは絶対安静だ。指一本動かすのも本来なら許可したくないね」

「一週間……僕が……?」

掠れた声で菅公が呟く。

その横で、壁にもたれかかっていた五条が、ふっと息を吐いて身を起こした。

「ほんと、ヒヤヒヤさせないでよ菅公。硝子の言う通り、君は死にかけてたんだからね。……まあ、最後のあの『赤い雷』には、ちょっとだけ驚かされたけどさ」

五条は軽い口調でそう言うと、菅公の顔をじっと見つめた。その目隠しの奥の視線には、教え子を見る温かさと、一人の呪術師として対等に警戒する鋭さが同居していた。

「覚醒の報告、夜蛾学長にしてくるよ。あのおっさん、君が死んだら土師家に何て申し開きすればいいか頭抱えてたからね。じゃ、安静にしてなよ」

ひらひらと手を振りながら、五条は長い脚を動かして医務室を去っていった。その背中を見送りながら、菅公の胸の中に黒い感情が渦巻き始める。

(五条さん……。あの人は、まだあんなに余裕なんだ。僕が命を削り、全てを賭けて届かなかったのに……あの人は何一つ失っていない……)

五条が去った直後のことだった。医務室の扉が再び静かに開く。

「菅公……!」

入ってきたのは、厳格な面持ちの中に深い悲痛を隠しきれない父、土師宗矩。そして、その隣には、普段のビジネスライクな笑みを消し、真剣な眼差しを向けた師匠の冥冥が立っていた。

「父さん……冥冥師匠……」

菅公の姿を見た瞬間、宗矩は駆け寄り、我が子の無事を確認するように肩に手を置いた。

「無事だったか……無事だったのだな、菅公……! 五条悟と果たし合いなどと、無茶なことを……!」

父の言葉が、菅公の胸を強く刺した。

無茶。そうだ、無茶だったのだ。どれほど体術を鍛えようと、どれほど術式『落落雷雷』の出力を上げようと、展延を使おうと、領域を展開しようと——自分は敗北したのだ。ボロ雑巾のように打ち捨てられ、一週間も昏睡し、最後に見せた泥縄の半覚醒すら身体が耐えきれずに自壊した。

圧倒的な敗北感。無力感。憧れの男に届かなかった絶望。

「……っ……ぅ……っ!」

12歳にして178センチの巨躯を持つ少年は、溢れ出る感情を抑えきれなくなった。

ポロポロと、大粒の涙が目から零れ落ち、ベッドのシーツを濡らしていく。普段は敵対者を躊躇なく殺害し、冷徹に振る舞う菅公が、ただの「12歳の子供」に戻って泣きじゃくっていた。

「悔しい……っ! 悔しいよ父さん……! 僕は……僕はあんなに頑張ったのに……っ! 冥冥師匠に教えてもらったことも、自分の術式も、全部叩きつけたのに……っ!! 一歩も……五条さんに届かなかった……っ!!」

しゃくりあげながら、幼子のように泣き叫ぶ菅公。

その言葉には、途方もない屈辱と、五条悟という巨大な壁に対する純粋な悔しさが込められていた。

「二度と……二度と負けない……っ! 僕はもっと強くなる……! 悟さんも、他の誰のことも……僕の前に立つ奴は全員叩き潰す……! 二度と……負けないんだぁぁぁっ!!」

病室に響き渡る少年の悲痛な叫びと誓い。

宗矩は息を呑み、言葉を失っていた。息子の内に秘められた執念の深さに恐れをなしつつも、その背中をさすることしかできない。

その時、一歩前に踏み出したのは冥冥だった。

彼女は優雅な手つきで紫色の髪をかき揚げると、ベッドの脇に腰を下ろした。そして、泣きじゃくる菅公の大きな身体を、包み込むようにそっと抱きしめた。

「よしよし……よく頑張ったね、菅公」

冥冥の声は、いつもの金銭を追求する冷徹なトーンではなく、どこか母性に似た温かさに満ちていた。彼女は菅公の頭を優しく撫で、その背中をあやすようにゆっくりと叩く。

「君は十分に凄かったよ。12歳で五条悟をあそこまで追い詰めた男なんて、歴史上どこを探しても居やしない。私が見込んだ通り、君は素晴らしい『投資先』であり、私の自慢の弟子だ」

菅公は冥冥の胸の中で、鼻声を漏らしながら震えていた。

「でもね、菅公。悔しいと思うなら、その涙を忘れないことだ」

冥冥は菅公の顔を離し、その紫紺の目をまっすぐに見つめ返した。口元には、いつもの魅惑的で計算高い、だが確かな信頼を宿した笑みが浮かんでいる。

「五条悟という男は『最強』だ。だけど、君はまだ12歳。時間はいくらでもある。君の中にあるあの『赤い雷』……あれが完全に君のモノになった時、世界は再び君を中心に回り出す。……二度と負けないと誓うなら、私はどこまでも君に付き合うよ。もちろん、相応の指導料はいただくけれどね?」

「……師匠……」

「だから、今は泣きなさい。泣いて、傷を癒して、また私と地獄のような鍛錬を始めようじゃないか」

冥冥の温かい抱擁と、力強い言葉。それが菅公の傷ついた心にゆっくりと染み渡っていく。

菅公は小さく頷き、冥冥の服の袖を強く握りしめた。

悔し涙の向こう側で、土師菅公の眼光に宿る炎は、途絶えるどころかより一層深く、凶暴に燃え上がっていた。

敗北を知った神童は、静かに覚醒の時を待つ。次にその『落落雷雷』が世界を撃ち抜く時、五条悟ですら無傷ではいられないことを、菅公自身が誰よりも深く心に刻み込みながら。




圧倒的な敗北をきした者の慟哭はリアルでもありますからね、しかしそこからが真の成長の始まりです。菅公君の奮闘劇がいよいよ始まります。彼の人生は山あり谷ありジェットコースター様ですがだからこそ書き甲斐があります今後の展開を楽しみにお待ちください。皆様の感想をお待ちしております。
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