天神の加護と共に   作:キヨシ

26 / 27
はい、第25話です。雷神とは誰の事か皆さん分かりますか?


第26話 雷神の誘い(いざない)

消毒液の臭いと、家入硝子が吹かす煙草の煙が入り混じる東京高専の医務室。

「うん、完治だね。にしても……異常な回復速度だよ、ホント。反転術式を自力で回してるとはいえ、細胞の再生単位が常軌を逸してる。化け物かい、君は」

診察用のベッドから下りた土師菅公(はじすがきみ)に対し、家入はカルテから目を離さずに呆れたような声を漏らした。12歳でありながら178センチという恵まれた体躯を持つ菅公は、五条悟との果たし合いによって全身に負った壮絶な深手を、すでに跡形もなく塞ぎ切っていた。

「家入の言う通りだ。悟とまともに遣り合ってこの短期間で立ち上がるとはな。だが、無茶は二度とするなよ、菅公」

傍らに立っていた夜蛾学長が腕を組み、重々しく頷く。部屋の隅、壁に背をもたれかけさせていた五条悟は、黒い目隠しの奥で楽しそうに唇を吊り上げた。

「いやー、惜しかったねぇ菅公くん! 僕の領域を正面から受け止めて生きてるだけで満点あげちゃうよ。でもさ、僕に勝とうなんて100年早いよ? 次やる時はもっと骨のあるところ見せてよね」

「……お見苦しいところをお見せしました。夜蛾学長、家入先生……そして五条さん。手厚い治療と、貴重な学びをありがとうございました」

菅公はまっすぐに背筋を伸ばし、深々と頭を下げる。12歳とは思えぬ礼儀正しさと、その奥に秘められた研ぎ澄まされた刃のような佇まいを残し、菅公は東京高専を去っていった。

高専を後にした菅公がまず向かったのは、実家であり、父である土師宗矩(はじのむねのり)の元だった。

かつて五条悟という「最強」の存在を目の当たりにし、圧倒的な強さへの猛烈な憧憬と飢えを抱いた菅公。父はその尋常ならざる才能と執着を見抜き、金で動きつつも確実に「生き残る術」を叩き込む一流の術師・冥冥を引き合わせたのだ。

「父上、行ってまいります」

「うむ。冥冥殿のもとで更なる高みを目指すがいい。土師の血を引く者として、恥じることのなきよう」

父への挨拶を終えた菅公は、その足で京都の北野天満宮へと向かった。

境内には爽やかな風が吹き抜け、参拝客の賑わいに満ちている。菅公は菅原道真の御霊が祀られた本殿の前で静かに手を合わせた。

(五条悟……僕の術式、体術と呪力運用をもってすれば届くはずだった。だが、届かなかった。もっと……もっと強くならなければ、あの男の隣に並ぶことすら叶わない)

参拝を終え、師である冥冥の所に向かおうと境内を歩き出した、その時だった。

音もなく、世界の色彩が剥げ落ちていく。

周囲の参拝客たちは変わらず笑い合い、おみくじを引いたり写真を撮ったりしている。彼らには何も見えていない。何も感じ取っていない。菅公にしか知覚できない「ズレ」——いや、領域の侵食が起こっていた。

境内を覆い尽くすように現れたのは、晴れやかな日常とは真逆の、絶望的な光景だった。

どこまでも、どこまでも続くドス黒い雲海。その雲海を貫くように、根元から折れ、落雷によって黒焦げになり、ボロボロに打ち捨てられた数千、数万の鳥居が立ち並んでいる。

(これは……!?)

忘れるはずもなかった。五条悟との果たし合いの果てに打ちのめされ、意識を失っていた暗闇の中で目撃した、あの忌々しくも神聖な生得領域の風景と全く同じだったのだから。

「……再び会えたな、土師の末裔よ」

声が聞こえた。静かだが、底冷えするような低い声。骨の髄まで凍りつかせる重圧を孕んだ響き。

菅公が鋭い視線を巡らせると、眼前に「それ」は立っていた。

一言で表すならば、「灰色」であった。

身に纏う装束も、深く頭を覆うフードも、その隙間から覗く肌の質感すらも、全てが死灰のような無彩色に染まっている。生気というものが一切存在しない、異界の佇まい。

だが——たった一つだけ、鮮烈な色を放つ箇所があった。

顔の陰に位置する二つの目が、暗闇の中で爛々と、燃え盛る篝火のごとく琥珀色に輝いていた。

菅公は瞬時に警戒度を極限まで跳ね上げた。しかし、目の前に立ちはだかる灰色の男はそんな反応など意にも留めず、口を開いた。

「この世界は、貴様と私の領域が融合した世界。貴様が特級呪霊『源義経』の領域に飲み込まれ、瀕死の重傷を負った時に目覚め……五条の末裔に敗れた時に、真に覚醒した物だ」

灰色の男は、琥珀色の眼光を不気味に揺らしながら言葉を続ける。

「私は千年間、忘却の彼方へ追いやられて来た。……だが土師菅公、貴様という存在が誕生した事で、遂に現世へと帰還する事が出来たのだ」

菅公は男の放つ圧倒的な存在感に気圧されそうになりながらも、鋭い眼光で問いただした。

「……お前は、一体何者なんだ?」

男は静かに、だが天地を揺るがすような自負を込めて答えた。

「私には多くの名が有る。天之菩卑能命(あめのほひのみこと)、野見宿禰(のみのすくね)、土師猪手(はじのいで)……だが、貴様が敢えて呼ぶならば——“菅原道真”」

菅公の息が止まった。

菅原道真。五条悟の先祖であり、同時に我が土師家から分かれ出でた血族の到達点。

「……千年前の雷神様が、今更何の用だ」

菅公は動揺を押し殺し、冷ややかに吐き捨てた。道真はフードの奥で嘲笑うように息を漏らした。

「見ていられなかったのだよ、土師菅公。貴様の秘めたる力は本来、五条の末裔など足元にも及ばん。それどころか、雷神となった私すら凌ぐ可能性を秘めている。……だが貴様は、己の術式を恐れるあまり、本来の力の半分も引き出せていない」

「それがどうした! 術式を使わないのは、術式に頼り切らないように敢えて封じているだけだ。それが僕の流儀だ! 僕はこれからも冥冥師匠の下で鍛錬を積み、更なる高みに辿り着く!」

菅公の宣言を聞いた瞬間、道真はニヤリと醜く口元を歪めた。

「自分の流儀……? ふふ、ハハハハ! それは、お前の師を気取るあの女の流儀であろう?」

道真の声に、蔑みと嘲笑の色が濃くなる。

「あの女は貴様を半端に鍛え、ただ囲っているだけだ。己の支配を行き渡らせるためにな。実にくだらん女だ」

「師匠を……冥冥師匠を愚弄するな!!」

激昂した菅公の全身から、凄まじい呪力が爆発した。

通常の戦闘では決して使わないと心に決めていた術式——『落落雷雷(らくらくらいらい)』。その順転が、激怒のままに解き放たれる。

「術式順転——『飛雷遠雷(ひらいえんらい)』!!」

指先から放たれた目も眩むような青白い稲妻が、空気を裂き、音速を超えて道真の胸元へと一直線に突き刺さる。

しかし。

道真は避ける素振りすら見せず、スッと人差し指一本を掲げた。

バリィィィンッ!!

破滅的な破壊力を秘めていたはずの菅公の稲妻は、道真の人差し指の先端に触れた瞬間、まるでガラス細工のようにあっけなく弾き飛ばされ、砕け散った。

「なっ……!?」

驚愕に目を見張る菅公に対し、道真は静かにその指先を突き出す。

「これが——本当の雷だ」

道真の指先から放たれたのは、不吉な『紫』の稲妻だった。

ドガァァァァンッ!!!

「ガハッ……!?」

圧倒的なエネルギーの濁流。菅公は術式ごと吹き飛ばされ、雲海の上を何十メートルも転がった。

受身を取ろうと試みたものの脚に力が入らず、菅公はそのまま転倒。這いつくばったまま、泥を舐めるような姿で道真を睨みつけた。

道真はゆったりとした足取りで歩み寄ると、哀れみと憐憫に満ちた目で見下ろした。

「それが貴様の限界だ、土師菅公よ。あの脆弱な女に師事し続ける限り、貴様は五条の末裔には未来永劫敵わん。そして何者にもなれずに朽ち果てていくのだ」

「黙れ……! お前に、お前に何がわかる!!」

血を吐き出しながら吠える菅公に、道真は冷ややかに畳みかける。

「分かるとも。と言うより……貴様の方こそ気づき始めているのではないか? あの女が教えたのは、体術と効率的な呪力運用の仕方だけだ。だが貴様の本来の呪力の使い方は、細かく刻むのではなく膨大な呪力で押し潰すものだ。さらに言えば、術式の強化は何一つ手付かず。なぜなら、あの女にお前の術式を育む術(すべ)がないからだ」

菅公は一瞬、狼狽えた。

図星だった。術式『落落雷雷』の開発は誰からも教わらず、自分一人で行ってきた。そして五条悟と戦う以前から、自身の術式の強化に限界を感じていたのだから。

だが、菅公はその思考を振り払うように叫びたてた。

「術式の強化は、呪力の効率的な運用を強化すれば自ずと育つ! たとえ巨大な呪力を持っていても、それを上手く扱えなければ宝の持ち腐れだ!!」

「その結果が先程の有様だ。同じ『飛雷遠雷』でも、私の込める呪力の方が遥かに強大。貴様はその膨大な呪力を引き出せず、私に打ち負けた。五条の末裔の領域に打ち負けた様にな」

道真の甘く恐ろしい誘惑は続く。

「真の力を引き出すには、同じく真なる力を身につけた者にしか出来ん」

「……何が、言いたい……」

倒れ伏したまま、息も絶え絶えになりながら問う菅公。道真は静かに手を差し伸べた。

「我が弟子となれ、土師菅公。貴様に、まだ見ぬ無限の力を見せてやろう」

重苦しい空気。だが、菅公は血に濡れた唇を歪め、吐き捨てるように笑った。

「……はっ。……生憎と、宗教の勧誘ならお断りだ」

暫くの沈黙の後、道真が深く息を吐いた。

「ふふ……そうか。だが貴様は必ず、私の教えを求めてくる。……必ずな」

琥珀色の眼光が怪しく光る。

「……その時を楽しみにしているぞ」

そうと言い残すと、灰色の男は薄い霧のように消え去り、いつの間にか異様な生得領域も霧散していた。

ハッと我に返ると、菅公は北野天満宮の境内の石畳の上に倒れ伏していた。周囲の参拝客は何事もなかったかのように通り過ぎていく。

「つっ……ふぅぅ……!」

体に残る凄まじいダメージに耐えながら、菅公は体内で反転術式を限界まで回した。正の呪力が全身を駆け巡り、破壊された組織や神経を強引に修復していく。

「ハぁ……ハぁ……っ」

荒い息を吐きながら立ち上がった菅公は、道真が残した不吉な言葉を振り払うように眼光を鋭く燃え上がらせた。

(見ていろ……僕は僕のやり方で、あの男を超えてみせる……!)

立ち止まっている暇はない。菅公は傷つく肉体を反転術式で治癒させながら、足早に冥冥のもとへと駆け出した。




はいと言うわけで三大怨霊の一角を担うお方が登場しました。何だか怪しい展開になってきましたが菅公君はこの試練に無事、打ち勝つ事が出来るのでしょうか。皆様、乞うご期待です♪皆様の感想と評価もお待ちしております♪
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。