天神の加護と共に   作:キヨシ

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今回のじゅれじゅれなる日々はココまでです!今回は真依ちゃん回です。


第37話 じゅれじゅれなる日々4

初夏の風が、新緑に彩られた都立呪術高等専門学校の木々を静かに揺らしていた。

東京校に入学してから、はや二ヶ月半。高専の目まぐるしい日常にもすっかり慣れた休日、十五歳にして百八十三センチという並の大人を超える体躯を持つ土師菅公は、丁寧に手入れされた制服ではなく、仕立ての良い私服に身を包んで東京駅のホームに立っていた。

目的地の札には『京都』とある。

普段は東京校の生徒として籍を置き、時には五条悟や冥冥といった規格外の術師たちの無茶振りに応えながら任務をこなす日々を送る菅公だが、週末の予定だけは入学当初から固く決まっていた。

「菅公、あんた休日は絶対に京都に来なさいよ。来なかったら……呪うから」

高専入学直前、あの少しツンとすました顔で、けれどどこか縋るような瞳で真依から告げられた約束。それを菅公が破るはずもない。

菅公が乗った東海道新幹線が静かに滑り出し、窓の外の景色が速度を上げて流れていく。

背もたれに体を預けながら、菅公は薄く微笑んだ。

菅公のルーツは、五条家の先祖である菅原道真の、さらにその先祖にあたる古き陰陽と祓いの血脈『土師(はじ)家』の末裔にある。五条悟のような規格外の眼(六眼)や無下限呪術とはまた異なる、強大な雷鳴を孕む『落落雷雷』という術式を体に刻んで生まれてきた。通常の戦闘において、菅公はその圧倒的な身体能力と冥冥仕込みの体術、そして鋭い呪力操作のみで敵を打倒し、術式を意図的に使うことはない。なぜなら、一度その術式を開放すれば、敵対する存在を骨も残さず灰燼に帰し、皆殺しにしてしまうからだ。

師である冥冥は、かつて菅公の戦闘スタイルを見てこう言った。

『菅公、君のその容赦のなさと、術式を使わずに相手を叩き潰す冷徹さは、実に効率的だ。だがね、そういう殺伐とした日常にこそ、リターン(対価)としての潤いが必要だよ。例えば……大切な存在への投資だ』

金にしか興味がないような口振りでそう語った冥冥だったが、その言葉の本質を菅公は理解していた。戦場で一切の情を捨てて敵を屠る自分にとって、真依や真希という存在がいかに心の均衡を保っているか。

新幹線が京都駅に到着し、菅公は改札を抜けて京都校へと続く静謐な参道へ足を進めた。

歴史を感じさせる重厚な門の近く、青々とした木陰に、一人の少女が佇んでいた。

ショートカットの黒髪を揺らし、少し退屈そうに爪先で地面を弄っているのは、禪院真依だ。菅公と同い年の十五歳。

「……遅い」

菅公の姿を認めた瞬間、真依はパッと顔を輝かせかけたが、すぐにそれを隠すように不機嫌そうな顔を作って唇を尖らせた。

「ごめんね、真依。東京を出る時に五条さんにつかまりそうになってね。『菅公〜、京都行くならお土産に八ッ橋買ってきて〜』なんて言われたのを振り切ってきたんだ」

「ふん、相変わらずあのバカ目隠しは菅公を使い走りみたいに扱って……。まあいいわ。約束通り、ちゃんと来たから許してあげる」

真依はつんと澄ました態度をとっているが、その一歩を踏み出す足取りは軽やかで、菅公の隣に並ぶと、ごく自然にその腕に自分の手を絡めてきた。

百八十三センチの菅公と、まだ少女の柔らかさを残す真依。身長差のある二人が並んで歩く姿は、傍目から見ればどこか大人びた若者たちのデートそのものだった。

「どこに行く? 真依の行きたいところならどこでも付き合うよ」

菅公が視線を落として優しく語りかけると、真依は少しだけ頬を朱に染め、菅公の袖をぎゅっと握りしめた。

「今日は……京都校の私の部屋でいいわ。校舎の方には誰もいないし、静かだから。……二人きりで、話したいの」

「うん、分かった」

二人で歩く京都校の敷地は、東京校とはまた違った格式高く重苦しい雰囲気を纏っていた。しかし、真依と二人で歩くこの道だけは、菅公にとって何よりも穏やかな時間だった。

真依の部屋は、整然と片付けられており、女の子らしいほのかな甘い香りが漂っていた。

菅公は畳の上に腰を下ろし、持ってきていた紙袋を机の上に置いた。

「これ、東京で人気の洋菓子店で買ってきたケーキ。一緒に食べようと思って」

「ふうん……気が利くじゃない。お茶、淹れてあげるわね」

真依は嬉しさを隠しきれない様子でポットに手を伸ばし、急須でお茶を淹れ始めた。その背中を見つめながら、菅公の頭には十年前の光景が蘇っていた。

当時、五歳だった菅公は、家柄の交流の一環として禪院家の屋敷を訪れたことがあった。

そこで出会ったのが、巨大な相伝の家柄の中で『落ちこぼれ』と蔑まれ、怯え合いながら身を寄せ合っていた幼い双子——真希と真依だった。

呪力が見えない真希と、呪力が極めて少ない真依。周囲の冷ややかな目線と悪意の中で泣いていた幼い二人に、菅公は迷わず手を差し伸べた。

『僕が君たちを守るよ。何があっても、味方だから』

当時の菅公はまだ幼かったが、土師家の血を引く圧倒的な資質と、冷徹なまでの威圧感を既に漂わせていた。禪院家の大人たちが幼い菅公の背後にある『力』を警戒し、双子への過度な虐待を思いとどまったのは、菅公が存在を示し続けたからでもあった。

「……何ボーっとしてるのよ、菅公」

真依が湯気の立つお茶と、切り分けたケーキをお皿に乗せて運んできた。

向かい合わせに座る真依。真依はケーキを一口口に運ぶと、ほうっと満足そうな吐息を漏らした。

「美味しい……。こういうの、京都校の男どもには絶対に分からない感覚ね。東堂なんて暑苦しいし、加茂は生真面目過ぎるし……本当、菅公がいてくれて良かったわ」

「真依が喜んでくれて嬉しいよ。……あ、そういえば真希のことだけど」

菅公がその名前を口にすると、真依の手が一瞬止まった。

「真希が高専に入る少し前に、急に髪をポニーテールにしたの覚えているかい? 最近、東京校での訓練でもあのポニーテールを揺らしながら、相変わらず男勝りな口調で薙刀を振るっているよ。『菅公! 今日こそ一発ぶち込んでやる!』なんて言ってね」

真依は小さく鼻を鳴らした。

「ふん……あいつ、相変わらずバカみたいに突っ走ってるのね。『禪院家を見返す』なんて大きな口叩いて、勝手に私を置いて東京に行っちゃって……」

真依の言葉には、姉に対する複雑な憎しみと、それ以上に強い愛着と寂しさが混ざり合っていた。

「真希は不器用だからね。でも、真依のことを忘れた日なんてないよ。真希も、真依が京都で頑張っているのを気にかけている」

「……知ってるわよ、そんなこと。あのバカの考えることくらい、双子の私にはお見通しなんだから」

真依は強がるように言って、お茶を一口飲んだ。そして、少しだけ視線を落とすと、ぽつりと呟いた。

「でも……私にとっては、真希が東京に行ったことよりも……菅公が東京校を選んだことの方が、ずっとショックだったんだからね」

「真依……」

「分かってるわよ。あんたは五条悟や冥冥とかいう規格外の連中と並んで戦うような怪物なんだから、東京校にいる方が都合が良いんでしょう? 私みたいな『構築術式』で弾丸一発作るのが限界な落ちこぼれと一緒にいても、足引っ張るだけだし……」

真依の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。

普段、強烈な皮肉や強い態度で自分を武装している真依が、菅公の前でだけ見せる弱音。

菅公は静かに立ち上がると、真依の隣へと移動し、畳の上に腰を下ろした。

百八十三センチの大きな体が、真依の小さな体を包み込むように寄り添う。

「そんなこと、一度も思ったことはないよ」

菅公は真依の華奢な肩を優しく抱き寄せた。真依は拒絶することなく、そのまま菅公の胸元に顔をうずめてきた。菅公の服から香る、清潔で落ち着く匂いに、真依は体の力を抜いていく。

「僕は、敵対する相手なら誰であろうと容赦なく殺す。それが術師としての僕の冷酷な部分だ。でもね、真依。僕が何のために強くなろうとしているか、分かるかい?」

真依は菅公の胸に顔をうずめたまま、小さく首を振った。

「真希と、そして真依。君たち二人が、誰にも脅かされず、笑って過ごせる場所を作るためだよ。僕にとって真依は、守るべき大切な存在であり……僕の心を人間にとどめてくれる、かけがえのない光なんだ」

菅公の温かい手が、真依の短い黒髪を優しく撫でる。

菅公の言葉は飾り気のない本心であり、その力強い響きに、真依の胸は甘く激しく締め付けられた。

「……ずるいわね、菅公は」

真依は顔を上げ、菅公の瞳をまっすぐに見つめ返した。その頬は赤く染まり、濡れた瞳には菅公の姿だけが映っていた。

「そんなこと言われたら……私、あんたなしじゃいられなくなっちゃうじゃない」

「いいよ。ずっと僕の側にいればいい」

「……バカ」

真依は爪先立ちになるようにして、菅公の首に細い腕を回した。

二人の距離が縮まり、真依の吐息が菅公の唇に触れるほど近くなる。

「東京校で……変な女に引っかかったりしたら、絶対に許さないんだからね。真希も含めて、あんたは私たちのものなんだから」

「ふふ、冥冥さんにもよく言われるよ。『菅公、君のプライベートは高くつきそうだね』って」

「冥冥ってあの守銭奴の女術師でしょ? ああいう食えない大人に騙されちゃダメよ。菅公は素直すぎるんだから」

「気を付けるよ」

真依は小さく笑うと、菅公の頬にそっと自分の頬を寄せた。

畳の上で、二人の鼓動が静かに重なり合っていく。

外では初夏の風が吹き抜け、庭の木々がサワサワと葉を鳴らしていた。呪詛や呪霊、家柄の縛りや血生臭い戦闘といった暗い現実から遠く離れた、二人だけの小さな世界。

「ねえ、菅公」

「なあに? 真依」

「今日の夕方まで……ずっとこうしてて。どこにも行かないで」

「ああ、約束するよ。今日は一日中、真依の側にいる」

菅公は抱きしめる力を少しだけ強め、真依の髪に優しくキスを落とした。

真依は満足そうに瞳を閉じ、菅公の体温を全身で感じ取りながら、深く息を吐き出した。

東京校に入学して二ヶ月半。週末に訪れるこのわずかな甘い時間が、二人にとって何よりも尊く、戦いへと向かう力を与えてくれる宝物だった。

静かな京都の部屋で、二人は寄り添い合いながら、穏やかな休日の時間を紡ぎ続けていった。




また、じゅれじゅれなる日々は書きたいのである程度ストーリーを進めたら書きたいと思います。
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