天神の加護と共に   作:キヨシ

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はい、いよいよ二年生全員集合です!


第41話 転校生

東京都立呪術高等専門学校の敷地内には、重厚で静謐な気が満ちていた。

どこか冷やりとした山の空気、立ち並ぶ木々の隙間から差し込む朝日、そして遠く聞こえる鳥の羽ばたき。そのすべてが、どこか現実離れした浮世の異空間であることを主張している。

乙骨憂太は、高専の境内へと続く朱塗りの鳥居の前に立ち、幾度目かの深呼吸を繰り返していた。

胸の奥に燻る、消えることのない底知れない不安。昨日、正式に入学が決まり、自分という存在が辛うじて「生かされる」ことになったのだという実感が、今になってじわじわと頭を締め付けていた。今朝、与えられた部屋で静かに口にした精進料理の味は、どこか素朴で優しいものであったはずなのに、緊張のあまりほとんど覚えていない。

着慣れない真新しい白い制服。黒を基調とした高専の制服の中で、なぜ自分だけが白いのか。その異質な色合いすらも、自分がここに存在する「歪み」を象徴しているようで落ち着かなかった。

「おはよう〜、来たね」

朱塗りの鳥居の柱にもたれかかるようにして、白髪の男――五条悟がニコリと笑いながら出迎えた。

目元を覆う怪しげな包帯の奥からでも、その軽いノリと同時に発せられる底知れない圧迫感がひしひしと伝わってくる。

「あ……は、はい。おはようございます、五条先生……」

乙骨はペコリと頭を下げながら、力なく挨拶を返した。

その顔色は青白く、目の下には濃い隈がくっきりと刻まれている。昨日もまともに眠れなかったのだろう。自分の中に巣食う「彼女」の存在と、これから始まる未知の世界への恐怖。その重圧が、乙骨の不安そうな表情をより一層助長させていた。

「ん〜、あんまり寝られてない顔だねぇ。まあ無理もないか! じゃ、行こっか。君が今日から一緒に勉強する同級生たちが待ってるよ」

五条は気に留めた風もなくひらひらと手を振ると、くるりと背を向けて長い脚で歩き出した。

乙骨はその背中を追うように、おそるおそる歩みを進める。長い回廊を抜け、重厚な木造の校舎へと向かう途中、乙骨の頭の中はまだ見ぬクラスメイトたちのことでいっぱいだった。

(どんな人たちなんだろう……。仙台で僕を助けてくれた、あの背の高い人みたいな人なら良いんだけど……)

仙台の学校で自分を保護してくれた少年――土師菅公(はじすがきみ)の姿が頭をよぎる。15歳とは思えない183センチの恵まれた体躯と、どこか世俗を離れたような落ち着いた雰囲気。彼以外のクラスメイトが一体どんな人物なのか、乙骨の胸の内で不安はさらに大きく膨らんでいった。

◆

――時は、数時間前に遡る。

朝の光が薄っすらと参道を照らす時間帯。高専の寮から校舎へと向かって歩く三人の人影があった。

「聞いたか? 今日来る転校生、クラスメイト四人をロッカーに詰めたんだと」

大きな身体を揺らし、のしのしと歩きながら話を切り出したのは、巨体のパンダである。

その突拍子もない内容に、隣を歩いていた小柄な少女――禪院真希が、険しい目つきで眉をひそめた。

「殺したの?」

開口一番、物騒極まりない問いを投げかける真希。その手に握られた薙刀の柄をぎゅっと握り直す様子は、すでにいつでも戦闘に入れるかのようだ。

「ツナマヨ?」

もう一人、ハイネックの襟で口元を隠した小柄な少年――狗巻棘が、おにぎりの具材だけで感情を表現する。言葉のイントネーションからは「マジで?」という困惑と好奇心が伺えた。

「いや、重症らしい」

パンダはあっけらかんとした調子で返す。四人を死に至らしめてはいないものの、重症を負わせたという事実は十分に異常だった。

「ふ〜ん、まぁ、生意気なら〆るまでよ」

鼻で笑いながら言い捨てる真希のセリフは、いちいちヤンキー風で物物しい。転校生がどれほど荒っぽい奴であれ、自分たちの領域を乱すならば力づくで分からせるまでだと言わんばかりだ。

そんな真希の攻撃的な反応を見て、棘は呆れたように肩をすくめた。

「おかか」

(落ち着けよ、とでも言いたいのだろう)

そんな三人の後ろから、不意に朗らかな声が響いた。

「お〜い」

声の主は、我らが主人公――土師菅公その人であった。

15歳にして183センチという並外れた高身長。ゆったりとした高専の制服を格好よく着こなし、すっと通った鼻筋と穏やかな瞳をたたえた少年が、長い足取りで三人に追いついてくる。

「おはよ〜」

菅公が柔らかい笑みを浮かべて声をかけると、三人はそれぞれ思い思いの挨拶を返した。

「おは」(真希)

「オッス!」(パンダ)

「五目」(棘)

狗巻棘の語録にまた一つ新しいおにぎりの具が増えた気がするが、誰もそれに深く突っ込むことはしない。それがこの学年の日常だった。

歩調を合わせながら歩き出すと、パンダが興味深そうに菅公へと視線を向けた。

「菅公、転校生の話、聞いてるか?」

「うん、知ってるよ、昨日会ったからね」

あっさりと答える菅公に、真希が驚いたように目を丸くして振り返った。

「何だよ、もう会ってたのかよ」

「昨日、その転校生を仙台市の学校で保護したのが僕だからね」

菅公は何でもないことのように言ったが、三人にとっては初耳だった。五条悟が単独で動いていたと思っていた仙台の現場に、菅公も同行していたのだ。

「へぇ〜どんな奴なんだ? やっぱ噂通り荒っぽい奴か?」

「ツナマヨ?」

パンダと棘が身を乗り出して尋ねる。ロッカー詰めの噂の真相、そしてその転校生の人物像に興味津々の様子だ。だが、菅公は人差し指を口元に当て、にやりと微笑んだ。

「内緒」

「何だよ、教えろよ!」

「おかか!」

思わせぶりに察しをはぐらかす菅公に対し、真希と棘が即座に詰め寄る。真希は額に青筋を浮かべ、棘もまた語気を強めて抗議するが、菅公は「まあまあ」となだめるように両手を広げ、頑なに秘密を通した。

菅公の表情から悪戯っぽい笑みが消え、少しだけ真面目な色が差す。

「色々、事情がある子だから三人には尾鰭の付いた噂や色眼鏡でその子を見て欲しく無いんだ」

その声には、15歳とは思えない不思議な説得力と優しさが込められていた。菅公は知っているのだ。乙骨憂太という少年が、決して暴力的で荒っぽい人間ではなく、むしろ誰よりも深く傷つき、怯えている繊細な少年であることを。そして、彼の背後に控える「暴威」の凄まじさを。

(もし敵対する相手なら、僕だって容赦なく『落落雷雷』で皆殺しにするところだけど……あの子は守るべき対象だからね)

菅公の内に秘められた冷徹な呪術師としての側面――敵対者には一切の容赦をしない圧倒的な攻撃性――は、今の温厚な態度からは微塵も感じられない。

真希たちは若干、不満気な顔を見せたものの、菅公がここまで言うのだから何か深い理由があるのだろうと一応は納得したらしい。それ以上は何も追及せず、四人は並んで教室へと向かったのだった。

◆

そして、物語の時間は再び冒頭へと巻き戻る。

木造校舎の一角にある教室。四人がそれぞれの席に着くと、しばらくしてガラリと引き戸が開いた。担任である五条悟が、相変わらずの軽いノリで足を踏み入れてくる。

「転校生を! 紹介しやす‼︎ はい! 皆んなテンション上げて‼︎」

パンパンと手拍子を打ちながら、朝から無駄に高いテンションで宣言する五条。しかし、生徒側の反応は冷ややかなものだった。真希が腕を組み、ツッケンドンに吐き捨てる。

「随分と尖った奴らしいじゃん、そんな奴の為に空気作りなんてゴメンだね」

「しゃけ」

棘は即座に真希の言葉に同意し、顎を引く。

「………」

パンダは無言であったが、その大きな身体を揺らし、概ね真希たちと同意見であることを示していた。転校生に対する警戒感と突っぱねるような空気が、教室内に重く立ち込める。

そんな中、四人目のクラスメイトである土師菅公は、あまりの空気の剣呑さにそっと手で頭を抱えていた。

(真希、君が一番尖ってるからね……)

心の中で静かにツッコミを入れる菅公。一番「尖っている」真希が「尖った奴」を警戒しているというなんとも皮肉な状況に、菅公は苦笑いを噛み殺しながら、扉の向こうで待機しているであろう乙骨の入室を待った。

五条は生徒たちの冷ややかな反応などどこ吹く風で、ひらひらと手を振った。

「入っておいで〜」

場の重苦しい空気をまったく読まない、軽い呼びかけ。

その声に応じて、ガラガラ……と静かに扉が開き、少し下を向きながら乙骨憂太本人が足を踏み入れ――た、その瞬間だった。

――ゾワリ。

強烈な、息もできないほどの悪寒が、真希、パンダ、棘の三人の背筋を駆け抜けた。

いまは夏本番。眩しい日差しが照りつける季節であるにもかかわらず、教室内の温度が極限まで急降下したかのような錯覚。しかし、その寒気は気温の変化によるものでは決してない。

――命の危険。

生物としての本能が、目の前に現れた異物に対して鳴らす最大限の警鐘。脳の底から湧き上がる猛烈な拒絶反応。入室してきた華奢で頼りなさげな少年の背後に、広大でドス黒い、底の知れない圧倒的な暴威が渦巻いているのを感得した瞬間であった。

ハッと目を見開いた三人――真希、棘、パンダは、考えるよりも早く、咄嗟に戦闘態勢に入っていた。

真希は手にした長大な薙刀を鋭く振り抜き、乙骨の首元、すぐ真横の木枠へと容赦なく突き立てた。ガツンと鈍い音が響き、刃が教室の柱を削る。

「これ何かの試験?」

冷や汗を垂らしながらも、真希は油断なく乙骨を睨みつけ、問いを投げかける。さらに、恐怖に固まる乙骨に向けて、氷のように冷たい声を叩きつけた。

「お前、呪われてるぞ。此処は呪いを学ぶ場だ。呪われてる奴の来る所じゃねぇよ」

緊迫感が極限に達し、一触即発の空気が流れる。乙骨は刃を突きつけられ、青ざめた顔で硬直していた。

そんな剣呑な空気を完全に無視して、今までダンマリを決め込んでいた五条が、どこか楽しそうに解説を始める。

「日本国内での怪死者、行方不明者は年平均一万人を超える。その殆どが人から抜け出した負の感情、呪いの被害だ。中には呪詛師による悪質なモノもある。呪に対抗出来るのは同じ呪いだけ、此処は呪いを祓う為に呪いを学ぶ都立呪術高等専門学校だ」

飄々としたトーンで語られる高専の存在意義。

(事前に言ってよ!)

何の前情報もなく、命の危険を感じているこの土壇場で説明された乙骨は、戸惑いを隠せずに心の中で叫んだ。

そして、乙骨に向けて殺気剥き出しで警戒していた三人(真希、棘、パンダ)もまた、五条の呑気な態度に思わず素に戻っていた。

(え? 今、教えたの?)

あまりのノリの軽さとタイミングの悪さに、ドン引きする三人。

そんなコントのような滑稽な状況を、一人冷静に静観していた菅公が、やれやれといった風に後ろから声をかけた。

「お〜い、そろそろ離れた方がいいよ」

菅公の声には、一切の悪ふざけがない確信がこもっていた。

三人(真希、パンダ、棘)は「え?」と疑問に思いながら、言われた通りに振り返り、乙骨から距離を取ろうとする。

しかし、時すでに遅し。

次の瞬間、地の底から響くような、重く、ドス黒い少女の声が教室中に木霊した。

『憂太を〜〜〜〜〜〜〜っ!!!! 虐めるな!!!!』

ギギギ……と空間が軋む音。乙骨が立っている背後の黒板から、常理を逸脱した巨大で禍々しい二本の腕がヌルりと伸び出た。空間を押し潰すような圧倒的な呪力の奔流。それは乙骨の前に陣取っていた三人(真希、パンダ、棘)に向かって、容赦なく襲いかかった!

「待って! 里香ちゃん!」

フィアンセである乙骨の必死の制止の声も、暴走する巨大な呪いには届かない。

ドカァンッ!!!!

教室内に爆音が響き渡り、激しい木くずと煙が巻き起こる。

そんな大惨事の真ん中で、乙骨の過去について粗方説明を終えた五条が、呑気に手を叩いた。

「と言う訳で、そんな大好きな里香ちゃんに呪われてる乙骨憂太君で〜す! 彼に攻撃すると里香ちゃんの呪いが発動したりしなかったりするから」

煙が徐々に薄れていく中、五条は何事もなかったかのようにすっきりと笑顔を浮かべ、パンと姿勢を正した。

「気をつけて!」

煙の向こう側では、三人共頭の上に実に見事な大コブを作り、床に倒れ伏していた。痛みに耐えながら、三人は心の中でまったく同じツッコミを激しく叩きつける。

(((先に言えよ!!!!)))

荒れ果てた教室、頭を押さえて悶絶する真希と棘。

そんな中、菅公は倒れているパンダの姿に目を留め、一際驚いた顔をしていた。

パンダの鼻から、たらりと流れる赤い液体。

(呪骸って血出るんだ⁉︎)

特級過呪怨霊『折本里香』の圧倒的な威力や、壊れた教室の凄惨さなど完全にそっちのけで、菅公はそんなどうでも良い発見に一人心の中で深く感心していた。

彼の内側に眠る『落落雷雷』という凄惨な術式と、敵対者を皆殺しにする冷徹な本性。それらとは裏腹に、目の前の奇妙な事象に純粋な好奇心を抱く183センチの少年・土師菅公は、呆れ顔の五条と、困惑しきった乙骨憂太を交互に見つめながら、静かに息を吐くのだった。

こうして、波乱に満ちた東京都立呪術高等専門学校一年生の新しい日々が、幕を開けたのである。




無事、乙骨君も合流し嬉し恥しのドキドキスクール劇スタート!!!
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