天神の加護と共に   作:キヨシ

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いよいよ、迦具土との決着です。


第55話 神殺し

蛇のように蠢き、狂い咲く炎の柱。それに右腕を掴まれた瞬間、皮膚が弾け、脂が焦げる嫌な臭いが鼻腔を穿った。

抗う暇すら与えられず、強烈な引力によって空間の亀裂——火神『迦具土』の神域へと引きずり込まれる。

視界が真っ赤に染まる中、ふと己の右腕に目をやった。

先程まで腕を固く締め上げていた獄炎の火柱は消えていたが、代わりに残されたのは炭化し、黒くボロボロに朽ち果てた肉の塊だった。指先から肘上まで、生気の欠片もない黒炭と化している。神経は焼き切れているはずなのに、魂の根底を炙られるような狂おしい痛疼が突き抜けた。

「——くッ!」

土師菅公は躊躇わなかった。左手を即座に右肩の付け根に添え、呪力を一点に集中させると、炭化した己の腕を迷いなく力任せに引きちぎった。

ドクン、と灼熱の血が噴き出すが、瞬時に体内の呪力を巡らせて止血する。引きちぎった黒炭の腕は、地面に落ちる前に熱風の中で灰となって砕け散った。

神域に着地すると同時に、菅公を襲ったのは理外の環境だった。

視界の全てを覆い尽くしているのは、粘性を帯びて赤黒く怪しく光る溶岩の大河。その随所で大地が爆発するように噴火を繰り返し、空からは硫黄の臭いを孕んだ煙と火の粉が豪雨のごとく降り注いでいる。

「此処が、迦具土の神域……」

肺すら一瞬で焦がし尽くしかねない熱波が全身を穿つ。菅公は思わず眉間を寄せ、顔を顰めた。間髪入れずに身体の表面へ高密度の呪力を張り巡らせる。赤く輝く強靭な呪力膜が熱気を遮断し、どうにか呼吸を確保した。

その時、神域全体が激しく揺動した。

ゴゴゴゴゴ……と地鳴りが轟き、流れていた溶岩の大河が津波のように隆起する。周囲に聳え立っていた火山群が、まるで巨大な何かに踏みつけられたかのように次々と崩壊していった。

空間の中央、熱気が渦巻く巨大なマグマ溜まり。その中心から、天を突くほどに巨大な大蛇が悠然と姿を現した。

——『迦具土』。

神産みの最期に生み落とされ、生まれながらに絶大な炎を宿したその呪わしき肉体が災いし、生みの親である母・伊邪那美を焼き殺してしまった忌まわしき厄災の化身。

その巨躯は赤黒い溶岩を鎧のように纏い、眼孔には純粋な破壊衝動のみが宿っていた。厄災の化身が、空間全体を震わせる凄まじい咆哮を上げる。そのまま地表を削り取りながら、菅公を丸呑みにせんと巨大な顎を開いて迫り来たる。

「相手は神……! フルパワーで挑まなきゃ、アッサリ死ぬ……!!」

目の前に迫る圧倒的な神威。絶望的な圧力。だが菅公の眼光は死んでいなかった。

己の中に眠る全ての呪力を一気に解放する。更なる覚醒を果たした菅公の体から溢れ出す呪力は、以前の黄金の雷光ではない。血のように濃密で、禍々しくも気高き赤雷となって爆発的に噴出した。空間に響くバチバチという高周波の放電音が、溶岩の爆音を塗り替えていく。

次の瞬間、人には到底理解し得ない神の言葉が、迦具土の咆哮となって炸裂した。

咆哮と共に放たれたのは、光すら飲み込む灼熱の黒炎。超高密度のエネルギー波となって菅公を真っ直ぐに貫く。

ズドンッ——!!

直撃。菅公の身体は黒炎の渦に呑み込まれ、跡形もなく吹き飛んだ……かに見えた。

貫かれた菅公の体が、一瞬にして光り輝く赤雷へと変換される。

術式反転『雷化舜動』。

質量を捨て、自身を雷そのものへと昇華させる技。貫かれた身体は即座に雷の粒子として空間で再結合し、元の肉体を形成させた。

「っ……! 今のをマトモに喰らってたら、流石にヤバかった……!!」

額に冷や汗を伝わせながら菅公が視線を上げた、その直後だった。

迦具土の周囲、虚空に無数の赤黒い六芒星が浮かび上がっていた。その数、数百。

それら全てが同時に収束し、先程の黒炎が数百発、狂乱の弾幕となって全方位から一斉に放たれる瞬間だった。

全身の毛穴が立ち、背筋に強烈な悪寒が走る。

かつて五条悟と行った命がけの果し合いの時ですら感じたことのない、生命の根源を冷やし尽くすような絶対零度の死の予感。

(来……る!!)

菅公は思考を極限まで加速させた。術式反転『雷化舜動』を全力で連続発動。

ドギャァァァンッ!!

空間を光速で縦横無尽に駆け抜ける。数百の黒炎が交差する死の隙間を、赤雷の軌跡を描きながらミリ単位で掻い潜る。熱波と衝撃波が肌を削るが、止まれば即座に消滅する。極限の集中力の中、菅公は迦具土の膨大な死角——その背後へと回り込んだ。

光速の勢いをそのまま乗せ、全身の赤雷を右拳に収束させる。

「ハッ!!」

迦具土の巨大な背中に向かって、渾身の赤雷の一撃を叩き込んだ。

ガインッ——!!

神域に響き渡ったのは、肉を殴った音ではなく、重厚な金属同士が激突したかのような硬質な高音だった。

「くっ……!?」

衝撃の反動に顔を歪め、思わず腕を引いて殴りつけた箇所を凝視する。そこにあったのは、何重にも重なり合って結晶化した、鋼鉄の盾をも遥かに凌ぐ異様な密度の鱗だった。

更なる覚醒によって、威力が数十倍に跳ね上がったはずの赤雷の打撃をもってしても、火神の外殻をわずかに凹ませ、表面を焦がす程度に留まっていたのだ。

(素手じゃ埒があかない……!)

瞬時にそう判断した菅公は、迷いを捨てて腰の帯に差していた一本の金属柄を引き抜いた。

和歌山の古墳での任務において、新たに手に取った古代の遺物——特級呪具『緋蝕刃』。

柄の側面にある親指大の釦を強く押し込む。

ジュウウゥッ!!

けたたましいプラズマの励起音とともに、柄の先から血のように禍々しく鮮烈な赤いプラズマの刃が勢いよく放出された。

あらゆる物質、呪力、呪具、更には術式そのものすら切り裂き、極めれば概念さえも切り捨てると称される絶対の斬撃。古代の智慧『光盤文書』を紐解き、三年の月日を費やして叩き込んだ七つの型の記憶が、菅公の神経を研ぎ澄ませていく。

「シュゥゥゥ……」

緋蝕刃の赤きプラズマ刃が、周囲の灼熱の空気にすら干渉し、異次元の重圧を放つ。

巨蛇・迦具土が菅公の背後への移動を察知し、長大な尾を振り抜いてきた。溶岩の河を割るほどの速度で迫る巨尾。

菅公は自然体で構えを深くした。

(一の型——『基本』)

無駄を一切削ぎ落とした、洗練された一閃。

プラズマの赤い軌跡が空間を真一文字に描く。ジャバ!、という音とともに、打撃では傷一つ付かなかった迦具土の鋼鉄の鱗が、紙のように易々と切断された。絶叫のような咆哮とともに、大量の溶岩の血が噴き出す。

「ギャオオオオオンッ!!」

痛みに狂った迦具土が、その巨躯をのたうたせ、頭上から大量の溶岩と崩落した火山の岩塊を降らせてきた。更には口から極大の火柱を放射し、菅公を圧殺せんと迫る。

菅公は足裏から赤雷を爆発させ、跳躍した。

(二の型——『技巧』)

剣尖を微細に振動させ、体捌きのみで岩塊の隙間をすり抜ける。極限のテクニック。迫り来る火柱の熱波を緋蝕刃の先端で受け流し、攻撃の軌道を僅かに逸らす。

空中で体制を整えた菅公の視界に、迦具土の追撃の牙が迫る。上下から挟み込むように閉じられる巨大な顎。

(三の型——『流転』)

防御とカウンターに全振りした型。菅公は緋蝕刃を円運動のように振るい、迦具土の牙から放たれる凄まじい神気を真っ正面から受け止めた。刃が触れた瞬間に牙の呪力を切り裂いて威力を殺し、その反動をそのまま利用して身体を回転。無防備になった迦具土の下顎へ、下から突き上げるような刃の返答を叩き込む。

ズバッ!!

「グアァッ!?」

下顎を深く切り裂かれた迦具土が悶絶し、頭部を揺らす。

「まだだ……! 神相手に手緩い真似をしてたら、こっちの命が幾つあっても足りない!」

菅公の頭裏に、過去の記憶が不意にフラッシュバックする。

かつて五条家の屋敷で出会った、圧倒的な強者の象徴。

『最強』の六眼を輝かせ、不敵に笑っていた五条悟。

『菅公、お前の雷は面白いけどさ。守りに入ったらそこで終わりだぜ? 死ぬときは一人だ、もっと突き抜けろよ』

そして、自らの意思で師事を乞うた術師、冥冥の冷徹な声。

『いいかい菅公。戦闘における最大の無駄は“迷い”だよ。相手が呪霊だろうが、人間だろうが、あるいは神だろうが関係ない。立ち塞がるコストは全て均一に排除しなさい。命の価値に見合う成果を出すんだ』

その言葉は、いつだって菅公の芯を形成していた。

敵対する者は、何者であろうと例外なく殺す。それが菅公の貫く流儀だった。

そして、脳裏に浮かぶのは、幼い頃に禪院家の屋敷で出会った同い年の少女たちの笑顔。

『おい菅公! また強くなったのか? けッ、あたしを置いていくなよな!』

『菅公……あんまり無茶しないでね。無事に帰ってきてよ?』

短く結い上げたポニーテールを揺らし、強気に笑う真希。少し不安そうに自分を見つめていた真依。

(真希、真依……こんなところで神様の餌になるわけにはいかないんだよ)

菅公の瞳に、凄惨なまでの殺意と決意が宿る。全身から噴き出す赤雷がさらに密度を増し、焦土の神域を激しく撃ち抜いた。

迦具土が狂乱し、全身の鱗を逆立てた。その隙間から赤黒いマグマが噴射され、全方位に向けた熱線の嵐となって菅公を包囲する。地表の溶岩が隆起し、巨大な手の形となって菅公を押し潰そうと襲い掛かる。

菅公は地面を強く蹴りつけた。

(四の型——『迅雷』)

機動性と体術に重きを置いた四の型。

赤雷の爆発力を足裏に集中させ、溶岩の手の甲を蹴り、壁を走るように神域の空間を駆け上がっていく。迫り来る熱線の軌道をギリギリでかわしながら、緋蝕刃を縦横無尽に振るい、迫る障害物を全て細切れにしていく。

「ハアッ!!」

空中へ跳び出した菅公は、上空から迦具土の眉心を見下ろした。

(五の型——『断空』)

一撃の重さに全てを懸けた五の型。

身体を極限まで捻り、全身の筋力、体重、そして更なる覚醒を果たした赤雷の全エネルギーを緋蝕刃の刃に集中させる。プラズマの刃が、まるで太陽のように目も眩むほどの赤光を放ち始めた。

「沈め……!!」

閃光とともに振り下ろされた絶大な一撃。

ズドォォォォンッ!!

迦具土の眉間へ直撃した緋蝕刃は、何重もの鋼鉄の鱗を叩き割り、その奥にある頭蓋骨へ深く突き刺さった。激しい衝撃波が神域全体を駆け巡り、溶岩の大河が大きく割れる。

「ガアアアアアアアアッ!!」

激痛に絶叫する迦具土。だが、神の命量は伊達ではない。頭部を刺されながらも、巨蛇はその太い胴体を鞭のように振るい、空中にある菅公の身体を強打した。

バコンッ!!

「ぐはっ……!?」

衝撃波とともに吹き飛ばされる菅公。途方もない打撃力が全身の骨を打ち砕かんとするが、空中で即座に身体を雷化させ、威力を極限まで逃がす。

着地すると同時に、菅公は血を吐き捨てた。

呼吸が荒い。右腕を引きちぎった代償と、神との過酷な連戦により、呪力の消費は著しい。

だが、迦具土の様子も変貌していた。眉間から噴き出す血とマグマが止まらず、菅公の一撃によってその神威に明らかな陰りが見えている。

「グ……グォォォ……!」

迦具土の双眸が、激怒と殺意で赤く燃え上がる。神域の全溶岩、全火山から噴き出すエネルギーが集束し、迦具土の口元へと吸い込まれていく。

神域そのものを崩壊させ、菅公を道連れにする詰みの極大死滅攻撃。

空間が歪み、全存在を消滅させるほどの黒炎の球体が、迦具土の口内で肥大化していく。

菅公はその絶望的な光景を前に、静かに緋蝕刃を構え直した。

(六の型——『天秤』で防ぐ手もある……。だけど、そんな中途半端なことじゃ、この神の命は削りきれない)

菅公の口元に、冷徹で美しい笑みが浮かぶ。

通常の戦闘で意図的に術式を使うことはない。だが今、目の前にいるのは絶対の神だ。そして自分は、敵対する者を生かして返すつもりは毛頭ない。

「……全部、断ち切る」

菅公は緋蝕刃の構えを崩した。防御の姿勢を一切捨て去る。

(七の型——『無双』)

一切の防御を無に帰し、ただ敵を滅ぼすためだけに攻撃性能を限界突破させる極限の型。

同時に、体内のすべての赤雷を放出し、己の呪力の底を叩いた。

「術式順転——『飛雷遠雷』」

指先から放たれた極大の赤き稲妻が、迦具土の口元で集束する黒炎の球体に突き刺さる。球体の安定性を崩し、暴走を誘発させるロングレンジの雷光。

「グギャッ!?」

黒炎が爆発的に乱れ、迦具土の体内を内側から焼き苛む。

その隙を、菅公は見逃さなかった。

光速を超える踏み込み。七の型と更なる覚醒を遂げた赤雷が融合し、菅公の身体そのものが一本の絶対的な斬撃の束と化す。

「死苦発苦——!!」

拡張術式を発動。超高周波の電磁波が神域全体に爆散した。強烈な磁力が迦具土の体内に存在するあらゆる金属元素と呪力を強制的に干渉させ、肉体を分子レベルで捻じ曲げ、破壊していく。

「ガ、ハッ……!?」

巨蛇の全身の鱗が内側から弾け飛び、絶大な強固さを誇った外殻が次々と崩壊していく。

完全に無防備となった迦具土の胸元——その核心である神核の存在する場所へ、菅公は真っ直ぐに肉薄した。

七の型による純粋な殺意の刃。

「これで終わりだ……『迦具土』!!」

一瞬の静寂。

赤プラズマの刃が、迦具土の巨躯を縦真っ二つに一閃した。

ズバァァァァァンッ!!

一切の抵抗を感じさせない、完璧な切断。

神核を完全に二分された火神『迦具土』の巨躯が、天を仰ぐように固まった。

眼孔から光が消え、絶望的な神威が霧散していく。

「……オ……オ……」

声にならない叫びを残し、巨大な神の身体は頭部から尻尾に至るまで、徐々に崩れ落ちていく。やがてその肉体は溶岩へと還ることも許されず、菅公の放った赤雷の粒子によって完全なる灰へと昇華され、消滅していった。

神の死とともに、全てを覆い尽くしていた赤黒い神域がヒビ割れていく。

溶岩の大河が乾き、崩落していた火山群が幻影のように薄れていく。

菅公は息を荒く乱しながら、プラズマの刃を収め、緋蝕刃の柄を静かに腰へと戻した。

引きちぎった右肩からは、既に新しい肉体が赤雷の修復によって不完全にではあるが形成され始めている。凄まじい疲労感と痛みが全身を襲うが、菅公の瞳には一片の揺らぎもなかった。

敵対したものは、神であろうと皆殺しにする。

「……ふぅ。やっぱり、神様を相手にするのは疲れるな」

静まり返った現実の空間へと戻りながら、菅公はぽつりと呟いた。

頭裏に浮かぶのは、東京で待っているであろう師匠の無慈悲な笑顔と、同い年の二人の少女たちの姿。

「早く戻らないと……真希と真依に、また小言を言われちゃうな」

赤雷の残光を全身に纏いながら、土師菅公は神を屠った男として、静かにその場を後にした。

 




と言うわけで神殺し完了です!次回もお楽しみに
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