呪術界にその情報が奔ったのは、雨が泥を洗うような寒々しい午後のことだった。
『10歳の幼子が、単独で一級呪霊を祓討』
報告書に記載された名は――土師菅公(はじすがきみ)。
かつて呪詛の代名詞と謳われた菅原道真。そのさらにルーツへと遡る古老の血脈「土師家」の末裔であった。
都立呪術高専、男子寮の自室。
窓枠に脚をかけ、報告書を指先で弄んでいた五条悟は、白髪を揺らして低く笑った。
「へぇ……土師ねぇ。菅原のオジサンよりも前の血筋かよ。しかも10歳で一級? 僕の子供時代を真似してるつもりかな」
目隠しの奥の「六眼」が、遠い記憶の糸を手繰り寄せる。
数年前、実家の会合で出会った幼い少年。
その体内に渦巻いていたのは、静寂の裏に秘められた、空を裂くような莫大な呪力。
「面白いじゃん。あの爺さんたちが血相変えて震えてる顔が目に浮かぶよ」
時を同じくして、禪院家の陰湿な回廊。
薄暗い部屋の片隅で、幼い禪院真希と真依の姉妹がひそひそと声を潜めていた。
「ねぇ、真希……噂、聞いた? 同い年のあの子が、ひとりで凄いの祓ったんだって……」
怯える真依の手を握りしめながら、真希は口元を不敵に歪めた。
「ああ、聞こえてるよ。『土師菅公』だろ。昔、この屋敷で見かけたときは大人しそうな顔してたのにな。呪力のない私を見下しもせず、フンって鼻で笑ってたアイツだ」
真希の瞳に、かすかな熱が宿る。
「……置いていかれてたまるかよ」
その頃、呪術界の上層部――総監部は狂わんばかりの動揺に包まれていた。
「五条悟一人でも手に余るというのに、またしても規格外のバケモノが現れたというのか!」
「土師の血だと!? あそこはとうの昔に廃れたはずの家系……なぜ今になって!」
「しかも術式は『落落雷雷』……天満大自在天神の怒りそのものではないか!」
保守派の老爺たちは、暗闇のなかで恐怖に震えていた。彼らにとって、制御不能な強者の誕生は死を意味する。
そして――闇の底で息を潜める呪詛師、夏油傑もまた、その報せを静かに噛み締めていた。
「10歳で一級……素晴らしい才能だ。だが、その光が強ければ強いほど、呪術界という腐った闇に潰されることになる……どう動くかい、菅公くん」
当の渦中の人物、土師菅公はといえば。
「――甘いな、菅公。踏み込みが浅い。それでは雷を落とす前に首が飛ぶよ」
しなやかな体躯から繰り出される巨斧の一撃を、菅公は最小限の動きでかわした。
金属音が響き渡る地下訓練場。汗を滴らせる菅公の目の前に立っていたのは、札束を扇子のように弄ぶ女呪術師――冥冥だった。
「……っ、冥さん、容赦なさすぎです」
「当たり前だろ? 私は君に破格のトレーニング料を支払わせているんだ。代金分の強さは保証してあげないとね」
冥冥は艶やかな唇をほころばせ、床に転がった10歳の少年を見下ろした。
菅公の体から、バリバリと青白い火花が散る。
術式『落落雷雷(らくらくらいらい)』。
空間の電気勾配を自在に操作し、音もなく天から、あるいは掌から絶対的な威力の雷撃を叩き落とす生来の術式。
「上層部は君を恐れ、暗殺者でも送り込んでくるかもしれない。だが、私の鍛えた『雷神』が簡単に折れてもらっては困る。君は私の『最高の商品』であり『投資先』なんだからね」
「……言われなくても、誰にも負ける気はないですよ」
菅公は立ち上がり、黒髪の間から覗く鋭い瞳で前を見据えた。
その身体に纏う雷光は、まるで降臨した雷神の如き威厳を放っている。
呪術高専への入学、五条悟との再会、禪院姉妹との交錯、そして呪詛師たちの暗躍――。
うねりを上げる呪術界の渦中心で、10歳の雷神は静かに、しかし確実にその爪を研いでいた。
やはり色んなところに影響が出てますね。土師菅公の明日はどっちだ⁉︎ぜひ感想をお願いします