百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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散歩話の少し前辺りからスタートします。


第六話 梔子

 

 診療所の先生との相談が終わり、待合室に戻ってきた鬼。何か悪い報告でも受けたのか、眉間に手を当ててため息をついた。

 

「すまん、待たせたみたいだな。診断も終わって彼女の体調も安定期に入ったみたいでな、ベッドで寝てるらしいからそっちで話すか。聞きたいことは山程あるだろうし」

「うん。聞かせてほしいな、今のナグサのためにも」

「やきとりがたべたい……」

「まだこの状態だったんかい。たく、ほらナグサ!お前さんが食いたがってた焼き鳥だ、あっち行って食うぞ」

「!!うん、食べる」

「うわっ急に元気になった」

 

 ナグサを焼き鳥で釣りながら診療所内の病室に向かえば、先程鬼が背負っていた藍白の少女がベッドで眠っていた。初めて姿を見た時は顔を見ることができなかったため、これが最初の顔合わせとなった。それゆえに気づく。顔しか見えないが、少し肌が乾燥しているように思える。それに所々裂傷じみた傷が残っており、ガーゼの下からほんの少しだけ痛々しい跡を覗かせている。

 

「アヤメ、この人は……」

「……うん、百鬼夜行の人じゃない。多分だけど、アビドス高等学校の人だよね」

「……よくわかったな?判断理由も聞いてみたいな」

「今は秋なのにここまで乾燥した肌なのはおかしいからね。だったら砂漠みたいな乾燥しているところにいた人じゃないかって考えれたし、ここまで傷ついた人がいるなら私達の耳に入っていても不思議じゃない。先輩達はいつも報告を大事にしてたし、こんな重症の人を見逃すほど忙しいわけでもないからね。だとしたら百鬼夜行の外にいる人だってことも推測できる」

「良い回答だな。そうだ、彼女は百鬼夜行の人間じゃない。アビドスの生徒……しかも、生徒会長のな」

 

 焼き鳥を食べるために外に出ていたナグサが部屋に入る際に看護師から渡された荷物の中から鬼が何かを取り出したかと思うと、二人に見せてくる。そこに書かれていた文字は持ち主が確かにアビドス学園の生徒であることを証明し、またそれが彼女の持っていた学生証であることもわかる。

 

「名前は、梔子ユメ。たった二人しかいない生徒会でなんとかアビドスを復興しようと頑張ってた凄い生徒だ。又聞きでしかないとはいえ、信憑性がある情報だから本当の話なんだろう」

「復興って?そんなにやばい状況の学校だったの?私、あんまりアビドスのこと知らなくて……」

「昔はゲヘナとトリニティを凌ぐレベルの学園だったみたいだが、砂嵐と砂漠化の影響で衰退。当時の生徒会が何とかしようとしていたが、闇金に手を出す域にまで達したことでさらに崖っぷちに陥ったらしい。しかも人は少なくなるし、アビドスから去った生徒も少なくないんだとさ」

「そんなことが……」

「じゃあなんでこの人が倒れてたの?生徒会長なら何かしらの用事があったのかな……」

「理由はわからんが……倒れてた時のこともあるし、オレが散歩してた時のことを話そうか。その道中での出来事だったしな」

「そういえば鬼さん、散歩に行った帰りだったもんね……」

 

 室内に用意された椅子に座って聞く態勢になると、早速鬼が語り始める。ことの始まりは昨夜のこと。遠出するから早めに出るかと鬼が決めたことで散歩が始まった。

 

「元々アビドスの気候が不安定なのは聞いてたんだが、まぁ準備も済んだし行けるだろって軽い感じで向かったんだよ。あそこは行ったことが無かったからな。だけどさすがに遠いし、朝に出たら日が落ちるかもしれないからちょっとしたズルがしたくて夜に出たんだ。まぁ色々トラブルがあったけどな」

「正義実現委員会に追いかけられたり?」

「おーよく知ってんな。そうなんだよめちゃくちゃ戦える一年生に追いかけられて────なんで知ってんの?」

「噂になってたからね、超高速で移動する影の話。それでアヤメと一緒に推理して」

「鬼さんがやってたのかなって。それに私は鬼さんが和菓子を買ってたの、付いていったおかげで知ってたから」

「え、私そんなの知らない」

「アヤメが委員長に呼ばれていた時のことだったから」

「あー…」

「嘘だろ……噂になってたのは知ってたけど、まさかもうバレるなんて……」

「あ、えっと……他の人には、黙っておくから……」

「うんうん、事情があるんだろうなってのはわかってるから」

 

 アヤメからの若干生暖かい視線を受けて恥ずかしくなり、一度咳ばらいをすることで話を戻す鬼。しかし内容自体は噂になっていたように、トリニティとゲヘナを影になって爆走していたらしい。

 

「そういえば鬼さんがその……影?になるのって本当に忍術だったり?ちょっと気になる」

「いや、忍術じゃない。オレの能力みたいなもんで、こういった影を使って姿を隠したり出来んだよ。他にも出来ることはあるが……前にこっから物を取り出すのはズルしてるって言ってただろ?あれはこの力の応用でな、袖口に出来た影に物を収納できるようにしてんだよ」

「そうだったの!?」

「鬼さん、それは話しても大丈夫なの…?」

「大丈夫、ちゃんと人が来ないようにしてるし誰もいないことはわかってる」

「それならよかった…」

「……?」

 

 アヤメは鬼の発言に少しだけ引っかかった。今の鬼の口ぶり的に人払いをしたのだと考えられるが、それらしい行動をしていた覚えがない。いや、相談を聞いていた時にしたのだろうか?だとしたら「来ないようにお願いした」という物言いになる筈。もしかしたら本当にお願いしていたのかもしれないが……今の言い方では誰もいないことはわからないはず。

 もしかして、鬼が持つ能力は影にまつわるものだけじゃないのでは?そう考えていると鬼が続きを話しはじめたので、考察をやめる。

 

「んで、今日の朝方ぐらいにアビドスに付いたんだったか。かなり日差しがキツイし砂で反射した日光が体を焼くもんだから体温もすぐに上がったもんだ。しかも……」

「しかも?」

「砂嵐が不定期にやってきてな。砂を巻き込んでるせいで遠くにいるだけでも礫が体に当たるんだよ」

「……もしかして、この人も?」

「多分な……。オレが彼女を見つけた時には体中が礫で傷つき、水もなかったのか重度の脱水症状に陥っていた。声を掛けても返事がないし、無理矢理飲まそうにも体が動きやしない。……さすがに緊急事態だったから許してほしいが、口移しで水を流し込むしか受け付けなかった」

「っそんなに酷かったの……?」

「鬼さんが彼女を見つけたのは、奇跡だったんだね…」

「いや、見つけたこと自体はきっかけがあったんだよ。砂漠を歩いてたら辺りの雰囲気が変わったのさ。暗く、冷たい感触の風が吹き荒ぶ砂漠に。まるで冥府にいるみたいな……」

「冥府?それってつまり、あの世ってこと……?なんでそんな…」

「……予想はつくが、それは置いておく。さすがに警戒してな、その場で留まってたら……聞こえたんだよ。「ごめんね、ホシノちゃん」って声が」

「「……!」」

 

 ベッドの上で眠る少女は優し気な顔立ちであり、鬼の話を聞けばその性根もまた善性のものであることは想像に容易い。たった二人しかいない生徒会の生徒会長が零したその謝罪は、遺してしまった誰かへの後悔か。遺されてしまった相手は、今も彼女を探しているのだろうか。

 

(もしも、ナグサが彼女みたいな状況に陥ってしまったら……私は冷静にいられるかな)

 

 泣き虫で、自分の陰に隠れてしまうほどに己に自信が持てない幼馴染。言い訳もするし、泣きべそもかくが……大切な、友達なのだ。

 共に鬼と関わるようになって気づいた。彼女が自分に尊敬の念を向けると共に、劣等感を持っていたことを。それが嬉しかった。あぁ、私はナグサが尊敬できる幼馴染でいれているのだと。自分は自分が思っているよりもナグサを大切に思っているのだと。

 もしも、そのナグサが死に瀕していたら。そしてそれが自分の手が届かない場所で起きていたら────

 

(………ッ)

 

 あり得ざる未来が脳裏に過ぎり、拭い去るように頭を振る。あってたまるか、そんな未来。何故自分達がそんなことになると考える確証があるのだろうか。

 

「そ、そういえばさ!鬼さんが彼女を見つけたのはわかったんだけど、どうやって見つけたの?声だけじゃ場所を特定するのは難しいだろうし……」

「あぁ、お前さんの言う通り声だけじゃわかんなくてな。一旦飛び上がって周りの確認をしたんだよ。そしたらビンゴ、何故か一か所に留まる砂嵐があってな。おかしな雰囲気といい、怪しくてそっちに向かったんだ」

「もしかして、砂嵐に突入したの…?いくら鬼さんでも辛かったんじゃ……」

「いや、砂嵐を切って晴らした」

「「え…???」」

 

 話題を切り替えようとしたアヤメも疑問を投げかけたナグサも予期せぬ返答に動きを止める。砂嵐を?切った??はい???

 

「え、それは前に言ってた空間をぶった切ったってやつ…?」

「いんや、普通に切った。そもそもキヴォトスで空間を切ろうとしたら記号(テキスト)やら神秘やらを弄っちまってフィードバックで自分事ぐっちゃぐちゃになっちまうからな。あれは亜空間からキヴォトスまでの距離を縫うようにして切っただけだ」

「よ、余計にわからなくなっちゃった……」

 

 鬼のぶっ飛び具合にさすがのアヤメも乾いた笑いしか出ず、ナグサは頑張って理解しようと頭を抱え……あることに気づいてしまう。

 鬼は今、「キヴォトスで空間を切ろうとしたらフィードバックで自分事ぐっちゃぐちゃに」と言った。それはつまり、一度試したことがあるということでは……?しかも文字通りぐちゃぐちゃになったことがあるということでは?それに思考が追いついてしまったナグサは宇宙を背負い、気づいてしまった事実を忘却した。知らない方がいいこともあると学んだのだった。

 

「そんで砂嵐のあったところを探してたら、案の定ユメが倒れてた。無理矢理水を飲ませて、傷の応急処置をして、すぐに戻って来て治療してもらわないとってすぐに帰って……これたらよかったんだけどなぁ……」

「「?」」

「これも前に話したがな……アビドスにはでっかい鯨と蛇が合体したようなやつがいる。そいつの名は……ビナー、違いを痛感する静観の理解者。わざとかち合ったのかそれとも偶然かは知らんが、オレがユメを背負ったと同時に現れて襲い掛かって来たのさ」

「噓でしょ……!?」

「で、でも鬼さんは何とかしたんだよね…?」

「まぁ、な。さすがに彼女の状態のことを優先して逃げたから、無事に戻ってくることは出来た。散歩しに行ってただけならこっちから襲ったんだけどな……。とにかく、予定よりも遅く帰ることになったとはいえ、ユメの命も無事だったし散歩も終わったから満足だ」

「一応人命救助に関わった後の話だよね?いつも通りすぎない?」

「これよりもヤバいことを経験してるんでね。まだ余裕を持って対処できる」

 

 アヤメとナグサは一瞬だけ、いつも影がかったようで見えなかった面の奥にある目の部分が見えた気がした。鬼が対処できると言った瞬間に見えたその目は冷ややかで、翳りを帯びているようだった。しかしその目線は眠っている梔子ユメに向いているわけでもなければ二人に向いているわけでもない。虚空を見つめ、何かを思い出しているようで、何故か焦燥感を覚えてしまう。

 

 目の前にいる彼から目を逸らすと、霧のように消えてしまうのではないかと心がざわつく。何故だろうか。いつも自分達を振り回しては飄々としているというのに。

 

「……それにしても、これだけそばで話しても起きないってことはかなりの重傷だったみたいだな。起きはするだろうが、さすがにずっとここにいさせるのもあれだし…オレの家に連れていくか。色々とやんないといけないこともあるし」

「っ!?」

「鬼さん!?鬼さん本気で言ってるの!?」

「あ?何二人して慌ててんだ?………まさか、オレがユメのこと襲うって思ってんのか」

 

 躊躇いながら頷けば、「オレってそんな風に思われてんの……?」と天を仰ぐ。

 実際は鬼のことは信じてはいるものの、男が女を家に連れ込むと聞いたらそっちの話が思い浮かんでしまうだけだった。鬼だから驚くだけで、見知らぬ誰かが彼女を連れ込もうとしていたら発砲も已む無しだった。

 

「あのな、オレはそこまで堕ちた覚えはないぞ!!そもそもオレがそんなクソ野郎ならな、お前らの身の危険だってあるだろうが!?」

「純粋に好みじゃなかったのかなって」

「顔は良くてもスタイルは段違いだったから……」

「ガキに手ぇ出さねぇだけだわ!!」

 

 鬼が頭を抱える姿を見るのが初めてだったからか、二人は少しだけ噴き出してしまう。先程までの焦燥感も消え、いつも振り回してくる鬼を逆に振り回したからか室内の空気が緩和したように思える。

 そしてふと気になったことがあったので、アヤメは鬼が黄昏ているのを知りつつ聞いてみる。何故か体の奥でゾクゾクと震えたが、強く無視する。

 

「ねぇねぇ鬼さん」

「なんだよぉ……」

「この人……ユメさんが起きたらさ、アビドス高等学校に帰してあげるんだよね?その時は私達も────」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、向こうには帰せねぇ……」

「……っえ」

 

 

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