百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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番外編2 離したくない

 

「…で、どうする?今のアヤメを立ち直そうとするのはいいが、いつ元のアヤメが戻ってくるかはわからん。見た感じ、神秘も魂も共に入れ替わってるみたいだから予兆も無い」

「多分、今のアヤメのいた世界にはこっちのアヤメがいるんだよね?あるとしたら、そっち側で何かしらのアクションが起きる…」

「だけど、鬼さんがいなかったんだっけ。私がいないって、そういうことだもんね…ひぃん…」

「残念な話だがな…だが方法がないわけでもない。あっちのアヤメなら黄昏の寺院に単独で行ける」

「…!そっか、クズノハ様が…!」

「そうだ、オレがいなくてもクズノハはいる筈だ。ベストは今のアヤメが持ち直したタイミングでこっちのアヤメがクズノハと接触、共に入れ替わって元に戻る。だが…」

「……結局、今のアヤメに頼ろうとする環境はそのままかもしれないんだよね?」

「それに、今のアヤメちゃんが元気になる前に戻っちゃうかもしれない…」

 

 まだ片づけていなかった布団に全員で包まり、寝息を立てるアヤメの背中を鬼がポンポンと叩く。鬼の反対側にはユメが横になり、三人の反対側にはナグサがいた。

 本来ならユメとナグサに任せ、鬼は夕食の準備をするつもりだった。しかし泣きつかれて眠ったアヤメが鬼の服を掴んで離さず、仕方なく共に眠ることになった。

 さらに途中寝ぼけて目覚めたかと思うと、モゾモゾと体を鬼へと寄せて鬼の腕の中に収まってまた眠りに落ちた。そのため今は鬼とアヤメが向かい合うようにして眠っている。

 

「向こうの環境をこっちのアヤメが何とかしてくれるのがベストを超えたベストなんだがな……。オレがそっちに行きたくても、世界線の飛び越えなんてしたことないからリスキーすぎる」

「そこでやれないって言わない辺り、鬼さんは鬼さんだよね」

「少なくとも亜空間から脱出できるんだ、並行世界に行くこと自体は可能なんだよ。そもそも子供を泣かす環境なんぞ許すわけにはいかんだろうに」

「ふふっ…やっぱり鬼さんは凄いなぁ…」

「凄くあるためにずっと強くなってきたんだからな」

「ん……」

「っと、起こしちまったか…」

 

 寝ぼけた眼を擦り、自分が今鬼の腕の中で眠っていたことを知ったアヤメは、そのまま体に抱き着き胸に耳を当てる。

 暖かい。胸の奥で間隔を刻む心臓の音も、鬼が息を吸うたびに胸が動いて鳴る衣擦れの音もよく聞こえる。

 

「……落ち着く」

「アヤメ、動けそうか?動けるんなら飯にしようと思ってんだが…」

「食べる…」

「よし、なら起き上がるか…アヤメ?離してくんないとオレ起きれないんだけど…」

「やだ…」

「さすがにこのタイミングで駄々こねんじゃないよ…もう。ユメ」

「はーい」

「あぅ……」

「アヤメが幼児退行しちゃってる……」

「それだけリラックスできてるって思っとけ。実際、それすら出来なかっただろうしな」

 

 抱き着くアヤメの脇にユメが手を突っ込み、優しく抱き寄せて共に起き上がる。相手がユメかつ自分を思っての行動だったからか、すんなりと起き上がった。

 鬼も起き上がり、布団を片づけて厨房へと向かう。ユメにはアヤメの傍にいてもらうため、今日は鬼が食事を作るのだ。

 

「メンタル面に良い食事が望ましいしな…となると、今日は焼きサーモンかね?…やべ、買いに行かなきゃ作れねぇな。すまんユメ、ナグサ!食材買いに行ってくるから、風呂の掃除は頼んだ!」

 

────はーい!

 

「えーと時間は……五時か。昼飯も抜いちまったし、程々に多くしなきゃな…てかタイムセールが終わっちまう…!」

 

 鍵を閉め、札を貼り直して百鬼夜行では珍しくもないスーパーに直行する鬼。目指すは海鮮系のタイムセールであり、偶々今日がその日だった。

 このタイムセールにはさしもの鬼も戦闘態勢かつ本気の力で挑まなければいけない。歴戦のおば様方の争奪戦はあまりにも激しく、一度争奪戦から脱落した経験すらあった。

 以前「オレより強いやつになんて逆に会いたい」なんて言った鬼だったが、ことこの戦場においては自分が新参者であると認めざるを得なかった。

 

 そんな覚悟を決めながら鬼は買い物かごを取り、今なお続く戦場に参戦するのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

「あ、鬼さんお帰り!先にお風呂頂いちゃったんだ、けど……大丈夫?」

「おう…すまん、飯はもうちょい時間かかるわ…」

「手伝った方がいい…?」

「頼む…」

 

 帰宅後、ボロボロになった鬼を労わりつつユメと共に厨房に向かう鬼。広間の方ではアヤメとナグサが共に銃の整備を行っており、久々に持った百花繚乱制式ライフルを懐かし気に見ていた。

 

「ナグサ、オイル取ってくれない?」

「わかった」

「……久しぶりに触ったなぁ」

「アヤメは、百蓮を使ってたんだもんね」

「うん。ちゃんと使えてた気はしないけどね…」

 

 そう言いながら、手入れをする手は止めないアヤメ。ナグサもまたその言葉からアヤメの気持ちが沈んだことを察し、何もしゃべらずに同じく手入れをする。

 ナグサの聞くことに徹する態勢に心の中で感謝しながら、アヤメは口を開く。

 

「委員長から渡された時は、嬉しかったけど…やっぱり不安だった」

「うん」

「それで委員長になって、それまで以上に頼られるようになって…なんで自分で出来ることをやろうとしないんだろうって思っちゃってね」

「…うん」

「苦しくて、辛くて…こっちのナグサに言うと、八つ当たりみたいだけどさ……なんでナグサは、気づいてくれないんだろうって思うようになっちゃった」

「…八つ当たりじゃないよ。私がアヤメに依存していたことは、本当のことだから」

「…ねぇ、ナグサ。あなたはどうやって今のあなたになったの?私の知ってるナグサとは、なんでこんなにも違うの……?」

 

 手入れをする手を止め、ナグサは銃を持ち上げる。アヤメの持つライフルと変わらない銃だが、唯一違うところがあった。それは遊底部分の近くに付けられた白いお守り。

 華やかでも無ければ何かが描かれているわけでもないが、何故か安心感を覚える。

 

 ある時ナグサは鬼に、自分がアヤメに釣り合える自分であれるのかわからないと相談したことがあった。すると鬼は懐からこのお守りを取り出し、ナグサの持つ銃に取り付けた。

 

「釣り合う釣り合わないで考えなくてもいいんだよ」

「え…?」

「お前さんがお前さんのまま、あいつの傍にいてやればいい。そんであいつが困ったときに助けてやりゃいいんだ。今のアヤメは自分に釣り合う相手が欲しいんじゃなく、頼ってもいい相手だからな」

「頼っても、いい相手…。そっか、アヤメは完璧になんてなれないって言ってた…」

「そういうことだ。自分を偽るんじゃなく、素の自分であいつに接してやるだけでも息は吸いやすいもんだからな。……例え臆病だろうと、弱かろうと、誰かに寄り添えるナグサなら大丈夫。だろ?」

「…!はい…!」

 

 銃に取り付けられたお守りはその証であり、もしもの時は鬼にも頼ることを思い出せるようにするためのもの。頼られる自分であろうと、誰かに頼ることは時に必要だと思えるお守り。

 

「私は、アヤメの幼馴染として釣り合える自分なのかわかんなくて…周りからの視線も怖かった。だけどそんな私でもいいんだって、鬼さんが教えてくれた。誰かに寄り添うのは、力も資格も関係ないんだって」

「……鬼さん、が…」

「そっちの私は、それが分かんないんだと思う。自分よりも凄いって思ってるアヤメに追い付こうって焦っちゃって、視界が狭まっちゃって……本当はアヤメだって、一人の人間なのに。辛い時だって苦しい時だってあるのに」

 

 手入れが終わり、しばしの空白が生まれる。しかし二人の間には剣呑な空気もなく、ゆったりとした時間が流れるのみだった。

 

(……こっちの私が、羨ましいな…)

 

 幼馴染は自分を知ろうとして、聞く限りでは後輩達も同じ接し方らしい。それに嬉しい時は共に喜び、辛い時は共に頭を悩ませてくれる先輩と大人がいる。自分が限界を迎えそうな時は、真っ先に駆けつけてくれる存在だっている。頼られすぎることはなく、もしもの時は断れる環境。

 こんなにも充実した場所があるだろうか?

 

(私とあなたじゃ、何が違ったんだろうな…)

 

 そんな思考に陥った時、何かの香ばしい匂いが漂ってきた。そちらへ振り向けば、何故かボロボロになった鬼とユメが四人分のお盆をこちらへ持ってくる姿が見えた。

 

「ちょうどいいタイミングだったな。昼抜いちまったのも考えて多めにしてあるから、さっさと食っちまおうか!」

「えへへ、鬼さんが頑張って取ってきた焼き鮭だよ!早く食べよ!」

「二人とも、ありがとうございます。鬼さん、お盆一個貰うね」

「あいよ。アヤメはユメの方から一個取りな」

「わ、わかっ…分かり、ました」

「ん、おいおい。敬語じゃなくてもいいぜ?あった方がなんだかむず痒いしな」

「……じゃあ、このままで」

「おう!さてと、そんじゃあ早速!」

「「「「いただきます」」」」

 

 程よい塩が塗された鮭を食べれば、ご飯がとても進む。ポン酢で付けられたお浸しを食べれば、いい具合に口の中の味がリセットされた。お味噌汁を口にすればこちらも程よい温度で喉を通り、体がポカポカと温まっていく。

 朝食の時のようにアヤメの箸は止まらず、目の前の食事をどんどん食していく。昼を抜いてしまったからなのか、それとも誰かと同じ机を囲んで食べるのが久しぶりなのかはわからないが、とにかく格別に旨いということだけは確かだった。

 

 夜も更け、百鬼夜行も眠りについた頃。昼間のようにアヤメは鬼の体に抱き着きながら就寝しようと瞳を閉じた。その横にはユメもナグサもおり、そちらは既に眠りについていた。

 そろそろ寝ようというムードが四人に発生すると、アヤメは鬼に共に寝てほしいと懇願した。眠りにつき、朝日を浴びて新たな一日が来るのを一人で感じたくないのだと。鬼の腕の中で眠りにつき、そんな絶望が無いのだと知りたいのだと願ったのだ。

 結果いつもの四人の川の字で寝ることになったが、アヤメは眠ろうとしても落ち着いた心で瞳を閉じることが出来た。己に回された腕が自分は一人ではないと感じさせ、他の三人の寝息がさらに安心感を呼ぶ。

 

 そんな暖かさに包まれたまま眠ろうとして、アヤメはあることに気づく。夜、自分が寝てしまった時にこちらの世界にやってきた。

 つまり今自分が眠ろうとすると、元の世界に戻ってしまうのではないかと考えてしまった。

 

(────もど、る?私がいた、百鬼夜行に…?)

 

 それは、今の環境が無くなるということ。自分に頼り続ける周囲の人々、盲目的に自分を尊敬する幼馴染、苦しんでいても嘆いていも気づかない環境。

 

(………………嫌だ。戻りたくない。もっとナグサと、ユメ先輩と、鬼さんと一緒にいたい…!)

 

 鬼の体を強く抱きしめ、イヤイヤと頭を振って鬼の胸板に頭を擦り付ける。少し強めにぶつけてしまったからか、寝ていた鬼から「ヴッ…」という呻き声が聞こえるが、アヤメはそれに気づけない。

 アヤメは気づいていた。自分のいる世界には鬼はおらず、それに連なってユメもいないことに。環境を変えるには既にアヤメの周りはがんじがらめになってしまい、動きたくても動くことは困難だった。御伽噺のような大預言者に会いたくても、本当にいるかどうかもわからない。

 

(離したくない…!鬼さんがいない世界に、ユメ先輩がいない世界に…ナグサが私を見てくれない世界になんて戻りたくない…!)

 

 淡い光が四人を照らす下で、アヤメの瞳がドロリと澱んでいく。溢れそうになる感情が渦を巻き、強く鬼を抱きしめる。この温もりを手放したくないと訴えるように…。

 少しずつ眠りに落ちるも、澱んだ瞳は戻ることも無く、ついには光が消えていく。それすらも気づくことなくアヤメの意識は閉ざされて……。

 

 優しく、安心感さえ覚えるような力強さを感じる腕で抱きしめ返された。

 

 

 




『一方その頃2』
鬼アヤメ「ふんふふーん」(途中でレンタルしたパンぺーラ250で爆走中)
鬼アヤメ「ん、そろそろかな…あ!あった、黄昏の寺院!クズノハ様ー!すみませーん!」
「────よもや、お主がここにやってくるとはのう…異なるお主は己を知り、それでもなお前を向いたということか」
鬼アヤメ「こんにちは、クズノハ様!これお饅頭です」
クズノハ「おぉ、律儀じゃのう。して、何用かの?」
鬼アヤメ「そのですね、私この世界の七稜アヤメじゃないんですよね」
クズノハ「ふむ、そのようじゃな」
鬼アヤメ「それでクズノハ様に元の世界に戻る方法を聞きたくて…」
クズノハ「……その身そのものが現れたわけではなく、お主の意識のみがこちらにやってきた。ならば、お主のおった世界にはこちらのお主が行った筈じゃ。となれば、双方が元の世界に戻りたいと願えば何かしらが起こるじゃろうが……どうやらこちらのお主は、戻るのを拒否しているようじゃ」
鬼アヤメ「えっ、普通に困るんですけど…」
クズノハ「妾から言えることはあまりない、が……強いて言うならば、お主を取り巻く者達をよく見ることじゃ」
鬼アヤメ「取り巻く…?ナグサ達のことかな…わかりました!一旦戻ってナグサ達と会ってみます!また来ますね、さよならー!」
クズノハ「ホホホ、手詰まりとなればいつでも来るとよい。さらばじゃ、異なる七稜アヤメよ」

鬼アヤメ「一応鬼さんも探してみるけど、多分いないみたいなんだよなー。それにクズノハ様の言いぶり的に、鬼さんのいない世界にやってきたっぽいし…ナグサ達がどうなってるかだよね。まずはそこから解決しようかな!」

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