いつもは生活音ばかりの鬼の家で、タイピング音とペンを走らせる音が聞こえてくる。
「あぁ?アヌビスぅ?狼の神って…そういや新しく入って来てたな。……黒服って呼ばれたから今度からそう名乗る?へー、今度からそう呼べばいいのか?…あいよ。……はは、嫌われてんな。……いや、当たり前だろ紙に書いてたとしてもさ。ちゃんと説得して……あ、ワカモ!すまんがここに電話してこれ用意しといて欲しいって伝えといてくれ!値段はオレの名前を出してくれたら安くしてくれるから!」
「はーい!こちらの書類はどうしましょう?」
「あーそこに置いといてくれ。サンキューな!……すまん、急にオレ指名で仕事が入って忙しくなってんだ。今度また飲みに行こうぜ。……マエストロも誘う?なら居酒屋じゃなくてバーの方がいいか。すまん、そっちで予約しといてくれ。またな~。……ふぅ。ワカモ、ちょっと休憩しようか」
「了解ですわ!あ、お茶を入れましたのでどうぞ…」
「まーじで助かる…うま」
手元が見えない速度で鬼がタイピングしつつ電話をし、頼まれた要件を伝え終えたワカモが何かしらの書類にペンを走らせては判子を押していく。
一区切り終えたのか、伸びをしてワカモが入れたお茶を飲んで一息ついた。そのまま後ろに倒れこみ、スマホでどこかへとメールを送る。
鬼が「こんな金額の横領する気だったのか?あんのでかい妹め……」と呟きながら動きを止めると、微かな寝息が聞こえてくる。どうやら仮眠を取るつもりのようだ。
そんな様子を横目に見ながらアヤメとナグサが洗濯物を畳み、ユメが洗い終えた洗濯物を干していく。最近入り浸り始めた一年生達は厨房にいるのか、皿を洗う音が聞こえてくる。
「ふぅ……。あら、アヤメさんにナグサさん。どうかなさいました?」
「あぁ、いや……」
「慣れてるな、って」
「ふふ、えぇ。あの方のお役に立てるように学んでいましたから」
そういうワカモは何処からどう見ても出来るOLの姿をしており、少しだけ羨ましく思う二人であった。
何故いつもの鬼の家でこのような状況になっているのか。実を言うと、ワカモが祭りを見に来たのと同時にある要件を鬼に伝えた結果、ここでその要件の解決に勤しんでいるだけのことだった。
ちなみに鬼とワカモの要件の内容は秘匿性が重視されていたのか、聞くことは出来なかった。
しかし聞き終わった鬼が天を仰いだことから、かなりの面倒ごとということだけはわかった。
その後荷物やら何やらを持って鬼の家にワカモが来襲し、ユメのように家事の手伝いをしながら鬼と共に住み始めたのだった。
そして鬼がパソコンと向き合うようになると、その傍らで鬼の手伝いをするワカモの姿が見られるようになったというのが現状となる。
「私が秋祭りの際に言ったことを覚えてらっしゃいますか?」
「覚えてるよ?鬼さんとどんな感じで出会ったのかとか」
「鬼さんのことを思ってるんだってこととか…」
「そうです。そして私は鬼様が会社を経営していることを知り、その傍で力になれるように修行を積んできましたの。つまり……」
「鬼さんの秘書として働くために、ってこと?」
「えぇ」
ワカモが懐から何かの紙を取り出して二人に見せれば、それが名刺であることがわかる。そこにはしっかりと『大和 百鬼夜行所属専属秘書 狐坂ワカモ』と書かれていた。
「え、でもワカモさんって百鬼夜行所属なんだよね?鬼さんの会社で働いてても大丈夫なの?」
「あぁ、そこはちゃんと対策を取っておりますのよ?」
「対策?もしかして……停学になってるとか…?」
ナグサがそう聞くとワカモが横に首を振り、その疑問を否定する。
「鬼様からの推薦を受けたことによる特例が認められ、現在は休学中となっていますの。理由は「大和の研修」となっておりますから、無事に鬼様の会社の支部に所属して研修をしておりました」
「あー!そっか、鬼さんの推薦があったら休学が認められるんだ!」
「だけど、出席の心配はあるんじゃ……」
「えぇ。実はそこを失念しておりまして、一年留年してしまいましたの……不覚ですわ」
「あらぁ…」
鬼と出会ったワカモは最も傍に立てる秘書の立場を目指し、勉学に励んでいた。その成果もあってか鬼からの推薦を勝ち取り、休学の身となった上で鬼の会社の支部である『D.U.支部』で研修を行っていた。しかし彼女の言うように出席数が足りず、一年留年してしまった。
現在は既に進級しているのでアヤメ達と同じ二年生である。
「鬼さんからの推薦か…私も卒業したら鬼さんの会社で働こうかな~」
「あら、それでしたら受付に申請する必要がありますから、お早目の行動をお勧めしますわ」
「条件とかってあるの?」
「これといったものはございません。しいて言うならば、鬼様との面接で合格を得ることでしょうか?」
「それと、オレ以外からも推薦を貰うのも必要だ。ワカモの場合はうちの幹部から推薦させたのさ」
「鬼様、お目覚めに!」
「おはよう」
横になっていた鬼から言葉が聞こえてそちらに向けば、首を回しながら眠気を覚ます鬼の姿があった。即座に鬼の傍に移動したワカモの頭を撫でながら立ち上がり、体を伸ばす。
「お前さんらに関して言えば、オレとワカモからの推薦があれば資格在りってことになる。つっても休学が認められるのかは微妙でな、ワカモの場合が特例だってだけかもしれん。休学前提で推薦を受けにくるなよ?」
「さすがに調停委員会の活動をサボってまで目指さないよ。そういえば先輩はどうだったの?」
「無事に内定を貰ったって聞いてるぞ?来年の四月から本部で働き始める予定だ」
「じゃあ、もしかしたらだけど会えるかも…」
「もしかしたら、だけどな。あとそうそう、アヤメとナグサ!委員長と副委員長になったんだって?おめでとさん。これお祝いの万年筆」
「わ~ありがとう!えへへ、これからも頑張っていくね!」
「鬼さん、万年筆ありがとう。大事に使うね…」
冬になり、現在の三年生組が完全に委員会の活動から身を退けるのと同時にアヤメとナグサが委員長と副委員長に任命された。
元々アヤメに関してはクズノハと会えるという点からも支持されており、ナグサがアヤメを支えたいという思いを持っていたこともありこの任命に不満を持つものはいなかった。
既に委員長と副委員長として活動していたのか、以前チンピラに絡まれていた中等部の子を助けたという話も聞いている。
そしてその少女が百花繚乱に憧れたらしく、巡回中に見かけたかと思えばついてくることもあるのだとか。
「わかってると思うが、一人で抱え込むんじゃなく……」
「本当にダメな時は周りに頼る。それでも無理な時は────」
「鬼さんを呼ぶ。……ちゃんと覚えてるよ」
「ならいい。本当ならオレがいなくても解決できるのが一番なんだが……そういう思考をしてる時に限って起きちまうからな」
「鬼さ~ん、洗濯物干し終わったよー」
「おーお疲れ様」
面を被った人が三人もいるという光景に慣れつつある二人は、今日も今日とて鬼の家に泊まっていく。最近は住所も変えるつもりなのか、時々鬼に転居届を突き付けながら迫っている姿が見られる。
脅迫ではなくお願いという形で通そうとするあたり、さすがに外聞を気にしているのだろうか。
◇◆◇◆◇
鳥も寝静まり、凍えるような風が街へ吹き付ける夜。すでに鬼の家の住人も夢の世界に旅立った頃のことだった。
川の字で寝る五人の内の一人が起き上がり、残りの四人の枕元に何かを置いて外に出る。
月明りが照らす人影が黒い幕のような影に飲み込まれたかと思うと、その風貌を一変させる。
巨大な袋を肩に背負い、白いトリミングのある赤い服に、赤いナイトキャップ。そしてその顔には白いひげを生やした鬼の面があった。
そう、クリスマスの日となったことでいつものプレゼント爆撃を目論む鬼であった。
「…えーと?あと百鬼夜行はあっちとこっちと……陰陽部の本部とかか。よっし、黒服との時間まではまだあるし、さっさと済ましちまおう!」
「────鬼様?」
「っと?ありゃ、起きちまったかワカモ」
「はい、鬼様の姿が見えなかったので……それで、なにをするおつもりなのでしょうか…?」
「プレゼント爆撃」
「…?」
「色んな学園にダッシュで行ってダッシュでプレゼントを配んのよ。だから気にしなくていいぜ?」
「……………わ、わかりましたわ…」
「んじゃ、行ってくる!あ、プレゼントは朝に開けてくれよ~!」
鬼がいないことに気づいて起床してしまったものの、鬼がやろうとしていることに思考が止まってしまっているワカモに見送られつつ、鬼は百鬼夜行を走り回る。前回と同様にプレゼントを投げつけつつ。
「HAHAHAHA!!FООООО!!!!オラァメリクリッ!!あっちもメリクリッ!!こっちもメリクリィィィィィッ!!!」
もしもその姿を見たものがいるのならば、こう答えるだろう。
「鬼の面を被ったサンタクロースが奇声を発しながら夜の百鬼夜行を走り回り、プレゼントを投げつけまくっていた」と。
ちなみに投げつけられているプレゼントは着弾する直前に急停止し、溶け込むようにして家へと侵入して枕元に送り付けられる。
鬼が極めに極めた無駄な技術のオンパレードによってなされるこの神業は、彼が影を用いる能力の応用であった。何故こんなことにその能力に使っているかと聞かれれば、「思いっきりプレゼント投げて渡さないと時間が足りないから」と鬼は答えるだろう。
数分後。百鬼夜行全体にプレゼントを投げつけ終えた鬼は手首に付けた時計に目をやる。
「……予定より5分早かったな、これなら余裕で行けそうだ。さーて次は……トリニティだな」
手首に括り付けたブレスレットを月に翳し、ほんの少し力を加える。すると目の前にワープホールが出現し、通り抜ければトリニティに出現した。
今回も協力していただいた黒服の技術が詰まったワープホール発生装置である。自前の移動能力があるが、こっちの方が時間短縮に繋がるという理由で借りている。
「さぁ、パーティーの始まりだ……!」
袋からプレゼントの箱を取り出してクラウチングスタートを決めようとする鬼。サンタクロースの恰好でなければとても決まっていただろうが、そんなことは無視して力を込めていく。
そして限界に達した時、鬼が走り出し────ソニックブームが発生した。
「トリニティはでかいからな!本気で行くぜええええええッ!!!」
◇◆◇◆◇
それからというものの。
鬼はトリニティに続いてゲヘナ、山海経、レッドウィンター、ミレニアム、ワイルドハント、アビドスと様々な学園にプレゼントを届けていく。前回は半分程度の学園しかプレゼントを届けられなかったが、今回はよりスピード重視で動いたことでより多くの学園にプレゼントが届けられた。
余談ではあるが、今回は今までで最大規模のプレゼント爆撃となったことで鬼の懐は少し寂しくなったらしい。
そして最後の地域、D.U.地区にて。
他学園のようにプレゼントを届け終え、サンクトゥムタワーに足を踏み入れる。連邦生徒会の本部であるここには、今日も今日とて徹夜をしてまで問題の解決に尽力する生徒がいる。
時々大和の代表として差し入れに来ることはあれど、サンタクロースとして侵入するのは実は初めてだったりする。
そして初めてということは、それなりに慎重に動く必要があるということである。
「……!」
「そっちの議題は完了した?」
「まだまだ…。特に予算がまとまってないのよ」
「こっちもハイランダーとの連携が固まったのはいいけど、運行表が────」
「……あぶねあぶね。まだまだ人の気配があんのはわかっちゃいたが、こんな時間でも働いてんのかよ?」
奥から現れた二人の生徒が過ぎ去るのを待ち、完全に離れたことを確認して天井から飛び降りる。指の力だけで天井にくっつくのは中々にスリルがあるものだ。
小さな子供達とのかくれんぼでは使うことのできない天井張り付きを駆使しつつ、タワー内に存在する仮眠室へプレゼントを投げ込んでいく。人数の把握は済んでいないが、余っていいやの心で次々と放り投げる。
「さぁて、次がラストだ……」
最後の最後。ラストの一人へのプレゼントを持って廊下を歩く。以前自分に接触してきた不思議な生徒で、少し印象的だったのを覚えている。
しかし彼女が生徒であることには変わりなく、その手元にあるプレゼントの中身には彼女が喜びそうなイチゴミルク用のシェイカーを入れてある。
「……?いない……?」
覚えのある気配を探りあてて部屋へと入り込み、目的の人物がいるかを確認するも、影も形もなかった。不思議に思いつつ、彼女が使っていたであろうデスクに近づいてプレゼントを置き……ふと気づく。
己が置いた物とは別のプレゼントボックスが、デスクの上に置いてあった。ご丁寧に「鬼のサンタクロースさんへ」なんて書いてある。
「……たく、子供が大人にクリスマスプレゼントなんてよ。オレが貰うってのは初めての経験だな」
クリスマスプレゼントを大切に持ち上げて影に沈めて保管し、代わりに鬼からのプレゼントを置いていく。
仕事が完了し、少しずつ夜が明けてくるのを確認しながら鬼は自身の影へと飛び込んだ。
◇◆◇◆◇
『ご覧ください!去年以上の範囲でキヴォトス中に謎のプレゼントが配られ、空前のサンタクロースブームが到来したかのようです!我々クロノススクールは、このプレゼントをばらまいた存在の正体を突き止めるために調査を続けて────』
「……本当にサンタクロースっているんだね、アヤメ」
「そうだね~」
「凄いなぁ…!ホシノちゃんもプレゼント貰ってるかな~」
「ふふふ……!今年も素晴らしいクリスマスになったようですね?鬼様」
「みたいだな。ふぁ……」
巨大な焼き鳥のぬいぐるみに抱き着くナグサと手乗りサイズの鯨の人形を持ったユメがそう言えば、にやにやしているアヤメと微笑ましい視線を鬼に向けるワカモ。
そんな視線を向けられた鬼は面を被った状態で欠伸を噛み殺し、元同僚との飲み会の日程を組み立てる。
そして「師匠ー!!私にも、私にもプレゼントが届いた!!」なんて言いながら家にやって来たレンゲと付き添いでやって来たキキョウに対応しつつ、袖口の影へと突っ込んだ手でプレゼントボックスを弄ぶ。
これが使える日を待ちながら。
プレゼント爆撃の描写は頭空っぽにして書いてました。
思考停止で書くギャグは楽しい(真理)
ついでに学園ごとの主なプレゼント内容(特定の個人を除く)
アビドス→弾薬等
ゲヘナ→人形
トリニティ→紅茶セット
ミレニアム→精密部品等
百鬼夜行→扇子などの日用品
山海経→お香
ワイルドハント→筆
連邦生徒会→疲労回復に繋がる睡眠セット
何となくの好みがわかっている生徒以外は上記のプレゼント内容となっています。
自分の好みが把握されていると感じた生徒はマジもんのサンタがいるって勘違いしてそうですね。