「ご注文ありがとうございます!紫関ラーメン大盛り一人前で~す」
「おぉ……一回食ってみたかったんだよな」
別日、鬼は一人で食べ歩きに臨み、最初はアビドスで有名な紫関ラーメンを食べてみようと考え実際に足を運んだ。
バイトに黒見セリカの姿があるのを知ってびっくりはしたものの、向こう側は完全に初見の相手なので鬼もスルーした。
そしてカウンターに座っている鬼の前に紫関ラーメンが置かれた。大盛りなだけあり、器いっぱいにラーメンが盛られて汁も並々に注がれている。少し匂いを嗅いでみればチャーシューと醤油の良い匂いが鼻腔を擽る。
「頂きます…」
麺に箸を差し込み、一口で啜りこみ……口いっぱいに広がる旨味に思わず唸ってしまう。
「…美味い。この値段でこのレベルのラーメンは中々無いな。コシがあって味も染み込んでいるし、何よりするする食えちまう」
「お客さん舌に自信があるみてぇだが、何か作ったりする口かい?」
「自炊程度で作る程度だけどな。百鬼夜行に住んでるから、その分料理に触れることも多くてね」
「百鬼夜行?随分遠いとこから来たんだな。観光かい?」
「そんなところだ」
ラーメンを褒めていたからか、店主らしき柴犬型の獣人に話しかけられる。隻眼と十字の傷が目に入るが、その立ち振る舞いは出来る大人。
だが鬼に質問を投げかける姿からは善意しか感じられず、悪意を持った存在には見えない。少しばかり珍しいものを見た気分になりつつラーメンを食べていると、入り口から誰かが入ってくる。しかも複数人だ。
誰が入って来たのか確認しようとして……自然な流れで目を背ける。
「いらっしゃいませ!紫関ラーメンで…わわっ!?」
「あの~☆五人なんですけど~!」
「あ、あはは……セリカちゃん、お疲れ……」
「お疲れ」
「うへ~やっぱここだと思った」
「み、みんな……どうしてここを……!?」
「どうも~」
「せっ、先生まで……やっぱストーカー!?」
ストーカー?まさかの単語に反応して視線を向けてしまう。すると全員より少し前に出ていたホシノと目があった。どうやらここら一帯では見ない服装をしていたこともあり、向こうも気になっていたようだ。
今はラーメンを食べるために仮面を外していたが、もし仮面をつけたままであれば怪訝そうな反応をされていたのは想像に難くない。
「……どうも」
「……?…うへ、どうも」
「ホシノ先輩、どうかしましたか?皆さんもう座っていますよ?」
「おっとっと、ごめんね~アヤネちゃん。ちょっと目が合っちゃってびっくりしちゃっただけだから」
「そうなんですか?…あ、こんにちは…」
眼鏡をかけた少女、奥空アヤネも会釈をしてきたのでこちらも会釈し返す。そのまま他の生徒のいる場所に戻っていくのを見つつ、鬼も食事を再開する。
しかしその思考は食事には向いていない。鬼は先程までのホシノの視線に考えを巡らせる。
あの目は、大人という大人に警戒心を向けていた物だった。紫関ラーメンの大将である柴大将にその目線を向けていないのは、ある程度の信頼関係を気づいていたからだろうか。
(ユメ……思ってたよりも、ホシノの状態はマズかったみたいだ)
最悪の場合、善意で助けに来ているだろう先生にもその警戒を向ける可能性がある。穏やかに依頼が終わるなら構わないが、何かが起きた時が少し怖い。
というよりも、大人に対してのあの警戒心は黒服のせいでは?最近暁のホルスの神秘についても研究したいとかあいつ言ってなかったっけ。実験内容とかちゃんと明記するように伝えたからその分大人に対する警戒心を上げているのでは?
……あれ、もしかしてオレのせいか…?
鬼がそう考えるうちに食事が終わり、会計も済ませて出ていく。その後ろ姿を二対の視線が追っていることに気づきつつ外に出れば、程々に人の気配がする。
いくら過疎化しているとはいえ、市街地であればやはり人はいるものだ。
「さぁてと、今日は何を……あ?」
ふと感じたのは、指向性を持った悪意。それとなく視線を向ければ、ヘルメット団らしき少女達が遠くから紫関ラーメンを見ている。
より詳しく言うならば、中にいる生徒……黒見セリカを見ていた。
「……ふぅ。面倒ごとか……」
地図を見ながら歩くふりをしてヘルメット団に近づき、何を話しているのかを確認する。向こうは鬼が聞きに来たなんて気づいておらず、無防備に話していた。
「あいつか?」
「あぁ。バイトが終わって次のブロックに向かったら、一人になる。そこを……」
「……」
ただの愉快犯でもない。ここまで統率が取れているということは、誰かが裏にいる。そう認識し、そのまま通り過ぎる。
やっぱり面倒ごとだったと思いながら。
◇◆◇◆◇
夜。セリカが紫関ラーメンのバイトが終わるまでの間に、鬼はヘルメット団のアジトを捜索していた。当然誰にも気づかれておらず、あまりにも杜撰としか言いようのない警備体制だった。
「こいつは……」
そこで見つけたもの、それはただのチンピラにしては高性能な銃器、手榴弾、弾薬……。何よりも、処分された後だろう書類の跡。そこから読み取れた文字は……
そのすべてを写真に納めつつ、影へと飛び込んで姿を消す。
カイザーローン。それはカイザーコーポレーションの傘下の一つであり、カイザーの金融部門を担っている企業だ。
そういえばだが、アビドス高等学校が借金をしている相手もカイザーローンだったはず。そしてカイザーはグレーゾーンすれすれの行為を行うこともあれば、非合法な行為も陰で行う悪徳企業。
急にきな臭くなった現状を把握し、次の日にカイザーローンに忍び込もうと考えていると頭上でヘルメット団がなにやら話をしている。
「捕まえたか?」
「あぁ、あとはやつを人質にアビドスのやつらを……」
「……」
すぐさま影から飛び出し、ヘルメット団の死角から耳を澄ませる。そして聞こえてくるのは……黒見セリカの捕獲、現在輸送中であること、そして人質にする予定であること。
その場を後にして駆けだす。向かう先はセリカの神秘が感じられる場所。これは鬼の勘だったが…もしもここで彼女を放っておくと、絶対に後悔する。そんな直感だった。
「先生はすぐに来るだろうが、それでも時間が空いちまう。さっさと向かうべきだな…!」
砂を巻き上げながら走り出せば、すぐにそれらしきトレーラーが目に入る。その後部座席部分には、縛られた状態で寝転がされたセリカの神秘が感じられる。
「────鬼事」
鬼が手印を組むと、瞬きの合間に影が衝撃波のように世界へ広がる。そしてそれは、今も動き続ける車両を通り過ぎ……
◇◆◇◆◇
「な、なに!?何が起こったの…!?」
カタカタヘルメット団に誘拐された黒見セリカは突然の衝撃に驚いた。風のような何かが通り過ぎたかと思ったら、今度は車が横転したかと思うほどの衝撃が襲ってきた。
「もしかして、ホシノ先輩…?」
もしかしたら、自分の危機に気づいてくれた先輩が仲間達と共に助けに来てくれたのかもしれない。そう思ったものの、不思議なことに銃撃音はしていない。
代わりに鉄のような何かが切り裂かれる音と、先程まで運転していたであろうカタカタヘルメット団の呻き声が聞こえてくる。
すると今まで目元を覆っていた目隠しが外された。途端に広がる視界で周りを見れば、横転した車と縛られた状態で気絶しているヘルメット団。
そして今は自分の後ろに誰かがいるようで、セリカを縛っていた縄を外してくれている。
「あ、ありがとう…?」
「怪我は無いか」
「無いけど、誰なの…って、あんた今日の昼に紫関ラーメンにいた…!?」
「人違いだ」
「いやでも」
「人違いだ」
「…いや絶対に」
「ひ と ち が い だ」
「アッハイ」
ゴリ押し気味に人違いで通そうとする鬼。熱心にバイトに打ち込んでいたセリカは鬼の姿を昼間に見ていたことをちゃんと覚えており、何故鬼の面を?と思っていた。
当の本人が人違いで押してくるのに負けてしまい、疑問を口にすることは無くなった。
「……本当なら先生が小鳥遊ホシノ達と一緒に来るのを待っても良かったが、手遅れになったらまずいからな。時間稼ぎに来ただけだ」
「あの大人が…?それに時間稼ぎって」
「異変に気付いたヘルメット団が集まって来てる。立てるか?悪いが応援が来るまでは頑張ってくれ、あとオレのことは黙っといてくれ!じゃあな!」
「ちょ、ちょっと!?……消えちゃった」
鬼を追いかけようとするも、横転した車の影に隠れた瞬間に姿を消す。まさか幻覚を見ていたのではと考えるも、横転した車と縛られたヘルメット団が現実であることを証明する。
「っそれより、ヘルメット団が来てるって言ってたわよね。早く準備しないと…!ちょっと!私の銃は何処にやったのよ!?」
拘束が解かれたとはいえ、未だ危機は去っていない。すぐさま自身の銃を回収し、少しでも抵抗するべく準備を整えるセリカ。
そしてやって来たヘルメット団の応援と交戦している最中に、先生と共にやって来たアビドスのメンバーに救出されるのだった。
◇◆◇◆◇
「カイザーの地上げ行為?」
「えぇ。カイザーPMCにいる理事が主導となって動いてるそうです」
セリカの救出後、鬼はある大人の下に向かった。その相手は元同僚であり、今でも関係がある黒服だった。
目的はカイザーの行動の裏取りのためであり、黒服ならば何か知っているだろうという推測だった。その考えは当たっており、黒服側にもカイザーの行動の報告が来ていたらしい。
「まぁ私から何かした覚えはありませんが…おそらく、上からの圧力でしょうね」
「本当かぁ?お前さんもカイザーに圧力を掛けそうでもあるけどな」
「クックック…否定はしませんが、向こうが勝手に動いてくれるのなら私は何もしませんよ」
鬼が入れた緑茶を揺らしながら言う姿は様になっており、彼の予定に支障がないとこが分かる。事実黒服が何もしていないにも関わらず、カイザーはアビドスへの嫌がらせをエスカレートさせていっている。
鬼との約束があるため黒服はそれに加担していないとはいえ、やりやすくなるのならば好都合だった。
「暁のホルス……彼女が自ら契約を結びに来るのが私にとって一番喜ばしいことなのですがね。ボカシていたとはいえ、やはり実験内容の明記はマズかったか」
「……すまんな、オレの我が儘だってのに」
「いえいえ、それ以上の成果を得られていますから気にしなくていいです。そもそも暁のホルスの確保も次善策に過ぎませんし。ただ、カイザーも彼女を狙っているとのことですから早めの行動が必要ですね」
「……」
クツクツと笑う黒服に対し、少しばかり申し訳なさそうな鬼。かといってその間に漂う雰囲気は軽いもので、気やすい仲であることが傍から見てもわかる。
実際問題、黒服がカイザーにそこまで入れ込むことが無くとも彼自身の研究は進んでいる。鬼と間に交わした約束によって黒服が本来行おうとした実験、『
そして行うにしても、絶対に命の保証が出来るようにしておく。それが鬼との約束。
しかしそれ以上に鬼との実験を繰り返すことで、少しずつ黒服が目指す目標に近づいていることは確かだった。
ある事件によってその研究結果が白紙になった時は発狂しそうになったが、それも研究にはよくあること。
時間はあるのだから、ゆっくりと進めていけばいい。
「そういえばですが、貴方はシャーレの先生にあったそうですね」
「あ?…まぁな。つっても話したことはないけどな」
「ふむ、貴方から見てどのような印象を受けましたか?」
「どんな印象かって……普通の女性だな。少なくともゲマトリアみたいな不可解さはない」
「そうですか……」
「なんだ、お前さんも先生が気になったのか?けどぶっちゃけた話、オレ達と彼女じゃあ年の差がありすぎると思うが」
「あなたは何を言ってるんですか?…いえね、彼女と協力関係が結べないかと思いまして」
「協力、か………。…無理じゃないか?」
「そう思いますか」
「そりゃな。お前さんと彼女じゃ、生徒に対するスタンスが違うだろうしな。多分だが、そこを譲る先生とは思えん」
思い出すのはD.U.での戦闘指揮、そしてアビドスでのあれこれ。どれをとっても彼女がただの人間であることしかわからないが、鬼はその信念の部分に気づいていた。
「奴さん、内に一本の芯を持ってる類の人間だ。ゲマトリアとは相容れないと思うぜ」
「それは…あなたの勘ですか?」
「あぁ、ありゃ狂人に近い神経してるよ。まだまだ青いがな」
「なるほど……我々と同じ不可解な存在である彼女と協力関係が結べたならば、今後の行動もしやすいと考えたのですがね。持ちかけてはみますが、貴方の勘は冴えている。成功はしなさそうですね」
「まぁ頑張れとしか言えんな」
お茶を飲み干し、少しばかり体の力を抜く。黒服が自分になにかすることはないとわかっており、警戒しようと力んでいたって無駄なのだ。
「あっそういえば最近、紫関ラーメンに行ったんだよ。あそこ、かなりの名店だな。百鬼夜行にあったら週一で通いたいぐらいなんだがなぁ……」
「ほう?貴方がそこまで言うのは珍しいですね。どうします?今度一緒に食べに行きますか?少し私も気になってきました」
「アリだな。お前さんにも紹介したいぐらいだし、今度一緒に行くか!」
「クックック……年甲斐もなく楽しみになってきましたよ。あぁそれと、最近は市街地のホテルに泊まっているそうですね。どうでしょうか、ここらに少し泊っていきますか?そろそろ実験の続きもしたいのでね」
「いいのか?じゃあお言葉に甘えて…」
椅子から立ち上がって勝手知ったる足で歩いていけば、その後ろに黒服が付いてくる。そのまま二人で歩いていけば、物々しい部屋に辿り着いた。
「早速ですが、始めていきましょう」
「あいよ」
予定としては次回でアビドス編を終え、エデン条約、ミレニアムの順で行こうと思います。カルバノグはスキップです。
鬼さんが表舞台に立つことが少ない話は結構駆け足気味で行こうかと。