百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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鬼ぃさんの情報を少しずつ小出ししていくスタイル。


第二十一話 実験

 

「黒服ー」

「どうされました。今日の昼食は私の担当でしたがなにかご要望でもありましたか?」

「紫関ラーメンが爆破されたって」

「は?」

 

 鬼が黒服のアジトで書類整理を行っている際にスマホに流れたニュースに、黒服もしばしの動きを止める。以前の実験終わりに二人で食べに行ったのだが、中々に美味だったので黒服も気に入ったのだ。

 が、まさか一週間もしない内に爆破されるとは思っていなかったようだ。*1

 

「そうですか……また行きたいと思っていたのですがね。残念だ……」

「柴大将は入院で済んだらしいし、見舞いにでも行くか」

「ふむ…でしたらお願いできますか?私はあまり姿を見せたくありませんから」

「あいあい、柴大将って何好きなんだろ…」

 

 鬼が腰痛などに聞く湿布を用意している間に、黒服は実験内容をまとめた書類の整理を済ます。定期的な健診も含めた実験だったが、今回はあまり進捗が良くなかった。

 

「鬼面、最近は変わりないようですが……やはりゲマトリアへの復帰は困難ですか?」

「無理。マエストロも言ってただろ?今は元ゲマトリアっていう近すぎず遠すぎずの距離感だからバランスを取れてる状態だって……復帰ってなったら、また暴走しちまうだろうよ。ゲマトリアが解散とかしない限りは現状維持ってやつだ」

「……やはり神秘の側面の研究が進まなければ、貴方の問題も解決しませんね」

「かといってなぁ。オレはお前さんらに子供を食い物にするような実験はしてほしくないぞ?」

「貴方は変わりませんねぇ。クックック…」

 

 そう言って書類に目を落とす黒服。

 そこには上半身裸になった鬼の姿があり、形容しがたい光を放つ血管が腹部全体に広がっていた。

 書類の後半には黒服によって観測された結果が記述されており、『抽出困難。鬼面に存在する神秘と恐怖を観測するまでに色彩が妨害?要注視』と書かれていた。

 

「暁のホルス……いえ、小鳥遊ホシノでしたか。キヴォトス最高の神秘に恐怖を加えた場合、以前の貴方のようになるかを私は知りたかった。現状、貴方は『崇高』に最も近く最もかけ離れている。故にその差異を確かめるためにも、彼女の協力が欲しかったのですがね……」

 

 脳裏に浮かぶは少し前の提案。結局拒否されてしまったが、彼女はどうやって借金の返済を進めていくつもりなのだろうか。色々と案自体は浮かぶが……黒服との契約によって減らすのが一番楽であり確実だろうに。

 

 黒服がホシノに持ち掛けた取引。それは『被験者となる代わりにアビドス高等学校が抱えている借金の半分を黒服が負担する』というもの。しかしホシノには拒否されてしまい、宙ぶらりんの契約となった。

 それに、どうもカイザー側からも彼女に取引を持ち掛けているという話も聞く。もしかしたらその話にも関わる可能性があるが……さて、どうなることやら。 

 

「ちなみに鬼面、貴方はどう思いますか?アビドス高等学校がカイザーPMCに乗り込んだ話…」

「んー……まぁ、もしもの話だが。もしも限界のアビドスにカイザーが侵攻しようとしたら……さすがのオレも、黙って見てるつもりは無いな」

「おや、珍しい。貴方のことですから、最初からカイザーに乗り込んで全滅させるのではないかと思いましたが」

「それじゃああいつらに意味がない。あいつらの周囲は、悪意が蔓延っていやがる。オレが何とかしたとて、そんなの先延ばしに過ぎない。だから、あいつらがやれるところまでやり切ってもうダメだってなったら手助けする。自分達だけで解決できるのが一番だしな」

「……時々思いますが、貴方は放任主義なようで過保護ですね」

「うっさい。子供がいなけりゃ未来が無いってのに、それを守ろうとしなくてなんとする。オレはごめんだぜ、ほったらかしにしたせいで先細りする未来しか無いなんてよ」

「ククッ、少しばかり耳が痛い話ですね…。マダムにも聞かせたいぐらいです」

「ハンッ、あのクソババァが理解できる話かぁ?」

 

 笑う鬼から私怨の混じった声が漏れ出す。彼がこうなった原因である存在を今も赦していないということなのだろうと黒服が考え、しかし当たり前と言えば当たり前かと納得する。

 例え大人であろうと、自分の信念を捻じ曲げようとした挙句に殺そうとした相手を赦せるわけがないのだ。

 

 鬼と黒服が談笑していると、誰かがやって来た音がした。しかし今日に関しては来客の予定は無く、あるとしたら黒服側の客人だが彼も不思議そうな顔をしている。

 

「……出ようか?」

「いえ、貴方は身を隠してください。どうやら私に用があるようですから」

 

 刀を抜いて出ようとする鬼を手で制し、椅子に座り直す黒服。足音、武器の擦れる音がしないという点から喧嘩をしに来たわけではないと考え、ならばここに用があった人間であると推測する。

 このビルの責任者は黒服であり、彼と話がしたいならばここに来るのが手早いからだ。

 

 そして鬼が影へと身を隠し、少しの間をおいてドアが開けられる。そこに立っていたのは……

 

「……クックック。ようこそ、シャーレの先生。ここには何の御用で来られたのでしょうか」

「単刀直入に言うよ。ホシノを返して」

「……ふむ」

 

 黒服が両手を机に付け、口元を手で隠す。そしてしばしの逡巡。

 鬼は気づく。あれ、黒服の奴なんか困ってね?と。すると先生が懐から一枚の書類を取り出し、黒服の前に置いた。

 よく見れば何かしらの契約書のようで、ホシノとカイザーローンとの間に交わされたものであることがわかる。

 

「この契約書は、ホシノが隠れて交わしたものだった。他のみんなは知らなくて、ホシノが使っていたロッカーを調べて出てきたものだよ」

「ほう?それでは何故、私の下に訪れたのでしょうか。ここに記載されている通り、小鳥遊ホシノと契約を交わした相手はカイザーローンです」

「カイザーの人が言っていたんだ。ホシノとの契約には、黒いスーツを着た大人が関わっているって。それで調べていたら、あなたに行き着いた。その上で聞くけど、あなたは一体何者?」

「……あぁ、自己紹介がまだでしたね。私はあなたと同じ、キヴォトス外部の者……ですが、あなたとはまた違った領域の存在です。そして組織だった名前として、ゲマトリアとお呼びください」

 

「私のことは、黒服とでも。この名前が気に入っていましてね」

 

 思考の整理がついたのか口元に持ってきていた手を机に下ろし、下から覗くように先生を見上げる。圧力があるのか、相対する先生は少しばかり視線が鋭くなった。

 

「さて、小鳥遊ホシノとの契約の話でしたか。確かに、カイザーローンと小鳥遊ホシノの仲介を行ったのは私です。ですが、彼女は既に退部しておりアビドスの生徒ではありません。既にあなたの生徒ではないのですよ、先生。あなたのその行動のどこに正当性があるというのでしょうか」

「……まだだよ」

 

「顧問である私が、退部届にサインしていない」

 

「……なるほど」

 

 そう呟いた黒服は先生からわからないが、長い間付き合っていた鬼は感心しているのだとわかる。そもそも黒服は表に出る時は証拠を必ず消して跡が付かないようにする。例えカイザーが漏らしたとしても、追いつくのは困難だ。

 しかし先生はここまで辿り着いた。黒服がホシノの居場所について知っていると推測し、先生として生徒を助けに来たのだ。

 カイザーが行ったことの違法性を突き付け、正当性を持って黒服に聞き出しに来た。その姿は確かに先生で。黒服が気にかけるのもわかる。

 

 ふと鬼は疑問に思う。先程の黒服は何故か困惑していた。一応であるが、彼はホシノの身柄を欲してはいた。だから手元に転がり込んできたのならば、彼からしても喜ばしいことのはず。

 ならば何故困惑しているのだと考え……そういえば、契約には黒服が関わっているとはいえ、その所在自体はカイザーが握っている。

 

 つまり、契約の話で先生がここまで来たのは黒服からしても想定外だったのでは?そう考えた。

 

「小鳥遊ホシノは、アビドス砂漠のPMC基地の中央にある、実験室にいるでしょう。そこに辿り着くまでにカイザーとの交戦は必至でしょうが…精々頑張って生徒を助けるといいです」

「そう。ホシノは、そこにいるんだね」

「微力ながら幸運を祈りましょう。……先生」

 

「ゲマトリアは、あなたのことをずっと見ていますよ」

 

 その言葉を無視するように先生が去り、静寂が訪れる。黒服が少し残念そうなのは、鬼が考えている間に先生を勧誘したけど失敗したとかだろうか。

 

「……出てきても大丈夫ですよ。戻ってくることは無いでしょうし」

「珍しく困惑してたじゃねぇか。想定外だったか?」

「えぇ。まさかカイザーが単独で小鳥遊ホシノを攫うとは…可能性として頭にはありましたが、現在進行形で進んでいたとは思っていませんでした」

「じゃあさっきの話は出まかせってことか?」

「いえ。小鳥遊ホシノがカイザーに連れ去られたと予測するならば、彼女は生徒会から退部したうえで向かう必要性があります。でなければ、カイザーはアビドスの生徒会員を詐欺で誘拐してしまうことになりますから」

「その心は?」

「カイザーからしたらアビドス高等学校は目の上のたん瘤であり、武力を以てしても排除したい。しかし生徒達の戦闘力は高く、暁のホルスという懸念点がある。しかも一企業が学園の生徒会員を借金を担保に引き入れるなど前代未聞であり、バッシングは避けられません。それを排除したいのならば、彼女の身柄は確保したいだろうなと」

 

 鬼が出てくると、身だしなみを整え始める。やはり少しばかりの焦りがあったのか、スーツが少しだけ歪んでいた。

 

「退部の話に関してはカマかけです。おかげで確信に至れましたし、彼女が何処にいるかも予測できました。あそこならば防御もしやすく、攻撃に関しては障害物も無く移動がしやすい」

「さすがだな。ただの巻き込まれ事故だってのによく乗り切ったもんだ」

「褒められてるようには思えませんね。契約に関しては私に対するメリットが一切ありませんし、暁のホルスに関してはカイザーに取られていますから。というよりも……」

「どうした?」

「何故、落ち着いているのですか?小鳥遊ホシノは身内の後輩であり、貴方が見捨てるわけがない。そんなにも悠長にしている理由が分かりません」

「あぁ、前もってホシノのすぐそばの影にオレの分身を仕込んでるからな。なんかあってもすぐに助けられるようにしてる」

「……。まさか、最初から?以前私がカイザーも小鳥遊ホシノを狙っていると言った時から…?」

「言っただろ、あいつらがやれるところまでやり切って、もうダメだってなったらオレも助けるって」

「……やはり、過保護ですね」

「おいコラ、そもそもユメとの約束があんのに何もしてないほうがおかしいだろうが。だからお前の言う過保護とはちがうっつーの」

 

 黒服との会話を切り上げて扉へと向かう鬼。少しばかりの準備運動をしている辺り、どう考えてもカチコミに行くようにしか見えない。

 

「貴方もカイザーに?」

「あぁ。アビドスに正当性があったとしても、あいつらは強行突破してでも侵攻してくるだろうしな。ならその隙を突いてあいつらの本部をぐちゃぐちゃにする。あとはまぁ、弱みでも握ろうかなと」

「弱み?すでに握っているでしょうに」

「新鮮なものの方がいいんだよ」

「……常々思いますが、あなたはカイザーにも恨み神髄ですね。では、もう一つ質問を」

「なんだ?」

「何故本部に?アビドスの手助けがしたいのならどこかしらの師団に突っ込めばいいのでは?」

「それはそうなんだが……お前さんもわかってんだろ?」

 

「シャーレの先生がいる以上、カイザーが勝てる未来は万に一つも無いってさ」

 

「……ククッ、それもそうですね。彼女の能力は頭一つ抜けている。特に、生徒を指揮する力は……」

 

◇◆◇◆◇

 

 風と見間違うスピードで鬼が移動していると、遠くの方で榴弾の爆発音と交戦音が聞こえてきた。榴弾はトリニティらしき部隊から放たれており、交戦音に関してはアビドスの面々が迎撃しているようだ。

 シロコ、セリカ、ノノミの三人が前線を押し上げ、アヤネと先生が共にサポートしている。すでにカイザーはボロボロなのか、どんどん本部へと侵攻されているようだ。

 

「となると、オレが先回りしてもバレやしないってことか……久しぶりに刀無しで戦うか…!」

 

 アビドスとカイザーの傍を通り抜け、一足先に本部へと辿り着く。そして影に忍び込んで耳を澄ませれば聞こえてくる理事と兵士の会話。

 

「敵発見、攻撃を始めています!」

「兵力を集結させろ!北と東からも呼び寄せておけ、北方の対デカグラマトン大隊もだ!」

「はいっ!」

「……!?北方に、少数ですが兵力を確認!数は三人…あ、あれは…!」

「何…!?」

 

 話を聞く限り、PMCの全兵力が集結するらしい。わざわざ北の大隊も動かすなんてご苦労なことだ。

 鬼がそう考えながらも兵が最も集まっている場所に影から現れ、その姿を影で纏う。忽ちのうちに誰かわからなくなり、不気味な存在が現れたことに兵士達も気づいた。

 

「か、影の化け物…!?」

「侵入者だ、撃てっ!」

 

 四方八方から放たれた弾丸が影に命中し、その体を通り抜けて反対側にいる兵士達に命中する。撃たれた側の鬼は棒立ちで、ジッと兵士を見つめている。

 

「ぐあっ!?」

「と、通り抜けた……!?銃が効かないのか!?」

「グレネードを使うぞ!ただの弾丸じゃなく、爆破ならば────」

 

 指揮官らしき機械人が言い切るよりも早くその首がもぎ取られる。視界に収まらない速さで実体となり、また同じ速度で影を纏う。

 周りにいる兵士からすれば、影の化け物の姿が見えなくなった瞬間に指揮官の首が無くなっている状態だった。

 

 そして指揮する存在がいなくなったのならば、当然起きるのは混乱となる。

 

「グレネード、早くグレネードをっ!?」

「とにかく撃て!少しでも効果があるかもしれない!」

「HQ、HQ!兵舎に影の化け物が出現、我々の銃弾が効く様子がありません!!HQ────」

 

 一人、また一人と反応が無くなっていく。瞬きする間に横の誰かが倒れ、次は自分の番。ようやく到着したグレネードが放たれるも、爆発の中から無傷の影が現れて射手を沈黙させる。

 

 あまりの混乱によって設置されていたカメラが偶然にも壊れ、本部からは兵舎の阿鼻叫喚の声が響き続ける。

 その地獄はアビドスの面々が本部に到着するまでの間、途切れることなく続いた。

 

 カイザーPMCの本部兵力のほとんどをゆっくりにした鬼は影に潜み、本部の兵士がアビドスの迎撃に出るのを待つ。そしてカイザーの兵士を蹴散らしたアビドスと残った兵力が衝突している間、鬼はホシノの下に向かった。

 影の中から伺えば、赤い糸で拘束されて部屋の中心で俯くホシノの姿があった。どうやら自分が騙されたことに気づき、後悔しているようだ。

 

 影の中に潜めていた鬼を本体に戻し、影から少しだけ顔を出す。

 

「ホシノ、聞こえているか」

「……」

「……おい、ホシノ!」

「……」

 

 反応がない。契約によって縛っているだろうあの赤い糸が邪魔しているのだろうか。

 ならばと拘束を切り捨てても、未だにホシノは脱力したまま俯いている。後輩を助けることの出来ていない自分に、そこまで絶望しているというのだろうか。

 ただの言葉では届かない。そう考えた鬼は少し逡巡し、口にする。

 

「────梔子ユメは、俯いた顔で後輩に会うのか?」

 

「…………せん、ぱい……」

 

 俯いた顔が上がり、澱んだ瞳に光が差した。そして周りの様子がやっと確認できたのか、己を拘束していた赤い糸が無いことに気づく。

 すると、部屋の入り口から話し声と何かを破壊する音が聞こえてくる。どうやら理事の抵抗虚しく、アビドスは無事にここへやって来たらしい。

 

「みんな……?そんな、わけ……でも……最後に、一回でいいから……会いたい…」

 

 立ち上がり、ふらふらとした足取りで入り口に向かうホシノを見た鬼は姿を隠してその場を後にする。

 鬼がホシノの下にやって来たのは、ユメからホシノが寂しがっているという話を思い出し、念のため様子を確認しておくかという理由だった。

 まさかここまで重症だったとは思っていなかったが。しかも…

 

「あそこまでトラウマになってるとはな…見に来てよかった。猶更あいつと合わせる決心が強くなった」

 

 いくら絶望的な状況とはいえ、自分の拘束が解けたのならすぐさま後輩達の下へと行くものだと思っていた。しかしあそこまで絶望し、己が自由になったことに気づかなかったのは、それだけ仲間との別れが受け入れがたかったものだからだろうか。

 

 早いところユメの問題を解決し、ホシノに会わせなければあの心の傷は癒えない。そう確信した鬼は、カイザーの電子ログを回収しつつユメとホシノの会わせ方を考えるのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

 アビドスとカイザーの戦いが終わり、無事にアビドス廃校対策委員会のメンバーが帰って来た次の日のこと。

 ホシノはシャーレに向かい、先生にある相談事をしに来ていた。それは…

 

「……ホシノが捕まっていた時に誰かの声が聞こえた?」

「うん。誰もいなかったはずなんだけどね」

 

 頷くホシノは笑っているが、その瞳は鋭い。

 あの時、捕まっていたホシノの部屋には誰もいなかった。身柄を確保したカイザーでさえあそこには入ってこなかった。なのにホシノのすぐそばで誰かが話し、拘束まで解いていった。

 何よりも。

 

(先輩のことを、なんで知ってたんだ)

 

 己が殺してしまった人。遺体すら見つからず、唯一の遺品は今もホシノの手元にある盾のみ。自分が彼女を助けることが出来なかった。自分が意地悪で、彼女の言葉を否定してしまったから……

 

 先輩は、梔子ユメ先輩は死んでしまった。

 

「……私も、少しだけ気になってることがあってね」

「うへ?先生も?」

「うん。私がホシノの場所を聞くために、黒服の下に行った時……誰かとの話し声が聞こえたんだ。黒服ともう一人誰かがいるって思ってたんだけど、入っても黒服が一人いるだけだったんだ」

「……もしかして、黒服の仲間?」

「かもしれないね…」

 

 それに、と先生は続ける。思い出すのはPMCの本部での出来事。

 

「ホシノのことを助けに行った時、PMCの本部から来る兵士が異様に少なかった。それにカイザー理事も、ひっきりなしに呟いてたんだ」

 

 

『早く始末しろ!!やつが──が来るぞ…!!』

 

 

「鬼…?」

「ねぇホシノ、アビドスで聞いたこととかない?鬼の名前とか…」

「うーん……。…うへへ、おじさんも聞いたことがないかな~。サンタクロースなら知ってるけど」

「サンタクロース?え、キヴォトスってサンタクロースが実在してるの?」

「うん。他の学園は知らないけど、おじさんは見たことあるよ~。追いかけても捕まえられなかったけど」

「噓でしょ!?ホシノが捕まえられないって……本当にサンタクロースっているんだ…」

「今度こそ捕まえたいけどね。お礼も言いたいし…」

「ふーん……よし、なら私も捕まえに行こうかな!本当にサンタクロースがいるなら見てみたいし!」

「おー先生もやる気だね~」

「当たり前だよ!ずっとサンタクロースはいないものだって思ってたのに、本物がいるなら会ってみたいじゃん!」

 

 別の方向にやる気を出す先生を見ながら、ホシノも少しばかりサンタクロースを捕まえるのに本気を出そうかと考える。

 そして相談事の内容も現時点では考えが纏まらないので、今日はこのままシャーレでの業務に移るのだった。

 

◇◆◇◆◇

 

「えっきし!」

「わっ、鬼さんがクシャミするなんて珍しいね~。誰かが噂でもしたのかな」

「かもしれん…それより、どこまで話したっけ」

「ホシノちゃんがアイドルになろうって話してたところ!」

「あ~そうかそこか……あ?いやホシノじゃなくて、後輩にアイドルをさせようって話だったはず」

「あれ、そうだっけ…じゃあホシノちゃんのアイドル姿は見れないのかぁ…ひぃん…」

 

 残念そうなユメと共に机を囲み、煎餅をボリボリと食べる鬼。アビドスでの問題も一旦の収束を迎えたので、ユメに報告をしに一度帰ってきたのだった。

 

「鬼様ー!身供もせんべいをお一つ頂いてもいいでしょうか!」

「おーどうぞどうぞ。そういやアヤメ達は?」

「アヤメ先輩達はお庭で稽古中ですわ!身供は休憩ですの」

「そういうことか。ならゆっくりしていきな」

 

 一緒に机を囲み、元気いっぱいに鬼へと突撃してきた過去を持つ百花繚乱の一年生に穏やかな視線を向けながら、鬼は今日もゆっくりと過ごす。

 久方ぶりの実家は、今日も今日とて知り合いが入り浸る日々を送っていた。

 

 

 

*1
普通は思わないが、ここはキヴォトスである。




アビドス編、一旦は終了。
次回は多分エデン条約編。こっちも駆け足気味だけど。
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