百鬼夜行の鬼   作:龍玉

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第二十七話 友達

 

「────なるほど。彼女に外傷的な怪我は無く、精神的な救護が必要と言うことですか…」

「あぁ。だけど聖園ミカがこのままだと今度は桐藤ナギサが駄目になる。身内が攫われたってなりゃ、元々限界だった彼女が何をするかわからん……。最善はすぐに目を覚まして説明を聞いてくれたらいいんだがって、お前さん何しようとしてんだ?」

「桐藤ナギサさんもすでに心の救護が必要なのでしょう?」

「こ、心の救護?確かに必要だろうが…」

「今すぐ身柄を確保して救護します」

「待って待って待って。お前さんにも立場があるだろ。オレが確保しに行くから、お前さんは聖園ミカのことを見ててくれ」

「ですが迅速な救護が必要な患者を放っておくなど、医療関係に従事する者として許せません」

「お前さんの気持ちもわかるが…タイミングを間違えるとより悪化しちまうんだ。頼む、少しだけ待っててくれ」

「……わかりました」

 

 閉じた瞼の外側から誰かの声が聞こえる。寝起きで上手く動かない頭のままではあったが、ミカは会話の内容を聞き取ることが出来た。

 何かに怯えて震えていたような気がするが、今はふかふかの布団か何かを掛けられているようで落ち着いている。

 しかし何故布団を掛けられているのか。はっきり言って横になった覚えは無いしそもそも校舎から出てすらいないはず。

 校舎で何をしようとしていたかを思い出そうとすると、ぼんやりとだが記憶が蘇る。確か、幼馴染のナギサとのお茶会が終わった帰りに────

 

『何故、百合園セイアを襲撃したことで謝罪していたんだ』

 

「ッ!!?」

「おっ?」

「!目覚めましたか」

「っ……ここ、は…」

「失礼します。私の声が聞き取れますか?こちらの光が見えますか?」

「え?う、うん……」

 

 断罪者のような人外の姿を思い出して飛び起きると、自分のいた部屋の中がわかるようになった。どうやら何かしらの診療所内にある病室のようで、ミカがいたベッドは患者用のものらしい。

 そのベッドの脇には二人の人影が経っており、先程の会話の正体であることがわかった。

 

 片方は最近姿が見られなかった救護騎士団の団長である蒼森ミネで、残りの一人は鬼の面を付けながら和服を身にまとった大人だった。しかし見覚えが無く、何故ミネと会話をしているのかと疑問に思う。

 混乱するミカを置いてけぼりにするようにミネが近づき、意識の混濁が起きていないかの確認を行っていく。照らされた光が少しばかり眩しい。

 

「……意識の混濁は無し、正常な返答も出来ている。ミカさん、先程まで自分が何処にいたかを覚えていますか?」

「えっと、トリニティの校舎…」

「ではここに来るまでのことは?」

「倒れ、て……。……っ」

「…思い出すのが苦しい場合は無理に思い出さなくても大丈夫です。鬼面さん、ミカさんがこうなってしまった原因はあなただと聞きましたが」

「あぁ。聖園ミカに聞きたいことがあってな、姿を隠したまま質問したせいで精神の許容範囲を超えちまったみたいでな……悪かった、まさかそこまで抱え込んじまってたとは知らなくてな」

「質問…じゃあ、あの時の影は…あなた…?」

「そうだ。諸事情で姿を隠しておきたかっただけだし、質問が終わったらそのまま帰るつもりだったんだよ」

 

 付けていた鬼の面を少しずらし、ちゃんと顔があることを見せる。そこまで確認出来たことで、やっとミカの心を蝕んでいた恐怖が取り除かれた。

 目が覚めても、あの恐怖は残っていた。己を裁きに来たと思える風貌に心の底まで見通してくる闇。ただの人間の姿であればまだ受け止められたが、人外のような姿によって正常な判断が出来なかったのだ。

 

「失礼ですが、質問の内容を聞いても?」

「…オフレコで頼むぞ?オレは特定の条件下にある子供の心の声が聞こえんだよ」

「心の声が、では私の声も?」

「いや、お前さんの声は聞こえんな。元気でなによりだ」

「お褒めの言葉として受け取らせていただきます」

「おう。でな?色々と調べてるうちに聖園ミカが百合園セイアを襲ったやつじゃね?って仮説が立ったんだ。だけどその襲ったやつがなんで謝ってんのかわからなくてよ」

「……」

「どんだけ考えてもわからんかったから、じゃあ直接聞くかってなった。結果はこうなったが…」

 

 鬼の視線がミカに向けられる。百合園セイアという単語が出たあたりから彼女は俯いており、鬼に釣られてミネも視線を向けると、ビクリと肩を揺らす。

 

「ミネ、先に言っておくとな…聖園ミカは利用された側だ。襲撃したのは確かだが、そこに殺意はなかったはずだ。じゃなかったら謝ったりしないしな」

「…確かに、あなたの言説が正しかった場合は殺意があるとは思えません。虚偽の説明をしていると疑いたくても、私に急患だと駆け込む必要性が見当たりませんので一定の信頼は置けます」

「信頼してくれて助かるよ。ここで疑われたら色々とめんどかったしな」

「ですがそうなると、何故ミカさんがセイアさんを襲ったかですね。理由を聞いても?」

「……」

 

 ミネからの質問に対して、膝を抱えこんで閉じこもる。対話を拒否するような態度のミカを、二人は静かに見つめ続ける。静かに、ただその時を待つ。

 

 観念したかのようにミカの口が開いた。抱え込んだ腕の内側から聞こえる声は、くぐもりながらも湿っているようだった。

 

「……あの子の遠回しな言い方とか、小馬鹿にした感じの喋り方が嫌いだった。いつも変なことばっかり言って、楽園だの古則だの…だけど、死んでほしいなんて思ってなかったんだ」

 

「前にね、アリウス分校の子達と仲直りしたいって言ったことがあったんだ。そしたらナギちゃんとセイアちゃんが、すっごく反対してきたの。メリットだのデメリットだの……」

 

「それでね、アリウスの子達と仲良くなりたいけど、ホストのセイアちゃんが元気なままだったら絶対に反対してくる。だから手を組めたアリウスの子達に頼んだの。病院送りにしてって」

 

「前からあの子の態度が嫌いだったのもあったから、少しだけやり返したいって気持ちもあった……だけど…だけ、ど……死んじゃった、って……!」

 

「そんなつもり、なかったのに……!」

 

 抱えた足を強く抱きしめ、肩を震わせる。鬼はユカリの言っていたことが当たっていたので少しの驚きを持って受け止め、ミネは険しい顔でミカの理由を聞き届けた。

 例え理由が何であろうと誰かを傷つけてしまったことは確かであり、救護に命を懸けるほどの彼女にとっては見過ごすことが出来ないのだろう。

 

 しかし今のままではまともに話すことも出来ない。鬼へと視線を投げかけ、ミカに伝えていいかを確認する。鬼もその意図を汲み取って了承すれば、真っ直ぐな事実をミカへ投げかける。

 

「百合園セイアさんは死んでいません」

「……ぇ?」

「確かに襲撃を受けた後遺症で寝たきりの状態ですが、今もご存命です。いいですかもう一度言います。百合園セイアさんは、生きているんです」

「セイアちゃんが、生きてる…?」

 

 伏せていた顔が上がり、涙を流す瞳が二人に向けられる。その目をしっかりと見つめ返しながらミネは力強く頷いた。

 

「でも、でも!セイアちゃんが死んだってミネちゃんが言ってたじゃんか…!」

「彼女が生きていると分かれば二度目の襲撃も想定されます。それを回避するために偽造診断書を作成しました。事実鬼面さんの話を聞く限り、あなたを利用してまで悪意を振りまく存在がいることもわかりましたから後悔していません」

「……じゃあ、本当に…?」

「今は昏睡状態だがな、元々の能力で夢遊病みたいに意識だけは動けるらしいぞ?そのおかげでオレはセイアが生きてることを知れたし」

「……」

 

 興奮して立ち上がったが、力が抜けたのかぺたりとベッドに座り込む。自分が殺してしまったと思っていた相手が生きていた。その事実を飲み込もうと必死になり、思わず呆然としているといったところだろう。

 鬼がミカに近づき、腰を折って視線を合わせる。

 

「なぁミカ。お前さんはセイアを傷つけ、ナギサのことも騙していた。それは変えられないことだ」

「……っ」

「だけど、自分のやったことを後悔しているのなら…もう二度としないって心に決められたのなら、お前さんはまだ踏みとどまれる。だから聞かしてもらおう、お前さんが今やりたいことってなんだ?」

「やりたいこと…?」

「そうだ。ずっと口には出してなかったけど、やりたいことがあったんだろ?」

 

 ミカは誰かを殺してしまったと思い、それに理由を求めたせいで止まれなくなっただけ。しかし実際には殺しておらず、すでに彼女が突き進んでしまう理由も無い。

 ならば、彼女が心の奥底に沈めてしまった感情も出したっていいだろう。

 

「────セイアちゃんとナギちゃんに、謝りたい…っ」

 

 握りしめた手がシーツに皺を作り、零れた涙がシミを残して消える。むき出しとなった心から漏れた言葉は彼女の本心であり、彼女が本当やりたかったこと。

 クーデターや裏切りなんて本当はやりたくなかった。いつものようにお話して、いつものように皮肉を言い合うような時間が帰って来てほしかった。

 

「私のことを許してくれなくてもいいから……嫌われてもいいから、セイアちゃんと話したい…!」

「それが今、お前さんのしたいことか?」

 

 頷きが返ってくる。ぐちゃぐちゃだった心も継ぎ接ぎのメッキも剥がれたことで、今のミカはちゃんと本心のまま話すことが出来ている。

 

 鬼は不意に気づいた。ユメと約束した時と今の状況はとても似通っているな、と。

 

 唯一違うことがあるとしたら、ユメと違ってミカはすぐに会える点だろうか。

 

「ならさっさと叶えちまおうか」

「えっ」

「は?」

 

 手印を組んでミカの腕を掴み、地面へと倒れていく。まさかの行動にミカとミネが驚きの声を漏らし、そのまま地面と激突する。

 しかし鬼の体の真下にあった影へと沈み込み、腕を掴んでいたミカも同じように影へと吸い込まれた。

 

「────ッ!?────!!」

「ここ、普通に喋れるぞ?」

「えっ嘘!?…あ、ホントに喋れる……」

 

 いつぞやのセイアのような状態に陥るも、すぐさま平静を取り戻したミカは不思議そうに周りを見渡す。

 暗闇の中だろうと利く目を持っていないので闇に包まれているように思えるが、実際には安らぐ気分になる。

 

「……あっ」

 

 周りを見ていると、ある一点だけ違う色をしていることに目が留まる。好奇心の赴くままに近づき、その風貌が分かる内に進むスピードが落ちていき…ついには0となる。

 

 そこにいたのは、起きることが出来なかったので相変わらず海月のようにぷかぷかと浮いているセイアだった。

 

 声を掛けたくて、話がしたくて手を伸ばして……その手を伸ばしきれずに躊躇ってしまう。今更どんな顔をして会いに行けばいいのだろうか。セイアにとってミカは襲撃した存在の首謀者であり、話しすら聞いてもらえないかもしれない。

 自分こそ今更になって怖気づいてしまっていることに対して自己嫌悪に浸ってしまうが、その背中を優しく押し出されたことで思考が軽くなる。

 

 振り返れば、赤い瞳をミカに向けたまま促すようにセイアへと押し出す鬼がいた。

 無重力の空間のように浮いているミカは、自然にセイアへと近づいた。あと少し手を伸ばせば、その背中に手が届く。そのあと少しの距離に何度も躊躇い、何度も伸ばそうとして……指先が、背中に触れた。

 

「……おや、誰が来たかと思えば…これは想定外のお客だったかな」

「……っ」

「久しぶりだね、ミカ。少し疲労がたまっているようだが、ストレスでも抱え込んでいるのではないかい?自分が思っているよりも幼い情緒の持ち主だから仕方ないかもしれないがね」

 

 振り返って早々に嫌味が飛んでくる。いつもの彼女だ、いつもの口調だ、いつものやりとりだ……だけど、言葉が出てこない。喉の奥でつっかえているようで、吐き出そうとしてもせり上がってくることすらない。

 

「っセイア、ちゃん…」

「なんだい?」

「なんで、何も言わないの?」

「何がだい?」

「わたっ、私が、セイアちゃんのこと、傷つけちゃったのに…!」

「あぁ…そうだね。確かに君がやったことだ。事実今も起き上がることは出来ず、ここで揺蕩うことしか出来ない」

「私、セイアちゃんにひどいことしちゃったんだよ…!」

「そうだね」

「なのに、なんで…!」

 

 そんな優しい目で、私を見つめるの。

 

「……何も思っていなかったと言えば嘘になる。あぁ、君は変わらず力で黙らせるんだねと考えもした。それを否定することは出来ない」

 

 セイアの手がミカの手を握る。意識だけの存在の筈なのに、握った手からは優しい温かさが宿っていた。

 

「だけどねミカ、彼から教えてもらったよ。君が私を傷つけたことに、心を壊しそうになるほど後悔していたと。自暴自棄になるほどに自分を追い詰めてしまっていたと」

「お面の人から……?」

「さすがにセイアだけ除け者するのは違うだろ?だからお前さんが目を覚ますまでの間に、現状の整理ついでに情報の共有をしてたんだ」

 

 肩をすくめ、二人から少し距離を置いて見守る態勢に入る。ミカが鬼のことを驚きと共に見ていると、セイアがミカへ声を掛ける。

 セイアに向きなおれば、変わらず慈愛の眼差しが向けられていた。

 

「君は確かに短気で、わがままで、自傷的な悪役令嬢みたいな存在だった」

「急に馬鹿にされた…」

「だけど、君には誰かを思う心があった。過去へ追いやられたアリウスとも仲良くなりたいと思い、傷つけてしまった事実に心を病ませるほどのね」

 

 頬を濡らす涙を拭い、しっかりと目線を合わせる。今もまだ自分の行いに苛まれているのか、その目はまだ朧気で、現実を直視できているのか少し不安になる。

 だけど彼に、鬼にあぁも言われてしまったらその程度で止まるわけにはいかない。『お前さんは遠回しすぎる。言いたいことはちゃんとストレートに言え』なんて、少しばかりオブラートに包むなんてことは考えなかったのだろうか。

 

「…ミカ、私は君を許すよ。人を信じるということはまだ出来ないけれど……事実に基づいた観測は出来る。君がずっと後悔して、ずっと傷ついてきたことを、ずっと自分を責めてきたことを……私は知っているよ」

「……っ!」

「ほら、私に何か言いたいことがあったのではないかな?私は君を無視したりしないし、意地の悪い質問だってしないよ」

 

 両手を離し、腕を広げて受け止める姿勢になる。そんなセイアに、ミカは震える体で近づき……ぎこちない動きで抱きしめられる。

 

「……ごめんね、セイアちゃん…っ!ごめんね……!」

「あぁ…」

「傷つけちゃって……裏切っちゃって……本当にごめんなさい……!」

「大丈夫だよ、ミカ。私はちゃんとここにいるから…」

 

 ごめんね、ごめんねと謝り続けるミカをセイアは優しく抱き留める。ずっと言えなかった言葉が二人の間に浮かんでは消えて、染み込むように心に届く。

 信じるということがどれだけ難しくても、一心に謝り続ける彼女の言葉は決して嘘偽りのない本心だった。

 

 やっと謝ることが出来たミカとそれを聞き届けるセイアの姿を確認し、急に消えたことをミネに説明するために鬼は姿を消した。

 

 

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